第12話『吊るされた男の主張』
快晴の空の下、馬車が進んでいた。
馬車に乗っているのはタロトス王国のフールレ王子、そのとなりのペイジス大臣。
そして向かいに座るグラブレシア王国の魔法学校校長のマジシア。
その隣に座りフールレ王子を睨み続ける、ダイヤク王国の第二王女ペンティクル。
四人はただただ、馬車に揺られて沈黙していた。
重たい空気に耐え兼ね、フールレ王子はペンティクル王女に話しかける。
「しかし、このペースで行けばダイヤク王国に着く頃には夜になってしまうのではないのか? 夜はモンスターが活発になるし、途中で何処かの宿で泊る必要が……」
フールレ王子の微笑に、ペンティクル王女は冷淡な視線で返しました。
「国境で戦車に乗り換えます。私の全魔力で疾走すれば、夕方までにはダイヤク城に着きます。そのまま城に泊って行ってください。たっぷりと姉様に説明していって行きなさい」
「……そうか」
少しだけ歪んだ笑顔で、フールレ王子はペンティクル王女の怒気を受け流す。
しかし表面上は王子は余裕がありそうだが、内心は処刑場に行く囚人の気分であった。
(やばいぞ! このままではコイフィに殺される!? なんとかしなければ、何か……そうだ!)
フールレ王子はマジシアへと視線を送る。
「なんだ?」
王子の気配に感づいたマジシアは、その視線の理由を聞く。
フールレ王子はゆっくりと話し出した。
「マジシア、頼みがある」
ダイヤク王国の城。
そこより幾ばくか離れた所にある山。
その山には洞窟があり、また魔法を消滅させる魔封じの石と呼ばれる鉱石が、採掘される山でもあった。
その山には牢獄があり、かつて罪を犯した魔法使いを閉じ込める為に作られた場所であった。
現在は牢獄は廃止され、一人の少女がそこを住処としている。
「ふっふ~ん、ふんふん!」
魔法のランプに照らされた山奥で、一人で本に文字を書く少女。
岩でできた壁の中にはたくさんの本と、魔法用の道具が並べてある。
その少女こそが、このダイヤク王国の第一王女コイフィであった。
「えっへへ、フールレ王子ぃ。……今度はもっと、豪華な金の像を作って送ってあ・げ・る・からねぇ! うへへへぇ!」
小さな女の子にしか見えない十六歳の王女。ただ一人で色々と呟きながら、魔法の研究を続けていた。
また魔法の本以外にも、彫像に関する本がいくつかあり、それの試行錯誤の精かと思われる金の塊が、地面にいくつも転がっている。
コイフィは書いていたペンの手を止めて、その横にある物を手に取った。
それはフールレ王子からの手紙だった。
「『君の瞳はまるで星の様、いつでも眺めていたい。でも眺めるだけでは駄目なんだ、その瞳の持ち主の君に私が側にいないと、息苦しくて』。うひ~! 私も、私も、王子が側にいないと!! でもこのまえ側にいるだけでなくて! だきしめられて、頭撫でられた、ふにゃあああ!?」
コイフィは王子の手紙を手にしたまま、顔を真っ赤にしたまま地面を転がる。
床は固いむき出しの石のはずだが、コイフィが転がった部分だけがベッドの様に柔らかくなり、コイフィの小さな体を抱きとめていた。
「ふへへへ、おうじぃ」
だらしない表情で地面に寝ころぶコイフィ。その時、振動を探知する魔法道具の時計が鳴った。
「……ちっ、うざいなぁ」
コイフィ王女はうんざりした顔で立ちあがり、部屋を出た。
天井が見えないほど、縦に長い大きなフロア。
壁にはいくつもの牢屋がある。しかし長い年月によってほとんどが錆て壊れている。
そんな薄暗闇のフロアで、コイフィ王女が待ち受ける。
何人かの足音がフロアの前で止まり、その中の二人の足音だけが進んできた。
コイフィから顔が見える位置にまでその二人が現れる。
立派な髭の生やした身なりのいい男、そしてその横にいるドレスを来た中年の女性。
二人こそがこのダイヤク王国の国王と王妃だった。
二人が何か声をかける前に、コイフィ王女は声を出した。
「これはこれは、お父様とお母様。このような悪趣味で泥臭い場所に、なんの御用でしょうか?」
小さな女の子の、棘を隠さない物言い、王妃はたじろぐが国王ははっきりと言った。
「コイフィ。ここを出て城に帰るんだ」
「ふん」
父親の言葉に、コイフィは視線を横に向ける。
「城に帰る? おかしな事を言いますね。確かに私が生まれたのはダイヤクの城でしょう。しかし私にとっては、この牢獄こそが育った場所です。私にとっての家はこの山です。帰ると言えばここ以外にありません」
返事も面倒臭そうなコイフィの答えに、国王はただ黙っていた。
そんな少女に、王妃が心配げに言う。
「ですがコイフィ、このような不衛生な場所にいつまでも……」
母の言葉にコイフィは嘲笑うかのように答えた。
「その通りです。ですから高貴なるお方は早く、ここから出ていくと良いですよ? 私はここが好きですし、高貴とはほどほど遠い身ですから、心配ならずとも病気になどなったりしません。ですから城に帰って貴族達と宝石でも自慢しあってください、目障りなんです、ダイヤク王妃様?」
その言い方に怒った国王が一歩進み、声を上げた。
「コイフィ! 貴様、母に対してなんたる言い草だ!!」
「うっさいな!!」
しかしコイフィは怒鳴り返した。
「今さら来て、いちいちうるさいんだよ! そんなに気にくわないなら、この国から出て行けと言えばいいだろう!? それとも何か欲しいのか!? 鉱石や魔法の研究に関する本なら、山の出入り口に置いてあっただろうが、好きに持って行けよ! それとも他に欲しい物があるのか? 鉱石か? 宝石か? なんだ!?」
「私達は、純粋に心配して……」
「しんぱいぃ?? 十三年おそいよ!!」
捲し立て、憎しみのままコイフィは両親を責め立てる。
「私が物心ついた時に、あなたたちは私の側にいなかった! いなかった所か、見にすら来なかった! 私が見たのはメイドが部屋に飾っていったあんたたちの肖像画だった! まあ、それも私が石に変えて壊したけどな! 私の小さい頃に側にあったのは冷たい石壁と、ランプの小さな火だけだった!」
「フールレ王子だけだった! 私が全てに興味を失くして、ただ何もせずに生きてきた私に、話しかけてきて触れて来て、一緒に山を駆けてくれた! その手を間違って石に変えたのに、気にするなと私に笑って……私はあの頃から、自分の魔法のコントロールを出来るようになりたいと、願った!!」
微笑みすら浮かべて、王子の事を思い出すコイフィ。そして目の前の両親を殺気を込めてにらむ。
「あんたたちのためじゃない! 今さらしゃしゃり出てくるな、ウザいんだよ!!」
小柄な体からとは思えない、強烈な敵意を込めた言葉。気圧される国王だったが、負けじと一歩進んで言葉を放った。
「コイフィ、とにかく話を聞くんだ!」
「石になりながらでも言えるのなら、聞くよ?」
コイフィの足元から、見えない魔力が地面を伝う。
それは国王の足元まで来て、そして、その男の靴を石に変えた。
「!?」
石化した革靴にヒビが入り、国王は咄嗟に後ろに飛びのいた。
「ハンッ!」
その必死な父親の姿に、コイフィは邪悪な笑みを浮かべた。
「言いたい事があったら言ったら? 次はその口が石になるかもしれないけど」
「……っ!?」
「安心してよ。私に関わらないなら、私は危害を加えない。復讐も憎悪も怒りも面倒臭い。そんなことをしたら王子に嫌われちゃうし」
「これ以上、話す事は無いよ。さっさとお帰りください?」
少女の見下した冷酷な目。
「コイフィ……」
国王は、なんとか言葉を紡ごうとするが、その娘の視線に遮られる。
国王の隣にいた王妃が、青褪めて震えて、今にも気絶しそうな様子だった。
(……ダメか)
もはや言葉を交わす事すらできないのかと、国王は自責の念を抱いた。
「親子の歓談中に、失礼する」
突然の第三者の声。
驚き、周囲を見渡すコイフィと国王と王妃。
しかしその姿はどこにもない。
「先日ぶりだな、コイフィ。そして二年ぶりでしたかね、ダイヤク国王夫妻?」
「「「……んなっ!?」」」
ダイヤク国王と妻と、そして娘のコイフィは同時に驚きの声を上げた。
暗くて天井の見えない牢獄のホール。
その天井からフールレ王子が、ゆっくりと降ってきたのである。
逆さまの姿で。
光の糸で逆立ちの状態で宙吊りのフールレ王子が、三人の頭上に現れたのであった。
蜘蛛を連想させるような姿に度肝を抜かれるダイヤク王家。
「はっはっはっ、すまんな。このような姿で。これには深い理由があるが気にしないで貰いたい。ああ、助けは不要だ」
王子がこのような姿なのは、王子自身の意見だった。
馬車内でフールレ王子は、マジシアに頼んだ。
「自分を魔法の糸で、逆さまにしてほしい」と言ったのである。
これはその姿のインパクトで相手を困惑させて怒りを削ぎ、さらには土下座より頭を下げて謝り、その罰を受けている最中の罪人のような無様な姿で相手の同情を買おうとしていたのであった。
その提案に、馬車にいた王子以外の三人は呆れて言葉も出なかったのである。
現在、フロアの天井付近ではマジシアが魔法の糸でフールレ王子をぶら下げていた。
(これ、結構、きついぞ!?)
ここは魔封じの石のある洞窟。マジシアは削られ続ける魔力に、必死に魔法を使い続けていた。
「コイフィ王女」
唖然としていたコイフィ。
しかし、見上げたそれが王子である事を認識し、徐々に今の状況に気づき始めた。
「え? ……あ、いや、ちが!!?」
自らの冷徹な姿を見られ、パニックになるコイフィ。
そんな少女に、逆さまの髪を揺らして、微笑を浮かべながら王子は告げる。
「相変わらず愛らしいな」
「へ、はっ!?」
予想していなかった言葉に、コイフィはさらに困惑する。
王子は物理的に王女を見下ろしながら、言葉を続ける。
「いや、裏表のない天真爛漫さだと思っていたが、その内面にはマグマと暗闇を秘めていたわけだ。やはり、女とはそうあるべきだ。心のうちに別の影を持っているからこそ、その姿に美しさが宿る」
「え、あの、フールレ王子?」
「うん、どうした? ふふん、コイフィ。断言しよう、その姿を見た今、私は君に花の様な可憐さと宝石の様な美しさを見た。昨日の君を私は抱きしめていたが、許せ、あれはかなり手加減していた。花と思えた君を強く抱きしめれば、君を傷つけてしまうのではないかと、恐れていたのだよ。だが君の中にもそんな濁った心があるのなら、遠慮はしない。次からは力強く、抱きしめる! 抱えるのではない、全身で強く抱きしめる! 頭を撫でる? そんなのは児戯だ! 次は全身、隙間なくこの身で包みこむと宣言しよう!」
「え、えええ!??」
意味が分からない状況にただただ戸惑うコイフィ。だが、愛する男にセクハラのような発言を受けている事を理解し、顔を赤くした。
赤くなって俯くコイフィ王女。
そんな少女に、フールレ王子は優しく声をかけた。
「おお、愛する王女よ。……しかし、一つ減点だ」
「なぜ私にその苦しみを相談しなかった? 私と結婚すると、外の国の者ではないと告げた君が、なぜその姿を偽った?」
責めるような王子の物言いに、コイフィは息を飲み込んだ。
しばらくの沈黙。顔を上げたコイフィはたどたどしく、言葉を放った。
「だ、だって、こんな、こんな姿を、こんな思いを知ったら、王子が私を嫌いになると思って、皆みたいに私を嫌うだろうって!!」
「ふむ」
「本当の、私は、明るくも元気でも無い! 本当は薄暗くて泥臭くて、こんな牢獄がお似合いなんだ!」
「ふむ」
「王女としての役割なんて出来っこないよ! こんなチビで暗い奴にお姫様なんて無理だ! 両親に愛されたペンティクルの方が、ずっと王女として……」
「そんなことはありません!」
天井から女が一人飛び込んできた。
コイフィの妹であるペンティクルだった。
土煙を上げながら、地面に着地する第二王女に、コイフィは今日二度目の驚きの表情をする。
「姉様! お聞きください!」
「ぺ、ペンティクル?」
真剣な顔をしたペンティクルが、コイフィに告げる。
「私は物心ついた時から、ずっと、毎日のようにお父様とお母様から、お姉様の事を聞いておりました! お姉様は自らの魔法をコントロールする為、自らに負けない為にずっと戦っているのだと!」
コイフィはペンティクルを見返した。
「嘘、だ!」
「嘘ではありません! コイフィお姉様の魔法は感情によって振り回されるもの、ゆえにお父様とお母様は極力、お姉様に会いに行きませんでした! 姿を見せれば、しばらく魔法が暴走する! お姉様に恐怖していたからでも、見捨てていたからでもありません! この牢獄もそうです! 魔法封じの石でできたこの山ならば、その魔力に苦しむことも少ないだろうと! だから!」
「嘘をつくなっっ!!」
話を続けようとするペンティクルを、コイフィは大声で止める。
「それが」
「それが本当だったとしても、だから何だ? 私が一人、苦しんでいたのは事実だろうが! 善意があったから全て許せと? 善意があったから苦しめても良いと? ふざけんな、そんなそっちの勝手で」
「そのとおりだ」
ダイヤク王国の国王が、まっすぐにコイフィを見つめていた。
その隣の王妃もまた、コイフィを見ていた。青褪めていたはずの顔は、色が戻り、震えもおさまっていた。
国王は淡々と答える。
「私達、両親に善意のあるなしと、娘のコイフィが苦しんでいた事とは何の関係もない。大した手立てを打てなかったのも事実。そしてペンティクル、間違っているぞ。私達はコイフィに対し恐怖があった、最悪、王として見捨てる選択肢も考えていた」
沈黙が牢獄の間を包んだ。
天井近くで、魔法が苦しくなってきたマジシア。ぶらぶらとフールレ王子が揺れる。
「許すかどうかも、コイフィの勝手だ。そして私達がどうするかも勝手だ。……コイフィ」
両親の視線に、コイフィは身を竦ませる。
「な、なんだよ!?」
「そちらに行くぞ」
ダイヤク国王夫妻は、並んですたすたとコイフィの下へと歩き始めた。
驚き、思わずコイフィは魔法を使う。
「来るな!」
魔法が放たれる。目に見えないそれは、夫妻に当たる。
服の部分が石になっていく。しかし国王夫妻は歩みを止めない。
「やめろ!」
コイフィは殺意と憎悪を込めて、魔法を放った。
国王の右手が、王妃の肩が、二人の膝が石化する。
しかし二人は動きを遅くしても、確実にコイフィに近づいて行った。
ペンティクルはそんな三人を、少し離れた場所から、ただずっと見ていた。
目に焼き付けんとばかりに、ずっと見ていた。
体の三分の一が、石とかした夫妻。
二人はコイフィの目の前で止まった。
「あ……あ……」
魔法を使わず、ただ呻くコイフィ。殺意は無くなり、怯えた目で二人を見ていた。
「コイフィ」
王妃は穏やかに話しかける。
「……私はあなたを恐れていました。しかし殺される事が恐ろしかったのではありません。もう何の言葉も通じないのではないか? その事実が恐ろしかったのです」
「う……うあ……」
涙目になり、少女は首を振る。
「許せと……全てを……許せと……そう言うのですか?」
「それはお前の自由だ」
国王も穏やかに告げる。
「どんな魔法でも人の心までは自由にできない。我らが罪を感じるのかも、罰を受けたいのかも我らの勝手だ。そしてそれをどう思うかもコイフィ、お前の勝手だ」
答えに詰まり、コイフィは上を見た。
フールレ王子と目が合った。
王子は微笑し、悩む少女に告げた。
「許さなくていいぞ」
「……王子?」
「これは私の個人的な意見だが、愛だけは許さなくていい。親子愛でもな」
石となった手で、左右からコイフィは、両親に抱きしめられる。
コイフィの心の底では決して許せなかった。しかし、許せないままなら抱きしめられても良いと思った。
国王夫妻の石化が解ける。
両親に抱きしめられたまま、コイフィは泣いた。
フールレ王子を吊り下げていた糸が、ついにマジシアの限界を超えて千切れる。
頭から落ちようとした王子を、とっさにペンティクルがキャッチした。
結果、ペンティクルを押し倒す形になったが、第二王女は王子を蹴り飛ばした。
(水を差すような事をしないでください!)
(いや、これは不可抗力だろう?)
(……王子、今日の所は姉様に謝罪する件、先送りにします。今の状況でお姉様の心を曇らせるわけにはいきません)
(ふむ、わかった)
ペンティクルは両親に抱きしめられて泣く姉の姿を見る。
それが、ずっとペンティクルが望んでいた形だった。
夕暮れのダイヤク王国の城。
国王夫妻とコイフィが並び、城門の前にいた。
その前にフールレ王子とペイジス、そしてペンティクルがいた。
ちなみにマジシアは魔力切れで気絶し、さきに戦車に戻って横になっている。
「もう夕暮れ、泊って行けばよろしいのに」
「いえ、せっかくの家族の団欒に割り込むわけにもいきませんので、国境沿いの宿まで送ってもらい、そのあたりで休んでから帰ります」
残念そうな王妃にフールレ王子がウィンクして、ペンティクルに睨まれた。
「……それで、用事に関しては後日で良いと、そういうことであるな」
「はい、取り急ぎ果たすべき御用ではありませんので」
ペイジスが王子に変わり答える。
「ふむ、そうか。なら次は歓待する事を約束しよう。前回もすぐに帰らせたゆえ、これでは吝嗇者だと思われかねない」
「申し訳ありません。次を楽しみにしております」
頭を下げる大臣。
(まさか王子と大臣が揃って国を訪れて、浮気を謝りに来たとはこの状況では言えないな)
ペイジスは自らの状況の残念さを、嘆いた。
ペンティクルが戦車の調整に先に戻る。
国王夫妻はコイフィに頼まれて、城に戻った。
「フールレ王子」
もじもじと、顔を赤らめてコイフィが王子を見上げる。
「どうした、王女よ?」
「今日は、ありがとね。王子が色々と私に言ってくれたおかげで、私も本音で話す事に恐れが無くなった。まだ二人の事は許せないけど、それでも、うん、私は大丈夫だよ」
以前の様なヒマワリのような笑顔。しかし、横にいた大臣からはずっと素敵な物に思えた。
「へへ、お・う・じ!」
「なん!?」
コイフィがフールレ王子にとびかかる。
そして、その頬にキスをした。
赤くなったコイフィが王子から距離を取る。
「本当は、唇にしたいけど、今日はおあずけ!」
「またね! 愛してるぜ、王子!」
風のように走って、城の中へとコイフィ王女は去って行った。
王女の後姿を見送った後、王子とペイジスは二人きりになる。
「じゃあ、帰るぞ。ペイジス」
振り返る王子のその顔は、本当に何とも思っていない様だった。
ペイジスは王子に少し恐ろしさを感じて、質問する。
「……王子は、コイフィ様について、どう思っているのですか?」
「ん? 好きだぞ?」
きっぱりと答える王子。
「だって女の子だしな」
「質問を変えます。コイフィ王女様とペンティクル王女様、そしてダイヤク王妃。比較してどれぐらい好きですか?」
「その三人ならおんなじぐらいだな」
ははっと、王子は笑った。
(手紙を十年間送った相手と、数回しか会ってない女性が同じぐらい!?)
ペイジスは唾を飲み込む。
「……では女子としての部分を抜いたコイフィ王女様自身は、どう思いますか?」
「国益になるな」
平然と答えを放ち、フールレ王子は戦車へと歩いていく。
その姿を見て、ペイジスは呆然としていた。
最初はただのコメディにしようと思っていたのに、書くたびにシリアス方面が必要な事を思い知る。プロットを改定中。