94章 帝国上院議員
ドラゴネル帝国の上院議員が源に会いにレジェンドまでやって来ていた。分からないが、騎馬隊の後列についてやってきた政治家だろう。
遠くから見た感じでは、ゆったりとした服装で白髪の長いひげをしている初老の男性が、政治家で、9人の騎士を連れていた。その政治家の隣には付き人らしき人がひとりついて、その後ろに黒いマントを着たそれほど大きくはない小柄な人と綺麗な女性がいた。
源は、門番に伝えて、壁の小さい扉を開けさせた。
祭司様とボルア・ニールセンとリタ・パームとリリス・パーム。そして、護衛にロックにも付いてきてもらった。
向こうが騎士を連れているのに、こちらは誰も連れて行かなければ、足元を見られるかもしれないからだ。これから戦おうというドラゴネル帝国の政治家なのだから大切な外交となるだろう。
源は、門の前で待っていた初老の政治家にお辞儀をして、会話をする。
「わたしはレジェンドの責任者のセルフィというものです。ドラゴネル帝国の上院議員と聞きましたが、どういったご用件でしょうか?」
白く長いひげの初老の男性は答える。
「わたしは、ドラゴネル帝国上院議員サネル・カパ・デーレピュースと申します。ドラゴネル帝国出身の政治家です。此度の戦に、新しいレジェンドなる村が深く関わっていることを聞いて、噂通りの村なのかを視察するために来ました」
「どのような噂なのかは分かりませんが、確かめるにしても、ここでは確認のしようもないでしょうから、どうぞレジェンドの中へ」
「申し訳ないのですが、わたしたちが話をしている間に、この者にレジェンドの様子をみさせたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
とサネル・カパ・デーレピュース上院議員は、黒いコートの者の方に手をやって許可を得ようとする。
「きちんと付き人も着けますので、迷惑はおかけしません。ただ、レジェンドがどのように健全に運営されているのかをみせたいだけなのです」
源は、考えた。政治家は表では良い事をいっても、裏では何を考えているのか分からないものだ。ただ、今は全部の武器を外に出しているわけでもないので、許可することにした。
「ボルア。この方に、レジェンドを案内してあげてくれ」
「分かりました。セルフィ様」
サネル・カパ・デーレピュースは、ふたりの騎士と付き人らしきものの合わせて4人だけで、源たちの後に付いてきた。綺麗な女性は黒いコートの者のお世話役だったようだ。
何だか分からないが、サネル・カパ・デーレピュース上院議員の付き人の俺をみる顔が少し怖い。
小柄で細身で、分厚い眼鏡をかけて、おかっぱ頭のような髪形で、なぜか寝ぐせがついたままだ。
ドラゴネル帝国の政治家の付き人にしては、変なタイプだと思えた。
その眼鏡の奥から覗き込んでくる目は、血走っているというか、俺に興味津々のような目を向けている。一体なんだろう・・・。あの黒いコートの者も被り物をしていて顔もみえないので、怪しかったし・・・。ドラゴネル帝国の政治家ともなると少し変わっているのかもしれないと思った。
司祭様のお屋敷の広間に、その4人を招き入れる。
巫女たちが飲み物を用意して、各自に配っていく。
源は話をはじめる。
「改めまして、わたしが、レジェンドの総責任者のセルフィです。このレジェンドに来てくださった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
帝国政治家サネル・カパ・デーレピュースは、説明をはじめた。
「現在、ドラゴネル帝国は、反乱を企てたボルフ王国などの国々を攻め込んでいるわけですが、その発端となったレジェンドのセルフィなる者を確認しようと思い遥々ここまでやってきました」
発端だと・・・?
「今、発端とおっしゃられましたが、レジェンドが今回の戦争の発端だとドラゴネル帝国では、認識されているということですか?」
「以前からドラゴネル帝国は、ボルフ王国への不信の報告を受けていました
ですが、実際に行動を起こすにしても、多くの兵を動かすには、それなりの理由が必要になります
ボルフ王国は、帝国には内緒で、鉄資源を確保しようとして、武器を大量生産していることで、疑念を持たれていたのですが、それだけでは、ドラゴネル帝国も動くこともできず、明らかな謀反を企てているとも言えなかったのです
ですが、そのボルフ王国に危機がせまり、セルフィなるものが、ボルフ王国を脅して、戦争を起こそうとしているという情報が次から次へと流れてきたのです」
「な・・・!わたしが戦争を・・・?わたしは、2カ月前にやっとドラゴネル帝国がボルフ王国に侵攻していることを知ったのですよ。そんなわたしが、ボルフ王国と帝国を戦争をさせようなどと企てることなどできません」
サネル・カパ・デーレピュースは、言った。
「申し訳ないですが、それでは、証明になりません。帝国の政治家たちが納得できる内容でなければ、セルフィ殿やレジェンドは、このまま責任追及されるだけです」
源は、空襲部隊の指揮官から聞いた情報と照らし合わせて、察した。
やはり、ボルフ王国第三王子サムジが、裏でなにやら動いているようだ。だが、疑問は、そんな危険人物かもしれない俺にたった9人の騎士の護衛だけで、帝国の議員がなぜ会いにきたのかということだ。
しかも、疑念を抱いているような語りかたは、危険な行為だろう。本当に俺が戦争をしかけようとする者だったとしたら、殺されるかもしれないのだ。
「サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿は、証明にもならない情報だけで、なぜレジェンドまで来られたのですか?」
サネル・カパ・デーレピュースは少し笑みをこぼした。
「お察しの通り。わたしは、その情報に疑問を持っているからです。戦争を起こそうとする裏側の人間の情報をこうも容易く帝国側が情報を掴めるのも、おかしいと考えたからです
本当の裏にいる人間は、表には出て来ないのが道理。にも拘らず、セルフィ殿の名前がこうも容易く出てくるのは、セルフィ殿が主犯ではないという証拠ではなかろうかと思った次第です」
このサネル・カパ・デーレピュースという政治家は、思慮深い人物かもしれないと思わされた。いくつもの戦争や問題を体験してきたからこその政治家として確信をもって決断する人物なのだろうと思った。
「サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿は、そこに目を付けられるということは、政治家としても、大成されているのでしょうね」
「実は、わたしも気づかなかったのですよ」
とサネル・カパ・デーレピュースは、笑って話す。
「ここにいる村雨有紀が、わたしに助言してくれたのです」
サネル・カパ・デーレピュースは、手を差し出して、寝ぐせを付けていた付き人だと思っていたものを紹介した。付き人ではなかったらしい。それにしても、もの凄く日本人っぽい名前だ。
「どういうことでしょうか?」
「この村雨有紀は、考古学者をしていまして、『セルフィ』という名前からあなたのことを調べるようになったようで、流れている噂の疑惑を持つようになり、それをわたしに報告してきたという次第なのです
わたしは最初は、それを聞いても、気にしてはいなかったのですが、どうしてもというので、調べた結果、やはり怪しい点が多いことが分かったので、その確認に来たというわけです」
司祭様が付けてくれたこのセルフィという名前は、聖書に出てくるセラフィムから取って付けた名前だった。龍王の意思を受け継いだ人などに解る合言葉の役目にもなると思って付けた名前だったが、それが考古学者の村雨有紀の目に留まったということだ。セルフィという名前は、役に立っていたということだ。
「その怪しいとはどういうところから思われたのですか?」
「先ほども言ったこともそうですが、その情報を流してきたものが、ボルフ王国の王子だったからです」
やはりそうかと思った。帝国側からすれば、確実な情報がなければ、動けない。だが、ボルフ王国の王子という名前を使って政治家などに情報を流せば、それらは信用度が高い情報となる。
「ボルフ王国第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジですね?」
「はい。おっしゃる通りです。セルフィ殿。わざわざボルフ王国王子から情報が流され、ボルフ王国がそのセルフィなるものに逆らえず、戦争を行うしかなくなったという話は、サムジ王子を調べていない者なら1つの情報として信じるかもしれませんが、わたしはサムジ王子のことも調査した結果、彼は信用に足る人物ではないことが分かり、やはり、そのまま情報を信じるべきではないと、戦争に反対したのです」
「戦争反対する勢力もいるのですね」
「もちろんです。帝国ともなると戦争は簡単に出来るものではありません
お金だけではなく、あれだけの兵力を運用するには、それ相当の労力や資源が必要となるからです
ですが、政治家の中には、戦争をすることが利益になる者もいるので、今回は、押し切られたという結果なのです。戦争が出来るのなら、どんなきっかけでもいいという政治家が多数存在しているのです」
さすが世界を支配している帝国。色々な思惑が政治の中に渦巻いているようだ。戦争をすれば利益になるのは、現世では軍産複合体だ。国でもなく、武器製造をする企業が儲かるのは、昔から当然の結果だ。
この世界の武器製造をしている者たちから政治家へとお金が流れているのだろう。そういう輩は、俺が主犯だろうと主犯でなかろうと関係なく戦争をしたいわけだ。サムジの情報が不確かであろうと使えるのならその情報を使うだけだと考える輩もいるだろう。
「サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿には、わたしたちレジェンドの現状を聞いて頂いた方がいいでしょうね」
「是非、お聞かせください」
源は、ボルフ王国がシンダラード森林に侵攻してきたこと、なぜレジェンドが今でもボルフ王国との関係を続けるのか。理由をすべて話した。自分たちは、農民たちを助けたいだけだが、その農民たちを人質にされて、今はボルフ王国側として戦わされているという経緯もだ。
サネル・カパ・デーレピュは、目をつぶりながら、真剣に聞いてくれた。
「セルフィ殿たちがおかれた過酷な状況は、把握しました。ですが、それが真実だとしても、この戦争を終わらせることができないことも事実です・・・ドラゴネル帝国議会で承認された戦争は、覆ることなく、実行されなければ、帝国の面子、政治家たちが間違った選択をしたとレッテルを貼られるようなものだから、間違っていたとしても、止めらないのです。申し訳ありません」
「そうでしょうね・・・。大きな組織になればなるほど、小回りが利くわけがないですからね。結局、一番の主犯は、レジェンドのわたし、セルフィだということになっているのですか?」
「いえ、そういうわけではありません。あくまでそれは1つの情報であって、前々からボルフ王国の反旗のほうが問題だったのです
そのボルフ王国への侵攻のきっかけで、セルフィ殿の情報が使われているにすぎないのです
ですが、帝国連合軍を2度にわたって退却させた村を連合軍がそのままにすることもできないでしょう。わたしもまた軍に戻って総指揮官皇帝陛下に上奏してみようとは思いますが、それを皇帝陛下が認可するとも思えません」
源は、頷きながら話す。
「やはり、そうですよね。ですが、わたしたちは、決して帝国と戦争がしたいわけではないのです。出来れば帝国とも戦いたくはない。わたしたちが帝国と戦う理由は、ボルフ王国に人質として利用されている農民兵という家族を守るためなのです
帝国が、農民兵を助け、傷つけないと言ってくれるのなら、わたしたちは、戦う理由はなく、むしろ帝国と一緒にボルフ王国と戦ってもいいぐらいです」
サネル・カパ・デーレピュースは、言った。
「分かりました。わたしも、その旨を皇帝陛下に伝えましょう
ですが、皇帝陛下が、それでもレジェンドを攻撃するという選択なら、セルフィ殿たちは、このまま帝国連合軍と戦わざる負えなくなるでしょう。その時は、わたしたちから報告さしあげます」
「ありがとうございます。再度確認ですが、サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿は、戦争をするべきではないと止めようとした政治家だと信じてもいいということですね」
「はい。わたしは今でも戦争反対です」
『愛。上院議員は、本当のことを言っているのか?』
『はい。源。サネル・カパ・デーレピュース上院議員様は、嘘をついていない確率が高いです』
サネル・カパ・デーレピュースは、さらに話しを続ける。
「村雨有紀が言うには、セルフィという名前は、龍王の意思といわれる書簡に書かれているものだと申しておるのですが、それは事実でしょうか?」
「はい。このレジェンドは、龍王の意思を受け継いで設立された村です。ですから、龍王が作られたドラゴネル帝国と戦う道理は、わたしたちにはないのです」
「やはりそうでしたか・・・」
源は疑問を口にした。
「村雨有紀殿は、会ったこともないわたしにどうして、そこまで確信を持ってわたしを調べようとされたのですか?」
村雨有紀は、話しを振られてビクっと体を反応させたかと思うと、よだれを垂らすかのような笑顔で、語りはじめた。
「この世界は、本当に存在しているのでしょうか?」
突然なんだ・・・この質問・・・しかも、この声は女性の声?女だったのか・・・
「世界は球の中に囲まれ、生き物は遺跡から生まれますが、龍王の意思は、空に光るものがあると書かれています」
サネル・カパ・デーレピュースは申し訳なさそうに言う。
「セルフィ殿申し訳ありません。この村雨有紀は、昔から考古学だけに力を注いできた希代の学者タイプでして、話しがかみ合わないことが多いのですよ。村雨!もっと解かるようにきちんと話をしなさい!」
村雨有紀は、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。解りやすくということですが、そういうことがわたしは苦手でして、言わんとしているのは、この世界は、不思議であり、本来、存在しえないものであるとあらゆる文献が訴えているのです。ありえないが存在してしまっている。それでいて不思議に統括され、バランスが保たれているのです。そのバランスを組み立てている存在の1つに龍王などが存在し、その意思は、捨て置けないものであり、セルフィ様は、まさにその方々のひとりではないのかと思った次第です」
村雨有紀は、よだれを今度こそ本当に垂らしながら、俺を見てきた。ちょっと怖いけれど、この世界が仮想世界であることを知っている俺からすると、彼・・・ではなく、彼女の言っている意味がなんとなく分かる気がした。そして、彼女が言っていることは真実と一致しているかもしれないと思えた。何か答えが解るかもしれない。
「わたしも、龍王には捨て置けないところがあると感じています。ですが、わたしはまったく龍王のことが分からないのですが、なぜか龍王との関係が深くそれは不思議だと思っているのです。不思議に統括されているものとは、具体的にいうとどういうものだと思われるのですか?」
村雨有紀は、なんだか座っているのに、上半身だけ踊ったように動きだして話す。
「この世界には、いくつもの意思があると思われるのです。龍王の意思はその中の1つにすぎません。また大きなところでは、別の意思も存在し、それらは残酷であるのです。その中でも龍王は、的確で、そして、龍王が伝えようとした書簡は、さらにその上の世界を言い表していると思われます。そう・・・世界は1つではないかのようにです」
うーん・・・。鋭い・・・。この世界が仮想世界であることを理解しているかのようで、しかも、龍王の書簡、聖書は別の世界のルールであり、この世界を作った、俺を拉致したあいつらの上に存在していると言っているようだと思った。
俺以外は、みな何を話しているのか分からないといった具合で、頭をかしげていた。
「つまり、村雨有紀殿は、わたしを龍王の意思とつながっている存在だと認識して、わたしのことを調べはじめ、サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿に、進言してくれたということですね?」
「わたしは確信を得ました。あなたと出会って、あなたは龍王の意思を忠実に従おうとされている」
「何だか、答えになっていないような返答でしたが、認めてくださっているのは、解りました。村雨有紀殿のおかげで、サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿とも出会えたわけですから、感謝します。どうか、レジェンドが帝国との戦いが本格化しないように引き続きご尽力ください」
「もちろんです!セルフィ様。これは始まりですよ」
始まりの意味が分からないが、この戦いで、終わるわけではないと考古学者から一声もらえたとして、受け取っておこうと源は思った。
「サネル・カパ・デーレピュース上院議員殿。わたしは、二度ほど、ボルフ王国の王族を手にかけようと葛藤したのです。巨大な権力を持っているドラゴネル帝国と戦うよりも、卑劣なボルフ王国の王族と戦うほうがわたしには楽だからです
ですが、わたしたちレジェンドは、ボルフ王国の民ではありません。民でもない者が、横から入り込んで気にいらないからといって、王族を手にかけることなどできません。そのほうが楽で現実的だとは分かっていても、道理に反することは、したくはないのです」
サネル・カパ・デーレピュースは、言った。
「いや、それは正解だったかもしれませんよ。もし、セルフィ様が独自でボルフ王国を滅ぼしてしまえば、戦争は起きません。すると、戦争を起こしたいと思っていた人間が、次はレジェンドを敵だとして、戦争をはじめたかもしれないのです。彼らからすれば戦争を起こせれば何でもいいからです。あなたが手を下していたら、猶更、レジェンドは追い込まれていたことでしょう」
そうなのか・・・・と源は思った。ボルフ王国が主犯だとは思っていたが、ボルフ王国も駒のひとつだったとしたら、それこそ、ボルフ王国の王族を利用しているような輩は、俺を利用しようとするかもしれないということだ。危なかったかもしれないと思った。
リタ・パームが、手を挙げた。
「セルフィ。少しいいかしら?」
「はい。何か気になることでもありましたか?」