謎の黒髪美少女
「どう? そのスープ。ここらで取れる海産物を煮込んで取った出汁で作ったんだけど……お口に合うかな?」
「最高です。美味すぎます」
「そう、それは良かった」
もぐもぐと口に含んでいたパンをスープで流し込んで、オレは黒髪美少女にスープのおかわりをもらう。
彼女はオレの元気そうに食べる姿を見て安心したのか、台所の鍋にスープをよそいに行ってくれた。
口の中に物を含みながら失礼。
どうもこんにちは皆様。メルちゃんです。
ただいま元気に栄養補給の真っ最中。
食べて良いよ、と言われて出されたものを余すことなく胃袋に収めています。
オレは今、港近くの小さな小屋で料理をご馳走になっている。
この料理は、さっきからオレのことをニコニコ微笑みながら、その整った顔に慈愛に満ちた表情を浮かべた黒髪黒目のまるで日本人みたいな顔をした黒髪美少女が作ってくれたものなんだけど、これがまた美味いのなんのって。
ここ数日ずっとおっさんとキノコ料理しか食べていなかったが、今は丸い目を細めながら見つめてくる美少女――少女って言っても見た目は高校生ぐらい?――の女性と、キノコ以外の料理を食べているんだ。そりゃもう夢中でかっ込んだ。
………料理をいただく前に少し話したんだけど、どうやら彼女がオレのことを助けてくれた張本人だそうで。
確かエイオスにぶん殴られたあと、うっすらと黒髪の女の子を見たような覚えがあるから、それがきっと彼女なんだろ。
なんでオレのことを見つけられたのか聞いたら、たまたま漁師のおじさんと魚釣りにしていて見つけたらしい。
何かの残骸だと思った漂流物の上でオレが横たわっていたのを見て、そりゃたいそう驚いたみたいで、咄嗟に海に飛び込んで助けてくれたようだ。
オレは船の荷物置き場の柱に繋がれていたはずだから、おいそれと簡単に運べないはずだったんだけど……。
なんでもオレの右手についていた鎖はサビていて、強引に引っ張ったら外れたそうだ。
そして手錠も、料理をいただいて少ししてから彼女が持ってきた工具で外してもらっていて、手首には少しのサビの跡が残っているだけだ。
どんだけ遭難していたか分からないけど、荒波にあんだけ揉まれてたのに、起きてすぐ飯が食べられるほどには元気ってことは、数日程度しか経っていないはずだ。
……鉄がサビるのってどれぐらいなんだろ。
もしかしたらこっちの世界では鉄は作れても、あまり長持ちしないんだろうか? ……まぁいっか。
それで船の残骸からオレのことを助け出したあと、漁師が使う共用小屋で介抱していたそうだ。
オレが目を覚ましてからすぐお腹の虫の声を聞いたので、彼女が振る舞ってくれた料理を今は兎にも角にも詰め込んで、お腹を満たすことに精を出しているのだ。
というわけでもっと料理を堪能したいから、ちょっと集中させてもらうぞ。
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「ふぅ食べた食べた………」
「いや、スゴイね。ゆうに大人二人前は食べたんじゃない?」
少しばかり呆れながら彼女ふふっと笑う。
そんなに食べたかな? ……まぁ確かにこのぽっこり膨れたお腹を見ればそう思うか。こんなに腹いっぱい食べたのは久々――いや、生まれて初めてかもしれない。
「おぉ、嬢ちゃん、起きたか。無事で何よりじゃよ」
お腹をすりすり擦っていたら、見知らぬおじさんがどかどかと小屋の中に入ってきた。
体格が良く、肌は黒く焼けていて、所々白い毛が混じった灰色の髪と髭をもりもり蓄えている。
目なんて髪と眉毛で隠れて見えないほどだ。
と、すかさず黒髪美少女が席から立ち上がって頭を下げる。
「おじさん、小屋使わせてもらってありがとうございます」
「良いってことよ。ここは俺達漁師がたまに使うぐらいだからな」
んじゃ、俺はもう一発漁に行ってくるわ、と言っておじいさんが小屋から出ていった。
「………今の人は、あなたのおじさんですか?」
純粋に気になったので聞いてみる。
オレの言葉を聞いて彼女はいやいや、と首を横に振った。
「あの人はつい先日酒場で知り合った酒仲間よ。漁師やってるっていうから船出して貰って釣りをしてたの」
「へぇー」
けぷっとゲップをする。うーん満足である。
「っと、顔色もだいぶ良くなってきたわね」
木製の椅子をぎしりと鳴らして、黒髪美少女が姿勢を改める。
それを見てオレも重いお腹を刺激しないよう、慌てて姿勢を正した。
「さて、料理代、ってわけじゃないけど、あなたのことを聞かせてくれるかしら? お名前は何ていうの?」
にっこりと笑いながら彼女が聞いてくる。
オレは深々と、そりゃテーブルに頭が着くんじゃないかってぐらい深く頭を下げながら返した。
「今日は助けてくれて本当にありがとうございます。オレはメルって言います」
「ふぅ〜ん………」
表情は変わらないが、どことなく彼女の目がキラリと光る。なんか変なこと言ったかな?
未だ微笑みを絶やさず、少し前傾姿勢になって彼女が質問を重ねる。
「どこから来たの? 何であんな海の上で遭難してたの?」
……どこまで正直に言うべきか。
なんか、元奴隷です! とか言って嫌なことになってもなぁ………でも悪い人には見えないし………。
…………隠したところでいつかボロが出るなら、正直に言っちゃうか。
「実はオレの暮らしていた村が貧乏になっちゃって……それで子供たちの中から代表してオレが身売りされたんです。それで確か、『中央』ってところに行く途中で乗ってた船が嵐に巻き込まれて、船が壊れてずっと残骸の上で遭難してたんです」
「……なるほどなるほど」
「ここ数日、ずっと嵐の中だったんで、もしかしたらこのまま助からないんじゃないかって思ってました。助けていただき、本当にありがとうございます」
「ここ最近は天気良かったと思ってたけどなぁ……沖の方は荒れてたのかしらね」
彼女はそういうとテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注いで、それを一息に飲みきった。
「ふぅ……ところでメルちゃんは何歳なのかな」
「えぇっと、去年の冬で7歳になったとこです」
「7歳ねぇ……ふむふむ」
「な、なにか……?」
なんか品定めされているような視線だ。思わず引け腰になる。
やっぱり奴隷だったなんて言わないほうが良かったかな……。
オレの不安が表情に出ていたのか。
そんな顔しないで良いよ、と彼女はニコリと笑い、おもむろに右手の人差し指に付けていた指輪を外した。
装飾っ気のない銀色のリングに赤い点が付いたそれをテーブルに置くと、しきりに周囲を見渡したあと、言った。
「わたしの喋ってる言葉、分かる? こんにちはメルちゃん」
……それを聞いた瞬間、オレの顔はきっと驚愕の一言だっただろう。
でも驚くな、という方が無理だ。
だって、彼女の口から放たれた言葉は………日本語だったからだ。
次回予告。黒髪美少女は―――ハジけた。




