【後日談】マグとメイルのありふれた会話
※【後日談】について
後日談は本編終了後の世界での出来事が書かれます。
「なんで3月も終わりなのにこんなに寒いのかなぁ」
隙間風なんてないはずなのにどことなく寒気を感じて、オレは持ってきていたストールに手をかけ包まるように羽織つつ身を縮こませた。
……小休止でも取るか。きっとあいつが来てくれる頃合いだし。
いそいそと作業台に置いてある設計図を片付けていると、そこにもうもうと湯気が上がるお茶が置かれた。
うん、タイミングばっちし。
「きっとメイルちゃんが仕事ばっかりやってるからじゃないかなぁ」
温かいお茶を持ってきてくれた女性――この工房の社長でもあり、オレの親友でもあるマグが冷たく言い放つ。
そのモノ言いに少しだけムッとして、そんなわけないでしょと言い返すけどオレの声に説得力はない。
確かにここ最近はずっと工房と家を行き来するだけの毎日だったから言うとおりではあるんだけども。
「私と街に行ってショッピングする〜ってのも忘れてたし」
「マグ、あれはホントごめんってば」
つい先週のことだが、マグと一緒に麓まで降りてって買い物をしよう、と約束していたんだが……。
オレはあろうことか、その日新しい製品のアイディアが降りてきてしまい、どうにかそれをアウトプットしようと躍起になってしまった。
結果、気付いたときには太陽もだいぶ傾いていました。
「楽しみにしてたんだけどなぁ〜」
オレの隣に持ってきた椅子に座りながら、お茶をすすりつつ恨み節を叩くマグ。
まぁそういうマグだって昼頃急遽やってきたから買い物どころじゃなくなったんだけどね。
ただ朝から買い物に行けていれば良かったのには変わらない。
こういうときには先に謝るのが吉である。マグと出会ってから学んだ処世術だ。
「分かった分かった。今週末行こう、な? それで機嫌なおしてくれよ」
「お兄ちゃん無しで、私達2人だけで行くからね?」
「オッケーオッケー。あいつ連れてきても荷物係になるだけだもんな」
「んふふーメイルちゃんとお買い物久々だなー」
にへ、っと笑うマグ。
もともと怒ってるワケじゃなかったからお互いのやりとりはとても軽い。
マグとは大喧嘩したことあるけど、それだって1回しかしたことない。
オレ達は会った時から馬が合うのだ。
しかしマグと買い物か………オレと違ってマグはちゃんとした女の子だからなぁ。あんまり乗り気がしない。
マグと買い物っていえば、街中にあるアクセサリーショップ、洋服屋を巡るなんてのは序の口で、露天をハジからハジまで流し見たりその合間合間で軽食を摘まむもんで歩く早さは亀の足より遅いと思う。
しかも、もともと買うものは決まっていたところで、それが終わってすぐ帰宅、なんてことは絶対ない。というか目当てのものを買うまでの行程が長すぎてマグの兄貴連れていったらかわいそうなことをしてしまうことになる。
あいつは最近長期出張ばかりであまり家に帰ってくることがないから、たまの休みぐらいゆっくりさせてあげたいのだ。
世の男性諸君に言っておく。異世界に来たからといって女性の買い物がすぐに終わることなんてありえないからな。
けどマグの買い物が長いからあまり行きたくないわけではない。
一番行きたくない理由はただ1つ。
「どうせオレのこと着せ替え人形にするんだろ?」
そう言いながらオレは深いため息をついた。
マグと買い物して洋服屋なんて入ったからには、出てくるまで2時間は掛かってしまうだろう。昔からマグはオレのことを着飾ることが大好きなんだ。
あのときのマグは女がしていい目をしていない。完全に獲物を狩ろうと牙を研いでいる獣だ。
しかもついでと言わんばかりに、腰まで伸びているオレの髪の毛もアレンジさせようとしてくるからたまらない。
常にお母さんの形見である髪留めで、オレは髪を二つに折りたたんで無造作に留めている。
だけど、獣となったマグは「綺麗な髪なんだから!」の一言でツインテール、ポニーテール、三つ編みアレンジなどなど、洋服に合った髪型をどこで覚えたの? ってぐらいの知識量でくみ上げてしまう。
着せ替えだけだったらそんなに時間掛からないだろうけど、これが一番時間取るんだよなぁ。
「そりゃそうでしょ! メイルちゃんがそんなに可愛いのがいけない!」
「さいですかいありがとうございますよ」
「塩対応なメイルちゃんもかわいいなぁ」
………まぁ、自画自賛じゃないけどマグがコーディネートしてくれると自分じゃないみたいに可愛くなるのは知ってる。
知らない私、デビュー♪ ってのもガラじゃないが……たまには良いかな? なーんて最近は思えるようになってきている。
はぁーっと再度ため息を付くと、空になっていたオレの湯飲みにお茶が追加されていく。
マグはこういうところに気が利くんだよなぁ。
コポコポと低い音が注ぎながら、ふと、マグがさりげなく話し始めた。
「そういえばさぁ……錦さんにお願いされてる原稿ってやつ。どこまで書いたの?」
「ちょうど雅に会ってギルドに登録したところまでだなー」
おととい書き終えた原稿を思い浮かべながらオレは素っ気なく答える。
そうなんだ~なんて白々しく言いながら、注ぎ終えたマグが急須をテーブルに置く。
……妙な間を開けた後、意を決したようにマグが口を開いた。
「良ければ私が推敲してあげよっか」
「オレが書いた原稿が読みたいだけだろ?」
「あははーバレたか」
「当然。何年の付き合いだと思ってんだよ」
ったく、なんでみんな自分を早く出して欲しいとか、オレが書いた文章を読みたがるんだ。
ただ今まであったこととか気付いたことをつらつら書いてるだけなのになぁ……。
あぁ、でも雅には一度読んで貰うのアリかなぁ………いや、でも恥ずいし、全部書き終わってからで良いか。
原稿料もオレのことを信用してくれているのか、書いた原稿用紙の数を言うだけでホイホイくれるし。
しかし一体いつになったら書き終わるんだろうなぁ。次でようやくオレが魔法使えるようになったところと、アレックスと出会ったところだし。
照れくさそうにぽりぽり頭をかいているマグを見ながら、とりあえず今この瞬間は昔のことを忘れて、今を楽しもうとオレもマグに笑いかけてやったのだった。
本章はこれにて終了です。
次話から新章、メルちゃんの相棒や、魔法についての話になります。
[2019/03/21 10:15]
オレ髪を二つに折りたたんで無造作に止めている
→オレは髪を二つに折りたたんで無造作に留めている
以上のように誤字修正をしました。ご報告ありがとうございます!




