おっさんと幼女の奇妙な友情
「はぁ……はぁ……危なかったな……」
「あぁ……まさかおっさんがこんなにも早く死亡フラグを回収するなんて思わなかったわ……」
雨足が少しずつ弱まってきている。
身体中泥だらけ、しかも雨で身体が全身ずぶ濡れになってて、風が吹くたび寒気がする。
でも、オレとおっさんはそんなこと気にせずに天を仰ぎ、生きている証拠に実感していた。
いやぁ、マジで危なかった………一瞬諦めかけたわ。
あんな思い切り踏み出せたのは、奇跡としか言いようがないな。
オレはそっとポケットに入れたアルドのお守りを撫でながらそう思った。
「………なんでお前、落ちかけてたのに荷物なんか取りに戻った。あれがなければもっと安全に脱出できてたぞ」
ススが付いた顔をこすりながら息切れしていた呼吸をすぐさま整えたおっさんが、オレのことを睨みながら聞いてきた。
確かにおっさんの言うとおりだ。
あれさえなければ、あんなギリギリの脱出劇をしなくて済んでいたと思う。
けど……これだけは失くしたくなかったんだ。
おっさんと比べて未だに荒い呼吸をするオレは、一度だけ息を飲んでからポケットに入れてきたお母さんの形見とアルドのお守りを取り出して、おっさんに見せた。
「それって……あの変なガキが持った来た石ころと……髪留めか?」
「うん。こっちの石のことは覚えてると思う。オレの弟から貰った、すごく大事なものだから。んで、こっちの髪留めは……オレのお母さんの形見だから。どうしても失くすわけにはいかなかったんだ」
おっさんには本当に悪いことをしたと思ってる。
さすがにあの状態じゃ荷馬車を持ち直すこともできなかっただろうけど、ちょっとだけなら持ちこたえてくれると思ってて……。
オレが申し訳なさげにそれらを見せる。
おっさんが睨みながらも首をかしげて追及してくる。
「お母さんのって…………じゃあお前、村にいた両親ってのは何なんだよ。辻褄合わねぇぞ」
「実はオレ、産まれてすぐに本当の両親死んじゃったらしいんだよねー」
「………!」
睨んでいた目を驚きに変え、おっさんがこちらを見る。
「だからあの時おっさんが見たのは、オレの育ての親で。オレのことを追っかけてきたのは、その家の子供なんだ。ただ、あいつはこのことを知らないから本当にオレが自分の姉だと思ってんだよな」
あっ、でも絶対にアルドに言うなよ? と念押しする。
おどけて見せたけど、おっさんは真剣な面持ちでオレの話に耳を傾けている。
おっさんのアクションが薄いのがちょっと怖くなって、オレは顔をしゃんとさせる。
「いくら形見だからって、危ないことをしたってのは分かってる。無事だったから良かったけど、本当にごめんなさい」
そう言っておっさんに向かって深々と頭を下げる。
……死ぬ一歩手前で非常識なことをしたんだ。
叩かれたり、怒鳴られたり―――そういうふうにおっさんから怒られると思った。
「………まぁ、形見っていうんだったら仕方ねぇわ。大事にしろよな? その石ともども」
だけど、オレの想像に反しておっさんはすんなりと受け入れてくれて、しかも気遣ってくれる素振りを見せた。
「……なんかミョーにやさしいな」
普通、もっと怒ってしかるべきじゃないか?
見た目はさえない感じだし、目付き悪いし、明らかに良い人っぽくないおっさん。
口調もぶっきらぼうだから、こう……妙にやさしいとなんか型にハマってない感じでムズムズすんだよなぁ。
おっさんはうっせぇ、と言うけど、ちょっぴり躊躇いながら、
「……ちょっと俺と境遇が似てるからよ、少しだけ同情しちまっただけだ」
なんとなく雰囲気を和らげながらそう言った。
今度はオレのほうが驚きに目を見開く。
どう声をかければいいか考えているうちに、おっさんが話し始めた。
「俺はな、孤児院育ちだったんだ。親のことは知らねぇし、兄弟もいねぇ。親って呼べるものっていったら、孤児院のババアぐらいだったからな。同じ孤児院にいたやつらとパーティ組んで、その日暮らしの冒険者をやってがむしゃらに生きてたから、どうしても同じような境遇のやつがいると昔のことを思い出しちまってな。だから………親の証がちゃんとあるってんなら、ちゃんと失くさないようにしておけよ」
どこか照れくさそうに、オレが握っているお母さんの髪留めとアルドの石を指す。
まさかおっさんがそんな生い立ちだったなんて……。
変にやさしいときがあったけど、もしかしたら孤児院で年下の子供の面倒でも見ていたんだろうか。
おっさんの性格というか雰囲気的に、兄貴分っぽいし。
……ここはおっさんの気持ちを汲んであげたほうが良いな。
「あぁ、そうするよ……悪いなおっさん」
「謝んじゃねぇよ。おら、この話はここで終わりだ。俺の話もな」
ふん、と鼻で笑ってからおっさんは立ち上がって、崖のほうへ歩いていく。
落ちないようにぎりぎりまで近づいてから、崖下のほうを覗いてため息をついている。
「あー……荷馬車、どこまで落ちたかわかんねぇなこれ」
オレもおっさんに続いて崖まで進む。
雨で湿ってぐちゃぐちゃになっている地面にちょっと気を悪くしながらも、おっさんの隣でしゃがみながら、気を付けて崖下を覗いてみた。
オレの目の先には、ただの白が広がっていた。
雨が弱くなってきたといっても、霧のような白いモヤは晴れていない。
どれぐらい深い崖なのかは分からないけど、ビル10階ぐらいの高さはあるんじゃないかな……。
「これじゃあ馬も荷台もダメだな。っていうか、荷台は爆発させちまったからもともとダメだったろうがな」
がしがしと頭を掻くおっさんを見て、オレは思い出した。
そうだ、あの落ちかけたときの大爆発。あれってなんだったんだ?
荷台に爆発するようなものなかったし、この世界で荷馬車が使われてるってことは地球にあるような石油とかで動くような道具がないってことだよな……。
「そういやあの爆発って何したんだ? キノコが爆発でもしたのか?」
「馬鹿野郎。んな危険なキノコあんな荷馬車に載せるか」
オレの冗談に馬鹿にしたような目で見てくるおっさん。
っていうかその言い方だと爆発するキノコあるんだな。ますますファンタジーだ。
「ありゃ魔法よ、魔法」
魔法! かまどに火をつけるぐらいしか見てなかったけど、ゲームみたいに爆発魔法とかがあるのか!
「魔法って、あんなこともできるのか?!」
「まぁ普通の使い方じゃねぇけどな。かまどに火をつけるときの魔法あったろ? あれは魔力を燃やして出したんだが、さっきの爆発は火の魔法を燃やさない状態で出して、それに一斉に火を付けたんだ」
オレのキラキラした顔に、なんとなく誇らしげにおっさんがいう。
魔力を燃やすとか、燃やさないとか………魔法も色々と使い方があるんだな。
「器用なんだなおっさん……」
「一応こう見えても火の魔法の扱いには長けてんだよ俺は。まぁ昔はあれやりすぎて仲間連中に怒られてから、滅多にやらなくなったんだけどな」
どこか哀愁漂うおっさんがフッ、と笑う。
仲間ってのは、さっき話してくれた孤児院で一緒に育った仲間のことだよな。
一体どんなことやってたんだろうな……。
聞きたい。めっちゃ聞きたい。
話してもらおうとオレが口を開こうとしたところで、おっさんがオレと同じぐらいの目線になるまでしゃがみこんだ。
「っていうかお前、なんで俺のこと助けたよ」
「ん? 何のことだ?」
なんかやったっけかオレ。どっちかっていうとオレが助けてもらった、って感じなんだけど。
「何のことって……落ちそうだった俺のこと引っ張ってくれたじゃねぇか。さすがに俺だけだったら、あのまま登れたか分からねぇ。一気に魔法使いすぎて力入りにくかったしな」
おぉ魔法を使いすぎると体力落ちるんだ……これは忘れないようにしておこう。
おっさんのふとした一言を頭に刻みながら、オレは考える。
あの爆発のあと、二段ジャンプしたおっさんは崖に手をついてぶら下がっていた状態だった。
あんなハリウッドアクション決めたら、拍手する以外やることって言えば引き上げてやることぐらいだろ。
何言ってんだこのおっさんは。
「なんでって……落ちかけてたら、そりゃ助けるだろ」
オレがそういうと、おっさんは本日何度目かの溜息をつく。
「言っとくけどな、お前の身分は今、俺の奴隷ってことになってんだぞ。その奴隷にした元凶が死にかけてたら、普通助けないで、むしろ崖から落とすぐらいのことするだろ。あのまま見過ごして逃げるのが当たり前だぜ?」
おっさんのその言葉に、ようやく合点がいった。
確かに、今オレはおっさんの奴隷だ。けど、オレが奴隷だっていうのはおっさんの他で言えば村の人たちしか知らないことだ。
あのままおっさんを見捨てて逃げちゃえば、もしかしたら村に帰れたかもしれない。
けど、あの時は何も考えないでおっさんの登る手助けをしていた。
なんで? って言われても理由はない。落ちかけてたから、としか言えないわ。
この異世界に来てからずっと村で育ってたから、そういう当たり前のことをオレは知らない。
知らないってことは、今後致命傷になりかねるかもしれない。
なるべく早くこの世界のこと、っていうのを覚えなくちゃな。
「あーなるほどなるほど………そんなとこまで気が回らかったわ」
「ほんと、お前って7歳児に見えねぇよなぁ………」
「わりぃわりぃ。今度はちゃんと見捨てるからよ」
「ナマ言ってんじゃねぇよ。自暴自棄になって、今すぐここでお前のこと襲ったって良いんだぜ?」
「やっぱりおっさんはロリコンだった……?」
「あ゛あっ?」
ぎろりと睨むおっさん。ただ、その目には怒ってる感じが全くしない。どっちかっていうと、男友達同士で冗談を言い合ってる感じだ。
「ふふっ……」
「くっくっく……」
こういうやり取りはこの世界ではやったことがなかったから、思わずオレは笑った。
それにつられるように、おっさんも笑い始める。
あぁいいなぁこういう野郎同士のやり合い。まぁ今オレは幼女だけど。
「誰がてめぇみたいなクソガキに欲情するか。お前は俺の手元に残った大事な商品なんだから、んなことするわけないだろ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
オレたちはそう言い合ってから、立ち上がって崖から離れて森まで歩いていく。
雨もやみ始めているみたいだ。木の下に入ると全く雨が身体に届くことがなくなってきた。
「とりあえず、馬であと一日ぐらいの距離だ。歩いてもそんなに掛からないで街に着けるな。森の中を進んでいけばショートカットもできるし」
「あぁ」
「不幸中の幸いだが、金とナイフは身に着けてておいて正解だったわ。これさえありゃ何かあっても、とりあえず凌げるだろ」
じゃらじゃらと腰に付いている袋で遊びながらナイフを取り出して刃こぼれを確認するおっさん。
オレたちは洋服にこびりついている泥や草を払いながら、今後のことについて話合った。
「まぁ今日はこんなことになっちまったしな。どこかで雨宿りしながら休憩でもするか」
ちらりとこちらを見ながら提案してくるおっさんに、そうだなとその提案に乗る。
魔法を使って体力も少ないって言ってたしな。
今すぐにでも行かなくちゃいけないわけじゃないし、ゆっくりでも向かっていけばいいだろ。
「森の中行くってんなら、途中で食べられるキノコとか植物のこと教えてくれよ。おっさんってそういうのに詳しいだろ?」
「ガキのくせして変なこと知りたがるんだがお前は。まぁ良いぜ。奴隷っても俺の商品なんだ。こんなことで餓死されちゃそれこそ大損だしな」
あくまでのオレとおっさんの関係に一線を引いた物言いだけど、ちっとも嫌な気がしない。
オレたちはそう言い合うと、崖から離れて森の中を進み始めた。




