アルドの悩み事
「アルドー」
「なに? メルねぇ?」
「これからいつもの場所に遊びに行かないか?」
「………良いよ。ぼくも着いてく」
某日。
今年は夏の到来が例年に比べて遅かったみたいでして、8月も中旬を過ぎたころになってようやく暑くなってきました。
クーラーなんてもの存在しない異世界生活では、このムシムシとした湿気はどうにも取り除けないので、どうにか涼を取るしかありません。
そこで最近ハマっているのが、あの秘密の場所に行くことだ。
実はオレが水晶……もといクズ石の塊に落ちかけてから、何度かあの水晶塊までアルドと一緒に向かったんだ。
口実は遊びに行くからお手伝いまで、いろいろと幅広いけど、毎回あの洞窟? まで行っては二人で水晶を観察していた。
観察していてふと気付いたんだが、その洞窟の中から吹いてくる風がひんやりとしていた。
そのときは特に気にしていなかったが、こう暑くなってきてくると、どうしてもあの涼しい風が忘れられない。
というわけで、最近はずっとアルドとあの秘密の場所まで足を運んでいるんだ。
「お母さーん! ちょっと遊んでくるねー」
「はーい! 気を付けるのよ!」
お母さんに分かったーと返事して、オレとアルドはいそいそと靴を履き始めた。
そういえば異世界でも日本みたいに家の中では靴を脱いでいる。
基本、外を歩くときしか靴は履かないので、日本の風習に近くて個人的にはとても助かっている。
あと日本に似ているといえば、女の人が家事をして、男の人が働きに出かける、というのも同じだ。
うちもお母さんはいつも家で料理や家事、ご近所付き合いにつとめてて、お父さんなんか、近くの鉱山で発掘隊の一員として働いている。
鉱山はオレたちの秘密の場所からちょうどいい具合に真反対に位置しているので、変なところに入っていってもバレることはない。
今は道を覚えたから問題無いけど、あんなところ、危なくって普通の人は入っていけないだろうからなぁ。
あのときも周りは手付かずの野草が生えてたぐらいだし。
そんなことを考えつつ、靴を履いたオレとアルドは家の外に飛び出した。
異世界では当然エアコンの室外機は存在しないし、高層ビルなんてものは建っていない。
だから日本の夏のような気持ち悪いほど粘りついてくる暑さは感じないが、それでも家の中にいた時より一層高まる熱気に若干顔をしかめつつ、アルドが付いてきてることを確認してから山の方へ向かった。
- + - + - + - + -
………水晶の塊がある穴までやってきました。
ギラギラした太陽光が反射してなんとも形容しがたい美しさに一瞬目を奪われるも、オレとアルドは二人揃って穴のそばで大の字になって寝転がった。
この寝転がる場所は穴の間近ではあるが、ちょうどこの地点の地面内に水晶が岩のように生えている? みたいな感じであるため、地面が崩れる心配もない。
だから、オレたちはこの場所でよく寝転がっては涼んだり他愛もないない話をしながら夕方まで過ごしているんだ。
はぁ………流れる風が涼しくて気持ちいいなぁ。
やっぱ洞窟みたいな地面の下なら、空気が冷たいんだなぁ。
いい具合に落ち着いて、ついでに眠くなってきて目をつむった。
吹き抜ける風の心地よさに心を奪われ、意識を手放そうとしたとき、ずっと黙っていたアルドがオレに話しかけてきた。
「ねぇ………メルねぇ」
「んー? なんだー?」
沈みかけて薄ぼんやりしていた意識から頑張って抜け出しながら、オレはアルドに答える。
心地よい風が耳を何度か掠めたあと、搾り出すようにアルドが口を開いた。
「……どうしたら……ぼくもメルねぇみたいになれるかなぁ………」
予想もしていなかったアルドの言葉に、閉じていた目を開け、隣で寝転がるアルドを見る。
アルドは空を眺めながら、どこか心配そうな面持ちで続ける。
「ぼくって、メルねぇと比べたら頭もよくないし、文字も読めないし、メルねぇがいないと勇気も出ないんだ。どうすればメルねぇみたいになれるかなぁ………?」
同じ時期に産まれたオレたちは、どうしても並列で見られてしまう。
まだ6歳ながらも、オレは前世チートを駆使して勉強してきたからすでに大人と同じぐらい言葉も文字も読めるし書けると自負している。
だけど、アルドにはそれができない。
できないわけじゃないけど、どうしてもオレよりは発達が遅く感じられちゃうんだろうな。
それが普通なんだけど、『オレ』という存在が近くにいるせいでどうしてもいろいろと考えてしまうようだ。
……やっぱり6歳も過ぎれば、そういうのを気にするお年頃になってくるか。
「アルド……」
オレは寝転がっていた身体を起こし、隣にいるアルドをしっかりと見据えた。
アルドは小さいのに、ごっこ遊びの延長とはいえ、毎日ちゃんと素振りだって欠かさないし、この間の一件から増やした走りこみの訓練もオレの言う通り、ちゃんとこなしている。
それにお母さんの手伝いとして、火をつける燃料につかう薪集めや薪割りだってこなしているし、最近はお父さんに連れられて採掘場で手伝いもしていると聞いている。
同年代の子たちはまだ遊び足りないぐらいにしているだろうに、アルドはそういうことに時間を割いて一生懸命暮らしている。
近頃ずっと何かに悩んでるような感じだったけど、こういうことだったんだな。
オレは普通の子供とは違うから家族が困っていれば助けてやるのが当たり前と思っているけど、その姿を見てアルドは懸命にオレに追いつこうとしていたんだな……。
でも、いくら頑張ってもオレみたいにはなれない。
どうすれば良いんだろう、と困りに困ってたまらずオレに相談してきた、ってところだろうか。
アルドが思ってるほど、オレってのはすごくない。
ただ前世チートがあるだけだ。
だから……
「……アルドはオレみたいに、なろうとしなくて大丈夫だよ」
えっ、と驚きに目を見開いてオレを見るアルドに、オレは続ける。
「オレだってさ……最初からなんでもできたわけじゃないんだ。アルドから見たらなんでもできてるみたいだけど、そんなの気にしなくて良い」
ただ前世の知識を駆使して、人より早く言葉や文字を覚えられただけだし、勇気がある、ってのもいろいろな知識があってのことだからな。
「アルドはオレみたいにならなくて良い。ただ、どうしてもなりたいのなら、何でもできるオレにできないことができるようになれば良いさ」
穴のそばにいるオレたちに向け、輝きを放つ水晶を見ながら思い出しながら喋る。
「この間さ、ここでオレが落ちそうになったときだって、アルドはオレのこと何も言わずに助けてくれただろ? オレだけじゃきっと穴に落っこちて怪我していたと思う。けど、アルドがいてくれたおかげで、怪我なんてしなかった」
再度アルドのほうを向きながら、まっすぐにアルドに向け言葉をつむぐ。
「これからもオレができないことは、たくさん出てくるはずなんだ。だからそういうことがあったとき、アルドが助けてくれるとオレはすごく嬉しい。………オレができないことができれば、オレと同じじゃなくてもオレよりすごい人になれると思うぞ」
ニコっと笑い、オレから目をそらさないアルドに言い放ってやる。
なんだかんだいって、前世の知識があったところでできないことだってこれから絶対出てくるとオレは思っている。
これで転生チート能力をクソ女神がくれていればまた話は変わっていただろうけど、今のところそんな兆候が見られないから、オレにとっての武器はその前世の知識だけだ。
それが役に立たないことが出てくれば、そうすればアルドが輝けるときだってきっとあるはず!
いきなりアルドからこんなこと言われてめっちゃくちゃ焦ったけど、これでどうにか納得してくれるか……!?
これだけ言っても悩んでもらわれちゃうと、オレも困るんだよな! こういう空気は苦手なんだ!
「……やっぱりちょっとむずかしいや」
「じゃあアレだ。アルドは男の子だろ? だから、男でしかできないことや、困ってる人がいたら、率先して助けてあげるようになれば良いさ」
アドリブ。
ちょっと自虐ネタ入ってるけど。
笑顔を絶やさずアルドから目をそらさず、頑張って知恵を絞ってアルドを促してやるオレ。
頼む! これで納得してくれ!
「うん、わかった!」
よし!
眉毛が八の字になっていたアルドの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「そうそう。むずかしく考えなくて良いんだよ。アルドはきっとオレよりすごくなれるさ」
「なれるかな……?」
「オレが言うんだからなれるよ」
アルドの頭を良い子良い子してやりつつ、なんとか乗り切ることができた自分にも内心良い子良い子しながら、オレとアルドはもう一度穴のそばで大の字になって、気持ちよく吹き付けてくる風に身をゆだねた。




