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第1話『魔法使いの苦悩』



 王子を殺してはいけない。

 なぜなら葬式を行えば、姫四人が一ヵ所に集まってしまう。

 もし誰かが、今は王子とだけの内緒としている婚約を口にすれば、裏切りがばれてしまう。

 その時、憎しみをぶつける相手である王子がいないのは、問題である。

 下手をすれば、戦争の引き金となるだろう。



 王子が行方不明になってはならない。

 王女達はそれこそ、草の根を分けて探し出そうとするだろう。

 時間が経てば、おそらく自らが婚約者である事すら世間に公表する可能性もある。

 こちらも下手をすれば、戦争の引き金となるだろう。



 王子が逃げてはならない。

 そうなれば王女達は追いかけるだろう。

 そして真実を知れば、争いとなる。

 国王と王妃が王子を置いて逃げたのも、それが原因である。



 もちろん王子が結婚してもならない。

 他三国の王女達が裏切りを知れば、どうなるかわからない。



 王子が姫達に謝る。

 最も犠牲が減る可能性がある選択肢である。

 しかし、それでも戦争の懸念はなくならない。




「八方手塞がりとはまさに、この事か」

 騎士は馬に乗って、青空を仰いだ。


「どうしたナイツ? 元気がないぞ? 腹でも痛いのか?」

「いえ、ジョーカル。多分、俺の後ろにいる人間が原因だと思います」


 その騎士の後ろを、もう一頭の馬に乗ってついていく仮面の男。

 その衣装はさながらピエロの様だった。





 


 今の状況の解決の為の知恵を借りる為、魔法学校校長のマジシアに話を聞く事になったフールレ王子達。

 だが会いに行くにあたって、問題がいくつか浮上した。



 まず人手が足りない。

 王子の現状を知っている人間は、城の中でもほとんどいない。

 もし知れば、国王や王妃や重鎮達の様に逃げ出す可能性がある為、王子は事実を隠していた。



 そしてもう一つは行く場所が問題だった。

 マジシアのいる魔法学校がある場所は、大国であるグラブレシア王国。

 国交がある為、タロトス王国の者が入るのには大きな問題は無い。

 だがマジシアに会う事が難しかった。

 なぜなら彼女は、王女ワドリスの専属家庭教師でもあったのである。


 下手な話をすれば、王女の耳にも届く可能性がある。

 そもそも相手はグラブレシア王国でも上位の重役でもあるマジシア。小国タロトスの状況など、真面目に話を聞くかどうかも怪しい。

 面識のない相手に、手紙でやり取りするのも危険である。王女の目に入る可能性は否定できない。



 悩んだ末にペイジス大臣は、一つの結論に至った。

「直接、王子に会って、状況を理解してもらおう」

 ある意味、危険な手でもあった。しかし百聞は一見に如かず、王子に会って話したほうがより解決に近い知恵を借りられると、ペイジスは考えたのであった。



 王子も渋々とそれを受け入れる。

 内心では他国に遊びに行ける事を、喜んでいた。

 この王子、顔は良いが、剣も魔法も政治もまるでダメであり、国にいても仕事が無いのである。

 趣味の女遊びも、現在は側近である二人に禁じられている為、暇で暇で仕方がなかった。

 ゆえに虎の巣に飛び込む行為であったとしても、出かけること自体は楽しんでいた。




 もちろん、そのまま王子が行けば、ワドリス王女にバレてしまう。

「王女はかなり本気で、結婚するつもりです!」

 タロトスにスパイに来て、戦争回避の為に王子についた女中はそう答えた。

 前回の嘘の誕生日の日には、王子が足を怪我した振りをしたから、あまり自分がいて無理をさせてはならないとワドリス王女は帰宅したのだ。


 そうでなければ、一晩泊まるつもりだったと、女中は言う。

「本当はそのまま城にいて、王子の介助をしようとしていたのです。しかし無理に立ち上がろうとする王子の姿と、こちらから会いに行くという言葉で仕方なく切り上げたのです。王子の姿を見れば、また挙式をあげようとするに違いありません!」



 そこで王子は、変装していく事になった。

 ちなみにコーディネートは自分自身である。


「どうだこの服は、旅の吟遊詩人という雰囲気が出ているであろう?」

 旅の詩人とは程遠い、ド派手な色柄の服装。

 さらに顔を隠す為の、鳥のような仮面をつけており、かなり怪しい。


「道化ですか?」

「ピエロだな」

「あるいは、国に死をもたらす死神かもしれません」

 ペイジス、ナイツ、そして女中はそれぞれ感想を答えた。



 ナイツ騎士長とフールレ王子は、それぞれ馬に乗ってグラブレシア王国へと向かったのだ。


「わかってますね、ジョーカル?」

「うむ。私はフールレ王子ではなく、国に勤める詩人のジョーカル。今回は詩の為の見識を広げる為に、四大国一の識者であるマジシアに会いに行く、その設定だな?」

「ええ、まあ」

「大丈夫だ、ナイツ。私も自分の命と国の運命がかかっている。真面目にやるさ」

 鳥の仮面のその奥の目が、キラリと光った。

「その格好で言われてもな」

 内心、かなり不安ながらも、たった一人の護衛としての役目をナイツは与えられていた。

「なに、それに私としても渡りに船だった。ついでの用事も行えるのだからな」

「はあ?」

 上機嫌な詩人に、ますますナイツの不安は大きくなっていく。青空の下なのに、騎士の心は曇り空である。


 明るい草原に挟まれた道を歩む、二頭の馬。

「我が愛馬、クィンも久しぶりに私と共に遠出が出来て、喜んでいるわ!」

「ヒヒーン」(ニンジン食べたい)

「おお、そうか、お前も嬉しいか!」

「ブルルルル」(飼い葉食べたい)

 嬉しそうな顔で馬を撫でる怪しい鳥仮面。

 ますますナイツは不安をかられる。



(まあ、さすがにこの王子も、今回は真面目にするだろうし)

 騎士長は、ため息をつきながら、道の先を見る。

 遠くに大きな城が見え始めた。


「そこの道行くお嬢さん。私は詩人のジョーカルと言う。君と私の今日の出会いを祝して、一曲歌いたいのだが、どうかな? ああ、お代は結構、君の笑顔で十分だよ? だが、どうしてもと言うなら」

 ナイツは、鞘から剣を抜いた。




 田畑を越え、モンスター除けの為の塀まで辿り着き、通行証を見せて大きな門を通り、ジョーカルとナイツは首都グラブレシアへと入った。

 タロトス王国を越える喧騒、人の群れの多さ。賑やかと言えばそうだが、ナイツとしてはうっとおしいと感じる人口密度だった。ただ鳥仮面の怪しさが薄れているのはありがたかった。


「なあ国家的に見ても、王子を剣で脅す騎士とか、反逆以外では無いと思うぞ?」

「そうですか? なら次はきっと反逆の時ですね」

 女中から貰った町の地図で、人混みから離れた宿へと行く。

 鳥仮面と騎士は、金を払って馬を宿そばにある馬小屋にとめて、魔法学校へと向かった。



 二重スパイの女中からすでに、学校長マジシアと会う予定を組んでもらっていた二人は、すんなりと学校の門を通して貰い中へと入る。

 学校の中では、ローブ姿の若い男女が、本を手にそれぞれの教室へと行きかっている。


「おお、ナイツ! なんかどこの部屋でも、面白そうなことやっているぞ! ついでだから見学していかないか?」

「おや? もう反逆の時ですか?」

「ケチめ」

 渋々と鳥仮面の王子は、騎士に背中を押されて、校長室へと向かう。



 校長室手前の待合室。誰もいない部屋についた二人は、そのまま校長のいる部屋へと向かう。

「って、王子、何で仮面を外しているんですか!?」

「む? これからお願いする相手に仮面をつけたままでは失礼だろう? それに相手にはすでに私が来る事は聞いているのだから、ここでは変装の必要はないだろう?」

「……まあ、そうですね」


 ナイツが先に進み、扉をノックする。

 「どうぞ」という女性の声が聞こえたので、ナイツは気にせずに扉を開いた。



「あら? どなたかしら?」

 そこには、グラブレシア王国の薔薇、ワドリス王女がいた。

 ナイツの裏拳が、後ろから入ろうとしたフールレ王子の顔面に入った。



「? どうかしたのかしら、その人?」

「いえ! お気になさらずに!?」

 後ろに倒れた王子の顔にすぐに鳥仮面をつけるナイツ。気絶した王子の顔が見られる前に、なんとかその顔を隠す事に成功した。

 突然入ってきたと思ったら、いきなり男が倒れたので、不思議がるワドリス王女。

 気絶したまま、動かないフールレ王子。


 ワドリス王女は知らないが、ナイツはワドリス王女の顔を知っていた。それぞれの国の姫の顔だけは遠巻きに見た事もあり、(美人だな)と思う程度の感想はあった。

(会うかもとは覚悟してたが、こんな突然とは!?)

 ナイツはパニックになりながらも、何とか腰を落として跪き、挨拶を始めた。

「ええっと、ワドリス王女様ですよね!? 私はタロトス王国の騎士のナイツ! そしてこの後ろにいる男は詩人のジョーカルと申します! 初めまして!?」

「はあ、初めまして? ……それより、後ろの方は大丈夫ですの?」

 いまだに夢の中にいる王子を、王女は気にする。

「大丈夫です! 王女が気にするような相手ではありません! 本当に!」

「はあ……とりあえず、そのままお話にならず、お立ちになってくださいませ」

「ありがとうございます」


 言われた事を断っても失礼だと、ナイツは立ち上がる。しかし王子は倒れたまま。

 ナイツは王子を蹴る。しかし王子は目覚めない。


「我々は校長と話し合う予定があり、ここに来ました! それより王女はなぜ、このような場所に!?」

 ナイツはなんとか話を逸らそうと、必死に考えを張り巡らせていた。

「ええ、私はここの卒業生ですのよ。さらに校長であるマジシアは、私の専属家庭教師もやっていた。私がここにいるのは、おかしくありませんのよ?」

「そ、それもそうですね」

 王女の微笑に、ナイツは今の状況も忘れそうになるほど、胸の鼓動が高鳴った。

 ナイツは思わず、足元の男を蹴る。王子はいまだに気絶している。


「本当はですね、私、魔法を習い直そうと思いましたの」

 王女は自らの恥を明かすように、答えた。

「え? しかし王女は……」

「私、壊す魔法や防ぐ魔法は得意ですけれど、実は回復の魔法は苦手で……先生は得意不得意があるから仕方ないとおっしゃっていましたけれど」

 王女は伏し目がちになり、恥じ入るように告げる。

「どうしても、どうしても治してあげたい、相手がおりまして」


 ナイツはその相手が、誰なのか理解した。

 思わず、倒れている男を蹴る。しかし男は立ち上がらない。


「あの時は、なぜか供していた回復魔法の使い手が腹を痛めて途中で帰国してしまい、そのせいで王子の足の治療ができませんでしたわ。タロトスには良い治療魔法の使い手がいないようで……ああ、貴方方の国を貶めるつもりでは」

「いえ、本当の事ですし、気にしておりません」

(実はペイジスが、わりと使えるのだが)

 万人が振り返るだろう、王女の微笑み。少しハニカミながら王女は続ける。

「……いつもなら、こんなことを初対面の方に言う事は無いのですが、なぜでしょう? あなたの、特にそちらの倒れている方を見ると、言葉が自然と……」

(不味い、バレる!?)

 ナイツは顔に汗を拭きだしながら、どうしのぐかを考えていた。


 そこに第三者の声が入る。

「人が離れている間に、にぎやかになっているわね」

 大人の女性の声に、ワドリス王女が口を開く。

「マジシア先生」

 この魔法学校の校長であるマジシアが、自らの部屋に戻ってきたのだった。

 その姿に騎士は困惑する。

(あれ? マジシア校長って七十代だと聞いていたが、どう見ても三十から二十代に見えるが?)


 ワドリス王女が、マジシアに声をかけた。

「マジシア先生、この二人は」

 ナイツは頭を下げて、挨拶をした。

「私はタロトス王国の騎士ナイツと申します」

「そして私はタロトス王国専属の詩人、ジョーカルと申します」

 今まで気絶したはずの王子が突然に立ち上がり、恭しくマジシアに挨拶をした。


「おお! そして、これはこれは、この王国の薔薇! 麗しき姫君! 美の化身とも言われしお方! グラブレシア王国の王女、ワドリス様! 挨拶が遅れて申し訳ございません! 我が名はジョーカル、タロトス王国で拙い詩人などをやっている、卑しき男でございます!」

 腰を落として、深々と頭を下げて挨拶する鳥仮面。

「え、ええ、初めまして」

 その不気味さに、王女は若干引いた。


 その様子に鼻を鳴らして、マジシアが告げる。

「王女、私はこれからこの二人と大事な話がある。悪いけれど、魔法の詳しい件は明日でいいか?」

 そう言って、マジシアは一冊の本を手渡す。

「それは私の秘蔵の一冊、回復の魔法に関するものだ。今度、ここに来るまでに読んでおきなさい」

「はい、明日までには」

「……そこまで急がなくていい」



 ワドリス王女は三人に別れを告げて、部屋を出て行った。

 校長室の扉が閉まり、自動的に錠が下りた。

「では、話し合いをしましょうか」

 この部屋の主たる女は自らの机に向かい、座る。

「あらためて初めまして、騎士のナイツ様、そして今回の元凶たる王子フールレ様」

 見た目に反して貫禄のある姿、そして鋭い眼光が王子に突き刺さった。



「元凶とは、これ。いえ実際そうですが」

 さすがに相手が相手だけに、たじろぐ王子。しかし負けじと仮面を外して、挨拶を返した。


 その姿をつまらなさそうに、マジシアは見る。

「全く面白くありません。私の可愛い愛弟子が、どこぞの顔だけの王子に誑かされ、あまつさえ、そのせいで国の危機とは」

「面目ない」

 代わりに頭を下げる、ナイツ。


 マジシアは両肘を机に着けて、深いため息をついた。

「魔法でどうにかしようと言うなら無理ですよ。確かに記憶をいじる魔法自体はありますが、あれは自身より弱い相手にしか通じません。ワドリスはこのマジシアより、はるか上を行きます。魔法など効きません。おそらく他の国の王女にもです」

「……そうですか」

 当てが外れて肩を落とすナイツ。

 しかし王子はそれほど落ち込んでいなかった。

「なに、最初から記憶をどうにかするというのは、気にくわなかった。私としては、欲しいのはその知識です。あなたのような美しき人に、学べるのならば、これ以上の幸せはありませんよ」

「ふふ、私まで毒牙にかけようというの、坊や?」

 妖艶な笑みを浮かべながら、マジシアは立ち上がった。



「まず問題点」

 マジシアは歩きながら、まるで生徒に教えを施すように言葉を並べる。

「問題は、四つの大国の姫達が、一人の王子に惚れている事。そして、その姫四人がそれぞれ、高い戦闘力を誇る事。この私ですら及ばないほどのだ。そして四人とも当然ながら姫である為にプライドが高い事」


「姫達はそれぞれ、王子と相思相愛だと信じていると女中から聞いている。そしてそれは王子と姫だけの秘密であり、姫の側近と王子の側近ぐらいしか知らない情報。女中達はバレない為に、誕生日の日時をずらして王女達に伝えて、姫同士が会わないようにするなどの手段を講じている」


「そして四人ともが純真であり、裏切りを嫌悪している。もし王子に騙されていると知れば、暴力に訴える可能性は十分にある」


「問題はその暴力が、どこまでの範囲に広がるかだ」


 王子は手を挙げて、質問する。

「あの、できれば私個人に対する暴力から、止めてほしいのですが」

「却下」

「ええ?」

「女心を遊んだ罰だ、いくらかの被害は受け入れたまえ」


 何か言いたげな王子を無視して、校長先生は話を続ける。

「そして解決法だが」


「一つは王子をどうにかする。逃がすなり、死なせるなり、行方不明なりだ。だが、これをすれば王女達は捜索の為に自分が婚約者である事を大々的に広げる可能性がある。結果、姫同士が裏切りを知り、暴走する可能性が高い」


「もう一つは直接、王子が謝る。これが最も正しい選択ではあるが、相手が姫であり、さらに単体での戦闘力が高いのが問題である。癇癪を起した場合、どれだけの被害が出るかがわからない。もちろん、私でも止められない」


「止められないんですか?」

 ナイツは思わず口を挟んだ。

「残念ながら、私は多数の魔法を知っているが、単純な戦闘力はワドリス王女の方が上だ。しかも、姫同士は実力は互角だという噂。それが本当なら、お手上げだ」


「では如何すれば良いのだね、麗しき魔法使いよ?」

 王子の言葉に、魔女は冷たく返事をした。

「幻滅されるしかあるまい」



「それしかないか」

「そうですね」

 王子とナイツは納得した。



 姫達に飽きられ、見放される。

 実のところ、王子達はその手を考えていた。

 しかし、念のために識者たるマジシアに話を聞きたかったのである。


「全く、最初から答えがわかっているなら、私に聞きに来るな」

 王子に対して、あまり良い感情を抱いていないマジシアは、椅子に座ってため息をついた。




「それで、どうやって幻滅されようか?」

「裸踊りとかすればいいんじゃないんですか?」

「そうだな。花を頭に刺してみるとか?」

「ああ、かなり馬鹿っぽいですよ王子。百年の恋も冷めそうです」

 相談し始める王子とナイツ。

 もはや無関係となったマジシアは、二人を追い出そうと声をかけようとする。

 その時、あるものに目が付いた。


「その手紙は何だ?」

「ん? ああ、これは」

 フールレ王子が懐からはみ出た手紙を取り出す、マジシアが見えた通り、ワドリス宛てと書かれていた。


「これは週一で送っている、私からワドリス王女への手紙だ。来るついでに城の者に渡してもらおうと頼みに来た。ついでだしな」

「今から嫌われようとしている相手に、手紙か? ……うん? 週一回?」

「ああ、ちなみに他の姫達にも送っているぞ」

 王子の言葉に、マジシアは沈黙する。


 王子とナイツは、手紙について考えだす。

「そうだな、習慣でやっていたが、送るの止めるか?」

「いっそ、悪口でも書いて送ったらどうです?」

「それも手か、いや、下手に怒らせたら、私の命が……」


 マジシアが立ちあがり、つかつかと歩いてフールレ王子の元へ行き、手紙を奪った。

「なんだ?」

「ちょっと見せてみろ」

 有無を言わさず、マジシアは封を開けて中身を見た。




”……王女ワドリス。今日、夜の月を眺めていたら、君の顔が浮かび上がった。君の事を考えて、どうにも眠れない。君の声が、君の目が、君の全てが、私の記憶の中で私を捉える。なあワドリス? 以前の誕生日の時、君に触れた手が熱いんだ。君の感触を私はどうしても忘れられない。この事を忘れるには、やはり君自身にもう一度、会う必要があるだろう。君の全てで、私の記憶の中の君を上書きし……”




「なんだこの気持ちの悪い文章は!? しかも無駄に達筆だし!?」

 手紙を手にわなわなと震えるマジシア、その言葉に首を傾げるフールレ王子。

「気持ち悪いとは結構な言い草だな。姫達は喜んで文通してくれているのに」

 心外だと、王子は抗議した。しかしマジシアの耳には入らない。


「待て、貴様。こんな内容の手紙を毎週、送っていたのか?」

 驚きの目のマジシアに、フールレ王子はうなずく。

「週二回の時もあったぞ。それに相談に乗る事もあったな」

「……相談?」

「ああ、父親の大切な壺を割って怒られたとか、魔法学校に入って緊張するとか、先生に叱られて辛かったとか、思ったように魔法が覚えられなくて悲しいとか、首席で合格できて嬉しいとか……」


「待て、待て待て待て待て待て」

 顔面を蒼白にしたマジシアが、混乱した様子でフールレ王子を止めた。

「それは何時からだ?」

「はい?」

「何時から、お前達は手紙を送りあっている?」

「何だ? 女中から話を聞いてないのか?」


「十年前に会った六歳の頃からだ。その時に結婚の約束もした」



 ふらふらとマジシアは、手紙を手に椅子に座り直した。

「不味い」

「どうした?」


「この愛、思ったより根が深い」



「「え?」」



 しばらく放心していたマジシア。しかし、突然に振り向き、鋭い視線を王子とナイツに送る。

「お前たち、今日は帰れ」


「「ええ?」」


「それと手紙は週一で今まで通り送れ、この手紙は私が王女に渡しておく」


「「えええ? なんで?」」


「それとだ。幻滅作戦は止めろ。あと私には良い案が思いつかなかったが、これからも協力はする」


「「はい??」」


「それと明日、スペディロス帝国に行き、そこの宗教地であるアルカナスの教皇と会え。お前たちがすべき事は、知り合いを増やす事だ!」


「「なんで???」」


「もういいから早く帰れ!!」


 フールレ王子とナイツは、追い出されるように帰国した。








 その日の夕方。

 マジシアは城に行き、王女の部屋を訪れた。

「あら? 先生、何か御用ですか?」

 魔道書を熱心に読んでいたワドリス王女が、来訪に応対するために立ち上がる。

「ああ、先ほどのタロトス王国からの使者から、手紙を預かっている」

「手紙ですか?」


 マジシアから手紙を受け取る、その内容がフールレ王子からの物だと知ると途端に表情を綻ばせた。

「すまない。悪意のある内容かもしれないと、中身を確認させてもらった」

「!?」

「安心しろ。誰にもこの事は話さない」

「……先生、ありがとうございます」


 部屋を出ていくマジシア。

 その姿を見送った後、ワドリス王女はその手紙を胸に抱きしめた。

 その時だけは彫像の様な王女が、一人の恋する乙女へと変化していた。



 廊下で一人、マジシアは考える。


(私はてっきり、もっと浅い物だと思っていた)


(王子の顔だけを見て、騒いでいる少女の愛だと。あるいは相手ではなく、恋愛そのものに愛情を向けたただの盲信だと思っていた)


(だが違う。もはやフールレ王子は、ワドリス王女の人生そのものだ)


(あの子はいつだって強がっていた。私どころか両親にすら、弱音や本心を見せないようにしていた)


(その全てをフールレ王子に預けていたのだな)


 マジシアは頭を抱えた。

 もしも、これがフールレ王子とワドリス王女だけの話ならば、別に教え子の愛を応援しても良かった。

 だが王子は言っていた。他の姫にも同じような手紙を送ってきたと。


「不味いな。王女達に王子を半殺しにさせて、終わらせるつもりだったが」

 魔法学園の学校長は城の外、夕暮れの空を見上げる。

「これは本当に、大戦争があるかもしれんな」

 マジシアはこれからの事態を考え、備えなければならないと気持ちを引き締めた。









 帰国したフールレ王子とナイツは、ペイジス大臣に話をした。

「アルカナスですか。確かに四大国で最大の宗教団体ですね」

「スペディロス帝国にあるのか?」

「ええ」


「アルカナスは特殊な規定がありまして、教皇は必ず双子の男女でなければなりません。現在は若い男女がやっているそうです。……しかし、なるほど、彼らを味方につけて裁定を受ければ、ダメージを低減させられるかもしれませんね」

 ペイジスが納得し頷いて見せた。


 ナイツは明日も王子と一緒かと悩みながら、相手の名前を聞く。

「双子の教皇の名前ですか? 男子がハイ・エファント、女子がハイ・プリエテスです」



(ハイ・エファント? ハイ・プリエテス? どっかで聞いた名だな?)

 王子はその名前に首を傾げた。



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