異世界で最初に覚えた言葉は
オレが異世界に生まれ変わってから、いくぶんか経ちました。
具体的にどれぐらい時間が経ったかはちょっと分からない。
何でかって言うと、この身体……というか赤ちゃんの身体のせいだ。
いくら起きてても、ふとするといきなり眠くなっちゃって意識が飛んで、また起きて、ちょっとたったら寝ちゃって~っていうのを繰り返しているからどれだけ経ったかは定かじゃない。赤ちゃんだから仕方ないっちゃ仕方ないけど。
まぁでも、今ではうっすらだけど目も見えるようになったし、耳もちゃんと聞こえるようにはなりました。成長したね!
しかし転生ってのも、案外暇なんだよなぁ。
というのも、赤ちゃんにできることといえば、寝る、寝返りをうつ。これぐらいしか自分じゃできないのだ。
これは盲点だった……生まれ変わればすぐハイハイぐらいはできると思ってたけど、そんなこと無理無理。
だから毎日の楽しみといえば………これぐらいだ。
「ha-i,gohannnojikanndesuyo-」
来たぜ、ぬるりと………!
なにが来たって? そりゃ決まってんだろ。おっぱいだよおっぱい。
赤ちゃんが生まれてすぐ流動食とか食べられないでしょ。
だったら何食う? そう、母乳だ。
おそらくオレのお母さんだと思う人は、オレが起きるとこうやっておっぱいを飲ませてくれる。
っても最初のころは哺乳瓶? に入れたものをずっと飲んでたんだけどね……だいたい100回ぐらい寝て起きて繰り返して、ようやくこのごちそうにありつけたってわけよ。
お母さんのおっぱいは、素人目に見てもデカい。
目がよく見えない今の状態でも、その大きさが分かるし、何より飲んでるときに胸に手を当てながら飲むんだが、そのときの質感が巨乳であることを教えてくれる。
このおっぱいタイムだけが、いまの赤ちゃん状態では唯一といっていいほどのお楽しみタイムである。
というわけで、いただきます。
オレは目の前に差し出される、極上のサクランボに口をつけ、何度も何度も吸った。
歯も生えていないので、滑って外れないようにガッチリと口で押えつける。そこにちょこっと舌を使ってサクランボの感触を楽しむ。
………覚えてないけど、きっと前世では年齢=彼女いない歴だったからな。ちょっとぐらい楽しませてもらってもバチは当たらないはずだ。
そういえばクソ女神にもやいのやいの言われていた前世の記憶だけど、未だにぱったりと思い出せない。
断片的には思い出せるんだけど、人間関係の記憶が一切思い出せないんだよなぁ……。
だけど、目の前に乳をして、これだけは感覚で感じるんだ。
……悲しいけど、これがオレにとっての初おっぱいなんだ……許してくれ。
「yapparianatahanomunoumaiwanexe」
お母さんがなにか言ってるが、無心に飲み続けるオレ。
あ、そういえば耳がちゃんと聞こえるようになって気が付いたけど、この世界にいる人はみんな日本語喋ってませんでした。
何言ってるか分からないので、おっぱいタイム以外はいつもみんなの言葉を聞いて早く聞き取れるようになろうと頑張ってます。
「sate,arudonimoおっぱいagenakutyane-」
ただ「おっぱい」という言葉は一番最初に覚えました。
お母さんはオレにおっぱいをあげつつ、もう片方の胸に別の赤ちゃんを持ってきて、そいつにもおっぱいをあげ始めた。
そうそう、どうやらオレって双子かもしれないんだよねぇ。
いつだったか、気が付いたらオレの隣に別の赤ちゃんが寝かされてて、それ以降いつもこいつと一緒におっぱいをもらうようになったんだ。
お母さんが別の赤ちゃんにおっぱいを上げるのを見て、オレは腹八分目だがサクランボから口を離した。
「ara,mouonakaippai? merutyannhaitumoarudogaおっぱいnomutokininarutokutiwohanasuwanexe」
トントンと背中をたたかれ、けぷっとゲップをしたあとベットに横になりつつ、オレは授乳の様子を眺めた。
……こうなるとお母さんはずっともう一人の赤ちゃんにおっぱいをあげるよう付きっ切りになる。
それなので、オレは手持ちぶさたに魔法の練習を始めた。
なんとなく身体の奥に感じる前世では感じなかった感覚に、精一杯集中する。
っていっても、どうやって発動させるか分からないからなんとなく気を練ってるつもりで、その感覚をもっと増やせないか考えるのが、一応オレの魔法の練習となっている。
ただ異世界転生モノであったみたいに、練習しすぎてぶっ倒れるように寝るとかそういうのは今のところないんだよなぁ。
まぁもう少し大きくなれば使えるようになるだろ。
本当は目の前で使ってくれると分かりやすいんだけど、オレやオレの兄弟? がいるところでは一切魔法を使ってくれない。やっぱ火とか危ないからだろうか。
むむむむむーっと感覚を研ぎ澄ませ、一息。またぐぐぐぐーっと感覚を研ぎ澄ませ、一息。
「merutyann,matananikasiteruwane.unntidemositainokasira.sorenisitemo,kyouhamerutyannnopapa,modottekurunogaosoiwanexe」
お母さんがオレを見ながら微笑みかけてくれる。
応援してくれてるのかなぁ。よーしオレ、頑張っちゃうぞ!
なんて意気込んだのはいいが、そうこうしているうちに、おなか一杯になったからだろうか。
この身体が眠るぞーとサインを出してきた。
本当はもうちょっと魔法の練習をしながらお母様のお胸を眺めていたいところだったが、まぁしょうがない。
この感覚に抗ったところでどうせ意味ない、というのは転生してから学んだことだ。
「taihenndaradasann!! merutyannno...bazusannga,rakubannnimakikomareta!!」
眠りに落ちる瞬間、部屋の中に男の人の声が飛び込んできた気がする。
それでもオレの身体は眠るのをやめず、なんだか慌ただしい物音が聞こえてきた気がするがオレは眠りに落ちたのだった。




