おっさんの手料理
トントントン。子気味のいいナイフの音。
ジュージュー。食欲に直接訴えかけてくる音。
グツグツグツ。鍋からオレのお腹の鳴き声と共鳴する音。
いささか落ち着きを取り戻したオレは、おっさんが料理するのを横でジッと眺めていた。
オレのことなんて意に返さず、おっさんは手を止めないで手際よく動かしている。
……魔法を使ってかまどに火を掛けたおっさんは、ものの数十分で晩飯を作りきってしまった。
興奮しすぎて動きまくったし、なにより料理の作り始めから見ていたせいで、オレの胃袋が悲鳴を上げている。
もうちょっと……もうちょっとの辛抱だ………!
おっさんが用意してくれた器に料理をよそってくれる。
サッと水洗いして小分けに切っただけなのに、かまどの火に照らされて脂の乗ったみたいにテカテカしているキノコ。
なんの肉か検討も付かないけど、乾燥肉から取った琥珀色の出汁に刻んだキノコを加え入れた熱々のスープ。
出汁を取られ脂の抜けた乾燥肉を調味料で味付けして、食欲をそそる茶色に適度の焦げ目が付いた肉とキノコのソテー。
「……ってキノコだらけだなぁおい!」
「は? 文句言ってんのかお前?」
たまらず突っ込んだオレのことをおっさんがギロりと睨む。
……ここで気を損ねてしまうと晩飯が取り上げられそうな気がしたので、仕方なく黙る。
おっさんは用意してくれたスープとソテーに、最後のシメと言わんばかりに黒色のキノコを細かく刻んだものを振り掛けた。
「……よし、完成だ。とっとと食えよ」
「いただきますッッ!!」
ずっとお預けを食らっていたオレは、待ってましたと言わんばかりに、おっさんの手料理に食らいついた。
オレの手ではいささか大きい木製のスプーンとフォークが渡され、それを駆使して胃の中に流し込む。
キノコのソテーの見た目は、肉とキノコしか入っていない質素なものだ。
しかし、若干舌に纏わりつく辛味が肉の柔らかさとキノコの歯ごたえに絶妙にマッチしていて、噛めば肉の弾力とキノコに染みた調味料の汁が流れ込んできて飲み込むのがもったいないほどだ。
かわってキノコのスープは、辛味に慣れた舌にはいささか刺激が強いほど熱々なんだけど、ふわっと香る独特な……例えるならラムレーズンみたいな、甘いけど大人っぽい香りと肉汁の脂の匂いが優しく口の中を癒やしてくれる。
その合間に水に晒しただけのキノコに手を伸ばす。
こちらは刺し身みたいになってるけど、ソテーとスープで火照った身体にちょうど良いみずみずしさと、コリコリした感触が面白くて何度も噛んでしまうほどだ。
このキノコ自体には何も味がしないが、それがソテーとスープの味をリセットしてくれるおかげで、何度も初めて食べた気持ちを味合わせてくれる。
つまり、オレがなにも言いたいのかというと………。
「めっちゃくちゃ美味いじゃん!!」
「当たり前だろ」
皿に盛らず、調理器具から直接食べているおっさんがぶっきらぼうに言う。
キノコばかりだったし、こんな野営食だから正直期待して無かったけど、まさかこんなに料理上手だったなんて……。
生まれてこの方お母さんの手料理しか食べてこなかったけど、その次に美味いって胸を張れるほどの美味しさだ。
「なんでおっさんこんなに料理上手なんだ?」
なるべく味わいたいから、かっ込むことをやめてちょっとずつ食べながら聞いてみる。
何気ない質問だったけど、オレの質問でかまどの火に照らされたおっさんの横顔が、どこか昔を懐かしむように揺れる。
「俺は……ギルドにコックで登録してたことがあったからな」
「コック? おっさん、ギルドで料理作ってたのか?」
「ちげぇよバカ。……いや、そういやギルドも知らなかったんだよな」
……田舎モンと馬鹿にされた気がするけど、美味しいキノコ料理に免じて聞き流してやる。
もぐもぐと舌鼓を打ちながら、おっさんの話に耳を傾ける。
「ギルドじゃ依頼を受注できるが、その依頼をこなす為の仲間を集めることもできんだ。ただ知らない野郎どもと手を組むってなったら、そいつが何できんのか気になるだろ? そういうときのために、ギルドに登録するときにゃ自分が得意な役割も一緒に登録することになってんだよ」
「へぇー」
RPGゲームでいう職業みたいなもんか。
「じゃあおっさんはギルドに料理人として登録してたんだな」
「まぁそれだけじゃあねぇがな。他には荷物運び役のポーター、遊撃担当のショットストップも登録してたな」
おぉ! なんか凄くそれっぽい横文字言葉出てきたぞ。
ってことはおっさん、荷物運びできて戦闘もできて料理も作れるってことか。
………実は凄い人なのか? こんな髭もろくに整えてないだらしなさなのに。
「……てめぇ、なんか俺の悪口考えてねぇか?」
「んなわけないだろ?」
おかしなことをいうおっさんだこと。
「それよりおっさんってパーティー組んでないのか? 今は一人みたいだけど」
話を逸らそうと無理に話題を変えてみる。
オレは料理はあらかた食べ終わり、今は腹休めをしている途中だ。
まったりとした雰囲気の中、おっさんは食べていた料理の手を突然止めた。
「……………俺のこたぁどうだっていいんだよ」
さっきまでの威勢の良さが薄れたおっさんは、少しだけ唇を噛み締めた。
「おら、飯食い終わったんならさっさと寝ろ。あとのことは全部やっといてやるから」
荷台を指差して、再び料理を食べ始めるおっさん。
その横顔は妙に萎れていた。
……なんか、地雷ふんじゃったかな?
あまり深くは詮索しないほうが良いんだろうか。何か言いたくないことでもあるのかな。
………だいぶ気にはなるけど。
「ん、そっか。じゃあお言葉に甘えて寝させてもらうわ」
「あぁそうしろそうしろ。ガキはもう寝る時間だ」
食器を重ねておっさんの近くに置いたオレは、そそくさとおっさんのそばを離れる。
荷台まで続く道はかまどの光でうっすらとだが見えている。
おっさんを尻目に離れたオレだが、ふと思い出したことがあって。
気まずい雰囲気だけど、仕方なくおっさんを呼び出した。
「なぁ、おっさん……」
「……………」
「なぁってば」
「………んだよ」
明らかにめんどくさそうな面持ちでオレのことを睨むおっさん。
その顔持ちに負けずに、オレは口を開いた。
「………わりぃ。荷台に乗せてくれない?」
……場の空気ですっかり忘れてた。
この荷台、高いんだったわ。
ハアァァァっと盛大に溜息を吐きながらも、おっさんが手を止めオレのことを荷台に持ち上げてくれた。
ありがと、と礼を言うと、フンと鼻で笑いながらも、オレたちの周りにあった気まずい雰囲気は何故かなくなっていた。
オレは調理器具とかが入ってた箱に収まっていた毛布を身に纏い、遠くで聞こえるかまどの燃える音と、おっさんが後片付けをする音を子守唄にして目を閉じた。
あっけなくも、家を出て初めての夜は、こうして幕を閉じたのだった。
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