88章 包囲の危機
一カ月かけて、源は3万人分の鉄の武具を作った。鎧は時間がかかるので、まずは武器を大量に作って、その大量の武器を、ボルフ王国に運んで、兵士たちに巨大な箱ごと渡した。
この半年間で、源はリトシスを毎日のように使い続けていたので、リトシスの熟練度も相当あがり、浮遊の速度もかなりの速さになっていた。カーボン製の鎧も1日1つが限界だったのが、今では1日2つまで作れるほど成長していた。
ボルア・ニールセンのアイディアで、20万人分の小型ボウガンと食料不足に備えて、地下に巨大な倉庫を作って、隠しておいた。
また、小型ボウガンだけではなく、レジェンドにも置いてある巨大弓や投石機なども作っておいた。
それらは箱に詰められ、箱はグラファイロープでつなげ、いつでも源が、リトシスで一斉に取り出しできるように準備しておいた。そのまま倉庫に隠されたまま、使うことはないかもしれないが、準備しておいて損はない。
そして、シンダラード森林の森には、罠を多く考え仕掛けておいた。罠といっても、小さな危険なものではなく、大きくて、個々に制御できるものなので、味方がその罠にひっかかることはない。
源が出来ることは、ここまでだ。
戦争を反対しながら、戦争をする武器を提供しなければいけない矛盾を抱えながら、注文されたものだけはボルフ王国に渡しに向かう。
セルフィの悲しそうな顔をみて、貧民地の人たちは、元気よく振舞ってくれていたが、またそれが源からしたら、心を痛めることになった。
―――数日すると、以前レジェンドにやってきた使者テェアリア・パラディンが、やってきて、ボルフ王国の内情をセルフィに報告してくれた。彼はボルフ王国の兵士なのに、レジェンドに共感してくれたようだった。
「セルフィ殿。かなり前になりますが、農民兵2万が、ボルフ王国を出発しました」
2万の農民兵?どういうことだろうと思った。
「正規兵は、何人いるんだ?」
「ひとりもいません・・・。指揮官以外は、みな農民兵です・・・」
「それは、死にに行くようなものじゃないか!」
「わたしもそう思います。ドラゴネル帝国連合軍は、もうシンダラード森林の1000km南にまで軍を進めています。その数40万で、後列に、遅れてさらに、20万。さらに遅れて20万と続いているようです」
「何のために、その2万の農民兵は、出兵したんだ?」
「ペルマゼ獣王国やワグワナ法国の援軍が、もうすぐそこまで来ているのですが、その援軍が到着するのを確実にするための足止めだということです」
源は頭をかしげながら、口にする。
「足止めになればいいけど、何か作戦でもなるのか・・・」と源は言うが、テェアリア・パラディンは答えることはできない。彼は知らされていないのだ。
ボルフ王国は農民兵を大切に扱うとは思えなかった。本当に作戦があるのかも疑わしい。
源は大きな声で、「クソ!クソ!クソー!」と叫んでしまった。
やりきれない想いが毎日のように続いて、ストレスが溜まっていたのだ。
「すまない・・・」
「いえ。わたしも同じ気持ちです」
「でも、ボルフ王国は、何か策があるからドラゴネル帝国と戦おうとしていると言っていた。だから、その策に期待するしかないな・・・」と源は言う。
源はボルフ王国の内部事情を内緒で報告してくれた使者テェアリア・パラディンに感謝を述べて、外にでた。
すると、レジェンドの村人たちが、セルフィを心配して、集まっていた。さきほどの源の叫んだ声が聞こえてしまったのだろう。
レジェンドの人たちの中の男性が言った。
「セルフィ様。わたしたちレジェンドも戦いましょう。見捨てることにそこまで苦しむのなら、自分たちの大切なものを守るために、戦えばいい。戦っても後悔するし、戦わなくても後悔するのなら、戦いましょう」
女性がその男性にいった。
「勝手に、そんなことを言うんじゃないよ。みんな死ぬんだよ?戦争に参加して、このレジェンドがタダで済むわけがないでしょう!」
「貧民地には、俺たちの親戚家族がいるんだぞ?それを助けに行くこともしないのか?」
戦争反対と救援賛成が、言い争いをはじめてしまった。
源はどちらの意見も理解できる。同じ農民として生きてきた貧民地の人たちを助けたいと思う気持ちも、それでもまずは自分たち家族を守りたいという気持ちも、どちらも分かる。
司祭様たちが、何事かと駆け付け、場を収めようとするが、「助けに行こう!」という声が男性陣から広がる。
「セルフィ様は、戦争には参加しないと決断されたのじゃ。みんなもその決断に従うのじゃ!」
源は、手を顔に当てて、深く悩む。助けたい・・・。でも、現実的に、助けられるわけがない。80万という軍勢に勝てるわけがないのだ。
レジェンドで戦える兵士は、1000人ほどだ。ボルフ王国の農民兵よりも肥えているが農民兵に、カーボン製の武具を与えた程度の強さしかない。そして、ウオウルフが40匹。無理やりかり出して70匹だ。そして、俺とロック。リリスとフレー、エリーゼ・プルとバーボン・パスタポも参加してはくれるだろう。だが、勝てるわけがない。どうしても、勝てるわけがなかった。
警戒音が鳴り響いた。場所は、東・西・南のバラバラの方向からだ。
源は叫んだ。
「戦闘配置につけ!」
伝言係が、同じ言葉を伝言していく。
「戦闘配置につけ!」
「戦闘配置につけ!」
ウオウルフの担当者たちは、ウオウルフに装備をつけはじめる。
そして、男たちも、他のレジェンドの民たちも、みな装備を付ける。
すべてのレジェンドの人たちは、全員、防具を持っている。戦わない人たちも例外なくすべてだ。そして、戦える人以外は、地下の避難所へと退避していく。
1000人の男性兵士たちと、200人のボウガンを持った女性兵士が配置につく。女性は、後衛でサポートをする役目だ。
支援で後衛医療班のロー地区の兵士たちもあらゆる医療の道具を持って待機する。
ウオウルフは、3カ所の扉の前で待機する。ウオウルフは、前衛なので、壁の外に、飛び出さなければ戦えない。
時間とともに、森のグラファイロープにひっかかり、警報が鳴り響くので、シンダラード森林の四方八方から侵入者が入り込んでいることが分る。
四方八方から入り込んでくるということは、ドラゴネル帝国かもしれないと思った。それだけの数だということだ。
ドラゴネル帝国の別動隊なのか、分からないが、このシンダラード森林に入り込んできたと思われる。ボルフ王国の情報もドラゴネル帝国には伝わっているのなら、レジェンドのことも伝えられているはずだ。
レジェンドが本当に戦争に参加しないのか、確かめに来たのかもしれないと源は思った。
確認するために、源は、レジェンドの上空を飛んで、100mほど浮かび上がった。
物凄い数の生き物が、レジェンドに向かって進んできていた。一度、4000匹のコボルトの軍団をその目にしたことがあった源はその時と比較する。
4000匹どころじゃない・・・これはその倍はいる・・・1万ほどはいるぞ・・・四足歩行らしき生き物が大量にレジェンドに向かって集まり始めている。
すぐに下に降りて、みなに報告する。
「敵は1万ほどの動物、もしくはモンスターだ。このレジェンドに向かって進んでいる。突然攻撃してくる可能性もある。気を付けるように!」
伝言係が、それを伝える。
どうする・・・?ここで戦ってしまえば、戦争に参加したとみなされてしまう。
『源。四足歩行のモンスター約1万は、レジェンドの周りを取り囲みました』
どうする・・・四足歩行の敵なら20mの壁を超えられるとは思えない。ファイアボールで上から攻撃するか・・・。
そう考えていると、ウオガウが、突然、走りだして、壁の上に登っていき、20mの壁から外にたった一匹で飛び出していってしまった。
「ウオガウ!何してるんだ!??」
源は叫んだ。そして、ウオガウを助けに空を飛んで向かおうとすると、空からアイスドラゴンに乗ってリリスがやってきた。
「リリス・・・無事だったのか・・・」
「うん。大丈夫だったよ。でも、あの凄い数のウオウルフは、一体何なの?」
「え!?ウオウルフ?」
「ええ。物凄い数のウオウルフが、シンダラード森林に入って来て、今そこに大量にいるわよ」
「リリスは、ここで待機してて」
源は、ウオガウのところにすぐに飛んでいった。
ウオガウは、1万はいるかというほどのウオウルフの集団に何か話しかけていた。
特に攻撃されるような雰囲気ではない。
どうしていいのか分からないが、ウオガウがウオウルフたちと交渉しているようだったので、邪魔しないように、後ろで待機することにした。
ウオガウは、ゆっくりと、源のほうに近づくと説明した。
「れ・・・れレジェンドののの危機。せせせ・・・セルフィさ・・・さ様の危機ををを世界中のうおうお・・・ウオウルフに連絡・・・していたので、彼らが援軍にきき・・・来ました」
「援軍だって!?」
「はははい。ええ援軍・・・です・・・」
「ウオウルフってこんなにいたのか・・・!?」と驚いた声で言う。
「うううウオウルフは、よよよ4000年前かから・・・ひひひろがって・・・いるので・・・もっと・・・いいいるのです・・・」
そうか・・・と源は思った。
確かに4000年前からウオウルフは、狼王の意思を守り抜いてきたというが、120匹ほどしかいないのは、少ないと思っていた。
そして、少し前長が、言っていた。意見が合わないようなオウウルフは、追い出されるというような内容だった。そう・・・ウオウルフは、実は世界中に沢山いて、増え広がっていたのだ。狼王の意思を受け継いでいるウオウルフは、シンダラード森林だけではないはずだったのだ。
「それは凄いよ・・・ウオガウ。教えておいてくれればいいのに・・・」
「ももも・・・申し訳・・・ごごございません・・・どどれほどのか数が・・・ああつまるのかわわ・・・分からなかったので・・・。せセルフィ様・・・を紹介しします・・」
ウオガウは、大きく吠えた。
「ウオンオウオオン―」
1万匹のウオウルフたちが、とても興奮しているかのように吠えだした。
「ウオオオオンオウン―」
ウオウルフにも色々な種族がいるようで色も違えば大きさも違い、それぞれが救援にかけつけてくれたのだと思った。
源は、空を飛んで、1万のウオウルフたちの上、5mほどの場所で、叫んだ。
「俺の名前は、末永源。今はセルフィと名乗っている。狼王が待ち望んだ救世主という存在だとオウオルフ前長は、おっしゃられた
龍王は、人の体で背中に羽が生えている天使族が、救世主だと言った。そして、俺の背中には、羽がある」
マントを大きく翻し、羽をみせると、ウオウルフたちは、さらに大きく吠え始めた。
「ウオオオンウオウン―」
「まだ、わたしがその救世主なのかどうかは、分からないが、みんなの力を貸してほしい」
ウオウルフたちは、長い雄たけびで吠えた。認めてくれたのかもしれないと思った。
そして壁の内側に向かい、レジェンドのみんなに叫んだ。
「世界中のウオウルフたち1万匹が、レジェンドを助けに援軍としてかけつけてくれた。扉を開けて、歓迎してくれ」
それを聞いて、レジェンドのみんなは、敵ではなく、味方が1万も来たのだと分ると、大きな歓声をあげた。
扉は開かれて、オウオルフたちは、レジェンドの中へと入って来て、レジェンドのウオウルフたちと鼻をくっつけ合った。これがウオルフの挨拶なのだろうと思われる。
本当ならじゃれあうのかもしれないが、今はレジェンドのウオウルフは鎧に刃物がついてあるのでそうもいかないのだろう。
現在、ウオウルフ70匹が来ている装備は、カーボン製の新しい軽くて強度のある鎧だった。
以前作ったグラァイトの装備は、倉庫に眠ったままだったので、その装備も出して、1万の中の70匹に装備を付けさせた。
はじめは、そのまま鎧を解体せず、倉庫にねむらせていてよかったと思った。
このウオウルフたちの援軍をみて、レジェンドの男性たちが、叫びはじめた。
「助けにいきましょう!」「助けよう!」
源は考えた。
確かにウオウルフ1万は、とてもすごい戦力だ。40匹だけで、コボルト2000匹を倒し、被害は0だったほどだった。
そして、カーボン製は無理だが、グラファイトなら鎧もみなに作ることができるだろう。
リトシスの熟練度もあがっているから、簡単に作れる鎧は、余裕をもって準備ができる。
ドラゴネル帝国は、今は1000km地点に船から降りて、進んできているということは、早くても、一カ月ぐらいまでは、歩兵は、ここにまでは来ない。
1万のすべてのウオウルフにもし、装備できれば、一匹80人倒せれば、ドラゴネル帝国も倒せてしまう。
そんなことはさすがに不可能だが、0%から1%ぐらいの勝率は上がったかもしれない。40匹でコボルト1000匹以上を倒したものが1万も揃えば、どうなるのかと想像できる。
80万のすべてがコボルトなら勝てたかもしれないが、ドラゴネル帝国の兵士は、装備したウオウルフたちと同等の力を持っていると思ったほうがいいだろう。マナなども使うと考えればそれ以上だと思われる。
戦うにしても、相手を知らなければいけない。そして、すでにボルフ王国の農民兵2万は、先行している40万のドラゴネル帝国と対峙していることだろう。
さすがにこれは助けられない・・・。ボルフ王国がどのような作戦をしようとしているのかは不明だが、それに期待するしかない。
源は、「助けよう」という男性たちの声を一度、手を止めた。
「みなさんの気持ちもよく分かります。そして、ここにドラゴネル帝国が来るまで、約一カ月。その間に、1万の援軍で来てくれたウオウルフの方たちに、武具を用意できれば、希望が出てくるでしょう
ですが、その希望は、1%ほどだといっていい希望です。0%だったものが、1%ほどの勝率になったぐらいでしょう
それぐらいの確率ならわたしは、戦うとはすぐには言えません
ですが、工夫をすれば、勝てなくても、負けない戦いはできるかもしれません
今、ボルフ王国から戦争をしたこともない農民兵2万人が、南1000km地点で、40万のドラゴネル帝国軍と対峙しています
この40万は、先行している軍で、さらにうしろから20万の軍隊が2つ。総勢で80万が、ボルフ王国方面に向かっているのです
今から、農民兵2万を助けることはできないでしょうが、様子をみにいこうと思います。それまで決断は、しないでおきます。相手の強さや規模を確認出来る限り見に行こうと思います。そして帰ってからみなさんとどうするのか、決めましょう」
男性陣から声があがる。
「わたしも連れて行ってください!」「わたしも!」と男性たちの声があがった。
「分かりました。では、今夜はしっかりと休み、戦士100人と装備をしているウオウルフ140匹は、連れて行こうと思います。これらを調査団とします
司祭様には残ってもらい、ここを守ってもらいます
出かける人は、早朝、壁の外に集まり、装備を用意しておいてください。あくまで調査するだけだということを忘れないでください」
その言葉を聞いてリリスが声をかけてきた。
「セルフィ。わたしも連れて行って、何かの役に立つかもしれない」
「うん。ありがとう。リリスも着いてきてくれ」
―――早朝3時、皆は装備を整え壁の外に集まった。
源は、リリスとロックも連れて、100人の戦士、140匹のウオウルフを一斉に空に飛ばして、巨石飛行物の置かれた場所にまで、飛んでいく。
それ自体が飛べるわけではなく源の能力で飛んでいるのだが、巨石飛行物と呼ぶことにしていた。
アイスドラゴンのフレーも、連れて行く。
みんなは、巨石飛行物に乗り込んだ。
源は、一番上の、ガラスで造られ、360度見渡せる一室の椅子に座って、リトシスで、巨石を飛ばすようになっている。座りながらでも、触れてさえいれば、リトシスは、利用可能だ。
早朝から200km/hの速度で、南1000kmの戦場地へと向かう。
5時間ほどで、付く予定だが、ボルフ王国の農民兵2万は、どうなっているのかは、分からない。