百合
「に、日本語………?!」
聞き間違いじゃないよな?
さっきまで確かに、オレが覚えた言葉で話していたはずなのに………!
「『日本語』ねぇ………」
にやり、と彼女が笑う。
まるでイタズラがキマって喜んでいる子供のような笑い方だ。
お腹いっぱいになって安心していた身体に、緊張が走る。
「率直に聞くけど、メルちゃん。あなた、地球の―――しかも日本からやってきたでしょ?」
「な、なんでそう言い切れるんですか?」
満腹で苦しいことも忘れるほどに、オレの心臓の鼓動が激しく動く。
彼女はいったい何なんだ?
見た目はこっちの世界で見かけない――っていってもおっさんに連れられた街でしか見てないけど――日本人みたいな感じだ。
胸の大きさだってそんなに大きくないし、体格だって華奢ではないけど大きいわけでもない。
いわゆる普通の女性にしか見えない。
彼女は挙動不審になるオレが心底面白いみたいでクツクツと笑った。
「実はこの世界には『にほん』って国は存在していないし、この言葉はジパング語って呼ばれてるのよ。それを『にほんご』って言うということは………地球出身者である証拠よ」
「マジですか………」
思わず、はぁ〜っとため息が出る。
何だか問い詰められて悪い方向に進むんじゃないかと思ったけど、今の彼女の雰囲気的に杞憂っぽい。
しかしジパングって言葉は地球にもあったけど、こっちの世界にもあるのか。
でもこの人の見た目は完全に日本人してるし……どういうことだろう?
と、ここでふと喋るまな板が言っていたことを思い出した。
あいつは地球出身の魂を管理している、視察しているって言っていた。
ってことは、オレ以外にもこっちの世界にやってきているやつがいるってことなんじゃないか?
オレみたいに生まれ変わってやってくるのもあるだろうけど、転移してきたってこともありえる。もしかしたら彼女は転移してきた日本人なのかな?
オレがぐるぐると思考を巡らせている間に、彼女はどんどんと話を進めていく。
「メルちゃんはどうやってこの世界に来たの? 転移? 転生? 日本にはメルちゃんみたいな赤目で綺麗な髪色してる人種なんていないからこっちの世界の身体よね。そうなると転生かしら。憑依って線もありえるけど」
……なんかやたらグイグイくるな。
正直に答えて良いもんなのか……まぁもう完璧に元地球人だってバレてるし、正直にしていたほうが良いな。
「えっと、たぶん転生、です。赤ちゃんの頃からこの身体なので……」
オレがそういうと途端に彼女の目がキラキラと光る。
もしかして、この人もオレと同じ境遇なんだろうか?
「あら、じゃあわたしと同じね! わたしもメルちゃんと同じ元日本人の同じく元男よ」
あぁやっぱりそうか……元日本人なら確かに日本語話せてもおかしくないし―――っておい。なんでこの人、オレが元男だって分かったんだ。
オレだって見た目完全に女の子だし、男だなんて分かるはず無いのに、なんで同じ元男って………“おなじ”? もと、おとこ?
「同じ元男?! えっ、おとこォ!?」
「そんなに驚くことかな……?」
椅子から転げ落ちそうになるほど驚くオレを見て、彼女が困った表情をする。
だって話し方完璧に女の人じゃん。これで元男って考えるほうがどうかしている。
ふと出る仕草……髪を耳にかけたりする動きはどう見たって男に見えない。オレなんて転生してから七年も経ったけど未だにそういうの出来ないし。というかしたくないし。
「そういえばまだ自己紹介してなかったわね。わたしの名前は錦 雅。故郷に錦を飾るの『にしき』に、雅な舞の『みやび』よ。今年で17歳」
7歳のメルちゃんに比べたら10年先輩よーとふふっと笑う彼女………もとい、錦さん。
「錦さん、あなたが元男だってことにはすんごく驚きましたけど、この際その話は置いといて。………なんでオレも同じ元男だと思ったんですか?」
「敬語はやめてほしいなぁ~それに是非ともメルちゃんには名前で呼んで欲しいわぁ。んでなんでわかったかってことだけど、そんなの簡単よ。……メルちゃん、あなた元男性だってこと隠す気ゼロでしょ」
ビシッとオレを指差す錦さん。その指をくるくる回すようにする動作や、立ち振る舞いの一つ一つが女性にしか見えないのが本当に元男だと思えない。
オレが元男だって隠す気ゼロだって? まぁ確かにあまり意識したことないし、地球にいた頃の事は結構忘れちゃってるけど、話し方とかは『オレ』が『オレ』だと思う話し方だし……。
うーんうーんと頭を捻るオレを見て、錦さんは算数が解けない子供に解き方を教えてくれる先生のように、分かりやすく教えてくれた。
「メルちゃん……あなたみたいな幼女が、まるで子供じゃないみたいに話して、それに加えて自分のことを『オレ』だなんて言ってたら、それはもう火を見るより明らかよ。分かる人には分かっちゃうわよ?」
「あぁなるほど」
そりゃそうか。
意識していなかったとはいえ、小さいころからずっと『オレ』って言ってたから違和感が行方不明だったわ………。
でもなぁ。元男ってこと隠すために私とか使いたくねぇしなぁ……。
うん、やっぱりオレは『オレ』のままがしっくりくるな。
「教えてもらって悪いんですけど、やっぱ今更オレって言い方以外はちょっと考えにくいっていうか……」
「ほら、敬語はやめてよね? まぁ、呼び方なんて人それぞれだし、あなたぐらいの歳だったら背伸びしてるみたいで微笑ましいかもしれないわ。そのほうが萌えるから、強制はしないわ。オレっ娘………ンン~良いじゃない……」
身体をちょっとくねらせながら何か悦に入ってる錦さん。
……少し気持ち悪いけど恩人だから広い心を持ってして気にしない。
そういえば、錦さんはさっきから元男性だって言ってたけど女性のように立ち振る舞っている。これっていうのも、元男性だってことがばれないようにするための秘訣なんだろうか?
「錦さん。元男だって言ってましたけど、その喋り方は元男ってことがバレないようにするためですか?」
「いや、違うぞ」
オレが質問した瞬間、錦さんの口調がいきなり変わった。
いや、口調というかニュアンス? 難しいけど、まるで見た目の美少女っぷりには似つかない喋り方に変化した。
思わず驚くオレを余所に、彼女は雰囲気をお姉さんから男友達のような感じに変化させた。
「あたしが女性としてちゃんと振る舞うには、しっかりとした理由があるんだ。
ところでメルちゃん。キミはラノベとか知ってる? 異世界モノとかそういう類いのでもいいけど」
錦さんからまたもや爆弾発言が。
ラノベ、異世界転生って言ったら……そりゃ知ってる。
というかそのおかげではしゃいだ結果、こんな身体にされちゃったんだけどな。
「人並みにはわかってますが……」
「グッド! それならさ……………“百合”、ってジャンル、分かる?」
ゆり………百合? ジャンルで百合といえば、女の子が抱き合ったりするやつのことかな?
「……百合でしたら、その……女の子同士がイチャイチャするようなジャンルのこと……?」
「そう! そうそれだよ!!」
オレが答えるやいなや、錦さんが身を乗り出し、つばを吹き掛けてきた。
さっきまでの清楚で優しいお姉さん、というイメージが崩れそうになる。
「良いかメルちゃん。あたしはね、地球にいたころ、百合というジャンルにそれはそれは陶酔していたんだ!
……可愛らしい女の子同士がその陶器のような薄い肌を薄らと朱鷺色に染め、なめらかで溶けてしまいそうな細い指を絡ませ、放課後の校舎。
夕日が差し込む教室内。
二人を除いて誰もいない世界で、開けた窓の外側から聞こえる部活動をしている音を小耳にはさみながらも、視線の先にいる相手の少し熱を帯び始めた呼吸の音しか聞こえない状態。
陽が落ちるより遅いと錯覚してしまうほどにゆっくりと距離を詰めていき、相手の心臓の鼓動が聞こえてもおかしくないほど近付く……。
呼吸が激しく鳴っているのにうるおいを増す、その唇を、鏡合わせのように! ピタリとパズルのピースが結び付く………。
互いが互いを、求め、与え、融け合う………そんな、『百合』というジャンルをあたしは大好きなんだ!!
あぁもうこの2人尊すぎない? えっ? やばくない? 想像でパッと考えただけだけど、今言った二人マジで尊くない!?
尊み深すぎ愛してるんだ! 君たちを!!
あははははは!
嗚呼……あたし、自分の才能が怖い……でもそれより、このあたしの才能を引き出す『百合』が怖いわ……!!」
……………………………………なにいってんだコイツ。
「あたしが元男なのに喋り方を完璧な女性にしているのはね……その素晴らしき人生の道しるべである百合に、男ではぜっっっっったいに入り込めなかった百合道に、女になったことで片足だけでも入門することができるようになったからよ!
百合を極めるために、わたしはわたしが思うがままに理想の女性像を描きながら、それを理想から現実にするために、完璧に女性に見える立ち振る舞いをすることにしたのよ!
中身が男でも周りにバレなきゃ百合なのよふははは……って、あれ? メルちゃん。すごい顔してるけど大丈夫?」
理解が追いつきません。お前の頭が大丈夫かと。
たぶん、生まれ変わってから初めて使う表情筋の強張りを感じながら、オレは顔に飛んできた美少女のつばを嫌悪感マックスで拭き取った。
ブクマ評価あざっす!
百合っていいよね、心が洗われるよ。




