8章 絶体絶命
仮想空間で作り出した映像と自分が体験しているものに、まだ違和感がある。
現実の世界をほとんど触覚だけで、再現しようとしているのだから、当たり前だ。
むしろ、少しの違和感だけでおさまっているほうが、奇跡的だ。
源は、次々と手を伸ばして触っては、仮想空間の世界を作り出すための情報をミニに送り続けていった。
そして、問題の動いていたドアが何なのか、そして、その中に入るのか、それとも先に続く道を進むのかどうかだ。
源は、ドアがどのような仕組みで勝手に動いているのかを探ろうとするが、いくら触っても、ただのドアのような一枚岩で、動いている仕組みが解らない。
もしかすると、自動ドアのようなどこかにセンサーのようなものが取り付けられていて、それが壊れているというものかもしれない。石で造られた自動ドアなんて、みたこともないが・・・。
「ドアがなぜ動くのか、解からないが、部屋に入るかどうかだな。たぶん、俺たちが歩いてきた道はまだ続いていて、このドアの中は、部屋のようなものだと思う。どうする?ロック」
「動くようなドアがあるんだ。何か役立つものがそこにあるかもしれない。少しだけ、調べてみないか?」
「分かった。そうしよう」
そして、二人は、ドアの中に入って、また壁伝いに、歩いていく。ここの匂いは、最初に閉じ込められていた空間の匂いと、どこかしら似ていた。
すると、何かが源の足をつまづかせた。
「何かに足をとられた。確認してみる」
「気を付けろよ」
「うわ!なんだコレ」
「どうした?」
「やわらかい・・・動かないけど、何か生き物みたいだ」
源は、気持ち悪くて、落ちている石を拾って、その石で、探ってみることにした。石で触っても、反応がない。
「何かの死骸か」
「あいつらか」とロックが言った。
「あいつらって?」
「さっき言ったろ、奇形のような変な物体だよ。生きている奴もいたが、話すことはできなかった。多くはそのまま死んでいった」
「奇形・・・」
源は、動かないものを石で表面の形をなぞるように、線を縦と横に、何本も書くように触っていく。すると、仮想空間には、大雑把な線だけの形が、ゲームのキャラクターを製作する直前のように描かれていく。
大きさは、1m以上もある大きなものだ。縦長で、腕なのか、しっぽなのかわからないようなものが一本生えているようで、その先には、指のようなものはなく、丸くなっているようだ。
直接、掌で触ってみれば、詳しくその肌の形状も分かるが、何かもわからないものを暗闇で、触る勇気は持てなかった。
「おい。源」
「どうした?」
「こいつは、まだ生きているぞ」
源は、ロックのほうに、近づき、生きていると言われる物体を石で触ってみた。すると、確かに動いているのが分かった。
「でも、弱っているな。こいつ」
ロックのいう通り、かすかに動くだけで、大きく動くことはできないようだ。弱っているのだろう。
石で触るが、さっきのものとは、違って今回は、毛が生えているようだ。犬のような毛が生えている生き物のようだ。
素早く、その弱っているものの形を認識するように、石で線を描いていくと、きつねのような形のした生き物だということが分かった。
手で触っていくとさらに詳細なデーターがミニに送られ、リアルな姿を仮想空間で再現されていく。
「子ぎつねのようだが、ハッキリとは解らないな」
「そうか」
「弱っていて、いつ死ぬのかも分からない。俺たちも何があるのか、分からない。連れて行くのは、難しいだろう」
「いや、俺が連れて行くよ。俺なら肩に置いておくだけで、特に支障もないからな」
「ロックは優しいな」
「ずっと一人だったからな、誰の助けもなく生きていたから、苦しみが分かるんだ。置いていかれたくはないだろう。少しでも助けてやりたい。大きかったら、負担だが、これぐらいなら、負担にもならない」
子狐をロックは、肩に乗せると探索を続行する。
「他に何か役立ちそうなものがあるか探してみよう」
特に役に立ちそうなものは、見つけることは出来なかったが、拳大の手ごろな石を見つけた。
少し小さくなったラグビーボールのような形の石だ。
力を入れてみたが、砕ける様子もなかった。
普通の石よりも硬いようなので、壁などを壊す時に使えると思い持っていくことにした。
はじめに置いてあったところから少しだけその石を移動させたことが原因なのか、
ドアが重い音をたてて閉まってしまった。
「なんだ?ドアが閉まったのか?」
するとレンガのように積み重なっていた壁がズガンッと音をたてて倒れたようだ。
暗闇の中、ほとんど音だけを頼りにしているだけに、不安を抱かずにはおれない。
その後、ゆっくりと鉄が擦れるような音が倒れた壁あたり、下の方からすると思うと、その向こう側から激しく暴れる何かが、ガコンガコンとこの部屋いっぱいに響き渡るほどの衝撃音をたて、こっちの方へ来ようとしているようだった。
何か得体のしれないものが、閉じ込められていて、ドアが閉まると同時に、じわじわと、鉄のようなさえぎるものが、下がっていくようなイメージを音から抱く。中のものが出てくるような仕掛けなのかもしれない。
「でかい何かが、出てこようとしているぞ」
ロックも源と同じようなイメージを音から察したようだ。
どうする・・・仮想空間では、壁の位置や生き物の死骸の位置などは把握することは出来るが、動くものに対応できるとは思えない。衝撃音からしても、相手は異常なほどの力の生き物だと考えられる。ロックのような岩人間がいたのなら、そういったわけのわからない生き物がいても、おかしくはない。何か、あいつらに実験されたモルモットの1つだろう。そして、それは、この暴れ方からして、大人しいとは思えない。
源は、なるべく素早く行動にでた。閉まってしまった石のドアを殴って破壊し、部屋から脱出しようと考えた。だが、なぜかドアに当たる前に、腕が止まってしまう。壁に手を触れることができない。
「壁を破壊することもできない」
それを聞いたロックもその岩の手で殴りつけるが、はやり無理だった。
「なんだ・・・どうして壁を触ることもできないんだ・・・」ロックも戸惑いを隠せないようだ。
考えろ。考えろ・・・。
源は、仮想空間の床にある死骸の位置で足元がとられないことを確認するために、早歩きの速さで死骸の近くまでいき、足を前に出して、死骸に触った。壁も死骸の位置もほとんど正確に捉えられている。
自分の持っている聴覚で音を捕らえて、逃げるしかないが、そんなことで、この閉鎖されたような10mと20mほどの広さの部屋で、ずっと逃げ切れるわけもない。
すると、ミニが助言をしてきた。
『源。音を出すことで、相手の位置や形をある程度、測定することは可能です』
『本当か?!』
『はい。盲目の人間は、舌打ちをして音を出し、まわりの状況を把握できるといいます。コウモリやイルカなど、周波数の波を出して、物に当たり反射させることで、物をみているようにです。音を出すことで、生き物の位置と形を把握し、仮想空間に表示させるという仕組みです』
舌打ちを繰り返し、前に何もない時の音と手のひらを前に置いた時の音は違って聴こえるように、人間の能力だけでも形が分かるのなら、ミニは、さらに分析を繰り返し、それを仮想空間に映像として変換することもできるだろう。
源は、舌打ちを何度かしてみた。
すると、右少し後ろにいたロックのおおまかな姿と位置が、把握できた。両手に守るように持っているのは、さっきの子狐だろう。
ぼやけて、精度はいいとは言えない。
次に、源は、両手で手を叩いてみた。舌打ちよりも大きな音を出すことで、さきほどよりも、明確なロックの姿に変換された。
これなら、相手を触らずに、相手の形や位置をある程度把握できる。
何度か手を叩くことで、映像は鮮明になっていく。
手を叩き始めた源に疑問を持ったのか、ロックが話しかける。
「源。どうしたんだ?なぜ手を叩いている?」
「音で、まわりのものの位置と形を把握しようとしているんだ」
「そんなことが出来るのか?!」
「ああ。何とか、位置ぐらいは、把握できそうだ」
ズガガガガと得体の知れないものが、とうとうこの部屋に入り込んできた。
源は、なるべく大きな音で、手を叩くと、巨大なサソリのような形をしたものだと理解した。
なんだ・・・この化け物は・・・
だが、その手を叩いた音に反応して、向こうがこちらに突進してきた。
「危ない。ロック。こっちに突っ込んでくるぞ!右に避けろ」
源は、音をたてて失敗した。相手を把握するつもりでしたことが、相手にもこちらの位置を把握させてしまったのだ。だが、気づいたことがある。
あの巨大なサソリは、単純な生き物で、音をたてずには、動くことができない。だから、源から音をたてるまでもなく、サソリの位置や形は、サソリが出す音で、鮮明になって映像となるということだ。
源は、小声で、ロックに言った。
「音を立てないように、離れるぞ」
ロックの手を取り、ゆっくりと誘導していこうとする。
サソリは、うろうろして、源たちがいた場所で、ぐるぐるまわるように、獲物である俺たちを探っているようだ。
巨大サソリは、異様な生々しい匂いを発していた。
それに子狐の嗅覚が反応してしまったのか、「くぅーうぅぅ」と怯えるような鳴き声を出してしまう。
巨大サソリは、その音に反応して、こっちへと突進してきた。
「やばい。来るぞ!」
ロックは、源に子狐を投げるように渡すと、逆にサソリに向かって体当たりをした。
巨大なもの同士が、ぶつかりあう音がしたと思うと、巨大サソリは、ロックにはさみを突き出し、ロックの腕を切断した。
「俺の!俺の腕がー!」
ロックは、切断された腕を右手で抱え込むように、床に膝をついてしまった。
このままでは、ロックは、さらに酷い目にあってしまう・・・。
源は、子狐を下に置いて、近くの死骸を被せると、逆側に走っていき、大きな音をたてた。
すると、巨大サソリは、ロックからターゲットを源に変えて、突進してきた。
仮想空間で位置が把握できているが、動きが早すぎる。
必死で、横に飛びのき、何とか回避して、音をたてないように、動くのをやめた。
だが、ロックや子狐がいつ音を出すのか分からない以上、何か対策を考えるしかない。
『源。あなたの今の力は、岩を破壊するほどのものだと認識していますが、それに相違はありませんか?』
『ああ。さっきはそうだった。大岩を壊すような力がなぜか俺にはあるようだ』
『では、その力を一点に集中させれば、あの生き物を活動停止させることは可能かもしれません』
『力を一点に集中させる?』
『源の力でも、破壊できなかった石を持っていますね』
『ああ。持ってる』
『それを生き物に投げて当てるのです』
そんなことをして、倒せるとは思えないが、今はそうするしかないだろう・・・。ロックの岩の体で当たっても、その甲羅は破壊されないほどの硬さを持っているようだ。
だから、石1つをぶつけたところで、ダメージを与えられるのかどうかだ・・・。
源は、仮想空間でみえるサソリの位置を把握し、祈るように、力を込めて、全力で石を投げつけた。
聞いたこともないようなゴォォォという音をたてながら、石は、右にそれてサソリにぶつかると、サソリの左のはさみを粉々に粉砕して、後ろの不思議な壁に当たり、その場で、落ちた。
物凄い威力を発揮した。
「どうなってるんだ・・・」
ここまで、威力があるとは思わなかった・・・。だが、巨大サソリは、はさみを粉砕されて、少したじろいだだけで、その凶暴性は、変わらず、暴れるように右のはさみを振り回している。
石を取りに行きたいが、その間には、巨大サソリがいる。
うかつに近づけば、あの暴れっぷりに巻き込まれる。ロックの腕を切断するような相手に、源が捕まればひとたまりもない。簡単には、石を手に入れることはできない。
石をてにいれたら、次こそは、胴体に打ち込こむ。そう決心を募らせるが、どうやって石を拾うことが出来るのか、考える。
また、子狐が、鳴き声をあげてしまうと、巨大サソリは、その方向へと突進していった。
まずい!
源は、急いで石を拾い上げると、巨大サソリに向かって投げようとするが、問題は、ロックの場所が把握できないことだ。投げたら、サソリと一緒にロックに当ててしまう可能性がある。
大声で、ロックに叫んだ。
「ロック!お前の位置が分からない。声を出してくれ!」
その叫びに、巨大サソリは、反応したのか、子狐に行く前に、Uの字を描くように、方向を変えて、源に向かって来た。
「ここだ。源。俺はここにいるぞ!」ロックの声も聞こえた。
ロックは、巨大サソリとは、離れた右の位置にいて、石を投げても安全な場所だと認識した。
そのロックの声に少しサソリが反応したのを感じて、源は、こちらに注意を惹きつけるために、大きな声を上げた。
「うおおおおお!」
その声によって、サソリは、源に突進をしかけるが、サソリの姿は、音の反射で、明確になり、源は、石を振りかぶって、巨大サソリの頭めがけて、投げ込んだ。数メートルの距離にまで近づいて来たサソリに当てるのは、そう難しくはない。
石は、すごい勢いで、サソリの頭に命中し、頭からしっぽの付け根まで、石は貫通して、その勢いは、止まることなく、子狐の上を通って、後ろの不思議な壁に当たり、勢いはころされ、落ちた。
巨大サソリは、抜け殻になったように、ズガガガガと崩れ落ちるように、その場で伏し倒れ、源の目の前で停止した。