第9話『隠者になりたい』
ハイ・エファント教皇の四大国巡りは、つつがなく終えた。
昼間にスペディロス帝国へと帰ってきた馬車は、そのまま大聖堂へと向かう。
「お帰りなさい、皆さん」
信者達を引き連れた少女、女教皇ハイ・プリエテスが直々に出入り口で出迎えた。
ジョーカル、ナイツ、ソディレアは馬車から降りて跪き。そして双子であるエファントは「ただいま戻りました」と頭を下げた。
プリエテスはすぐに一同を立たせ、微笑みながら労った。
「おお! 我が愛馬クインよ! 我が帰りを待っていたのだな!」
鳥仮面のジョーカルに変装した、王子フールレは大聖堂の厩舎で世話されていた自らの馬へとすり寄った。
「ヒヒーン」(青草食べたい)
「はは、そう喜ぶな」
互いに頭をすり合わせて、喜んでいた。
その様子を見ていたソディレアは、笑顔でジョーカルとナイツに声をかける。
フードを外し、素顔を晒していた。
「さて、これでお別れだな」
誰もが見惚れそうな爽やかな笑顔の姫騎士は、凛々しい表情になった。
「ナイツ」
「なんでしょうか?」
騎士はまっすぐに見つめる皇女にドキリとするが、何とか悟られないように表情を抑え込んだ。
「タロトス王国で一番強いのは君だ、そして私が知る限り君は一番強い剣士だった」
「ソディレア皇女には全くかなわなかったのですが?」
「ああ、ごめんごめん! これでは遠回りの自慢になってたな!」
破顔して頭をかくソディレア。微笑しながら、ナイツを見る。
「私もできる限り力になるが、残念ながら他の国だ。私の手が届かないうちに、君の国に危機が訪れる時もあるだろう。だから、その時に国を守れるのは君なんだ、ナイツ」
大国に襲われれば、瞬時に消滅するだろうタロトス王国。ナイツはその事を考えて答えた。
「俺に守れると思えますか?」
ナイツ自身は常識的な話として、無理だと考えている。
しかし、ソディレアはその考えを吹き飛ばす。
「私はこの十日間、ずっと君を見ていた。君の実力、そして君の意志ならばやり遂げる」
「出来るさ、君ならどんな脅威からでも国を守りきれる!」
それは根拠無き言葉。
しかしソディレアはその言葉を信じて、才能を努力で鍛え上げ、ここまで強くなれた。
それを感じさせる強い言葉だった。
憧れの女子として、同じ剣士として、王子に対して否定的なナイツも否定しきれない。
「はい、全力を尽くします!」
出来るとは認めないが、それでも国の為の騎士であろうとナイツは願った。
ナイツから視線をソディレアは動かす。
「それと」
馬から離れた鳥仮面のジョーカル。
ソディレアはその詩人に真正面から向き直し、一つ咳払いした。
なぜか顔が少し赤くなっている。
「今回はお互い、仕事だったから、あまり個人的な話はしなかったが」
「どうかなさいましたか? 愛らしき剣の姫よ」
微笑を浮かべるジョーカル。
ソディレアはもう一度咳払いした。
次の瞬間、ソディレアは一瞬のうちにジョーカルの鳥の仮面を外した。
そしてその晒されたフールレの頬に口づけをした。
鳥仮面を戻した姫君は、その顔を真っ赤にしていた。
「では二人とも、また会おう!」
皇女は目にも止まらない速さで二人から離れ、腕を振った後に消え去った。
「では帰るか」
頬のキスなど挨拶に過ぎないと、まったく気にした様子はないジョーカル。
「……そうですね」
ナイツは受け入れきれない自身の感情を処理しながら、馬を連れだった。
プリエテスとエファントのお礼と見送りの言葉を受けた二人。
「きっとまた会う事になるでしょう」
「その時は、こちらからもよろしくお願いします」
微笑む女教皇プリエテス、すこし顔を赤らめていた教皇エファント。
お礼を言うエファントに、再開を二人は約束した。
ジョーカルとナイツは二人、馬に乗ってタロトスへと帰国する。
手紙で今日、帰国する事を伝えられていた城の一部の者達。
ジョーカルとナイツの二人が戻り、ペイジス大臣と四人の女中が出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「「「「お帰りなさいませ」」」」
「うむ、ご苦労」
ジョーカルが王子である事を城の中で知る者は、ここの数名だけだった。
「変わりはないか?」
詩人の服から、王子の様相へと変えたフールレは、私室へと戻りペイジス大臣に尋ねる。
「特にはないですね。治世も滞りなく、大衆も問題はありません」
「ふむ」
「ですが」
大臣は咳をして答える。
「やはり国王夫妻と中央貴族達が姿を消した事が、市民の声に上り始めましたね。災害が起これば鼠が逃げ出すとでも言いましょうか、疑問や不安を呈する者も出てきています」
「やはりか」
政治を執り行っていたのは君主制である国王だが、しかし主に動かしていたのは貴族である。決して財を持ったお飾りの存在ではなく、タロトスの貴族達は権力も有していた。
「タロトスは小国ゆえに貴族の数ももともと多くは無いです。それに現在の資産は以前よりも多い為、手の減った政治で解決しにくい事は多額の金で解決できております、政は問題無いでしょう」
「ですが、やはり市民は今までいた者達が同時に消えた事、それ自体の理由を知りたがっています。貴族だけでなく、そこに仕えていた者達とその家族も船に乗って行ったようですし。今までは外遊の為だと考えさせてきましたが、さすがに長いと思われています」
「う~む」
国王夫妻と貴族達が姿を消してから一ヵ月と二週間ほど、もうすでに隠しきれない状況になっていた。
「どうすればいいか?」
王子の私室には王子の他、大臣と騎士長、そして四人の女中がいた。
しかし王子が目配せしても誰も返答はしない。これといった解決策は出なかった。
「もうしばらくは、手を分けた大きな外遊であると騙せるでしょう」
「頭の痛い話だ」
ため息をつきながら王子は悩む。
これといって答えは出ず、次の時まで先送りとなった。
夕日が照る時間帯。
赤く焼けた城下、井戸の近くで女達がお喋りし、子供たちが棒切れを持って騎士ごっこをして遊びまわっていた。
王国の騎士であるナイツは一人、歩いて見回りをしていた。
(う~ん)
見回りをしながら、ナイツは国王夫妻と中央貴族達が姿を消した理由を考えていた。しかしこれといって思いつかない。
(ま、いいか。元々、こんなことを考えるのは苦手だし)
元は一般兵士であり、しかし王子によって無理矢理に叙任され、いなくなった貴族の騎士長の代わりとして認められたナイツ。
実は周りの兵士や騎士からやっかまれていたが、ナイツ本人は気にしていない。何故ならいつでも止めてよかったからである。
実力で勝てない以上、直接に文句を言う者はいない。皮肉を言う者がいれば「じゃあ変わるか?」と気にした様子もなく返事をする。
騎士長としての仕事もほとんどしていない。そして、逃げた騎士長が戻ってきたら、すぐに一兵士に戻ると公言していた。
あくまで力で他の兵士を監視するだけの役にとどまっている。
一人で見回りをするのも、他の兵士に厄介がられていたからである。ナイツも自身には統率力など無いと考えていた。
(リーダーなんてガラじゃないんだよ)
悩みを捨てて、騎士は歩く。通りすがる市民たちの挨拶に返事をしながら、特に考えなく王国の側を歩いていた。
そんな騎士が歩いている途中、街中で一人の女性を見かけた。
どうやら数人の男にナンパされているようだ。しかし布を被った女はつれない態度。
面倒だと考えながらも、ナイツは止めにかかろうとした。
(……え?)
ナイツはその女を見て、顔を青褪めさせた。
ナイツはすぐに飛んで、仲裁に入った。
なぜなら、その女が魔法を使おうとしていたからである。
何の魔法かはナイツにはわからないが、それでも下手な魔法ならクレーターが出来るだろうとナイツが確信する。
騎士が介入してきたため、男達も去る。
女性に声をかけてナイツは人気のない場所へと移動した。女性もナイツを知っていた為、ついて行った。
「……どうして、町民の恰好をしてらっしゃるのですかワドリス王女?」
「お久しぶりですわね。ナイツ様」
答えになってない言葉を、グラブレシア王国の王女ワドリスは笑顔で答えた。
ワドリス王女を連れて、夕暮れの中で城に戻ったナイツ。
とりあえず城の部屋へと連れて行き、王子と大臣と女中達に報告した。
グラブレシアから来たスパイの女中を除く三人のメイドが、ワドリスを出迎える。
その間に、なんとか王子達三人はどう相対するかを協議していた。
ナイツは城の外を見る。
(面倒な事になったな)
王女の単独による他国へのお忍び。普通は考えられないが、しかしかつてソディレアは兵士を振り切って単独で来た事がある。
それを考えれば、実力は同じ王女が来る事は可能であった。
ナイツは城の中から、外を見る。
窓の外にはタロトス王国の、それなりに大きな湖が見えた。
(どうしたものか)
夕日に赤く染められた湖を見ながら、ナイツはぼんやりと考える。
それを見た瞬間、ナイツは寒気がした。
城を飛び出し、湖へと走るナイツ。
ナイツがたどり着いた湖には、小さな船。そして一人の青色の服を着た少女がいた。
「あ、あなたは」
「……あなたは、確か城に来た騎士様ですね?」
小さな声で語る少女は、ナイツに微笑を浮かべる。
「……お城まで、連れて行ってもらえますか?」
ハートノア帝国の皇女、カプノアがいた。
ナイツはカプノアを連れて城まで歩き、一室へと案内した。もちろん、ワドリス王女とは別の部屋である。
ナイツは王子達に報告、青褪める一同。
女中が分かれて、カプノアの世話へと行く。
(どうする? どうすればいい?)
ナイツは悩みながら、王子達から離れる。
地面が少しだけ揺れた。
何かが地面を進んでいる感触がナイツにはあった。
自らの勘を受けて、ナイツは城を飛び出し、近くの人気のない木々へと飛び込んだ。
そこには地面から鉄の塊が現れていた。
「地面を泳ぐ、モグラ戦車、大成功! ……あれ? ええと、確か君は騎士の」
ダイヤク王国のコイフィ王女が鉄の塊の蓋を開けて、中から姿を見せた。
その小さな王女を見て、ナイツは頭が真っ白になった。
この状況がどれだけ不味いのか、理解している者は、世捨て人にでもなりたいと思ってしまったであろう。
一瞬、ナイツもそんなことを思考してしまっていた。
(これは、死んだか?)
国がどうやったら滅びないのか、ただの騎士には考えつかなかった。