メル、改め、明留(メイル)
[2019/03/13 23:55]
次話書けたヨー。0時を過ぎたら更新しますー。
「ふぅ、おいしかったー」
膨れたお腹を手でさすりながら、食後の腹休めにジュースを口にする。
このジュースがまたおいしいんだわ。さっぱりとした柑橘系の味がくせになる。もうこれで3杯目だ。
「ははっ。そりゃ良かったよ………」
錦が乾いた笑いをこぼす。
まぁそりゃ笑う力もなくなるよなぁーなんて他人事のように思いながら、オレらのテーブルの惨状に目を向ける。
積み重なった木製の食器類。
大皿だけでも3枚ほどは重なっている。小皿にいたっては2人だけの食事とは思えないほどだ。
飲み物を入れる、これまた木製のコップなんかは5,6個ほど置いてあるし。
この積み重なった山のうち、9割ほどがオレの胃袋に入ったとは到底信じられないだろう。オレだって信じられん。
錦が遠慮しないでどんどん食べてね、なんて言うから追加注文を3回ぐらいした結果がこれだ。オレは悪くねぇ。
いやしかし、自分でも驚くほどギルドの料理ってものを堪能させてもらった。
余は満足である。
「あたし、ちょっと、お会計してくるから、メルちゃんはもう少しここで待ってて……」
とぼとぼと席を立つ錦。その姿はどこか哀愁が漂っている。
ご飯を食べたはずなのにどことなくやつれた錦の後ろ姿を見て、オレはちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
- + - + - + - + - + -
「…………よし! 切り替えた! 気持ち切り替えたよー!! さぁはりきってギルド登録するよー!!」
テーブルを離れてとりあえずまた壁際によってから数十分。
錦はずっと自分の財布とにらめっこしていたが、どうにか今まで通りのテンションを取り戻した。
強引に戻したテンションと同じように、オレの両肩をがっしり掴んでぐいぐい身体を人混みの中へと強引に押し進める。
なんとなく手つきがねっとりしてる気がするけど、さっきの食事代もぜんぶ錦に払って貰った手前、オレは特に文句も言えず。
なすがままに錦とともに食事をしたところとは真反対の受付場まで連れてこられた。
錦が受付にいる深い青色の髪のお姉さんに何か話しかけると、そのお姉さんが二枚の紙と平たい板を1枚、錦に手渡した。
「んじゃ、こっちのスペースで書こっか」
錦に手を引かれるまま受付脇にある人のあまりいないところに置いてある椅子に腰掛ける。
「それじゃあこの登録用紙にパパっと記入してちょうだいな」
そういって錦が板に紙を乗せ、何か棒状のモノを渡してきた。
……なんだろこの棒。植物の茎みたいな棒で先端が黒く尖ってる。もしかして……鉛筆?
「ん? どうしたのメルちゃん。そんなに鉛筆眺めちゃって。もしかして〜鉛筆初めて見たの〜?」
「うん、こっちの世界じゃ初めて見たわ……」
「………茶化したつもりだったのに。メルちゃんどんだけ田舎に住んでたのよ」
「うっさい! 村から出たことなかったし、オレの村じゃ使ってる人いなかっただけだい!」
ぐぬぬ。思わぬところで田舎者だってことを披露しちまった。
おっさんにも田舎者って言われたけど……もしかしてオレって世間知らず?
よく考えたら全然外のこと知らないからなぁ……村――というよりウチの中がオレの世界だったし。
おっさんに連れていかれる前にお父さんとお母さんに色々教えてもらったけど、買い取った人の家でどういうふうに振る舞うか〜っていうことばかり教えてもらったから、こういうところは全く知らないんだよなぁ。
……ま、まぁこれから知ってけば良いことだし。
ただあんまり田舎者ってバレるの恥ずかしいわ。
「さすがに文字は読めるよね?」
「バカにするない! これでもお母さんから褒められたんだぞ!」
錦が真面目な顔して訊いてきやがる。
くそっ、思わぬところで錦に弱みを握られた。
オレは7歳児だが読みはもちろん書きだってこっちの世界の文字をマスターしたんだ。
アルドはまだ読めても書けない程度だったし、お母さんだって驚きながらも完璧だって言ってくれたんだぞ!
よし。ここはいっちょ華麗に記入してこいつのド肝を抜いてやる。
「あ゛っ」
オレが意気揚々と筆を持ったところ、とても乙女とは思えない声を出して錦が止まった。
「なんだよ。読みだけじゃなくて文字だって書けるぞ」
「いやいやメルちゃんの才能を疑ってるわけじゃなくて……そういえばメルちゃんって、元々奴隷として売られたんだっけ?」
バカにしてきたときの真面目顔とは違った、はっきりとした思案顔になりながら錦が唸る。
「あぁまぁ………確かにそうだよ」
自分が今ここで錦と一緒にいることになった原因を訊かれ、ちょっと気分が落ち込む。
そんなオレの気持ちとは裏腹に、錦がうーんと再度唸った。
「……それだったら、本名で登録するのはマズいかも」
「えっ何でだ?」
「ギルドに登録された情報って、ギルド間でやりとりして情報交換してるんだよねぇ」
「へぇー」
この世界には電気ないのに遠くとやりとりする手段があるんだ。手紙とかかな?
「これが人捜しに使われることもあるんだけどさ……」
そう言いながらオレに顔を近付け、錦が顎に手をあてながらボソッと喋った。
「もしもメルちゃんを受け取る奴隷商に見つかったら、すごく面倒だと思うんだよねぇ」
あ〜なるほど………。
錦が言いたかったことが分かった。
つまり、オレを受け取るはずだった奴隷商がギルドに同じ名前のやつが登録されてる! って気付いたら色々と厄介なことになるんだな。
同じ名前の人はたくさんいるだろうけど、見た目なんかは騙せないからなぁ。
名前からそういう情報が辿られたら一発でバレちまう。
「メルちゃん、奴隷になりたい?」
「んなわけないだろ!」
「そりゃそうだよね~」
馬鹿なことを訊いてくる錦に素直に怒りをあらわにする。
好き好んで奴隷になりたいやつなんていないだろ!
しかし、まさかギルド登録にこんな障害があるだなんて思っても見なかった。
身分証明書なんてもの持ってなかったけど、ギルドの登録がソレに匹敵するだなんて。
「まぁそんなに心配しなくて大丈夫! あたしに良い考えがある」
「何かいい方法があるのか?」
「もちのロンよ! あたしには秘策があるから!」
胸を張りながらやけに主張する錦が鉛筆と登録用紙を渡して、というので素直に従う。
錦は器用に鉛筆をくるくる回しながら、少し悩んだあと登録用紙にペンを走らせた。
どんどん記入されていく黒い線合わせてオレも目で追っていく。
最初は何をするのか不安だった。
だが、その不安がまさか的中するとは思わなかった。
迷うことなく動く筆跡にたまらず、オレは錦に声をかけた。
「……………なに書いてんだ」
「ん、もしかして『おんな』に『とどまる』で『メル』のほうが良かった?」
「いやそういうこと言ってんじゃなくて、何で名前が漢字なんだよ!!」
そう。
錦のやつ、何を思ったのかオレの名前を記入する欄に何故か漢字で『明』と『留』と書きやがったのだ。
これが秘策ってやつなのか?
「えーだって漢字だったら読める人めったにいないもん。パッと見で読める人皆無だし、この名前を見てメルちゃんがこの世界の普通の女の子だって思い浮かべる人絶対いないわ。十中八九、ジパング人って勘違いするでしょうね」
どや〜とにっこり笑う錦。
まぁ一理あるけど。つまり偽名ってことだろ?
確かにこれだと初見じゃオレの容姿を思い浮かべることはできないだろう。
ほとんどが日本人……いや、ジパング人の姿を想像するだろう。
日本語がこっちの世界じゃジパング語って言われてたんなら、漢字もジパング語なんだろう。
珍しい言語で書かれていれば、まずはその言葉を使う人種を思い浮かべる。
ちょっと納得できないけど、案外これが一番の妙案なのかもしれない。
「でも、それにしたって『あかるく』に『とどまる』で『メル』って苦しくないか? 明るいなら『めい』って読まない?」
オレは率直に意見を挟む。
普通の日本語なら『明』で『め』って読まないような気がするんだよなぁ。
「それなら読み方は『メイル』にしとこっか。そのほうが偽名っぽいし」
えっ、とオレが息をこぼす。
それと同時に、錦はスラスラと名前のふりがなに『メイル』と記入してしまった。
オレが口を挟む余地などまったくない。
ま、まぁ偽名なら100%奴隷商にバレることは無いから……でも釈然としない……。
「名前まで完全に変えるなら、わざわざ漢字にする必要なくないか?」
釈然としない気持ちが思わず溢れ出す。
余計なことを言うと数倍になって返ってきそうだったが、我慢できず錦に問いかけた。
するとなめらかに滑らせていた筆をぴたりと止めて、オレの目をのぞき込むように顔を合わせ、錦は言った。
「漢字名だったら、咄嗟に『わたしの腹違いの妹です!』って言えるじゃん?」
「お前絶対それが目当てだろ!」
「ってか言いたいじゃん?」
「確信犯じゃねぇか!!」
おまたせでした。約二週間ぶりの更新でございます。
ギルドにやってきたのにまだ登録すら済んでないけど、まったり待ったってね♡




