大好きだからできること
7歳の誕生日を迎えたときに教えてもらった、オレの出生の秘密。
そんな身寄りも無かったはずの赤ん坊のオレをここまで愛をもって育ててくれたお母さん、お父さん。
それに、女神が言っていた「人との繋がり」という記憶を無くしたままこの世界にやってきたオレに、繋がりを教えてくれたアルド。
みんなは血の繋がりもオレ自身と親しかったわけでもない。
それなのに、普通の家族として接してくれたこの家を、オレは大好きだ。
口に出すのは恥ずかしい。あぁ、恥ずかしいさ。
自分の気持ちを吐き出すっていうのは、それだけ難しいことなんだ。
でも、お父さんとお母さんはオレの出生について、本当のことを教えてくれた。
アルドはいつもオレの側にいてくれて、何かある度にオレのことを褒めたり慰めて慕ってくれていた。
こんな小さいガキのくせして、周りの子とも接しようとしないで変に大人ぶっているし、自分のことを『オレ』なんて言っちゃう子供なのに、みんなは心からオレのことを受け入れてくれていたと思う。
思う、じゃない。これは確信だ。
うちの家族は、世界で一番! 大事で! 大切で! 手放したくない!!
だからオレは言うんだ。
「アルド―――――ちょっとそれ、もっとよく見せてくれない?」
「うん? いいよ!」
すごいでしょ、と言わんばかりに赤い石を差し出すアルド。
オレは赤い石を受け取ったあと、その手を引いて勢いのままアルドに抱きついた。
「メ、メルねぇ? どうしたの……?」
こんなオレなのに、この世界からしたら異世界からやってきた紛いモノみたいなオレなのに、アルドはこんな時でもとても優しい。
だからオレは言うんだ。
「アルド、ありがとう。大好きだよ」
自分の身体の震えを紛らわすように力一杯抱きしめたあと…………意を決してアルドを離した。
オレの告白に目を白黒させるアルドを尻目に、オレは部屋のドアを開け、お父さんとお母さんのところへ行った。
………食卓で心配そうにオレのことを見る二人。
お父さんとお母さんには、産まれたときから世話になりっぱなしだ。
幼馴染の娘だから、なんて理由でオレのことを引き取って、オレの分まで汗水垂らして働いてくれたお父さん。
オレに自分のお乳を与えてくれ、他人の子供だっていうのに本当の家族と同じ、いや、それ以上に愛情を注いでくれたお母さん。
この二人にはどうか、悲しんでもらいたくない。
オレの家族は、いつでもみんな笑顔でいるべきなんだ。
だからオレは言うんだ。
「お父さん、お母さん。オレがこれを引いたよ」
………その手に握った爛々と輝く赤い石を見せたとき、二人はどんな顔をしていたんだろう。
人はあまりに理解しがたい事態に直面すると、声が出なくなると聞いたことがある。
今まさに、二人はそんな状態だったはずだ。
陸に打ち上げられた魚のように、ギロっと目を向いて口をパクパクさせる。
こんな顔見たくなかった。させたくなかった。
だけど、引いたものは仕方ない。
そもそも最後まで引くのを引き延ばしたのはオレだ。
時間を巻き戻せるなら巻き戻したい。
でも仕方のないことなんだ。
だから、少しでもオレの家族に恩を返せれば。
それだけを考えながら、オレは二人の前に石を突き出す。
「オレが、オレが! この石を引いたんだ!」
「……メルねぇどうしたの? それ、ぼくのなんだけど……」
部屋からオレを追ってやってきたアルドが、トチ狂ったことをいう。
違う。これはオレのだ。
「アルド、違うでしょ? これはお姉ちゃんが引いた石だよ」
「違くないよ! それぼくんだよ!」
「違うッ! これはオレの引いた石だ!」
「ぼくの石だよ! 返してよ!!」
「イヤだッ!! これだけはアルドに渡せない!! 絶対渡したくない!!」
「ぼくのかっこいい石かえしてよー!!」
「お願いだから! この石はオレが引いたやつだって言ってくれよ!!」
「わあ゛ぁぁぁぁあん! メルねぇがいじめる!!」
アルドが目から涙をこぼしながらオレに突っかかってくるのを片手で押し返す。
胸が張り裂けそうなほど苦しいけども、オレはお母さんにアルドのことを頼んで、部屋に連れて行ってもらう。
動揺で未だ放心状態だったお母さんにこんなことを頼むのは忍びないけど、それしかない。
……アルドを抱えたお母さんがオレとアルドの部屋に行った。
部屋の中からはアルドの泣き声。それに加えてお母さんの言葉にならない言葉が漏れ出ている。
それをバックコーラスに、オレはお父さんと対峙する。
この間、オレの産まれを告白してくれたときとは違う、また別種の重い空気が部屋の中を満たしている。
お父さんはオレとアルドが言い合いをしてるときから、頭を抱えるように目を隠しながら俯いている。
「その石は……………」
お父さんから今まで聞いたこともないほど低い声が聞こえる。
その地鳴りのような声は、しかし怒りからくるものではなく、明らかに悲しみから伝わるものだった。
「その石は、アルドが―――」
「違う。オレが引いたんだ」
お父さんの間違いを、即座に打ち消す。
「……本当かい? メル?」
「……本当だよ。これはオレが持ってきたんだ」
顔を上げたお父さんと目を合わせる。
さっきのアルドの言動、オレの挙動不審、それらにお父さんが気付かないはずがない。
でも、これだけは絶対に曲げちゃいけない。
どれだけ言われようと、この家族を、アルドを助けてあげなくちゃならないんだ。
「………それが何を意味してるか、分かっていってるのか?」
「……うん」
どこで知ったんだ……とお父さんはつぶやく。
この間、村長の家で。そういうと、だから外套が濡れていたのか、とすべてを悟ったようにお父さんは頭を抱えてその場でため息をついた。
たぶん、村長の家にオレが盗み聞きしたあとのことだろう。
あのとき着ていた外套はびしょびしょになってしまったので、丸めて隠していたんだけど、それに気付いていたんだな……。
「………選別が終わったら、すぐに赤い石を引いた子供は村長の家にいかなくてならない。逃げようとしても、村の出入り口には見張りが立てられているし、子供がいる家の周りにも見張りが立てられている」
お父さんがぼそりと言いながらオレの目を射抜いてくる。
自分の子供が売られることになったら、そりゃ逃げようとする家族は出てくるだろう。それを見越して、村長は警備を敷いているらしい。
絶対に明日やってくる手筈になっている行商人に子供を売りつけられるようにしているんだろう。
選別が終わってからその行商人がやってくるまでの間にお別れを済ませるため、早朝から選別を開始したんだろうな。
「お父さん………」
「メル……お前がどうしてそこまで意地になってるか分からない。ただ、お前は私たちが驚くほどに聡明な子だ。もうその石を引いた時点で何をされることはわかっているんだろう」
「もちろん。だから代わりにオレが行くんだ」
この村を守ることは正直どうでもいい。どうでもいいけど、この村を守ることはつまり家族のことを守ることに繋がる。
それだったら、オレは喜んで売られる。家族を守れるんだからな。
「すまない、バズ、リオさん………メルを守りきれなかった……」
小さくつぶやくと、お父さんはテーブルに崩れ落ちて唸りながらその顔を濡らし始めた。
オレは、オレの覚悟を分かってくれたお父さんに感謝する。
ここで逃げ出そうなら、一瞬で我が家の子供が石を引いたと判断され、見張りに捕まってしまい制裁されるだろう。
このままずっと家に引きこもっていても、きっと見張りが家に乗り込んできて赤い石を捜索し始めるだろう。そのときクズ石を見せられなければバレてしまうだろうし、代わりのクズ石を見せても数が合わないということで家探しを受けてしまうだろう。
つまり、この赤い石を引いてしまった時点で、詰んでいるんだ。
それなら身売りされにいくしかないだろう。
………もしかしたらもっと良い方法があるかもしれない。誰も不幸にならない方法があるかもしれない。
でも、オレにはそれが思いつかない。
だったら最悪のシナリオに進む前に、せめて悪くならない方向に進むしかない。
………転生したからって、人生が良い方向に進むばかりじゃないんだな………。
「じゃあ、お父さん。行ってくるね」
オレは動かないお父さんを横目に見つつ、玄関のドアに手を掛けた。
もう、昨日まであった暖かい家族には戻れないんだろうなぁ。イヤだなぁ。ずっとこのまま暮らして行きたかったなぁ。
心の中でそんな気持ちがグチャグチャに入り交ざるも、それが口から飛び出す前にオレは家から飛び出した。
第一章は次話で終わります。
キリが悪いので、もしかしたら今日中にもう一回更新するかもしれないッス。




