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序章『四人の姫と四股の王子』



 今日はタロトス王国の一人息子である、フールレ王子の十六歳の誕生日。

 燕尾服を着た男達と、美しいドレスで着飾った女達。そして様々な装飾と料理が王の間を彩り鮮やかにしている。

 魔法の光のランプによって、照らされた城は、夜の闇の中を輝いていた。



「さあ、皆の者。今日は私フールレの誕生会である! 遠慮はいらない、存分に楽しんでいくが良い!」

 今日の主役でもある王子が、声を出し人々に喜びを促した。

 王子の声に答えるように、煌びやかなダンスが回り、男女の間に笑みがこぼれる。

 フルーレ王子の誕生の日を、ここにいる皆が祝っていた。


 しかし、当の王子は玉座から動こうとしない。そうではなく動けないのである。

「ああ、王子、おいたわしや……」

 遠路はるばる来た、貴族の娘が王子のその姿を見て嘆く。

 そのどんな乙女も振り向く端麗な顔、王子としてこの場の主役として誠実な表情。

 しかし、その顔が一瞬だけ、時折、歪むのを娘は見逃さなかった。



 王子は両足にギブスが嵌められていた。

 今日の朝、馬から転落した王子は両足を痛めたのである。

 本来ならば、この無様な姿を晒さない為にも中止すら考えられるほどのケガだが、しかし王子は自らの過ちで、この日を待っていた者達の気持ちを無碍にしてはならないと、日を改めようと進言する者達の声を退け、今日の誕生の日を祝ったのであった。


 足が痛むのか、時折、物憂げな表情をする若き王子。


 その様子に、女達が悲し気な声を出す。

 それはこの国の貴族の三姉妹だった。

「ああ、王子。そこまで苦しいのなら、私達の為に誕生会など為さなければいいのに……」

「駄目ですわ、お姉さま。私達の為だけではありません。これはこの国の為でもありますのよ」

「そうですわ、あなた達。王子はこの国を背負う為に、決して弱味を見せない様、気丈にふるまわれているのですわ!」

 ドレスを着た貴族の娘達は、王子の一挙一動を見ながら、その苦しみの胸中に思いをはせた。

 苦し気な顔をしたかと思えば、すぐにまっすぐに見直す王子の姿に涙すら流しそうだった。




 この国の玉座は一つ。現在、他二つの玉座は取り払われている。


 フルーレ王子の両親である、このタロトス国の国王と王妃は、現在、行方不明であった。

 先月、突然に一部の貴族達と共に、その姿を消したのである。


 本来ならば、すぐに兵士を全動員し、町中にお触れを出すべき事だったが、王子はそれを止めた。

 タロトス王国は小国。弱味を見せれば他国がどうでるかわからないからだ。


 フルーレ王子のいるタロトス王国は、四つの大国に囲まれていた。

 何度も食い潰される可能性があったが、その度に媚を売り下手に出て、生き延びて来た。

 その姿を見て、嘲笑う他国の者達がいたが、しかしこの国の王族は決して心までは売らない。

 そうやって古くから生きて来た歴史があった。

 そうやってここまで繋いできた、先祖がいた。

 他者に笑われようとも、その者達に顔向けできないような事はしない。それがこの国の王族の矜持だった。


 ゆえに王子も、両親の捜索は他国に知られない様に、秘密裏に行っていた。



 だが捜索も一ヵ月。両親の行方はようとして知れず。

「王子はきっと、その心の中は両親に対する心配と焦燥、そして自国を突然に背負わなければならない不安で押しつぶされそうなのだわ」

「そのうえ、今朝はあのようなケガを負うだなんて……」

「ああ、神様はどこまでフールレ王子を苦しめれば、気が済むの!?」

 ダンスのことなど忘れ、三姉妹はただ王子の事を気遣っていた。


 王子には災難が続いていた。

 両親が原因不明の行方知れず。

 さらに朝には馬から転落し、両足に大怪我をする。




 そういう事になっていた。




 城の前が騒然となる。

 兵士達が数人、横合いから王子に語り掛ける。

 王子は表情を崩さずに兵士に返事をした。

「予定の客だ、ダンスを一時中止し、通せ」

 その言葉に兵士達は、王の間の者達を左右にわけた。


「来たようですね。王子」

 老けた顔の男。この国の重要官職たるペイジス大臣が、王子の横に立つ。

「ああ、そのようだ」

 王子は、玉座から動かず、その客を待ち受ける。




 それ自体が光り輝くような豪華な赤いドレスを着た、美麗な女性が堂々と王の間へと入ってきた。

 誰が為のパーティーだと知らないと言わんばかりに、女はその日の主役を奪い取る。

 一度も立ち止まることなく、王子の前まで歩き、女は足を止めた。


「あら、フールレ王子、お久しぶりね。どうやら健勝の様ですわね」


 妖艶な笑みを浮かべる、まるで夜の薔薇を思わせるような女性。

 彼女こそ、このタロトス王国を囲む四大国が一つ、その国の王女。


「ああ、久しぶりだな。グラブレシア国、王女ワドリス。あなたは相変わらず、美しいな」

「当然ですわ」

 王女は尊大な笑みを浮かべた。王子もまた、微笑で返した。



(これ、大丈夫か?)

(やるしかないでしょうな)



「何か言いまして?」

「いや」

 王子は玉座から動かず、言葉を繋げる。

「本来ならば、今すぐ立ちあがり、あなたの手に唇を落とし、そして気の済むまで踊りあかしたい所であるが、足がこの様でな」

「……ふん」


 王女は背を向け、嘲笑うかのように言う。

「別に構いませんわ、王子。この程度の場所で、私が満足できると思って?」

「ワドリス王女」

「この場所も、楽隊も、人々も、装飾も、料理も、全て全て、我が国の十分の一以下のスケール。こんなもので私が満足すると思って?」

 その言葉に苛立ちを感じる、城の者達。


 実際の所、彼女が言ったのは事実である。

 しかし突如、他国から現れた乱入者に国を貶められたのであれば、怒るのは城の者として当然であった。

 だが、今はこの国の代表たる王子だけは、表情を変えなかった。

「ほう、我が国は小さいか?」

「ええ」


「そのうえ、王子は下らない事で怪我。さらに国王と王妃は行方知れず。もはや、どうしようもありませんわね」


 その言葉に驚く城の者達。

 だが王子と大臣は相変わらず、表情を変えない。


「ええ、本当に駄目ですわ。せめて、このぐらいは、してもらわないと」



 突然、ワドリス王女の両手に光が生み出される。

 周囲の魔力を無理やり集めたその遣り口、轟音と空気が王女の手の中に吸い込まれていく。

 それは強力な魔法の塊。魔法に疎い物ですら、それが凄まじい物である事を理解させた。

 兵士達が王子を守らんと駆け寄ろうとするが、王子はそれを手で制した。


 ワドリス王女は自らが通って来た出入り口に向かって、魔法を解き放った。

 光の塊はまっすぐに開け放たれた扉を通り、外へと飛んでいく。


 そして城の外に出た塊は、角度を変えて上空へと飛んでいく。

 そして夜空で爆発した。



「……花火?」

「ああ、綺麗だ」



 夜空を輝かす、その火の花。

 窓の外から見える、その光景に人々は言葉を失う。


 大臣はそれを予め知ってはいたものの、目の当たりにして驚愕する。

 その魔法の範囲、コントロール、花火をかたどらせるバランス。その全てがあらゆる魔法使いを上回っていた。

「これがグラブレシア王国、王族きっての天才魔法使い、ワドリス王女の魔法……!」

 王女の立ち振る舞いに立腹していた城の者達も、その魔法の才に口を閉じるしかなかった。

 なぜなら、その魔法は、この国にいる全ての魔法使いをそろえても出来ない事だったからである。


 この王女一人で、この国を亡ぼせる。それを理解させてしまったのである。



「フールレ王子」

 全ての人が遠巻きにする中、ワドリス王女はゆっくりと王子に顔を向けた。

「私、今日は覚悟を決めて、来たのですの」

 その表情はさきほどまでの、見下した表情とは全く違う、女の決意に満ちた顔だった。

「王子、私は、かつての約束を……え?」


 何かを話そうとした王女の前で、王子が立ちあがろうとした。

 その顔は、無理をしようとした苦痛に満ちている。おもわず、王女は走り寄った。


「王子、何を……!?」

 赤いドレスを翻して、走り込んだワドリス王女を、フルーレ王子は抱き寄せた。

「お、王子!?」

「何、見事な物を見せてくれた姫に、座ったままでは失礼だと思ってな」


 そして王子は、王女の耳元に唇を寄せて、小声で話しかける。

「ワドリス王女、それ以上、言わないでくれ」

 その言葉に、王女は身を竦ませた。

「……しかし、今のままでは他三国から守り切れません。この国には守りが必要で、……私が嫁げば」


「一つはこんな無様な姿で君を受け止めたくない。もう一つは我が愛した父と母にその言葉を真っ先に告げたい」


「そして最後の一つは、……私も男なのだ。私に君を奪いに行かせてくれ」


 王子は玉座に戻る。しかし座り直す寸前、ワドリス王女の手の甲に口づけをした。

「う、……うぁ」

「恥をかかせて、済まない。ワドリス王女」


 顔を真っ赤にした王女。

 すぐに振り向き、周りに顔が見えないように俯く。

「ふ、ふん。これ以上は、無意味ですわ! 王子の無様な姿も見飽きたし、もう帰りますわよ!」

 そう言って、王女は王の間を足早に出ていく。


「ワドリス王女」

 王子の声に、びくりと王女は足を止める。

「今日のあなたは一段と美しかった、またその姿を見てみたい。いつか時間があれば、もう一度会いましょう」

 そう言って、笑顔で手を振る王子。

 王女は赤い顔を少しだけ振り向かせ、手を振り返そうとした所で、王女は恥ずかしくなる。

「お、王子。お誕生日、おめでとう……」

 王女はそう言って、逃げるように去って行った。



 その後姿を見て、王子は呟いた。

「あと三人」






 次の日の昼間。

 なぜか、今日も王子の誕生日が開かれていた。

 城下町では広場で小さな祭りが開かれ、人々が思い思いに祭りを楽しんでいた。


 そこに兵士四人を連れた、この国の王子であるフールレが笑顔を見せながら歩いていた。


 その姿に町娘達は歓声を上げる。

「キャー! 見て、王子様よ! 相変わらず、お美しいお顔!」

「本当だわ! 市井にまで見て回るなんて、なんてお優しい人!」

「……あれ? 王子様、昨日、足を怪我したとか、そんな話をきいたような?」

「大した怪我ではなかったのでしょう? 喜ばしい事だわ!!」


 人々が王子に声をかける中、そこに一人のフードを被った騎士が近寄ってきた。


「あれ、あのフードを被った騎士は誰かしら?」

「!? なにあれ、よく見たら王子に負けず劣らずの美形じゃない!?」

「いや、よく見なさい。胸が大きいわ……あれは女性よ!?」



「いやあ、フールレ王子。お久しぶりですね」

「!? これは、なぜ、あなたがお供も着けずに」

「何を言う。私にお供など不要だろう。……まあ、実際は振り切ってきたのだけど」


 腰に剣を拵えた女騎士は、気安い態度で王子に話しかけた。

 王子はその女性に、驚いた様子で名前を呼ぶ。

「ソディレア皇女」


 その女性こそ、タロトス王国を囲む四大国が一つ。スペディロス帝国のソディレア皇女だった。


「君だって、三人しか供を連れてないじゃないか。一人はなかなかの腕の様だけど」

「ああ、この男はナイツ。我が国の騎士長だ」

 王子に紹介された、軽装の一人の騎士が、前に出て頭を下げた。

「宜しくお願いします。姫」

「あはは、今は姫は止めてくれ。今は一人の騎士さ。しかし君、若いのに騎士長とは凄いね!」

「お偉方は皆、にげ……あ、いえ、色々ありまして。……それに若さなら、貴方の方が若いでしょう」

「あははは、それもそうだ」

 王女らしくない笑顔で、ソディレアは口にする。

「フールレ王子。お誕生日おめでとう、これで十六歳だな!」



 元々、注目される王子に、さらに一人の女騎士が話しかけている様は、庶民の注目の的だった。

 しかし他の兵士三人が、なんとか側に近寄らせないようにしていた。


「しかし、活気があるね。町の人々も良い笑顔だ」

 皇女が感心した様子で町を見ている。その隙に王子と騎士長が耳打ちする。


(予定通りですね)

(ああ、あとはどうやって、帰らすか)


「ん? どうした、二人とも?」

 振り向いた皇女に王子と騎士は慌てて、互いの距離を取った。




 そこに広場の外から、悲鳴が聞こえた。

「皆、逃げろ、暴れ馬だ!」


 祭りでの騒ぎが突然、町人達の叫喚と変わる。

 そして広場に、三頭の興奮した馬が入り込んできた。

「ナイツ!?」

「はい!」

 逃げ回る人混み。王子の言葉に、騎士長と三人の兵士はそれぞれの馬を止めようと、前に立つ。

 しかし馬達は張られたロープを巻き込みながら走り、人々の上にテントを倒そうとした。



「止まれ」


 女の声とその視線に、馬三頭が一瞬怯んだ。


 次の瞬間、バラバラだったはずの三頭の手綱が一人の女に捕まれていた。

「はーい、どうどうどう。いい子だから、大人しくしてねえ」

 その手綱を握った皇女は、笑顔のまま馬を従順にさせた。



(おい、ナイツ。動きが見えたか? 何があった?)

(ええ、あのお姫様。馬二頭を担いで、無理やり一ヵ所に集めてました。あとその前に倒れたテントを人を巻き込まないように倒してました)

(嘘だろ。全然、見えなかったぞ)

(俺もギリギリです。この国の兵士全員で掛かっても、あの姫には勝てませんね)

(マジか)



 いまだに騒然となっている広間。

 馬達を兵士に譲り渡し、ソディレア皇女は王子に近寄る。そして先ほどまでの笑顔を消し、皇女はまっすぐにフールレ王子を見た。

「……王子、いま、君の両親が行方不明だと聞いている。この国の全てが君の双肩に突然に掛ったんだ」

 そして皇女は、意を決して告げた。

「君も十六歳。他三国から守るため今こそ、あの時の約束を果たそう。私を君のよめ」

「ああっ、急に立ち眩みが!?」

「え、ちょっと!?」


 王子がふらつき、ソディレア皇女へともたれかかる。思わず抱き留める皇女。

 そして王子は皇女の耳元で囁く。


「ソディレア」

「え、あ、ちょっと何!?」

「私は確かに弱い。また、今はこの国の窮地である。もしも君が来てくれるなら、大変に心強いだろう」


「だが私も一国の王子なんだ。そして、一人の男でもあるのだ。出来る事なら君と支えあえる人間でありたい」


「もしこの急場を凌げられるほどの男になれたら、少しは君の側にいられる人間になれると思うんだ」


「信じて、このフールレを待ってくれるか? ソディレア?」


 フールレ王子の囁くような言葉に、顔を赤くするソディレア皇女。

 そして離れ際に、瞬時に王子は皇女の手の甲に口づけをした。



 さきほどまでの凛々しさはどこかに消え去り、顔を真っ赤にする姫騎士。

 皇女はフードを深くかぶり直し、そのテレた顔を隠した。

「し、仕方ないな。……どうしようもなくなったら、助けを呼ぶんだぞ?」

 そう言って、皇女は広間を去って行った。




 王子はその後姿を見て、呟く。

「あと二人」






 

 その日の夜。

 王子は一人、城の側にある湖の畔を歩いていた。

 月の明かりを映す湖は、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 王子はゆっくりと歩きながら、星空を眺める。

「やあ、こんにちは」

 そして、穏やかな口調で、湖のほとりに立つ少女に、フールレ王子は声をかけた。


 青いドレスを着た少女。静かに月夜に立つ女は、まるで湖の精霊の様だった。

「こんな夜更けに一人で出歩くのは危ない。モンスターに襲われてしまう」

 王子の声に、少女は微笑を浮かべて返事をする。

「……大丈夫、王子様が、私を、守ってくれるから……」

「カプノア皇女……」


 その少女は、タロトス王国の周辺四大国が一つ。ハートノア帝国の姫、名をカプノアという。



 二人は湖の横を並んで歩く。

 月の光のライトアップ、湖から聞こえる水の揺れを音楽に彼らはただただ歩いていた。

 二十分ほど歩くと、カプノアが喋り始めた。

「……王子様は、両親がいなくなったって聞いた、本当……?」

「ああ」

「……そうなんだ」


 カプノア皇女は立ち止まる。歩幅を合わせていた王子も、つられて立ち止まった。

「……フールレ王子。……約束、覚えている?」

「ああ」

「……私、弱いけど、力になりたい」

 月の光の下。青いドレスの王女は、まっすぐに王子を見つめる。

「……王子、貴方の国を守るためにも、約束を叶える時が来たよ。私、あなたのおよめさ」


 王子は皇女の、その細い体を抱きしめた。

「カプノア皇女」

「お、おうじ?」

「私は、弱い男だ。だが、このままでは駄目なんだ」

「……」

「私は王子だからな。この国を背負わなければならない。だから、こんなすぐに誰かに頼る人間ではいけない。きっと皆を守れる王になって見せるから」


「だから、それまで待っててくれないか?」


 カプノア皇女は、最初は王子を抱きしめ返す。

 しかし少し時間が経つと、ゆっくりとその身を剥がした。


「……王子」

「ああ」

 カプノア皇女の手を持ち上げ、約束の証としてその手の甲に口づけをする。

 皇女はその肌に赤みがさす。


「……王子、私、待っているね」



 その瞬間、湖から巨大な何かが飛び出してきた。

 それは大きな口を開けた、サメ型のモンスターだった。


 それを見て、動きが止まるフールレ王子。

(え、うそ、なにこいつ、女中、こんなモンスターがいる場所だって聞いてな)



「邪魔」


 カプノアが睨んだ瞬間。湖から、水で出来た巨大な手が現れ、空中でサメをつかんだ。

 そして、そのまま水の手はサメを握りつぶした。


「え?」


 飛び散る血液。水の壁が、その血飛沫から、王子と皇女を守った。


「ちっ! クソモンスターが、いい雰囲気が台無しじゃねえか」

「え? 皇女?」

「……なに?」

 一瞬、聞こえた罵声。それはカプノア皇女の口から聞こえた物だったが、しかし皇女自身は目でそれを否定する。


「……王子、皆が心配してるだろうから、私帰るね」

「あ、ああ、送ってくよ」

「……ううん、いい」


 湖の水が固まり、船が出来上がる。

 そしてカプノア皇女がそれに乗ると、船は勝手に動き出し、流れて行った。


「……王子、お誕生日おめでとう。また会おうね」

「あ、ああ」


 王子はその姿を見届けるしかなかった。




 その後姿を見て、王子は呟く。

「あと一人」








 次の日。

 今日は、王の間で王子のお誕生日会である。

 ただ集まっているのは王子の事を見知っている者だけである。

 ある事を知っている者達だけで集まったのである。

 酒の入ったグラスを、フールレ王子は掲げる。


「では皆さん、我が国の繁栄を祝して」


「お・う・じぃっ!」

 突然、小さな女の子が部屋に入ってきてフールレ王子に体当たりした。

「げふっ!」

「王子ぃ! 何者だ、貴様!?」



「えへへへ、王子様。今日は誕生日って聞いたよ……あれ、明日だった気がするけど。まあいいか」

 突然に現れて、フールレ王子に馬乗りになった少女。

 王子は少女を見上げて、何とか声を出す。

「き、きみは?」

「えへへ、いつもお手紙ありがとう。そしてお誕生日おめでとう! 私は、ダイヤク国の王女コイフィ! うわ、身近で見たら本当にイケメン! 今日から宜しくネ!」

「そ、そうか君が、よ、よろしく」


 馬乗りになったまま、王子にべたつく王女。周りの者は、その態度にただ困惑するばかりだった。

 その正体はタロトス王国を囲む四大国の一つ、ダイヤク国の王女コイフィだった。


 まるで向日葵を思い浮かべさせる、元気いっぱいの少女。

 あふれ出る熱に皆が気圧される中、一人の男が近づいた。

「え、えっとだな。コイフィ王女様」

「ん? おじさん誰?」

「ふむ。私はこの国の大臣のペイジス。……王子が苦しんでいるから、離れていただけないだろうか?」

「え、やだ!」



「私、王子と結婚するの! もう、ここに住むの!」

 子供のわがままを言いつつ、王子にさらにべた付く少女。


 そこに息を切らした大人の女性が、走って王の間に入って来た。

「も、もしわけ、ありません! ここに姉様は来ていますか?」

「あ、ペンティクル! 遅い!」

「姉様、何をしているんですか!?」


 ペンティクルと呼ばれた大人と思われる女性は、コイフィを掴んで離す。

「やめ、妹のくせに、姉に逆らうかー!」

「もう、お姉様、やめてください!」


 騎士長たる、ナイツが混乱しながら聞く。

「えっと、あなたは」

「すみません。私はコイフィ姉様の妹のペンティクルともうします」

 コイフィを腕でつかみながら、ぺこりと謝るペンティクル。

 ナイツは首を傾げて、もう一度、話を聞く。


「すみませんがもう一つ。女性に年齢を聞くのは失礼ですが、何歳ですか?」

「私ですか? 十三歳になります」

(二十歳ぐらいに見えた)


 コイフィが得意気に言う。

「私は十六歳だよ!」

(十歳ぐらいに見えた)

「この国だと結婚可能年齢だね!」



 倒れて為すがままだった王子が立ちあがり、コイフィ王女に近づく。

「コイフィ王女」

「王子!」


「ねえねえ、私と結婚しようよ! 私、鉱石に関する魔法が凄いからさ。その気になればこの城も、生物だって金に変えるよ! 一瞬で!」

 ナイツがそれを聞いて、ペンティクル王女に視線を向けた。

「姉様の言う事は本当です。姉様は我が国でも最強の魔法使いで、誰もかないません」

「またかよ」

「え?」

「いや、何でもない」



「ねえねえ、だからさ、結婚しようよ」

「……その気持ちは嬉しいな」

「え、本当!?」

「しかしだ」


 王子は中腰になり、コイフィ王女と同じ視線になる。

「私がこの国の王子であり、君はダイヤク国の王女。そこにはきちんとした役割がある」

「や、役割?」

 コイフィはちらりとペンティクルを見た。

「でも、皆ペンティクルの方が王女っぽいと言うし、だったら私は約束した王子の役に立った方が」

「それは皆が君にそれだけ大きな期待をしてるからさ、だから、それだけ冷たい事を言うんだ」

「でも、でも」

 王子はコイフィ王女の手を取った。

「王女、私はこれから王としての役割を果たしていく。そうすれば私は今よりかっこよくなれる」

「え、王子様、ますますかっこよくなるの!?」

「ああ、そして君が王女としての役割を果たせば、今より美人になれる」

「ナイスバディになれるの!?」

「なれるさ」


「だから、君は君の国に帰るべきだ」

 フールレ王子は、コイフィの手の甲に口づけをした。

「お互い、大人になれたら、その時は共に生きよう」




 真っ赤になったコイフィは、頭を下げた後、そのまま走って国へ戻って行った。

 ペンティクルも何度も頭を下げた後、追いかけるように走って帰る。

 見れば、外にはたくさんの兵士が待っており、皆がコイフィを追いかけて行った。


「なんだ、人望あるじゃないか」

 ナイツがそれを見届けると、共に見ていたフールレ王子が言いのけたのだった。


「とりあえず、私の十六歳の誕生日は全員しのいだな!」








「余計にこじれた様な気がします」

「この国、滅ぶんじゃ」

 ペイジス大臣とナイツは、この国の先を想う。しかし未来が何も見えなかった。


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