第0話『愚者の王子』
それは昔のお話。
フールレ王子の父である国王は、小国であるタロトスを生かす為に、周りの大国に頭を下げて回る必要があった。
グラブレシア、スペディロス、ハートノア、ダイヤク。それぞれの国に行ってはへりくだり、媚を売って自国を守っていた。
四大国は丁度、王子と同じ年齢の姫君がいた。
国王はまだ幼少であったフールレ王子に、相手国の姫と仲良くするように使命を送った。
まだ子供でありながら、女性が好きだった王子は言われた通りにした。
王女に会った。
歌をうたった。
仲良くした。
一緒に遊んだ。
食事をした。
花束を贈った。
立場の不安を慰めた。
一緒に城中を探索した。
一緒に町のいろんなものを見に行った。
時にやりすぎて、一緒に怒られたりもした。
大人になったら結婚しようと告げた。
自国に帰り、別れてからも、週一回は手紙でやり取りした。
それを王子は、それぞれの国の王女とした。つまり計四回した。
そして現在。
十六歳の一ヵ月ほど前に、王子の元に四通の手紙が来た。
どれもが各国の王女の物。そして内容を要約すれば以下の一文となる。
『そろそろ、私と王子も結婚しませんか?』
「どうして、こうなったんだ?」
「いや、どう考えても結婚しようと言ったのが問題なんでしょうが」
自室で頭を抱える王子に、護衛でもある騎士長の男ナイツがツッコミを入れた。
十六歳の誕生日をどうにか切り抜けた、フールレ王子。
しかし問題を先送りにしただけであり、まだまだ王子には危機が迫っていた。
昼間のタロトス王国。
小国とはいえ、石作りの城下町は活気に満ち溢れていた。
しかし西日が差し込む一室では、一同が暗い案件を抱えて苦悩していた。
その部屋はタロトス王国の王子、フールレの部屋だった。
「どうすれば、どうすればいいのだ!?」
自室をうろうろと歩く王子。
整った顔立ちが、苦悶の表情で歪む。
「このままでは、この国は、そして私の命は無いぞ!」
タロトスは小国である。
四つの大国には技能でも財政でも軍事でも、国力で圧倒的に負けており、戦っても勝利は無い。
さらに四人の姫君もまた問題だった。
それぞれが五百年に一度の怪物と言われるほどに、高い戦闘力を持っていたのだ。
もし単独でこの国に挑んできても、この国の総戦力でも勝てそうになかった。
そして、その四人を口説き落とした王子。
本人としては、自国の為であり自分の為でもあった。
この事態は全く想定していなかった。
「もし他の姫にも粉をかけていた事をバレたら、私は八つ裂きにされる……!?」
姫であるがゆえにプライドも高い。
また十年近く、手紙で口説き続けたために、姫達にとっては一夜の恋の熱などでは無くなっていた。
それが嘘偽りの物だと知れば、どれだけの怒りを買うのかわかったものでは無い。
実際に四人は裏切りを心から嫌っていた。その事は今までの手紙の内容から、王子は理解していた。
「駄目だ、良い言い訳が、全く思いつかない!」
今までにないピンチに、王子は額に汗をかいた。
彼のファンである女性が見たら、汗に濡れたその姿も美麗であると称えるだろう。
悩む内容は全く格好良く無いが。
「落ち着いてください。フールレ王子」
同じ部屋にいたペイジス大臣が、静かに声をかけた。
「ペイジス! この城一番の頭脳たる貴公には、この問題を解決できないか!?」
「できませんな」
気勢の籠った王子の問いに、あっさりとペイジスは首を振る。
「そもそもですね」
「私は老け顔だと自分でもわかっておりますが、まだ二十八ですし。魔法はそれなりに使えますが、知識が高いというわけではありません。今この城にいる者達の中では血筋は高い身分ではありますが、それでも木っ端貴族の身。大臣としての役職には全く向いておりません」
「な!?」
「頭脳と言われても、私には深い見識などありませんよ?」
王子は、床に膝を着き頭を抱えた。
「なぜ、こんなことに」
「貴族関係者と国王夫妻は逃げ出してしまいましたからね」
「うぐぐぐ」
十六歳の誕生日より一か月ほど前に、王子は四つの姫からの手紙を受け取った後、どうすればいいのか悩んでも答えが出ない為、城の者の中で立場が高い者を全員集めた。
王の間で王子は現状を語り、皆に知識を求めた。
王子の両親である国王夫妻と貴族達、その他重要役職の者達は悩みに悩んだ。
このままでは姫そして大国のどれかの怒りを買い、滅ぼされかねない状況を打破せんと言葉を重ねた。
そして次の日。
王子を除いて、全員逃げ出したのであった。
両親である国王と王妃すら、息子の王子を置いて他国に逃亡した。
残された手紙には「お前に王位を譲る」の一文があったのだった。
「そういう状況でしたね。フールレ国王」
「黙れ! 私はまだ国王ではない! 王位継承の儀式もやっていない、王冠も被っていない、何も受け取るつもりはないぞ!」
こうして、現在この国は地位の高い者はほとんどいなくなっていた。
結果、貴族としては低位のペイジスとナイツが、要職に就く自体となった。
「父め、母め、……息子を置いてこの所業! 絶対に許さんぞ!」
ちなみに最後の足取りは、謎の変装した集団が大国から船に乗ってどこかに旅立った事だけは分かっている。
「そういえば、国費はどうなりましたか? 結構もっていかれたのでしょう?」
「ああ、それなら大丈夫だ」
立ちあがり、椅子に座り直したフールレ王子は、なんでもないように答えた。
「王女達に金が無い事を手紙で伝えたら、誕生日の時に来てプレゼント代わりにポケットマネーをくれた。現在の国費は無くなった時の十倍以上ある」
「……完全にヒモではないですか」
ペイジス大臣は頬を引くつかせた。
「王女達に結婚を諦めさせる手段は無いのか!?」
「ありませんな」
「土下座して事実を伝えれば、何とかならないか!?」
「十年以上、姫君の心を弄んで、いけますかね?」
「お前達はどうだ、女中達よ、何か手はないか!?」
壁際に立った四人のメイドが、一斉に答える。
「「「「ありません」」」」
「うぐぐぐぐ」
彼女達、メイド達は実はこの国の者では無い。
実はそれぞれの国の王女達から派遣されたスパイである。
『王子は誠実な人だから、裏切ったりしないだろうけれど、念の為に様子を見ていてほしい』
そう言われてメイド達は、この城に仕えた。
そして今の現状を知ってしまったのである。
知った彼女達は大いに悩んだ。
この国が滅びるのはどうでもいい。王子の自業自得である。
しかし、もし争いになれば、飛び火し大国同士での戦争になりかねない状態。
悩みに悩んだ末に、メイド達は仕える姫を裏切り、二重スパイとなった。
自分の本当の身分を王子に伝え、そして姫の状況を教えた。
決して結婚に至らない様に、そう立ち回れるように、姫の詳しい状況と対処の方法を教えたのである。
全ては自国の為、姫の為。どうにかして犠牲を王子とこの国に抑える為に。
「自分の魅力の高さも罪だな」
((((こんなバカな王子の為に、戦争が起きるなんて許せるはずがない!))))
四人のメイドは、フールレ王子にはとっくの昔に幻滅していた。
「騎士長ナイツ! お前には良い案が無いのか!?」
二十二歳という若さで騎士長の座についてしまった男、ナイツ。しかし剣の実力はこの国で最強であり、三年連続でこの国の剣闘大会を優勝している。
そして自身が剣しかない事を理解している。
「そうですね。俺は学が無いから、良い答えなんてわかりませんが」
ナイツは剣を鞘から抜いた。
「とりあえず王子を四分割して、王女達に配ったらどうですか?」
「ば、馬鹿野郎! そんな手があるか!?」
「お姫様方の女心を弄んだ男の、ケジメとしては良い手だと思いますが」
椅子ごと仰け反り、震え上がる王子に、ナイツは無表情で近づいた。
ナイツは王子の事を好ましく思っていなかった。
なぜなら王子は女好きだったからである。
ナイツには父を病気で亡くした若き母がいた、働き者の姉がいた、頑張り屋の妹がいた。
三人とも、かつて道端で王子に口説かれ、骨抜きにされているのである。
ちなみにメイド四人も口説かれていた。というかこの城の女性達は全員、口説かれていた。
家に帰れば王子の話。さらにはナイツにも王子の様子を聞かれる。
王子の愚か者ぶりを隠さなければならず、毎日のように嘘をつく。
その度に家族達は、王子を美化していった。
家族が誰に恋しようが構わないとナイツは思っている。しかし、この愚か者に恋するのは苛立った。
「国を窮地に陥れているのは、誰だ?」
国を守るために騎士へとなったナイツは、国のために死ぬ事を名誉だと思っている。
そしてフールレ王子は国の敵ではないかと、最近、思い始めていた。
「待てナイツ」
剣を手に近づく騎士を、ペイジス大臣は止めた。
そして冷静な顔で答えた。
「やるなら、姫達の手でやらせてあげなさい」
「この国には逆臣しかいないのか!?」
王子は味方のいない自室で、一人悲鳴を上げた。
ちなみにペイジスはすでに既婚者である。
七歳になった可愛い娘がいる。
最近、その娘が王子に夢中なのが、本気で苛立っていた。
「どうやって王子だけを犠牲に、この国を守るか……」
王子を生贄にする事で一致しそうな騎士長と大臣。
だが王子は不敵に笑う。
「フ、フハハハハ」
「いいのか? 私を殺して、本当に良いのか!?」
「私が死ねば、姫君達は真相を知るだろう? きっと争いになるぞ?」
「それにだ、私は切り札があるのだ! 君たち二人を重役に選んだ時、もう逃げられないようにある仕込みをした!」
「二人とそして逃げた両親や貴族達が、四人の姫達を口説くように脅したと。さらに色々と無い事をたくさん書いた手紙をある場所に隠した! お前達の手の届かない所にだ!」
「私が生きていれば、その手紙の内容は誰かが作った嘘だと釈明できるが、もし私がうっかり死ねばどうなる? その手紙が万が一に姫の手に渡ればどうなる!?」
「君達も、君達の家族も地獄の果てに死ぬ事になるだろうなぁ!」
こめかみに青筋を立てたナイツが、剣を向けようとする。しかし娘が大事なペイジス大臣がそれを止めた。
「止めるなペイジス! この悪王子は、俺がこの手で!!」
「やめろ、やめてくれ、ナイツ!」
「アーハッハッハッ! お前たちは私と一蓮托生だぁ!!」
悪党のように笑うフールレ王子。その姿に二人の男は絶望するしかなかった。
「さて」
いくらか笑って、落ち着いた王子。ナイツも剣を鞘に納めて、ペイジスも離れる。
四人のメイドも無表情で、一連の茶番を見届けた。
「これから、どうすればいいか、とにかく考えよう」
冷静になった三人と四人のメイドは考える。しかし、だからといって良い手は思いつかなかった。
「ペイジス大臣。本当に何か思いつかないか?」
「そうですね」
魔法と家族の事だけ考えて生きて来たペイジスは、頭をひねり答えを出した。
「私では無理ですが……私より頭の良い者に聞くというのはどうでしょうか?」
「ほう、当てはあるのか?」
王子の返答に、大臣は頷いた。
「グラブレシア王国にある魔法学校の校長マジシア。長命であり、潤沢な知識を持ち、そして数多の魔法を使う彼女ならばきっと」
「なるほど、その魔法使いならば」
王子は大臣の言葉を受け取り頷いた。
「私がハーレムを築いても大丈夫な魔法を使ってくれるのだな?」
「やっぱこいつ斬ろうぜ」
ナイツがまたも抜剣した。顔を青褪めて、椅子に座ったまま仰け反る王子。
「そもそも、こいつが王女様達を口説いたのが原因だし、悪の元凶は断った方がいいんじゃないか?」
「待ってくれ、ナイツ! 私が結婚の約束をしたのは、まだ十歳にも満たない子供の時だぞ!?」
「そんな時の約束を守らなければならないのなら、私は百人以上と結婚しなければならなくなるぞ!!?」
ナイツは剣を振り下ろした。
間一髪、生き残ったフールレ王子。
なんとか説得したナイツと共に、王子は魔法学校長マジシアに会いに行く為、一路グラブレシア王国を目指す事になった。
0話が二つあり、分かりにくくて済みません。
一応、予定ではタロットカード通り二十一話で終わらそうと思っています。