まな板の視察
………雷の閃光で真っ白になった視界。
の、ような真っ白い空間に、気付いたときには立ちすくんでいた。
周りには何もいないし何もない。
雷雲も海もオレがいた船の残骸も無い。
なんだったらオレの両足が地面? を踏んでいる。
広がっているのは、白一色だけだ。
ふと見覚えのある空間に、ハッと気付いた。
ここってもしかして…………。
「相変わらず察しが良いわね」
突如後ろからオレの心を読んで話しかけてくる女性の声がして、パッと振り向く。
……予想通り。そこには胸の軽量化に成功したクソ女神が立っていた。
「そっちの方も相変わらずなんだなァおい!」
すかさずアイアンクローをかましてくる女神様に懐かしさを覚えながら、オレは考えうる最大限の謝罪をしながら脳味噌をぶちまけないよう女神様のご機嫌取りをした。
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「それにしても元気にしてた? 地球出身の糞新魂! そっちの時間でいうとだいたい十年振りぐらい? 少しは成長した?」
「時間感覚ガバガバかよ。ッテテテ………」
女神ンクローによって治まらない頭痛に苛まれながらオレは頭を抱えた。
「っていうか、オレ確か海の上で遭難してたハズなんだけど………なんでここにいるんだ?」
「そうだったの? そりゃ難儀だったわね。ここにアンタを呼んだ理由は……アタシの気まぐれよ」
無い胸を張って偉そうに喋る女神様。
気まぐれって……良いのかそれで。
「良いのよ。たまーに思い出したときに転生させた魂がどうなってるか視察するのも私の役割の1つなの」
神様ってのも結構アフターケアに力入れてんだなぁ。
じゃあ今回はたまたまオレがやべーことになってるときに視察したってことか?
「んー……ま、そうね。地球出身の新魂なんて今んところアンタだけしか管理してないから、ちょっと気になってたのはホントよ」
そう言いながら女神様はジロジロとオレのことを見てくる。
………性格は最悪だけど見た目だけは良いから、ちょっと恥ずかしい。
「……うんうん。新しい身体にも順応してるみたいね。魂が前会ったときより成長してるみたいで私としては嬉しい限りよ」
仁王立ちしながら頷いている女神を見て、オレは思い出した。
「そうだ! おいクソ女神! なんでオレ女の子になってんだよ!! 聞いてねぇよ!」
掴みかかる勢いで肉薄する。
女神はオレの目を見ながら、鼻で笑いつつ、こう言った。
「ハーレム作りたいとかほざいたからよ」
「何でだちくしょう! ハーレム良いじゃんハーレム!」
「はぁ……やっぱさっきの言葉は撤回ね。成長してないわアンタ」
ため息をつきながら呆れる女神。
神様のくせしてハーレムの良さも分かってないなんて、本当にこいつは神様なのか。
男に生まれたからには、誰しもハーレムを望むもんだろ!
「今は女の子だけどね〜」
ニヤニヤしながら茶々をいれるまな板のむかつく顔を見ながら、オレは歯ぎしりをする。
「その身体だって、私が頑張って選定した転生先よ。あなたは女性のことを邪な考えでしか見てなかったからね。そういうアンタにはピッタリの身体のはずよ。でも………」
鼻高々にそう言った女神だが、オレの肩に手を当てて凝視してまたため息をついた。
「まだ地球にいたころのカタチが抜けきって無いのね」
「どういうことだ?」
「その言葉通りよ。今のあなたの姿を見れば一目瞭然。自分の手を見てみなさい」
そういった女神の言葉通りに、両手を伸ばして見る。
……そこには、今の身体―――メルの身体には不釣り合いな大きな腕が伸びていた。
「これって……」
「私のいるこの空間は、意識だけ……簡単に言えば魂だけがくることができるのよ。つまり今ここにいるアンタは、アンタの魂だけ。その魂が形作るのは、自分だと思っている身体。あの女の子じゃなく、地球にいたころの男だった姿をしているってことは、つまりアンタはまだ自分のことを女の子だと自覚していないってことよ」
なるほど、そういうことか。
………それって、悪いことじゃないじゃん。だってオレ男だし。
「その自意識でいつまで保っていられるか、見物ね」
そうじゃないとわざわざ女の子に転生させた意味もないし~と女神はため息交じりに言う。
こいつの表情に腹立つうえに納得しないものを感じつつも、オレはある一つのことに思い至った。
「身体と魂のカタチが一致していないと、何か不都合でもあるのか? 例えば………魔法が使えないとか」
そう。おっさんが炎の魔法を使いこなしていたってことは、こいつの管理している異世界には魔法が存在しているはず。
なのに、生まれてからずっと魔法を使ってみようと試みていたオレは、一切魔法が使える兆候が見られなかった。
……もしもオレが自分のことを女だと自覚しないと魔法が使えないとかいうのだったら、それはとても由々しき事態だ。
ハーレムを作るには、女性に惹かれるために結果を出さないといけないだろう。
それなのに魔法が使えないってなると、この世界で生きていくことすら危ういんじゃないか?
ある種の確信を持って女神にドヤ顔を披露する。
「は? そんなことあり得ないわよ」
が、女神がオレを小馬鹿にした顔で見てきたことで、その疑惑は疑惑のまま終わった。
「えっマジ?」
「当たり前じゃない。あたしの世界じゃ、誰でも魔法を使う素質を持ってるわよ。それにアンタは地球出身の新魂。素質にしたら多分世界中で見てもトップクラスのハズだけど」
「それ嘘だろ? いや、この身体はまだ小さいし耳もエルフっぽいけど、見た目は美少女だし最高だよ。だけど魔法が使えないのはいただけないぞ」
生まれてこの方一度も魔法とは縁がないのに世界トップクラスの素質を持ってる? それこそあり得ないだろ。
「ん? あんた、魔法使えないの?」
「やり方知らないし、オレが生まれたところじゃ誰も魔法使ってなかったぞ。知り合ったおっさんが使ってたの見て初めて魔法があるって気付いたぐらいだし」
「んーそんなはずないんだけどなぁ………」
そういうと女神は目を閉じて何かを考えて始める。うーんうーんとひとしきりうなった後、パッと目を開けた。
何かに気付いたようで、人の神経を逆なでするような顔をしながらオレの肩をぽんぽんと叩く。
「あーなるほどなるほど。こりゃこのままじゃアンタ一生魔法使えないわ」
「はぇ?」
「なるほどねー! あーあーそういうことか! そういうこともあったのねぇ、通りで通りで……」
なんだこの女神は。一人で納得して一人で感心しやがって。
知ってるんだったら教えてくれたって良いじゃねぇか!
「嫌よ。アンタの素質は素晴らしいけど、魔法使えるようになったらなんか調子乗りそうだし。もったいないけど、ほかにも地球出身の魂は転生してるし、何も魔法だけがすべての世界じゃないんだし?」
それじゃあ困るんだっての! 女の子になってるけどオレはハーレム作るのあきらめてねぇんだからよ!
「だ、か、ら! 教えないのよすっとこどっこい。私のことまな板とかつるペタなんて不名誉なことほざいてたから丁度良いわ。いやぁ我ながら良い転生をしてあげたわ!」
やっぱダメだこいつ。神様のくせして器が小さすぎる。
何年経っても器がちっちゃいから胸だってそれ相応のものしかないんだ。
「アンタってのはホント人の気にしてることズバズバ言うわね!!」
「はん。気にしてるっていうんだったら少しは努力しろよ。地球じゃ豊胸グッズたくさん売ってるんだぜ? 無乳女神は無い乳らしく、涙ぐましい努力でもしてみろってんだよ」
「無い乳って……! アタシだって胸あるわ!」
「笑いが止まらねぇよ! 幼女なオレと同じぐらいしか無いように見えるんだが!!」
「うっさいうっさい! アンタだって将来絶対後悔させてやるんだから! 私のことを無い乳って言ったことを後悔させてやるんだから!」
「涙目になってまで言う時点で器がちいせぇんだよ。悔しかったらオレに魔法の使い方の1つぐらい教えろってんだ」
「教えれば良いんでしょ教えれば! 『孔』よ。『孔』さえあれば魔法が使えるようになるの!」
ハッとした表情で幼女並みのおっぱいしかない女神が止まる。
簡単に挑発に乗りやがって。チョロいぜ。
「アンタ……アタシを挑発して……」
「こんな挑発に乗って口が滑るほうがどうかと思うがな。なるほど、魔法を使えるようになるには穴が必要ってことだな」
「くっ……アタシとしたことが、こんなやつの口車に乗っちゃうだなんて……」
がっくりと膝を落としてうなだれるまな板。
オレのことを女の子なんかにしたウサがこれで少しは晴らせたわ。
「まな板まな板ってうるさいのよ! 私にはエイオスって立派な名前があるの!」
キリッと睨み付けながらツバを飛ばしてくる女神………改め、エイオス。
エイオスは涙目になりながら自分の胸を抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。
……いくら無い乳といえど、美女の涙目ってのは、なんていうかこう、そそられるものがあるな。気分が良いや!
「ったく! アンタなんか視察するんじゃなかったわ!! 早いところメルだっけ? その身体に戻りなさいよ今すぐ!」
そういうとぷりぷり怒りながら踵を返してどっかへ行こうとするエイオス。
………戻りなさいって言われても戻り方知らねぇんだけどなぁ。それに………。
「エイオスさんや、戻りたいのは山々なんですけども、今ちょっとワタクシ遭難しておりまして、えぇ……戻りたくないというか、神様パワーでどうにかしていただきたというか………」
「あー……そっか私が呼び出したから自力じゃ戻れないんだっけか」
言うないなや、エイオスは振り向きながら腕まくりを始めた。
……おいおい穏便に行こうぜ。すごく嫌な予感がするんだが。
「それと遭難ね。それについてだけど、さっきアンタのこと調べるついでに分かったんだけどさ……その遭難、そろそろ終わるわよ」
その言葉にドキッとする。
うすうす感づいていたけど……っていうか魂だけが来れる世界に今オレがいるってことに、遭難が終わるって……それってもしかして、オレ死ぬってことか? むしろもう雷に撃たれて死んでるとか?
「馬鹿。そんなんだったらわざわざここに呼び出してないわ。下手に考えずとも言葉通りの意味よ」
「おいそれってつまり――」
―――オレが言葉を言い切ることはなかった。
なぜならエイオスが握ったこぶしをオレに向けて突き出してきたからだ。
久々だなぁと他人事みたいに思いながら、エイオスの放った衝撃にオレの意識は吹き飛ばされていったのだった。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
「親方! そ、空から女の子が!!」
………誰だ? 誰かが何か叫んでいる。
「なぁにが空だ、どうみても海じゃろ! それに誰が親方じゃ! 御託は良いからさっさと助けに行ってこい! 死体じゃなけりゃ連れてこい!」
「言われなくともー!!」
どぼん、と何かが飛び込む音がしたあと、オレの身体が引っ張られる。
……右手に少し引っかかりがあったあと、全身が水に浸かる感覚とともに運ばれているのを感じる。
動かない身体に力を込めて、目だけでも開けようとする。
うすぼんやりとした視界に映るのは、暖かい日差し。どうやら今は雨も降っていないみたいだ。
数日ぶりの太陽を拝みながら焦点の定まらない目で見た先にいたのは―――海の中でオレのことを運んでくれている、黒髪の女の子の姿だった。
ブクマ&評価感謝ですです。
やっとこさ本編に、最初からいたキャラが出てきました。




