貞操の危機
「お待たせしております。こちらが………えぇっと」
「メイルです。あたしの妹です」
「そこまでは聞いていませんが……」
とち狂ったことをほざく錦のことを小突いて、受付のお姉さんにすみません、と謝る。
なんでオレが謝らなくちゃならないんだ。
でも登録書に書かれた内容的に、なんら間違っていないのが悔しい。
結局、登録申請書はそのほとんどを錦が代筆してしまった。
その結果、オレは『ジパング人との間に産まれた子』であり、『錦と同じ父を持つ』女の子で、『腹違いの妹がいる』という話を聞きつけた錦がオレのことを探して見つけた、ということとなった。そのため出生地は『ジパング』であり『錦の妹』となってしまった。
かなり不本意だけど、オレお金なんて持ってないし、錦が保護者の代わりになってくれるのは正直すごく助かる。
だから錦に頼っていかなくちゃいけないので、しょうがなく錦の作った設定に乗っかることになったのだ。
お姉ちゃんって呼んで♡ と言われたけどそれは秒で却下した。
……姉妹なのに名字で呼ばれたくない、と錦が頑なだったので、慣れたら名前で呼んでやることにする。
ってかオレ、錦と出会ったの今日が初めてなんだけど。
それなのにこいつはまるで何年も一緒にいたかのように振る舞ってくれる。
錦のことはオレと同じ元地球人、ってことぐらいしか分かってないから、それを信じてついて行くしかないんだけども……。
これがこいつの性格なのか何なのか分かんないけど、これがコミュニケーション能力が高い、っていうのかな。オレって家族以外でちゃんと喋ったのおっさんが初めてだったから、あまり話すのに慣れてないんだよなぁ……単純に外の世界のことまだ知らないから何喋ればいいのか分かんない、ってだけかもしれないけど。
「あぁすみません、ふりがな書いてありましたね。では、あらためて、こちらがメイルさんのギルドカードになります」
そういってお姉さんが金属で出来た名刺ぐらいのサイズのカードを差し出してくれた。
オレはそれを受け取ると、それをマジマジと眺めた。
「おぉ、これがギルドカードか……!」
それは鉄? で出来た質素な金属板だ。薄さも1mmぐらいしかない。
表面にはオレの名前――明留だけど――が刻まれている。
名前のほかに『ランク』と『ID』と書かれた項目がある。ランクには『D4』と書かれていて、IDには何だかたくさん数字が書かれている。
目に付くのはそれぐらいか。思ってたより質素なんだな。書いてある文字だって手彫りみたいだし。
でもこの無骨な感じがファンタジーっぽくて逆に良いかも。不思議な力で無駄にハイテクじゃないところが逆に嬉しいというかなんというか。余計なこと考えなくて済むからアナログなやり方のほうが助かるわ。
そんなふうにオレがカードに見惚れている横で、お姉さんがカードの説明をしてくれる。
「お名前はジパング語で書かれていたので、いただいた登録書を見ながら彫らせて頂きました。もしも間違いがあればおっしゃってください。
こちらのカードにはお名前とランク、メイルさんの個人用IDが記載されております。
本来は新規登録の場合、一定期間はD5クラスという仮登録状態となります。ですが、Aランク以上の方とパーティを組むということで、D5クラスの次であるD4クラスでの登録となります」
へぇーと頷くと同時に、パーティを組むという聞き慣れない言葉が。
……パーティなんていつの間に登録してたんだ?
「へへっ、実はさっきメル……メイルちゃんの新規登録用紙と一緒にパーティ申請書も出しておいたんだ」
オレの不思議そうな表情を察したのか、錦が補足説明してくれる。
「抜かりないな」
「ランクがない状態だと何週間かここに滞在してないといけないからさ。ここにずっといる理由はないし」
それは確かにめんどくさい……。
初心者は登録してもすぐにギルドの一員になれないんだな。
オレたちの会話が途切れるのを待って、受付のお姉さんが話を続ける。
「こちらのカードは紛失、破損した場合は最寄りのギルドにすぐお申し付け下さい。身分証明書としても有効ですので、特に証明についての指定がなければギルドカードを提示して頂いて結構です」
身分証明書にもなるのか。そりゃありがたい。
「ギルド登録は当ギルドであれば本日から有効ですが、ほかのギルドへの通達には若干時間が掛かりますのでご了承ください。……他にご用件はございますか?」
「いえ、特にないです」
もしも分からないことがあれば錦が教えてくれるだろうしな。
オレがそう言うと、受付のお姉さんはこれでギルド登録は終了です、と言ってお辞儀をした。
つられてオレもお辞儀をして、頑張ってね、と手を振ってくれるお姉さんにお礼を言いながら受付から離れた。
人波に流されないよう、ギルドの外へ出て行く錦の後をついて行きながらもらったギルドカードをまじまじと眺める。
無くさないようにしてください、と言われたけどこれどこにしまっておけば良いかなぁ。
ズボンのポケットなんかだと落としそうだし、まだ持ってないけどカバンとか手荷物に入れておいたところでそれごと無くしたら意味がないし……。
あっ、そうだ。ここにだったら入るんじゃないか?
オレは首からぶら下げてるおっさんから貰ったイシワタフクロダケを取り出した。
この入れ物にはアルドから貰った大事なクズ石が入ってるけど、イシワタフクロダケは結構収縮性があるみたいだし、ギルドカードも一緒に入れておけるんじゃないかな。
そう思って、紐で縛ってあるフクロダケの口を開けて、中にカードをしまってみる。
……うんうん。見立て通りだ。クズ石とカードが入ったぐらいじゃ破ける気配が一切ない。
ちょっとだけぶら下げた胸に異物感があるけど、じきに慣れるだろ。
っと、どうにかギルドの外に出られた。
錦とギルドにやってきたのが昼過ぎだったけど、すでに太陽が少しオレンジ色になりかけている。
ギルドカードの作成に手間掛かったからなぁ。
「もう夕方だな。結構時間掛かっちゃったな」
「そうだねー。誰かさんがご飯あんだけ食べたからねー」
ぐっ、嫌味ったらしいな。
いや、まぁ、確かにその通りだけど。
「あー……そういえばパーティ名ってどんなのにしたんだ?」
「おっ、よくぞ聞いてくれました!」
バツが悪くなってオレは話題を変える。
錦もそんなに気にしてないのか、オレの話に乗っかってきた。
こいつのことだからパーティ名はロクなもんじゃないと思ってるけど。
どうせ百合の集いとかそういう名前なんだろうなぁ。パーティ名で呼ばれたときのこと考えるとやだなぁ。
「パーティ名はだね……『クリノス・クリノン』って名前にしました!」
おぉ! 錦にしてはまともな名前だ! ちょっと感動しちゃった。
絶対『百合』って言葉が入ると思ったのに。
「これってどういう意味だ?」
「知りたい?」
オレの素朴な疑問に錦が瞬時に足を止め、オレの顔をのぞき込むように見つめてくる。
きらりと光る瞳にいやな予感を感じる。
あっ。まともな名前だと思ったけどこれ絶対普通じゃないわ。
「いや、分かった。だから言わなくていいぞ」
「現代と古代ギリシャ語で百合って意味よ」
「言わなくて良いって言ったのに……」
……病的っていうのはこういうやつのことを言うんだろうなぁ。
きっと錦にとって百合って言葉は何にでも合うスパイスのような言葉なんだろう。
と、とりあえずパーティ名は置いておこう。今後イヤでも何度も呼ばれるんだし。
オレにパーティ名を説明した錦は満足したのか、ずんずんと歩みを進めていく。
そういえばギルド登録は終わったけど、このあとどこに行くつもりなんだろ。
晩ご飯にはまだ早いだろうしなぁ……。
「なぁなぁ。このあとどこにいくんだ?」
「今日やりたかったギルド登録も済んだことだからねぇ。メルちゃん今日まで漂流してたんだし、もう宿に行って休もうかなって思うんだけど、どう?」
あっそれ魅力。
あまり身体に変調はないけど、めまぐるしい環境の変化にちょっと精神的に疲れちゃったからなぁ。
今日はもうこのままゆっくりと休みたい。
「そうしてもらえると助かる。ちょっと疲れたかも」
「そりゃ遭難してたらねぇ。むしろ遭難してたのにそんなに元気なのが不思議なぐらいよ」
「まぁ長くても2日ぐらいだし、案外どうにかなるもんだ」
「そんなもんかしらねぇ……」
そんな会話をしながら歩いて数分。
錦が、窓がたくさん並んだギルドと同じぐらいの大きさの建物にオレを連れてきた。
3階建てで、外観はギルドよりかなり質素な石作りだけどしっかりとした印象を持つ建物だ。
「今はここを宿にしてるんだよねー」
「やっぱ冒険者ってこういう宿を利用するのか?」
「そうよー。この世界で持ち家持ってるのは冒険者じゃない職業に就いている人ぐらいかな? 冒険者連中はほとんどがこういう宿をに泊まるのさ」
説明してくれながら、錦が宿の扉をくぐった先にある受付で、そこに立っているおじさんに何か話しかける。
小声で喋ってるから聞き取りにくいけど、「妹が……」とか「見つけた……」とか聞こえるから、作った設定をおじさんに披露してるんじゃないかな。
少ししてからおじさんが納得したのか、カウンターの奥に置いてあった棚から部屋の鍵を取り出して、それを錦に手渡した。
どうやらちゃんと部屋を借りられたようだ。
「さっメイル、お姉ちゃんと付いてきてね」
バチコーンとウィンクして摘まんだ鍵をチャラチャラ揺らす錦のしたり顔に飽き飽きしながら、オレは錦のあとを付いて行く。
カウンターの横に伸びる廊下を進んでいく。
宿の床や壁はコンクリートのように冷たい感触のする石作りで出来ていて、外の明かりが一切入り込んで来ない代わりに廊下のあちらこちらにランプが掲げられている。
ただそのランプもガラスで作られているみたいだ。
意識して見てなかったけど、こっちの世界にもガラスってあるんだな……もしかしたらこれも初めて見たかも?
……こういうことをうっかり口にしたら、また錦に笑われそうだから、なるべく顔に出さないようにしておこう。
ぶら下がっているランプのことをちらちら眺めているうちに、錦が廊下の一番奥にある部屋の前で立ち止まった。
カウンターで受け取った鍵を使って木製の扉を開けたところを見るに、ここが錦の取ってる部屋なんだろう。
「ちょっと狭いけど気にしないでね」
「お、おう……」
手招きをする錦に誘われて部屋の中に入ったが、オレはその部屋のあまりの狭さに驚きを隠せなかった。
なんていうか……わかりやすく言えば、この部屋には大人が1人寝転がる程度の広さなベッドが1つと、そのベッドと同じ広さのスペースがあるだけ。たったそれだけの部屋だった。
錦が持っている装備なのか、ベッドの足下の床に防具や武器が壁に立てかけられていて、ほかにも麻袋が2、3個床に置いてある。もうそれだけでベッド1つ分の半分ぐらいは使われているので、実質オレたちが今立っていられるスペースだけしか空き場所がない。
「冒険者ってさー、宿ってとりあえず寝られる場所さえあれば十分、って考える人ばっかりなんだよね。だから1人旅してる冒険者用に、出来るだけ省スペースで作られた部屋が用意されてるのよ」
よっ、と錦がベッドに腰を落とす。
ぼふん、と敷き布団が音を立て部屋の中が少しほこりっぽくなる。
「なんたってこれで一泊2000ライエ……あぁ日本円で言えば二千円ぐらいだから格安も良いところだよね」
「それにしたって狭すぎないか?」
「そう?」
「そもそもベッド1つしかないじゃん」
「うん、そうだね」
「えっ、オレどこで寝れば良いの?」
「えっ、ここで寝て良いのよ?」
「じゃあ錦はどうするのさ?」
「ここで寝るけど?」
「んん?」
頭にハテナマークが浮かび上がる。
オレはベッドに座ったことで同じ目線になっている錦と見つめ合う。
………………なんか話がかみ合わないんだが。
「メルちゃんってさ」
「うん」
「身体小さいよね?」
「そりゃ7歳ですから」
「あたしさ」
「うん」
「そこまで体格大きくないよね」
「そうですね」
「宿のベッドって大人の男性が1人寝られるぐらいの大きさしてるのよね」
「そうですね」
「成人男性1人分=幼女+女性、ってなればベッド1個で十分だと」
「無理無理無理っっ!! なんで錦と一緒のベッドに寝なくちゃならないんだよ!!」
やっぱりだ! こいつこの状況にこぎつけてオレと一緒に寝ようとしてやがる!!
「えーっ、だってさー誰かさんがすごくたくさんご飯食べちゃったせいでお金ないんだもーん。節約しなくちゃ節約♡」
「それズルい! それ言われたらオレなんも言い返せないじゃん!」
「まぁまぁここは観念して一緒に寝ましょ、ね? ぜったい変なことしないから」
「はいダウト! 鼻の穴広げながら言っても信用できねーんだよ!」
オレたちのくだらない応酬は、夜になっても続いた。
…………結局、錦の両手を縛った状態で背中合わせで寝ることで決着が付いた。
背中越しに伝わる錦の体温と寝息に終始ビクビクしていたけど、久しぶりに感じる人肌のぬくもりと落ち着いて眠れる環境には勝てなかったようで、フッと意識を手放して、ハッとなって起きたらいつの間にか朝になっていた。
ブクマ&評価Thx! 亀更新で感謝の気持ちを返せないのが悔しいですが、とても励みになります。




