百合に関するスモイ演説とポリグロット
「
諸君。私は百合が好きだ。
諸君、私は百合が好きだ。
諸君! 私は百合が大好きだ。
ガールズトークが好きだ。
手を握り合うのが好きだ。
靴下の脱がせ合いが好きだ。
髪をとかし合うのが好きだ。
抱き合うのが好きだ。
リップタッチが好きだ。
乳繰り合うのが好きだ。
○合わせが好きだ。
教室で、部室で、屋上で、公園で、帰り道で、トイレで、電車で、家の中で。
この地上で行われるありとあらゆる百合行為が大好きだ。
ぬいぐるみが並べられた乙女チックな娘の部屋で、嬌声と共に意識を飛ばすのが好きだ。
恍惚とした表情で空中高くトびかけた少女が、お姉さまの手腕で意識がバラバラになった時など心が躍る!
先輩が手に持つ88mmマーラ様が後輩を粉砕するのが好きだ。
嬌声を上げて燃えさかる情欲から飛び出してきた感情を本能で押し倒した時など胸がすくような気持ちだった。
髪を肩口先でそろえた清純の風紀委員がヤンキー娘のことを蹂躙するのが好きだ。
興奮状態の風紀委員が既に息絶え絶えな不良を何度も何度も昇天させる様など感動すら覚え―――ってどうしたのメルちゃんひどい顔して。最後の百合大隊指揮官殿の号令、心に響いてこないかな」
「頭バグってんじゃねぇの?」
まるでオレの心のように冷えたスープをスプーンですくいながらすする。
こいつのさっきまでの清楚で清純なイメージはすでに崩れ去っている。
オレは目の前にいる錦のことを蔑んだ目で見た。
「分かってないなぁ……」
そんなオレの表情なんて意に返さず、錦が逆に可哀想なものを見る目をしてくる。
なにこれ腹立つ。
「いきなり日本語で話し始めたり、オレと同じ元地球出身の日本人ってのには心底驚いた。そりゃもう心臓が飛び出るんじゃないかってぐらいびっくりしたよ。でもちょっと気持ち悪いんで近寄らないでもらえますか」
「えーっ同じ地球出身じゃん仲良くしようよー」
すすすーっと手を伸ばしてきたので、すかさず払いのける。
「とにかく、百合っていう女の子同士がイチャイチャするのが好きってことでいいんですね?」
「そそそ。良いよね百合、綺麗だし」
「そうですか。じゃあ貞操の危機を感じるのであっち行ってもらえますか」
「大丈夫安心して! あたしは元男には興味ないから!!」
そういうと彼女は椅子から立ち上がった。
反射的にオレも椅子を引く。
ま、まさかこっちに近づいてくるわけじゃないよな?
「あぁそんなに身構えなくても平気よ。あたしがメルちゃんを襲わないことの証明をしてあげる。
まず前提として“百合”って女の子同士の絡みがメインなのは分かるわね?
じゃあそれを踏まえて、性別が女になった男の場合、百合になり得るのかと考えると、これがなかなか難しいのよ。
だって肉体的には女だけど、精神的には男なわけじゃない。ということは広い目で見れば、それって女の子×男って構図にも見えなくはないと言えてしまうの。
あたしはそういうジャンルでも気にしなかったんだけどね…………。
でも、一欠片でも男という要素が混ざった時点でね………本物の百合、純百合にはなり得ないのよ!
この悲しさが分かるかしら?! つまりあたしは百合が好きで好きでたまらないのに、純百合に到達することが不可能なの!
見た目が女性でも精神的に男と思われてしまえば、それはもう純百合にはならない………だからあたしは前世で男だったけど、純百合にたどり着けないことが分かっていても、できる限り百合となれるよう、誰から見ても百合って言ってもらえるよう頑張っているの!
……以上を踏まえると、この理論で言えばメルちゃんとあたしみたいな精神的に男の要素が残っている場合は、見た目が女の子同士でも純百合にならない。ゆえにメルちゃんと絡んで純百合にならないことが分かっているから、安心して欲しいってこと。分かった?」
「ぜんぜんわからん」
話半分で聞いてたから何言ってたんだか分からない。ただ熱意は伝わった。まぁ理解したくないってだけだが。
……ちなみにオレが将来目指しているのは、かわいい娘を侍らせたいってだけだから。
百合したいってわけじゃないからな。
「メルちゃんにもきっと分かるときが来るわ……百合という波乱な修羅の道がね……」
「分かりたくもないし歩みたくもないわい!」
「おっ、やっと敬語やめてくれたな」
錦はニシシと笑いながら腕組をしつつオレを見てくる。
……まさかよそよそしいオレに気を利かせてくれてたのか?
……いや、そりゃねぇな。だってあれだもん。キノコの話してるときのおっさんと同じ空気感じたもん。
「しかしわたしと同じトラベラーに出会えるとは思ってなかったからねぇ。ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃったわ」
そういいながら喋り疲れたのか水差しから一杯水を飲んで笑う錦。
ごめんの一言で済むような話か今の………。
さっきまでならこの笑い顔でちょっと胸がときめいたかもしれないけど、今ではそんなこと微塵も思わない。
ハァとため息をついて呆れていたが、ふとヤツが聞き慣れないことを言っていたのに気付いた。
「なぁ、トラベラーってどういう意味だ?」
「メルちゃん知らないの? 10年ぐらい前に公表されたはずだったけど……」
「悪かったな田舎モンで」
「あぁ怒らないで。知らないなら知れば良い、教えてあげるから」
………錦の話を要約するとこうだ。
この世界には、どういうわけだか元地球出身の日本人がよくやってくるらしい。
オレみたいな生まれ変わり―――転生してきたり、地球にいたころの姿形のままやってくる転移や、魂だけが入り込んだ憑依など、種類は様々だが決まってみんな日本人だそうだ。
そういう境遇の人のことを、世界を跨ぐ者という意味を込めて『トラベラー』と呼んでいるそうだ。
古くからトラベラーと思われる人たちはいたそうだが、だいたい10年前に世間に公表されたらしい。
ただ一応公表されただけで、あまり知れ渡っているわけではないらしい。
近所にいた日本人みたいな人が異世界からの転移者だったのか! とか、死にかけたあと人格が変わったような人が異世界からの憑依者だったのか! などなどが発覚した程度で、悪い印象は全く与えていないそうだ。
つまり、この世界にとって異世界である地球という存在を世間様は認知しているということだ。
でも知ってる人は知っている程度の話で、「実はトラベラーなんですぅ」とかカミングアウトしても「そうなんだ道理でねぇ」みたいな反応が返ってくるとかなんとか。
んでもって、こんな世界を揺るがす大ニュースを公表したのが……ジパングという国だとさ。
「ちなみにあたしの出身地、ジパングね」
「ジパングって言ってる時点で日本が関わってるの確定じゃん………」
「しかもジパングって島国でねぇ。どうやら大昔、こっちの世界にやってきた日本人が作った国みたいなんだよねぇ」
もう少しひねろよ! せっかくの異世界なのに!
と心中で叫ぶが、ふとオレの頭に一枚の板がよぎった。
………もしかして、エイオスのやつが関係してんじゃねーの?
あいつ地球の日本出身ってところプッシュしてたし。
オレがこの世界の神様(?)に思いを巡らせてる間にも、錦は話を進めていく。
「ジパングはそりゃもう純和風って感じの国なんだけどさ、ほかの国と違ってジパングにしかない技術ってのが多いみたいでねー」
そういうと錦は先ほど外した赤い点が描かれている指輪を、また自分の指にはめ直した。
「どう? わたしが喋ってる言葉、日本語じゃなくなったでしょ」
オレは目をしばたかせた。
錦の言うとおり、指輪をはめ直した途端、こちらの世界の言葉に聞こえるようになったからだ。
よーく見てみると、口の動きと聞こえてくる言葉のタイミングが合っていない。
わかりやすくいうと、洋画の吹き替えを見ているような感じ。
意識しないと気にならないけど、少し違和感を覚える程度だ。
は、初めて異世界っぽいマジックアイテムを見た……。
「でもなんで指輪をつけると異世界の言葉になるんだ? なんか見てて納得いかねぇぞ」
地味に感動するのもつかの間、オレは疑問を錦に投げかけた。
「やっぱり母国語がこっちの世界の人だとポリグロットが発動するんだなぁ。同じトラベラーなのに面白いね」
「……ポリグロット? その指輪のことか?」
「うむ。これこそがジパング人の証。叡智の結晶。ま、簡単に言えばリアルタイム翻訳機ね」
翻訳機?
そういえば錦は日本語のことをジパング語って言ってたな。
ジパングっていう国があるならば、そこで使われているからこそジパング語って呼ばれてるんだろう。
地球でも日本語を喋るのは基本日本人だけだ。でも日本人ってのは、とにかく別の国の言葉を喋れる人が少ない。
……もしや日本と似ているジパングって国も、ジパング語以外喋れる人が少ないんじゃないか?
それでもってこっちの世界には、地球にはない魔法という概念が存在する。
地球には科学の力を使って翻訳機っていうのがあったらが、こっちの世界には魔法の力を使った道具として、ポリグロットってのが開発されたのか?
ってことはつまり……。
「……その指輪をつけていると喋る言葉が全部日本語に変換されるのか」
メルちゃん冴えてるねぇと錦が嬉しそうに顔をほころばせる。
「わたしも詳しくは知らないんだけど、ポリグロットは昔のジパング人が作った道具らしいんだよねー。めっちゃ便利なんだけど、ジパング人やジパングで保護したトラベラーにしか渡せないんだって」
「へぇー」
やっぱり異世界に来た日本人的にも、新しく言葉を覚えるのがめんどくさかったのかな。
気持ちはすごく分かる。オレも言葉覚えるのちょっと大変だったし。
「しかしこいつはすごいぞーなんせどの言語も一瞬で翻訳されて日本語に聞こえるし、逆にわたしが喋ってる日本語も勝手に聞き手の知ってる言語で変換されて伝わるみたいなんだよな」
「あれか、異世界スキルものとかでよくある翻訳スキルとかそういう類いのアレか?」
「話が通じやすくって良いわぁ」
マジかよ! 何そのチートスキル!
めっちゃズルじゃん!
「それオレも欲しい!」
オレがテーブルを乗り出す勢いで有無を言わさずねだるけど、錦はそれを待ってましたと言わんばかりにごめんね、と手を合わせて謝ってきた。
「このポリグロット、作るときに登録者の血を垂らして登録するんだけど、それが生体認証機能みたいなのを兼ねてるみたいでね……登録した本人にしか効果発揮しないし、なによりジパングまで行かないといくらトラベラーでも作って貰えないのよね」
「マジか……」
一気に脱力して、オレは椅子に座り込んだ。
……もしかしたら指輪に描かれてる赤いポッチは垂らした血の跡なのかな。
意気消沈しているオレに、追い打ちをかけるように錦が言葉を続ける。
「実はわたし、今世界中を旅してまわってるんだけど、まだ自分の国に戻るつもりもないから案内してあげるってわけにもいかないのよねぇ」
……どうやら簡単にはポリグロットを作って貰えないみたいだ。
まぁオレはこっちの世界の言葉を覚えたから、必要ないっちゃ必要ないんだが……うーん、羨ましい。
オレがうなだれていると見かねた錦が話題を変えるためか、そう言えば〜、と口を開いた。
「メルちゃんって自分の村を救うために売られたところで遭難しちゃったんでしょ? これからどうするかって何か考えある?」
錦のその話に、オレはハッと気付く。
そうだ……ポリグロットとか百合とか、そんなのはどうだっていいんだ。
オレはあの荒れた海で誓った。
いつか必ず、絶対に家族の元に戻るんだ、って。
「そうだ……ここっていったいどこなんだ? オレ……自分のもともと暮らしていた場所に帰りたい」
「それは地球のこと?」
「いや、違う。地球にいたときのことはあまり覚えてないし、オレはこっちの世界で弟と家族4人で暮らしてたんだ。だから、そこにどうしても帰りたいんだけど……」
「メルちゃんは地球に未練が無いタイプか……そのほうがやりやすいから良いけどさー」
錦が艶々な黒髪をくるくると指で弄る。
「さっきも言ったけど、わたしこの世界を巡ってまだ2、3年ぐらいしか経ってないけど少しは地理に詳しいのよ。メルちゃんが暮らしてたっていう村の名前教えて。もしかしたら聞いたことあるかもしれないからさ」
錦がありがたいことにそういってくれる。
百合狂いなところがあるけど、こいつは屈託のない顔でオレの力になってくれるらしい。
ありがたいかぎりだ。
「分かった。オレが生まれた場所なんだけど……………」
そこで、ふと、気付く。
………オレの産まれた村って。おっさんに売られた場所って。
………なんて名前だっけか?
スモイ……すごい気持ち悪い もしくは 突き進むのみ の意
ブクマありがとうごじゃます~付けていただくだけでヤル気が回復します。
本作の異常者筆頭、錦雅さんへのお便り、お待ちしております!
[2019/02/18 07:15]
日曜日、気付いたら終わってたでござるの巻。
次話は本日20時ごろまでには。




