エルフ
話の進みが遅くて申し訳ねぇ……。
それなのに、この話はちょっと重いかもです。
「メル、アルドは寝たかい?」
「うん。もうぐっすり寝てるよ」
「そうか……じゃあ、ちょっとこっちに来なさい。大事な話がある」
「うん……わかった」
家の外では雨が降り続く音が聞こえる。
真冬だというのに、季節外れの雨がずっと降り続いていて、いまだにその勢いは衰えていない。
雪になってもおかしくないと思うのだが、今年は暖冬なのか雨ばかりが降っている。
家族だけで行われた7歳の誕生日会も終わり、はしゃいでいたアルドも寝たのを確認して、オレは寝床から這い出てお父さんのあとに着いて行った。
誕生日会をしている途中、アルドがトイレに行っているとき、オレはお父さんからお前に言わなくちゃいけないことがあるから今日は寝ないように、と言われていた。
会に似つかわしくないお父さんの顔に一瞬ギョッとしたが、アルドに聞かれてはマズい何かがあるのだと察したオレはだったんだが………。
いったい、何があったんだろうか。
採掘場で働くお父さんはとても大きい身体をしていて、すごく力持ちで頼れる良いお父さんだ。
だけど、いまオレの目に映る後姿はいつもより小さく見える。
「メル、そこに座りなさい」
さっきまで楽しい雰囲気だった食卓が嘘みたいに静まり返っている。
そのテーブルにはすでにお母さんがきつく結んだ縄のように唇を締めているお母さん、打つ向きがちに座っている。
お父さんはそんなお母さんの隣に座り、オレはお父さんとお母さんの向かい側の椅子に座った。
……………いっこうに話が始まらない。
何か良からぬことがあったんだろうか? もしかして、オレが考えている以上に重大な話なんだろうか。
経験したことのない緊張感にオレの心臓の鼓動がどんどんと早くなってくる。
……耳に心臓の早打ちする音が聞こえてきたところで、お父さんが重い口を開いた。
「これから話すことは、メル。お前がまだ小さいのに私たちが言うことをちゃんと理解して、自分なりに判断することができるからこそ話すことだ」
分かったか? そういうお父さんに、分かった。と返す。
一拍ためるようにしたあと、お父さんは話し始めた。
「実は、私たちは………メル、お前の本当の親ではない」
―――その瞬間、オレは、いったいどういう表情をしていたのか。
「本当のお母さんの名前はリオ。お父さんはバズ」
そこから堰を切ったように淡々と語られるのは、オレの出生、それからなぜここで暮らしているかということだった。
「私とバズは、幼いころからこの村で育った親友同士だった。20歳を過ぎたころ、ある日バズは森の中で迷っていたという女性、リオさんを連れて村に帰ってきたんだ。
リオさんはここらでは見たことがない耳をしていて、自分がなんでここにやってきたのか、分からないと言っていた。そんな見た目をしていたが、バズの家で居候という形で暮らしていくうちに、あいつらは互いに愛し合い、そして結婚した。
ただ、リオさんはこの村で暮らし始めてから少し経ち始めてから、体調を崩すようになっていた。だけどバズが頑張って支えてきて、そのとき身篭ったのが、お前だ。
ただお前が産まれてから…………少し経った後、リオさんは亡くなってしまったんだ」
当時を思い出してか、固く結ばれていたお母さんの唇がわなわなと震えると同時に、その目からは涙がこぼれ始めた。
「お前のお父さん……バズは、すごく悲しんでいたけど、メルがいてくれたおかげで何とか持ち直すことができていたんだが………今日みたいな長雨が続いた日だった。
バズは私と同じように採掘場で働いていたが、その作業中に……事故で死んじまったんだ」
お父さんはオレのことを凝視しつつ、言葉を続ける。
「リオさんが亡くなったあと、アルドが産まれていた我が家でメルのことも代わりに育てていたんだが、バズもいなくなってしまった。だから村の大人たち全員で話し合った結果、お前のことはうちで育てることになったんだ」
今まで抱え込んでいた事実をすべて吐き出したお父さんは、空になった身体に一息吹き込むと、だけど、と力強く言い放った。
「メル、お前のことを、私たちは本当の娘だと思っている。いくら産まれが違くとも、私たちはお前のお父さん、お母さんであり続けたい、あり続けていたいと思っている。だから、一方的に押し付けてると思われてもいい。どうか……」
協力してくれないか?
お父さんの搾り出すような、そんな声がオレの耳に届いてきた。
……あまりの予想外の展開に、さすがのオレでも理解が追いつかず半ば放心状態だった。
つまり、今目の前にいる二人は、オレのことを本当の子供ではないのに育ててくれていたのか………こんな事実を抱え込みながら、オレに気付かれないように、頑張って……。
確かに、こんな事実。普通の子供に話したらショックを受けること必至だ。
だが、ちゃんとオレのことを見ていてくれているお父さんとお母さんは、オレの精神年齢の高さ、というか成長のスピードを見込んで打ち明けてくれたんだろうなぁ。
思わず天井を向いて、ふぅとため息が出る。
オレの一挙手一投足を見逃さないよう見続けているお父さんの身体が一瞬強張る。
オレがとてもショックを受けている、と思っているんだろうか。
あながちそれは間違っていない。
まさかこんなお話のようなことが持ち出されてくるなんて夢にも思ってなかったからな。
けど、オレは二人がこの話をするにあたってどれだけ悩んできたのか、ということがとても心配になった。
だからこんな重い話を切り出してくれたお父さんとお母さんの弱弱しい姿に、何とか報いたい。そう思った。
「……うん、分かった。オレのことをこんなに心配してくれて、ありがとう」
オレの言葉に、泣き続けるお母さんが顔を上げる。お父さんとお母さんがちゃんとオレのことを見ているのを確認して、オレは二人に言った。
「今まで育ててくれて、ありがとう。これからもどうかよろしくね、お父さん、お母さん」
今のオレが言える精一杯の気持ちを二人に伝えてあげた瞬間、お父さんとお母さんはアルドが寝ているのも忘れ大声で泣き始めた。
オレは椅子から降りて、お父さんとお母さんの間に移動した。
オレの身体では小さすぎる両手をいっぱいに広げ、二人に抱きつく。
するとお父さんとお母さんがそれに答えるようにギュッと抱き締めてくれた。
「んー。どうしたのー?」
そのとき、二人の大合唱に起きちゃったのか、アルドが眠い目をこすりながら食卓にやってきた。
お父さんとお母さんがアルドの声を聞いて笑っちゃうほどビクッとする。
「なんでもないよー。お父さんとお母さんが7歳になってありがとーって言ってるんだ」
「えー! ぼくも7歳になったんだよ! メルねぇだけずるい!」
「ほら、アルドもこっちにおいで。オレと一緒にお母さんとお父さんに喜んでもらお?」
そういうが否や、再び泣き始める御両名。
アルドはとことことこっちにやってきて、オレとともに家族一緒になって抱き合ったのだった。
………抱き合うのもやめ、お母さんが赤い目をしつつアルドを寝かし付けに行った後。
ふと、オレは自分の耳に触れる。
ちょっとだけみんなとは形が違う、少しだけとがったような耳。
近所の悪ガキどもからからかわれていたこの耳……これって、オレのことを産んだという、リオという女性の持っていた特長なんだろうか?
尖った耳。そのワードだけでオレの脳裏にはある言葉が浮かび上がってきた。
それは―――エルフ。
ファンタジー作品には出てこないことはないほど、ポピュラーだけど地球には存在しなかった人種。
「ねぇ、お父さん」
お父さん、と呼んでもらったからか、また感極まりそうなお父さんが、どうした? と言う。
「オレのことを産んだ女性って………エルフだったの?」
オレは思い切って聞いてみた。
けども、その言葉にお父さんは、まるで頭にハテナマークを出したような表情をする。
「エルフ……って何だ?」
何か最近考えたお話の登場人物か? なんて言ってくるお父さん。
えっ? あれ? エルフって異世界じゃポピュラーな種族のはずなんだけど………。
……そういえば、さっきお父さん、ここらで見たことがない耳をしていた、とか言ってたな。
もしかして、この世界にエルフって存在しないのか……?
ってことは、もしかしてオレってめっちゃくちゃレアだったりする……?
「ううん。なんでもない、ちょっと勘違いしちゃった」
口ではこんなこと言ってるが、心の中ではとてもとても動揺してます。
あまり人前でエルフって言葉は出さないほうが良いな……言っても理解してもらえないだろうし。
オレはなんとなくごまかすようにお父さんに抱きつく。
それにまた男泣きをし始めるお父さんなのであった。
『赤ちゃんに生まれ変わりました』でメルちゃんの母親が、『異世界で最初に覚えた言葉は』で父親が亡くなってます。




