第3話『女帝の作意』
雨の降るスペディロス帝国。
たまたまとはいえ、ハイ・プリエテスを助けたナイツとフールレ王子ことジョーカル。
「偶然とはいえ、渡りに船だな」
「……そうですね」
楽天的な様子の王子に、騎士は室内を見渡しながら考え事をしていた。
遅れて訪れた兵士達の対応を、女教皇は制した。
戸惑う兵士に、信者達を呼ぶように言うプリエテス。何か言いたげな兵士達だが、しかしこの国でも高い地位にいる彼女の言葉を拒絶できる者はいなかった。
おかげで鳥仮面を被り直しジョーカルに変装したフールレ王子と、その騎士のナイツは、余計な詮索をされずに済んだ。
呼び出した信者達と共に、フールレとナイツは馬車に乗らせてもらう。宿に泊めていた馬も、後で届けると連れの男が答えた。
広めの馬車内では二人のローブを着た男の信者がいた。しかしプリエテスを守るように両側に座る男達は、無表情のまま決して視線を合わせようとしない。
息の詰まる状況、しかし対面に座っていた王子は気にせずプリエテスに話しかけたおす。思った通り美人になったとか言ったり、三年前の思い出を話し始めたり、それに対し女教皇は微笑みながら返事をしていた。
そんな隣にいる鳥仮面の相方にため息をつきながら、騎士は窓の外の雨を見ていた。
そして馬車がたどり着いた場所は、神秘的な佇まいをした巨大な建築物。
アルカナス教の聖地である大聖堂であった。
その後、王子と騎士の二人は湯浴みに着替えと、そして食事に泊まるための部屋まですでに準備されてあった。
断る理由もなく歓待を受ける二人。王子はわりとこの手のお持て成しは慣れているので、気にせず寛ぐが、一介の騎士でしかないナイツは気が気でなかった。
「お前も堂々としたらどうだ? 田舎者みたいで一緒にいて恥ずかしいぞ?」
「……いや、実際、俺は田舎者みたいなものでしょ」
風呂の大きさ、食事の豪華さ、そして現在いる部屋の華美さに、落ち着けないナイツ。
(アルカナスが大宗教とは知っているが、もっと清貧だとばかり思っていた)
今の状況に、ただ流されるまま、口から空気が抜け続けるナイツ。
ナイツとは対称的に、リラックスした様子の王子。二つあるベッドに少し悩んだ。
「しかしお前と同室か、こういう場合は個室を二つ用意する物だが」
「別にいいですよ? 俺が別室を準備しに貰いに言ってきましょうか?」
「ああ、やっぱりここで護衛してくれ、なんかここの人達が怖い」
このアルカナス教には当たり前だが、アルカナス教徒だけが住んでいた。
灰色のローブでフードを目深にかぶった男や女達。基本的には無表情で、通路ですれ違う際にフールレが挨拶しても軽く会釈するばかりだった。
教徒達はそれぞれ、中央の大広間で掲げられた神の彫像にひたすら祈っていたり、あるいは座って本を読んだり、文章を書いていたりしている。
基本的には誰もが無口だった。
「まあ、聖堂ってのは静かな物でしょう」
ナイツはその点に関しては気にはしていなかった。
しかしフールレ王子は首を傾げていた。
「だが私が三年前に来た時は、もう少しは人々の声が聞こえたのだがな?」
「じゃあ何かあったんですかね? あるいはこれから何かあるのか?」
その時、小さなノック音がした。
「どなたですか?」
剣の場所を意識しながら、ナイツが扉の外に声をかけた。
ゆっくりと開いた扉の先には、さきほどまで同じ馬車に乗っていた少女がいた。
「ナイツ様、初めまして。そしてフールレ王子、お久しぶりです」
アルカナス教団のトップ、女教皇ハイ・プリエテスがニコリと笑った。
その姿は少女らしさがある笑みだったが、それでも神秘性と厳かさのある姿だった。
プリエテスのその色素の薄い目は、まるで何もかもを見通すかのようだった。
突然に訪れた少女。
部屋に入ってきた女教皇に、二人の男はすぐに立ち上がり、跪こうとする。
しかしそんな二人を手で止め、逆にプリエテスが頭を下げる。
「改めてお礼を。助けていただいて、本当にありがとうございます」
「いや、そんな……」
「礼を言われるような事はしておりません。ええ、気にしなくていいのですよ教皇様。あなたを助けるのは当然の義務だと、いいえ、義務でなかったとしても私はあなたを助けに行く事でしょう。いつでも私の名を、助けを呼んでください」
フールレ王子は一瞬で駆け寄り、少女の目の前で跪く。
「私はどんなときも、あなたの味方をし、あなたを助けると誓いましょう」
王子はキラキラと輝く笑顔を見せた。
「助けたのは俺でしょ?」
「君は私の部下だろう? その手柄は誰の元に行く?」
呆れた騎士に、王子は平然と言葉を返した。
「ふふ」
そんな二人の様子を見て、少女は微笑んだ。
「ともかく教皇様が無事で何よりです」
「ああ、全く不届き者もいたものだ。プリエテス様を攫うなどとは」
「そういえば、相手は何者だったのです? そこそこ腕が立つようでしたが」
ナイツの何気ない質問。プリエテスは少し伏し目がちになる。
「わかりません」
「どうせ金目当てのごろつきですよ。汚れた手で教皇様に触れるなど、腹立たしい!」
王子のその言葉に、その話は終わりになる。しかし騎士は少女の態度に、少しばかり不自然に感じていた。
しかし、プリエテスの後の二人に対する頼み事という名の命令で、その疑念も吹き飛んでしまった。
目を伏せたまま、女教皇は話を続ける。
「実は謝罪以外に、私はあなた方にお頼みしたい事があり、直接に訪れたのです。……入ってきなさい、エファント」
プリエテスが呼びかけると、部屋の出入り口からもう一人が入ってきた。
現れたのは、プリエテスの髪を短くしただけのような瓜二つの少年だった。
「私と共にアルカナス教団の教皇をやっている、双子の弟のハイ・エファントです」
「……宜しくお願いします。フールレ様、ナイツ様」
ぺこりと弱弱しく頭を下げる少年。ナイツからはその姿はプリエテスより、さらに気弱に見えた。
(アルカナス教団は、昔から代々、教徒の中から男女の双子が教祖として選ばれる)
ナイツはかつて聞いたアルカナス教団の話を思い出していた。
(神託を聞ける者は表裏一体、別の存在ながら一つの存在でなければならない。ゆえに男女の双子が望まれるとか)
その言葉を思い出しながら、ナイツはエファントを見る。
(しかし、プリエテス様をそのままの顔だな。これは大きくなったら美少年は確実だな)
自分の主である美形に白けた視線を送りながら、ナイツは思った。
その白けた視線を送られていた王子は、笑顔でエファントに声をかけていた。
「三年ぶりだな、エファント!」
「は、はい、お久しぶりです……フールレ様……」
「いやあ、ハッハッハッ! あの時は本当に悪かったな!」
「……い、いえ、お互い事故でしたので、お気になさらないで、ください……」
笑顔で顔を近づけるフールレに、顔を赤らめて、俯いて小声で返事をするエファント。
(ん? 男子には基本、興味を持たない王子が珍しいな?)
ナイツは疑念を抱いたが、昔の知り合いならそういう事もあるかと気に留めなかった。
プリエテスは一度目を閉じ、そして声量を強めて男二人に告げた。
「貴方達二人に頼み事があります」
「弟を連れて行き、四大国の主に会っていただけませんか?」
次の日。
昨日の雨も晴れ、青空に朝日が輝くスペディロス帝国。
健美だが物々しさのある城に、騎士と鳥仮面の詩人、そして司祭のローブを身に着けた少年が訪れていた。
馬車に乗って三人が城に入る際、兵士達もすでに話が通達されていたのか、仰々しく扉を開けて道を通す。
そうして三人は女帝の間へとたどり着く。
兵士達が壁に立ち並ぶ場所。
三人を待っていたのは、玉座に座る鎧を着た女性だった。
「初めまして、ではないな。しかし挨拶は必要か」
ただ正面にいるだけで、気圧される程の威圧感のある女であった。
「よくぞ来た、タロトスの者達よ! そして、よくぞ来たハイ・エファント教皇……と言っても大聖堂はすぐ近くなのだがな。ハハハハッ!」
女は豪快に笑い、玉座から立ちあがる。
その姿は女性相応の身長しかないはずだが、鎧とそのインパクトで、訪ねた三人には見た目よりずっと大きく見えた。
彼女こそスペディロス帝国の女帝、そしてソディレア皇女の母、エンプレシア・スペディロスである。
年齢は四十を超え、少し皺のある顔立ちではあったが、着ている鎧とその豪快な笑みが年齢など感じさせない強さがあった。
その立ち振る舞いは、圧倒的なトップとしての自負が見える。しかし権力だけでなく、いくつもの民族を束ねる為の力強さ。まさしく剣の国の女帝というべき存在だった。
歩み寄ったエファントから直々に書簡を受け取った。
「アルカナス教からの親書、確かにこのエンプレシアが貰い受けた。……そして教皇の片割れたる貴方が、この国から離れる事を聞き入れた。もっともアルカナス教は我が守るべき民とはいえ、私の下についている訳ではないため、認可する立場ではないのだがな」
「エンプレシア様。許可の程、ありがとうございます」
万人を見下すような表情の女に、少年はぺこりと頭を下げた。
「まあ、彼が他国へと尋ねるのは構わない。構わないが、しかしだ……」
女帝の視線が後方の二人の男を射抜く。
フールレ王子こと鳥仮面のジョーカルと、騎士のナイツ。二人はこの広間に招かれてからずっと跪いていた。
ナイツは当然と頭を下げていたが、フールレは正体を隠す為という別の意図もあった。
「護衛がその二人だけとは、さすがに少なくはないか? 我が国は剣の国、腕利きをいくらか供にしても構わないが?」
「お言葉ですが、エンプレシア様」
目の前の女帝を、エファントは熱の無い目で見上げる。
「私のこの旅は神の思し召し、運命に関わらぬ者を道連れにするべきではありません」
「ふむ」
女帝はその言葉を聞き、その鋼の具足を鳴らしながら歩く。
そしてナイツの前へと進んだ。
女帝が頭を下げたままの騎士に、声をかける。
「貴様、名は?」
跪いたままナイツは返事をする。
「はっ! 私はタロトス王国の騎士長、ナイ」
ナイツは、女帝から殺気をぶつけられた。
(斬られる!?)
思わず後ろに飛びのき立ちあがり、剣を抜くナイツ。
しかし女帝は、一切動いていない。
「ふむ。剣の腕は私より上だが、まだまだ青いな。ククッ」
見下したような笑みをする女帝。
女帝の前で剣を抜いたというのに、誰一人として動かぬ兵士達。
試されただけだと分かり、騎士は剣を納めて謝罪し、またも跪いた。
(くそっ、思わず動いちまったよ!)
顔を下にして、騎士は舌打ちした。
「そしてもう一人は、詩人か?」
女帝は視線を送った詩人には近づかず、声をかける。
ジョーカルは顔を上げる。
「エンプレシア様がもしお許しになるならば、ここで一つ詩など送りますが?」
微笑を浮かべる鳥仮面。
しかし女帝は首を振った。
「いらぬ」
「一年以上前に、貴様と同じ年齢ぐらいの若造から私を讃え口説く、浅薄な愛を送られた事がある。正直、あの一曲だけで腹がもたれた」
女帝は背中を向けて、玉座へと戻った。
「全く二十以上の年齢の女を落としたいなら、もう少しロマンを覚えてこい」
その一言にナイツは、頭を下げながら汗をかく。
(あれ? フールレ王子の事、バレてる?)
女帝が玉座に座り直してから少し経つと、広間にもう一人の女性が姿を見せた。
「呼びましたか、母上?」
騎士の鎧を着込み、凛々しい表情をした、この国の皇女。エンプレシアの娘である、ソディレア・スペディロスであった。
女帝は玉座に座ったまま、皇女へと声をかける。
「ああ、我が娘よ。頼みたい事がある」
「なんでしょうか?」
「そこにいる騎士は恥知らずにもこの広間で剣を抜いた、その罰だ。ナイツよ、我が娘と試合え」
広間から邪魔なものが取り除かれ、大きな決闘場が出来上がる。
(何でこんな事に?)
鎧を着込み木刀を持たされ、決闘場に立たされたナイツは、ため息をついた。
決闘場の向こう側から、同じく鎧を着て木刀を持った、ソディレア皇女が歩いてくる。
玉座の前で立ち、審判を務める女帝が声を張り上げた。
「今からソディレア皇女、そしてタロトス王国の騎士ナイツ、二人の決闘を開始する。ルールは一撃入れた方の勝利。木刀を落とす、あるいは決闘場を出た者はその場で敗北とする!」
「……両者、国の威信と私の期待を背負っている事を忘れないように! 騎士としての矜持を忘れた者は、剣の国の女帝たる私が許さん。そのような者がいれば、即刻、騎士を止めよ」
騎士はその言葉に苦笑いをする。
(あの女帝、暗に手を抜くなと脅してきやがった)
ナイツは頭を下げてから、木刀を中段に構える。
対峙する皇女も、涼し気な笑顔から挨拶をし、笑みを消して木刀を構えた。
(さて、どうする?)
決闘場の外には、回復の魔法使いも来ていた。なぜかナイツの側に来ている事が、男の癇に障った。
(いや、前の馬を止めた動きから見て、俺の方が弱いのは分かっているが)
ナイツは木刀を握り締め、倒すべき相手を視線の先に置いた。
(だが、決闘は別だろ。遊びじゃないんだぞ、皇女様?)
「はじめ!」
女帝の掛け声とともに、ナイツは駆け出した。
視線を皇女の顔に向け、そこに向かっての切り払い、と見せかけた胴薙ぎ。
しかし、それらの動きもフェイクであり、ナイツは相手の剣の範囲から逃れるように、その剣の持ち手側の外まで飛び、さらに低くしゃがむ。
その状態のまま、皇女の両足を狙った薙ぎ払いを行った。
(力み具合からみて、両足とも動かすのは無理! 貰った!!)
次の瞬間、ナイツの木刀が叩き払われた。
飛んで行った木刀が、決闘場を囲んでいた兵士の一人にぶつかる。
(うそ、だろ)
武器を失ったナイツは、呆然とした目で相手を見る。
(こいつ、俺が剣を一閃するより先に、足を下げて剣を持ち換えて斬り払ったぁ!? 俺の三倍以上の速さを持ってるってのかよ!!?)
計り切れないほどの実力の差を思い知り、身動きをとれないナイツに皇女は告げる。
「驚いた」
皇女は心から驚いたように呟く。
「キミ、思ったより、早いんだね」
皇女には決して、侮蔑の意図は一切無かった。しかしそれでも剣士として、本気で戦った者として、その上からの言葉にナイツは怒りがこみ上げそうになる。
しかし、ナイツはその言葉を送った、皇女の表情を見上げて怒りが治まった。
皇女は微笑んでいた。
(……ああ、そうだな)
ナイツはその顔を見ながら、思った。
(怒る権利はない。俺が弱い、それだけだ)
「参りました」
「そこまで! 勝者はソディレア!」
広間に歓声が上がった。しかしすぐに女帝の一括で収まった。
こうして四大国を尋ねるという仕事、その一つ目を終えた一同。
荷物を色々と準備してもらい、次の国へとエファント教皇一行は向かう事になった。
昼の太陽の下、馬車に乗り込む面々。
「それでは皆様、この先もお願いします」
アルカナス教の教祖でもある、十四歳の少年ハイ・エファント。
「ふむ、足元に気を付けてください教皇」
タロトス王国のフールレ王子。現在は鳥の仮面をつけて変装した詩人、ジョーカル。
「……」
釈然としない様子のタロトス王国の騎士長、ナイツ。
「いやあ、少人数での旅なんて初めてだから、なんだかワクワクするね」
そして、スペディロス帝国の皇女、ソディレアが乗り込んでいた。
「……」
「しかし、本当にすまないね。旅だというのに、私なんて剣の腕以外、なにも役に立たないのに」
朗らかな笑みを浮かべ、自嘲する皇女。
「……」
「あなたのような実力者がいれば、僕達もとても心強い。これから、宜しくお願いします」
頭を下げる教皇。
「……」
「何を言いますか、ソディレア様には万人を魅了するその美貌があります。その笑顔を見れば男達は見惚れ、女達も思わず振り向き、花や鳥達は自らの輝きの足りなさを嘆く事でしょう」
無駄に誉め倒す鳥仮面。
「ははは、私の美貌だなんて、そんなのないよ。やめてくれよ、恥ずかしい」
照れて赤くなる皇女。
「……」
(なんだこれ?)
騎士は仏頂面で、笑いあう三人を見ていた。
ソディレアは話題から逃げるように、話を切り出す。
「ともかくだ、これから少しの間、このソディレアの事をよろしく頼むよ! ハイ・エファント教皇様! 騎士のナイツ君! そしてフー、じゃなくてジョーカル君!」
(しかも王子の事、バレてんじゃねえか!? やばい!?)
和気あいあいの三人に対して、ナイツは馬車の中で一人苦悶していた。
そんな走り去る馬車を、城の同室の窓から見つめる二人の女がいた。
一人はこの国の女帝、エンプレシア。
そしてもう一人は、教皇の片割れであるハイ・プリエテスである。
「行かせてよかったのか?」
女帝の言葉に、プリエテスは目を閉じた。
「……これからの事を考えれば、弟しか、役目を果たせません。私も忙しくなりますから」
女教皇の言葉に、エンプレシアは小馬鹿にしたように笑った。
エンプレシアは椅子に座り、窓を見続ける少女に話をする。
「くくくっ、なら、お互い忙しくなるという事か」
「魔王の復活だったか?」
プリエテスは振り向いた。
「魔王は強大な力を持っている、それは私の国の全て、そして最強戦力である私の娘ですら倒す事は不可能。仲が良いとは言えない四大国が力を合わせなければ、打倒は出来ない……」
「しかし四大国は十六年前に戦争を行っている。今は平和ではあるが、決して仲が良いとは言えない」
「そして、四つの国が力を合わす鍵となるのが、タロトス王国の愚かな王子様だと、貴様は二か月前にそう予言したな?」
「……私はただ、神託を告げただけです」
無表情な少女に、皇女は睨む。
「十六年前、私は夫を殺されているんだ。最も失ったのは他の国も一緒だろう、果たしてうまくいくのか?」
「わかりません」
威圧する女帝に、女教皇は首を振る。
「アルカナス教の神託には、幸いか災いか、その結果は分かりません。……もしかしたら、王子は悪魔を招く側かもしれません。悪魔は招いた人の命令には忠実、しかし結果的には破滅を招くように動くものですから」
「先日、お前を攫った者達は私の兵士だったのだが、洗脳されていた。捕らえたが誰も昨日の事を覚えてなどいなかった」
女帝はまた立ち上がった。
「お前を捕まえて、どこに連れて行くのか、見届けようと思ったのだが」
「失敗しましたね。私は二人に助けられましたから」
「いや? 王子様方が来ていると聞いたので、あの宿の側以外の道は、兵士達を立たせていた。どう動くのか見たかったからな、あの道を通らせたのは私の判断だ」
「……そうですか」
「どうせ後をつけても、相手が洗脳されているのでは尻尾なんて捕まらなかっただろうしな」
「判断と言えば、貴様、復活するかもしれない魔王に対する切り札に、王子がなるかもしれないと、タロトス王国の王様に一ヵ月以上前に伝えただろう?」
「……はい、まさか逃げ出すとは」
「王子を置いて行ったのは、我らに対する最後の良心かね? まあ、追いかけてくるなと言いたかったのだろうが」
つくづく思い通りにはならないものだなと笑う女帝に、女教皇は無表情のままだった。
少女がまたも窓を見る、街中に消えた馬車の姿はもう見えない。
「プリエテス教皇」
女帝の声に、プリエテスは無表情で振り返る。
「なんでしょうか?」
女帝の手には銀製のティーカップがあった。
「私直々に紅茶を入れてやる。飲んでいけ、温まるぞ?」
「……」
「先に対する不安で、疲れているんだろ? 弟への心配が隠しきれていないぞ」
「……ありがとうございます」
女教皇は、女帝からの親切を素直に受け取った。
タロットカードモチーフとかにすれば、タイトルとストーリーの中心を考えなくて楽だと思ってました。
場面を転換させないとならないから、状況が飛んでしまう欠点があった。