第15話『悪魔の郵便屋さん』
一晩、スペディロス帝国で過ごしたフールレ王子と騎士長ナイツは、タロトス王国へと帰国の途に就いた。
城門の出入り口。二人が帰る日の朝に、ソディレア皇女は悩みの無い笑顔で見送る。
「それじゃあ王子! 次はこちらから遊びに行くよ!」
「あ、ああ、それは嬉しい。遊びに来る時は事前に知らせて貰えると、さらに私は嬉しいぞ」
「ははっ! 当たり前だよ、一国の皇女が誰にも知らせずに他国に向かったら、下手したら外交問題だよ」
誰もが振り返るだろう、朝日に輝く、美男美女の微笑み。
王子の牽制を理解せず、心からの笑顔でソディレアは別れを告げた。
「それと」
微笑の顔で視線をずらし、皇女は王子の斜め後方にいる騎士を見る。
「ナイツ、今度は互いに全力でやろう」
「……はい、ありがとうございます」
悩みがあるなら解決してきなさいと、背中を押されたナイツ。
(いっそ告白して、断られるか? いや、別国の騎士長が皇女に身分も知らずに告白とかダメだろ)
頭を下げながら、ナイツは悩みの解決を探した。
こうして二人は笑顔の皇女から離れていく。
「また会おう! ソディレア」
「また会いましょう、ソディレア皇女」
「ああ! 二人とも元気で!」
名残惜し気に小さくなっていく二人の男の姿。皇女はそれが消えるまで、見送っていた。
鳥仮面を被ったフルーレとナイツは、馬に乗ってスペディロスから出ようとした。
そこで一人の女性と再開する。
高齢でありながらも若い女性。マジシアであった。
「二日ぶりだな」
「マジシア様!」
「マジシア、壮健でしたか」
馬から降りて挨拶する二人の男。
「ふん」
馬を曳いたマジシアは、鳥仮面の王子をつまらなさそうに見た。
「貴様の下らん思いつきのおかげで、未だに疲れが抜けんわ。しかし、それでも胸騒ぎが取れずに体が動いてしまう」
馬から離れてマジシアは、王子に近づいた。
そして赤い色の宝石が目立つアクサセリーを手渡す。受け取る王子。
「これは?」
「ワドリスからのプレゼントだ、ただの宝石では無く、ワドリスの破壊の魔力が込められている。直接、渡したかったらしいが、お忍びの件を国王から叱られてな、しばらく会えないので私が直接に渡しに来た」
「ふむ」
王子は躊躇なくそれを首に巻いた。
マジシアは馬に乗って、二人の男にも乗るように言う。
「アルカナス教団で聞いた事を、私も聞いておきたい。話せるか?」
青空の下、三頭の馬がゆっくりと歩きながら、タロトス王国を目指していた。
そしてマジシアは、アルカナス教団からの話を聞いた。
マジシアは馬に揺られながら、眉間に皺を寄せて、深く悩んでいた。
「五百年前に封印された魔王キングイ・カードルの復活……双子の男女が生まれなかったゆえのアルカナス教団の弱体化……魔王に操られた信者共」
「……すみません、マジシア様、実は」
「わかっている、魔王の事も双子の事も信者の事も、他言はしない」
ナイツにはっきりと宣言した後、マジシアは苦笑する。
「最近は胸騒ぎするばかりだったが、私の知らない所でそんな事態になっていたとは……何が魔法学校校長だ、年齢ばかり無駄に取っていたようだな、私は」
「そう自身を責めるな、女の年齢は魅力と大らかさをより深くするものだ」
「うるさいわ阿呆! 他の女の贈り物を身に着けて女を口説くな!」
魔女はため息を吐いた。
「しかし、なぜ信者達は双子を襲ったのだ?」
話題を切り替え、マジシアは疑問を口にした。
「それは、アルカナス教団が魔王の封印の為の教団だからでは?」
「う~む。さっきの話では以前はプリエテスを誘拐し、今度はともに爆殺しようとした。このあたりの一貫性の無さもわからんな」
悩む魔女に、王子と騎士は答えた。
「まだ完全に魔法をコントロールできてないのでは?」
「それにプリエテス様を誘拐したのは、プリエテス様に力が無いのを理解して、殺しても意味が無いと分かり、たんなる人質にした為だと思いますが」
「……なるほどな」
マジシアは頷き、馬に揺れる。
「もう一つ、魔王を探していたと弟に、妹か? ともかく探させていたという話だが」
女は横を進む、道化の王子を横目で見た。
「どうして貴様の国には行かなかったのだ?」
「ん?」
「この辺りで魔王の気配を感じた、だから四大国をめぐって親書を届けた。それは分かるが、なぜ四大国の中央のタロトス王国には行かなかったのだ?」
マジシアは疑惑の視線を王子に送る。
「そもそも、なぜ貴様達が護衛として選ばれた? ソディレア皇女は理解できるが、なぜ信者でも兵士でも無いお前達が?」
「う~む?」
言われてみればと、腕を組んで悩むフールレ。
少し間を開けて、代わりにナイツが答える。
「もしかして王子」
「魔王が封印されているのは、我らの国なのでは?」
一瞬だけ沈黙が三人の口を閉ざし、馬の足音だけが響いた。
王子がゆっくりと自らの部下に尋ねた。
「何故そう思う?」
ナイツは答える。
「四大国の姫が、魔王に対する切り札ならば、丁度その中央の我らの国に魔王が復活すれば、四方から攻める事が出来ます。あと、もし直接エファント様がタロトス王国に行けば、信者を操った時よりも、魔王の近くなら、もっとたくさんの人間を操れ襲わせられるのではないのでしょうか? その危険性を考慮して、エファント様はタロトス王国にはいかず、念のために移動していないかどうかを確認するため他国を回ったのでは?」
騎士の説明に、ただ馬が一鳴きした。
少し間をおいて、マジシアが聞く。
「ではフールレ王子が護衛に選ばれた理由は?」
「それなんですけど、これは直感なんですが」
ナイツは自らの主を見た。
「王子、もしかして何か知っていませんか?」
「え?」
いきなり質問を振られ驚く鳥仮面。
「いえ、国王夫妻や貴族達が逃げたのは姫様同士の諍いを恐れてですが、もしかして魔王も関係してるのでは? なら王族たる王子も魔王に関して何か知っているのでは? と思ったんですよ」
ナイツの特に深い考えのない推理。尋ねられたフールレ王子は考える。
「……魔王に、関して?」
「気のせいかもしれませんが、ここ二ヵ月で何か起きたりしませんでしたか?」
鳥の仮面を揺らし、深く思考するフールレ王子。
「何か……と、言われてもな、最近は姫達に振り回されていてばかりで」
「細かい事でもいいですが?」
「細かい事……うんん?」
「うちで十年間も病気をしなかった、伝書鳩のキングイが風邪をひいたとか?」
王子の答えに、騎士と魔女の二人は沈黙する。
「は、はは、いやいや冗談だ。鳩が風邪をひいて」
「フールレ、その名前をどこで聞いた!!?」
冗談めかしたつもりの王子に、マジシアが馬ごと迫り聞く。
「キングイという名前、どこで名付けた!?」
「え? えーっと?」
冗談のつもりだったのに、予想以上に突っ込まれて困惑する王子は答える。
「本人からだが?」
またも騎士と魔女は黙る。
「いやあ、うちの鳩は凄くてな。人間の言葉をべらべら喋るんだよ」
「そんな鳩が普通のわけないだろ!?」
ナイツもまた逆方向から迫り王子に突っ込む。王子は二人に挟まれる形となった。
「お、お前たち、落ち着け」
「え、王子? そんな喋る鳩に姫達の郵便を任せてたんですか!?」
どんどん迫る顔に、左右からの圧力に抑え込まれていく王子。
「あ、ああ、そうだが?」
「姫達も喋る鳩には驚いていたぞ? まあ私の使いという事で、受け入れていたが」
唖然とした顔の騎士と魔女。
魔女がその顔のまま、口を開いた。
「話を聞いて不思議だったのだ。なぜ、魔王の対策として力を得た四人の姫が、魔王の存在を感じ取る事が無かったのか」
「まさか使い魔として堂々と、姫達の前にその姿を見せていたというのか!?」
その頃。グラブレシア王国。
「王女よ」
「あら、鳩さん」
窓を押して開いた鳩が、袋にぶら下げた手紙を、器用にクチバシで持ち上げた。
それを嬉しそうに受け取るワドリス王女。
「ふふ、こんなに早く来てくださるのであれば、あなたにペンダントを運んでいただければよかったかしらね?」
「王女、約束は」
「はい、わかっておりますわ。王子との愛も、王子の使い魔たる貴方の事も、誰にも話したりはしませんわ。それでは失礼しますわね」
王女は植物の種を、駄賃代わりに鳩に渡した。
鳩はそれを咥えて、食べる。
王女が部屋の奥へと行き、手紙を開く。そこには強い愛の感情をたぎらせていた。
鳩は窓から動かず、そこで口を開くと、その愛の二割ほどを、遠くから霧のように吸い込んで飲み込んでいく。
(魔力とは感情、心の力に左右される。力が強い者ほど、感情に込められる魔力もまた高い)
霧を飲み込んだ後に、窓を器用に閉めて外へと飛んでいく鳩。
「魔力はこれにて十分」
「さあ、今日こそ我、魔王キングイ・カードルの完全復活の日だ!」
消えるような速度で、鳩はタロトス王国へと飛んだ。
そしてしばらくして、タロトス王国周辺に地震が起こった。
地震はすぐに止む、だが城とその周辺の人々は大きくざわめき、悲鳴を上げる。
湖にあった氷の竜の像を砕いて、それが湖底から姿を現した。
水を溢れ流しながら、湖の岸に姿を見せたのは、大きな塔。
それこそ、魔王キングイ・カードルの居城である、かつて封印された塔であった。