キノコ地獄
おっさんとオレが九死に一生を得たあと。
荷馬車がなくなってしまったので、オレたちは徒歩で街まで進むことになった。
まぁ歩いて街に行くのは良いさ。街に着いたところでやることは決まってるし。
逆にすぐ街に着かない分、村では知ることが出来なかったことが色々と分かるからな。
って、最初のうちは考えてました。
「おいメル見てみろ。これは珍しい。ベニガッパダケとベニカッパーダケの群生地帯だ。赤くて傘の天辺が白く禿げてるのがカッパダケの特徴でな、効能は育毛だ。男に人気のあるキノコだけど、女が食べても毛の艶が良くなると評判だ。そっちの禿げていないほうがベニカッパーダケで、そっちは絶対に食べるなよ? 腹下すからな。茎の奥まで茶色になるほどちゃんと火を通せば食べられるが、味が悪いからあまり人気がない。ベニガッパダケは毒もないから生でイケるぞ。おら、食ってみろ」
もっちゃもっちゃもっちゃ
「お前見た目だけは良いんだから小さいうちからちゃんと磨いとけよ。おっと、あの大木に生えてる白っぽいひだひだの塊はヨウセイノコシカケじゃないか。こいつはおとぎ話に出てくる妖精みたいにちっちゃいのが座っても壊れないほど硬くて頑丈なキノコだ。木がスカート履いているみたいだろ? 実際お前ぐらいなら座れるんじゃないか。おら、座ってみろ」
スタスタスタ……ぽふっ
「おぉやはり壊れない。素晴らしい。ここまでガッシリしてるやつなら市場でもそうお見えになれねぇ。見た目は食べられなさそうだけど、削って粉状にしたものは傷薬として使えるぞ。おら、ちょっと削ってみた。匂いを嗅いでみろ」
くんくん……
「ほのかに甘い匂いがするだろ。それがヨウセイノコシカケの特徴だ。実際甘いから、傷薬のほかに砂糖の代わりに使ったりする。砂糖と比べれば色が悪いから隠し味とか色が濃い目のお菓子や料理に使われるがな。ちなみに見た目がとてもよく似ているゴブリンノコシカケっていうのもある。そちらは削ると酸っぱい嫌な臭いがするが、火を通せば独特のエグみが出て酒とよく合うんだ。見た目の違いとして、ヨウセイノコシカケはヒダが若干下に反ってて、ゴブリンノコシカケは逆にほんの少しだけ上に反ってる。こいつらはいろんなところに生えているからこれからも目に付くかもな」
そうですか。
「ゴブリンノコシカケは人気がないからあまり市場には出ないけどヨウセイノコシカケはわりかしよく売られている。ただちゃんとした判別方法は熟練者でも見分けが難しいから売られてるものを買うときは気を付けろよな? 価値としてもヨウセイノコシカケのほうがゴブリンノコシカケよりも高いから採集するならヨウセイノコシカケを持ってったほうがいいぞ。ちょうどいい、これも剥がして持っていこう」
おっさんが嬉々として剥がした白い物体を袋の中にしまう。
「おっ、フクロダケがあそこにも生えてるぞ。そろそろこっちの袋もいっぱいになってきたからお前が持ってけ。取り方はさっき見せたから分かるな? 根っこの部分を剥がしたらそこから四方向に茎を割いて袋状になってる傘の中にある部分を丁寧に剥がして捨てるんだぞ。そのあと手を突っ込んで折り重なってる網目状の傘を展開させてから茎持ってぐるぐる回して適度に乾燥させたら袋の出来上がりだ」
おっさんの指示通りに淡々と奇妙な形をしたキノコを分解して、即席の袋を作成する。
「おし。これでまだキノコが取れるな」
「まだ取るんかい!!」
「取り足りないぐらいだ、何言ってんだお前」
時刻はたぶん夕方。
雨もすっかりやんでいて、雲間からうっすらと夕日のような赤い光が射し込んでる。
一応街を目指して進んでいることは進んでいるんだけど、森の中にいるから今どういうところにいるのかは測り知れない。
おっさんは分かってるみたいでスタスタ進んでいくからたぶん大丈夫なんだろうけど……。
でも、歩いては止まってキノコ談議。また少し歩いてはキノコ談議と、しょっちゅうキノコの活用方法や調理法、裏話から市場の動向まで話してくるからヘトヘトだよ……。
「もうキノコはいいよーはやく進もうよー」
「早く進もうって、街に着いたところでお前は売られちまうんだぞ? 普通なら街に行きたくないって言うもんだが」
まぁ確かにおっさんの言うとおりだ。
あくまでオレはおっさんの所有物であり、建前というか実質奴隷状態だ。
……奴隷っていっても首輪も手枷も焼印も押されてないから実感薄いけど。
この世界の奴隷ってのはラノベとかにあるような魔法の契約とかしないのかな。ちょっと見てみたい気はあったんだよなぁ。
荷馬車から抜け出したあとおっさんにも言われたけど、村にいた時と現状オレの状態はまったく変わりがない。
だからこのままおっさんから逃げ出しても良いんだろうけど………たぶん、そんなことはできないだろう。
よくある『犯罪者と一緒にいたら好きになっちゃいました♡』みたいなのじゃない。
おっさんがもともと冒険者で、役割が遊撃だったってことが理由だ。
こんな右も左も分からない森の中で、遊撃担当だった元冒険者から逃げ出すことなんて不可能だと思う。
だったらおっさんとはこの関係を崩さないようにして、逆にオレが知らないこの世界のことを聞き出そう。
オレはそう思いついて、とりあえず協力的になってるんだけど………。
「それにしたって限度があるわ!」
オレはもうキノコ話にはうんざりなんだよ!
最初は良かったよ最初は! でもいい加減度が過ぎてんだよ!
……案外おっさんがパーティー解散した理由ってこれなんじゃねーの? こんなの四六時中されたら気が狂うわ。
「……やっぱお前変わってんな」
「おっさんに言われたくないわ!」
とかなんとか言っているうちに、日がほとんど沈みかけて辺りがうす暗くなってくる。
まぁおっさんが魔法使えるから、明かりには困らないだろうけど。
「おっ、暗くなったからヒカリダケが見えるようになったぞ。これは灯り代わりになるから拾っとけ。ちなみに食べられないからな」
「食わねーよ!」
ブクマありがとうございます〜。
おっさんと幼女の珍道中はもう少し続きますのじゃ。




