76章 ユダ村
源たちは、ペルマゼ獣王国からポル・パラインたちと別れて、南東400km地点へと空を飛んで向かった。
ペルマゼ獣王国を見学して、源は猶更、龍王が残した書簡の大切さを痛感した。
龍王自身が、何のために書簡を残したのかは、まだ不明だが、もし、それが聖書であるのなら、彼の理由とは関係なく、この先、この世界で生きて行くには、必須になってくるからだ。
生き残るための確率をあげるためには、聖書は必要で、さらにこの世界でも認められた龍王や狼王の存在が、それを後押しすることになる。
だが、聖書が残されていたのは、ロー村だけということも考えられる。司祭様からはその内容は、ユダ村の司祭に聞くように言われていたので、確かな確証はなかった。
ペルマゼ獣王国から南東へ進んでいくと、ほどなくして、赤色の山が見えてきた。予想していた位置とはかなりズレていたが、思った以上にその山は赤色だったので、遠くからでも、すぐに分かった。
そして、そのまま頂上まで目指していく。
「ロック。リリス。ここから約束の頂上になるけど、念のために警戒は怠らないようにしてほしい。何が起こるかは分からないからね」
「わかったわ」「わかった」ふたりは、源の言われたように、警戒した。
リリスは、口笛を吹いた。森の中の鳥たちが、頂上付近の捜索をはじめると、ひとりの男が、頂上にいることを発見する。
リリスが発見したと同時に、愛も、その男の存在を把握して、源に報告した。
源は言った。
「どうやら、司祭様のおっしゃった通りに、ユダ村からひとり迎えに来てくれてるようだね。他には隠れているような存在はいないだろうけど、幻滅などで潜伏している可能性もあるから気を付けてね」
源は、その30代ほどの年齢の男を視認すると、ロックとリリスと動物たちと共に、ゆっくりと降りて行った。
男は、空から集団が降りてきたのを驚いた顔でみていた。
「はじめまして、わたしはユダ村のシャルロイ・ジャジャと申します。ユダ村に案内するために、お待ちしておりました」
「はじめまして、よろしくお願いします。わたしが、セルフィです
そして、わたしと共に遺跡で生まれたミステリアスバースの岩モンスターロック
もうひとりは、レジェンドの住民でありながら、冒険者をしているリリス・パームです
ふたりは、ロー村が、龍王の意思を受け継いでいる村だということも理解して、これらを公にはしないということも理解している者たちです。そして、これがロー村の司祭様が書いてくださった手紙です」
と、源は司祭様の手紙を渡すと、シャルロイ・ジャジャという男性は、その手紙を読んだ。
「確かにこれはロー村の司祭様の手紙ですね。司祭様しか知らないことがきちんと書かれています。わざわざここまで来ていただいて、感謝します。ですが、申し訳ないのですが、セルフィ様のお背中の羽を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
源はうなずいて答えた。
「もちろんです。ご確認ください」
マントを翻して、背中の羽を見せると、シャルロイ・ジャジャは、「おー」という声をあげた。
そして、震えた声で、さらに源に質問してきた。
「あ・・・あなた様の本当のお名前は、なんとおっしゃるのでしょうか」
「末永源と申します」
「そ・・・そうですか・・・すみません。解っていたのですが、それでも感動が収まらなくて・・・」とシャルロイ・ジャジャは、涙を流した。
源からすれば、はじめての出会いだが、龍王の意思を受け継いだひとたちは、1000年間待ち続けたのだから、色々な想いがあるのだろうと今の源は理解できる。
シャルロイ・ジャジャのその反応をみて、リリスも、セルフィの存在の特別さを痛感した。
リタ叔母さんが、ケイト・ピューマ・モーゼスの意思を心から信じ、苦労してきたが、この人も、似たように龍王の意思を受け継いできて、そして、セルフィとは、その意思の答えなのかもしれないのだ。
「では、わたしに付いてきてください」とシャルロイ・ジャジャが言う。
歩いて、100mもしないところに、崖があった。シャルロイ・ジャジャは、そのまま歩いて進んでいってしまう。
源たちもついていくと突然、村が出現した。マインドレスの範囲を抜けて入ったからだ。
ユダ村の村人たちが、入口付近に集まっていた。
皆で、源のことを待っていたのだろう。
源は、気を利かせて、シャルロイ・ジャジャに言う。
「みなさんにも、わたしがセルフィだということを確認してもらったほうがいいでしょうか?」
「そうしてくださると、村人たちも安心できるかもしれません。お願いできるでしょうか?」
「はい」
源は、入り口付近に集まっていた村人たちに、大きめな声で話した。
「わたしは、ロー村から来た。セルフィという者です。この名前は、ロー村の司祭様に付けてもらった名前で、本当の名前は、末永源といいます」
と言うと、村人たちは、騒めいた。
「わたしはまだ、龍王の意思の天使族かどうかは、自分では分かっていません。ですが、能力だけは、与えられているので、少しみなさんにお見せします」
源は、マントを脱いで、羽を出して、空にゆっくりと浮かび上がった。
その羽と空を飛ぶ姿をみて、村人たちはさらに声を大きくした。
源は、右手を上にあげて、「炎弾」と小さく口ずさむと、巨大な炎の玉が、グングンと大きくなりはじめた。そのマナの巨大さをみて、村人たちは、「セルフィ様ー!」という声をあげはじめた。どうやら、少しは認めてくれたようだ。リリスも、はじめてセルフィの炎弾をみて、驚いた。村人の中には、両手をあげてセルフィをみながら、泣くものもいた。
すぐに、炎弾をマナに戻して、消していき、下へとまた降りて行った。
村人の歓声が続くが、源は、少し待って話し始める。
「わたしはこのように、特殊な能力があることは解っています。ですが、まだ、龍王の言う天使族かどうかは、分からないのです。それを確認するためにも、今日、ユダ村に来ました。決して敵ではありませんので、安心してください」
そう言うと、源は、自分の武器をシャルロイ・ジャジャに渡した。
シャルロイ・ジャジャは、そこまでしなくてもいいと言ったが、村人たちのことを考えると、そうするべきだといって、武器を渡した。ロックとリリスも同じように、カーボンアックスとボウガン、リリスはナイフと剣を村人に渡した。
源はシャルロイ・ジャジャに聞く。
「ユダ村の司祭様は、どちらにみえるのですか」
「申し遅れました。わたしは、ユダ村の司祭です。先代は、5年前に亡くなったので、わたしが後を継いで司祭をさせていただいております」
「司祭様、直々に迎えにきてくださっていたのですね。ありがとうございます」
「はい。では、中にお入りください。そして、龍王の意思を拝聴してください」
源たちは、大広間に招かれ、ロー村の時のように、待った。そして、司祭様は、神殿から、2つの箱を持って来た。
「色々お話したいことはあるのですが、まずは、セルフィ様には、龍王の意思である書簡を聞いていただくことが、先かと思います。ですから、読ませていただきますね」
「はい。よろしくお願いします」
源は、これで龍王という人物が、何者なのかが少し見えてくるかもしれないと心を騒がせた。
シャルロイ・ジャジャ司祭は、神殿の前に中腰になり、3度腕を広げてパンパンパンと手を叩き、神棚から書簡を取り出して、読み始める。
『初めに、神が天と地を創造された。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。神はその光をよしと見られた。そして神はこの光をやみと区別された。神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日』―――
源は、やはり龍王は、聖書側の人間の可能性が高いと思った。ロー村では、伝道者の書だったが、これは明らかに、創世記だ。
ロー村司祭様は、世界のはじまりの書簡とおっしゃっていたから、創世記のことだろうとは思っていたが、実際にユダ村にきて、シャルロイ・ジャジャ司祭に、読んでもらうまでは、分からないと思っていた。
ロー村司祭は、書簡は66巻あると言われていたから、聖書を龍王は残している可能性が高い。
聖書は旧約聖書と新約聖書が、あわさった書物だが、実際は、66個の書簡が寄せ集まった書物なのだ。時も違えば、場所も違うところで、イスラエル人の預言者たち複数人が、時代を超えて神の霊に従って、書いたものの集まり。それが聖書だった。
もし、龍王が残した66個のすべてが、聖書であったら、この世界にも救いはあると源は思わされた。なぜかと言えば、それがこの世界で名を馳せた龍王の意思だからだ。
聖書だけでも効果はあるが、聖書は現世の歴史が書かれているのであって、この仮想世界の歴史とは切り離されている。だが、この仮想世界で、ドラゴネル帝国という統一を果たした偉大なる龍王が、残したというインパクトは、この世界では大きいと思われる。
聖書の信ぴょう性を龍王が後押ししてくれるというわけだ。
そうすれば、善悪の基準を現世の源の時代のように設けることができる可能性があるのだ。
現世の源の時代には、無神論という人たちはいるが、実際はそんな人たちはいない。どれだけ自分が無神論だといいはっても、聖書の基準があって平和が成り立っているからだ。悪を悪だと認定できているのも、聖書のおかげで、日本人なら、聖書の恩恵を受けずに生きているという人は、ほとんど存在しないのだ。
神を無くして、人には善悪など存在しない。ペルマゼ獣王国が、その証拠で、現世でも同じことを人間はしてきた。聖書の平和の上に生きているのに、自分は無神論だと思い込んでいるだけで、どんな人間も形の違う宗教を信じているだけにすぎないのだ。
―――『ヨセフは兄弟たちに言った。「私は死のうとしている。神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」そうして、ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたあたを顧みてくださるから、そのとき、あなたがたは私の遺体をここから携え上ってください。」と言った。ヨセフは百十歳で死んだ。彼らはヨセフをエジプトでミイラにし、棺に納めた。
ここからは龍王の言葉である。これらは龍王の意思であり、のちのちまで伝えていくことだ。のちに世界を平和にする天使が生まれ出る。天使とは、人間の体をしながら、背中に羽を生えた天使という種族だ。その者が現れたのなら、おのおのが守っている龍王の意思を読み聞かせろ。その者の名は、ハジメスエナガという』
リリスは、はじめて龍王の意思の書簡を耳にして、最後に、ロー村の司祭様が言っていたように、本当にハジメスエナガという名前と天使族のことが書かれていたことに感動した。セルフィは、本当に龍王の望んだ存在かもしれない・・・。そして、ケイト・ピューマ・モーゼスは、その龍王と共に平和を作って来たのだ。
源は、愛に言って、創世記を表示するように指示をして、創世記の内容が、現世の創世記と同じなのかをチェックしたが、まったく同じ内容だった。
龍王は、1文字も間違えずに、聖書の内容をこの仮想世界に残しているのだ。
龍王の意思とはよく言ったもので、源にも、龍王のやろうとしていることが、理解できた。この世界の価値観がむちゃくちゃだからこそ、聖書はさらに意味を増していくのだ。無神論だという意味不明なことが平気で言えるほどの平和の世の中になるように作り上げるには、聖書は不可欠なのだ。現世人は、学校宗教団体の歴史をそのまま信じきっている人が多いが、失われた歴史が実は存在しているのだ。なぜ日本人は、2000年以前の歴史が消えているのかということも疑問に思わないのだ。縄文人という原始人に似たようなものを本気で信じている。
シャルロイ・ジャジャ司祭は、話す。
「これがユダ村の4つのうちの1つの書簡です」
源は、さらに龍王が残した書簡が聖書の66巻であるという確率を確認したくて、次の書簡の内容を知りたかった。
「司祭様。次の書簡を読んでもらえるでしょうか」
「分かりました」とシャルロイ・ジャジャ司祭は言うと、隣の箱から書簡を出して、読み始める。
それは、聖書の出エジプト記だった。残りの2つは、モーセ五書のうちの2つで、創世記・出エジプト記に続いてのレビ記と民数記だった。
そして、どれも、現世の聖書の内容と一致した内容で、省いてもいなければ、増やしてもいなかった。
この事実に、源は感動を覚えた。龍王・・・一体この人物は、何者なのだろうと思えた。預言者なのか?これが奇跡なのかと思えるほどだった。
昔のイスラエル人は聖書の内容を一文字も違えることなく、暗記していたと言われるが、源たちの時代で、聖書を丸暗記している人など皆無だった。
にも拘わらず、一文字も間違わずに、聖書を残しているのは、現世の人間だとは思えなかった。彼はあいつらに拉致された牧師だったのかとも思える。
そして、記憶をなぜか残していて、この世に聖書を残す意義も理解していたと思われる。
だが、この仮想世界を作り出したあいつらが、龍王の名を語り、聖書を残したという可能性もある。
巨大樹のことをポル・パラインから少し聞いたが、あの設定は、聖書的だった。
その可能性もあるから、すべて信じるというわけにもいかないが、龍王は、なぜかまともな世界を作ろうとしていたことは、間違いがない。
シャルロイ・ジャジャ司祭は、4つの書簡をすべて読み終えると、話しを始めた。
「セルフィ様は、ミステリアスバースとして、生まれたばかりで、この世のことを知らないので、知っていることを伝えるようにとロー村司祭から言われています。セルフィ様から何かご質問はありますか?」
「はい。最初の書簡では、世界が誕生した経緯が書かれていますが、これはこの世界で起こったことだという認識されているのでしょうか?」
「そうです。わたしたちは、それを信じています。わたしたちの歴史の前の時代が、ここには書かれていると思っているのです」
「歴史の前の時代ですか?」
「はい。この世界は、何度か滅んでいると考えられるのです。そして、書簡に書かれているのは、前の世界のことが書かれていると信じているということです」
「わたしは、この世界の歴史をまったく知らないのですが、その歴史でも、滅んでいるということでしょうか?」
「そうですね。そこをお話しします。わたしたちの歴史では、その昔、書簡の世界が滅んだのに、人々がこの世に突然現れました。さまざまな言葉を話す人間たちが、集まり、その時代の人間は、自分は、自分ではないと言っていたといいます」
「自分は自分ではない?」
「はい。これは伝承であり、神話の域を出ないのですが、その時代の人間たちは、前に生きていた記憶があり、さまざまな知識を持っていたというのです」
源は驚いた。この仮想世界では、はじめから、あいつらの手によって記憶が消されていると思っていたが、シャルロイ・ジャジャ司祭が言っている伝承が本当なら、この世界を最初に体験したひとたちは、俺と同じで現世の記憶が残っていたということになる。
それを知って、源は、少し理解した。どうして、ロックが、自分は人間だという認識を持っていたのかということだ。俺の場合は、愛が現世の記憶を保護していたから、今でも記憶があるのだが、ロックはそうではないのに、自分は人間だと思い込んでいた。そういった人間やモンスターも、少なからず存在しているのは、シャルロイ・ジャジャ司祭が言っていた、時代の人間には記憶があったという内容によって、理解できたのだ。
ニーナも、たしか、スマホだか、車だかの言葉をミステリアスバースの人間が口にしていたと言っていた。あいつらは、脳の記憶をある程度は操作できるが、操作できない部分もあり、その部分がある人間は、仮想世界でも、許可して存続させているというわけだ。
完全に人の脳の記憶を操作できるわけがないのだ。
俺は、この世界でも何度か、現世の記憶があるような内容を口にしたことがあるが、明確に記憶があるとは発言していない。あいつらからすれば、少し記憶があるというのは、めずらしいことではないから見過ごされたのか、それとも、ただ参加している人間が多すぎて、俺を監視してチェックできていなかったのか、分からないが、そういうことも考えられた。
シャルロイ・ジャジャ司祭は、話しを続ける。
「その時代では、モンスターという存在はなく、存在していたのは、人間と動物、そして植物、虫などだったと言います。ですから、人間が世界を支配し、あらゆる文化を作り上げていたのですが、なぜか、モンスターなどが突然、出てきたのです。それらモンスターは、知能は動物と同じでしたが、身体能力が人間よりも勝っていたので、人間を襲いはじめたといいます」
その時代は、モンスターがいなかった!?どういうことだろうと源は思った。
「モンスターたちの出現で、人間は追い込まれていき、多くのものたちが、亡くなり、ほとんど滅びかけ、今の言葉をしゃべる人間だけが生き残り、その他の言葉をしゃべる人間たちは、死んでいったのです。これが3つ目の滅びだと言われています」
そうか・・・ウオウルフ前長は、英語は、太古の文字だと言っていた。その時代では、英語をしゃべる、たぶん、日本人以外の人たちも、仮想世界でつながっていたと思われる。日本以外の国でも、拉致された人たちが、脳と脊髄だけにされて、繋がっていた。だが、モンスターによって殺されて、日本人だけが生き残されたから、今は日本語だけが世界に広がって、英語を読める者がいないのかもしれない。
世界中にあの誘拐する組織がいて、世界中でこの仮想世界につながされていたのかもしれない。
だから本来は、フランス語や英語を話す人間も、拉致されて記憶を消され、0の状態にされて、この世界で生まれ、日本語の世界で生活しはじめるから、日本語になってしまっているのかもしれない。これも予想でしかないが、この仮想世界を作り出したのは、日本の技術者なのかもしれない。
マナの名前「幻滅や炎弾」などは、英語だが、この世界の彼らからすれば、呪文であり、カタカナで名前を憶えているだけにすぎないわけだ。ロー村のローというのも英語だと分っていないで使っている可能性さえある。
日本人は、英語も組み合わせて、変な英語を使っているから、残っているというわけだ。だが、文字は日本語以外は、読めなくなってしまっている。それは、滅んだからかもしれない。
その時代の人間を抹殺した理由も奴ららしいと思わされた。当たり前だが、俺と同じように拉致された記憶がある人たちが集まっても、仮想世界で発展的に生きようとするわけもないからだ。だから、その時代の人間をモンスターというもので抹殺しようとしたのかもしれないと思った。運営の身勝手な都合で、その時代の人たちは、殺されていったのだだろう・・・。そして、次からまた拉致して入れた人間たちの記憶は消して参加させはじめたのだろう。
シャルロイ・ジャジャ司祭は、話す。
「ミステリアスバースで生まれてきた人間たちは、もう記憶はなく、今の言葉で話ながら、モンスターに怯えて生きていたと言われています。ですが、そこに救世主が現れるのです。それが、狼王だと言われています」
ここで狼王が登場するのか!
「狼王は、確か今から4000年前のことでしたね?」
「定かではありませんが、4000年前ほどの存在だったと言われてはいます」
「狼王は、何をしたのですか?」
「それが、その時代のモンスターは、知能を持っていなかったのですが、狼王は、知能を持っていたのです。人間よりも身体能力がありながらも、さらに人間と同等の知能を持っていた狼王は、なぜか、人間を助け始めたのです」
「狼王は、モンスターなのに、人間を助けたのですか?」
「はい。そう伝えられています。狼王は、人間もモンスターも平等に受け入れたと言いますが、人間をむやみに襲うモンスターを倒しては、人間を救ったと言われているのです
そして、龍王は、その狼王の意思を受け継いだ一部の狼たちを仲間にして、世界を統一したとも言われているので、龍王は、狼王に触発されたのではないかと考える者もいますが、確かなことではありません」
俺も同じことを考えたことがあった。龍王も一神教で、狼王も一神教だという共通点があり、狼王が残した遺跡には、聖書の箇所が入り口のカギのようになっていたからだ。
狼王は、なぜ人間を助けようと思ったのかは、分からないが、もしかしたら、記憶がロックのように残っていて、自分は人間だと思っていたのかもしれないとも源は思った。
それどころか、聖書の箇所も知っていたことから、現世の記憶もあったのかもしれないと思わされる。
さすがに龍王ほどの記憶力はないようだが、それでも、狼王も記憶があった可能性がある。
龍王は、あいつらの可能性があるが、何だか、狼王は、自分と同じ無理やりこの仮想世界に参加させられた人間のように思えた。龍王の記憶力は驚異的すぎるが、狼王は、人間臭さがある気がした。
源とシャルロイ・ジャジャ司祭の話を聞きながら、リリスは理解できずにいたが、龍王の話が出てきたので、質問した。
「すみません。1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「ボルフ王国の土地は、その昔、大共和ケーシスという国で、龍王の龍王騎士団のひとりのケイト・ピューマ・モーゼスが作ったという話を聞いたことがあるのですが、司祭様は、ケイト・ピューマ・モーゼスと龍王の関係を何かご存知なのでしょうか?」
「わたしは、少ししか知りませんが、龍王が突然この世から消え去ってしまった後、龍王騎士団たちは、龍王の意思を守ろうとした者も多かったと言います。そのひとりは、ケイト・ピューマ・モーゼスではないかという話は聞いたことがあります」
「それはなぜでしょうか?」
「ケイト・ピューマ・モーゼスは、大共和ケーシスを作り、帝国に加盟していたのですが、龍王が消えた後も、平和の思想をやめなかったからです。
わたしたちのように、龍王の意思を受け継いで平和を求める小さな存在はいても、ケイト・ピューマ・モーゼスが作り上げたような大きな国で、それを体現していたのは、それほど多く無かったのです
それなのに、大共和ケーシスは、帝国の呼びかける戦争にも参加せずに平和を貫いていました
わたしたち小さな勢力からすれば、ケイト・ピューマ・モーゼスは、龍王と同じように偉大な存在だという認識があって、龍王の意思と結び付けたいという感情的なところがあるからかもしれません」
リリスは何だか嬉しい気持ちになった。
妖精族だけではなく、ケイト・ピューマ・モーゼスは、ユダ村の人たちからも尊敬されていたことを聞いたからだ。
龍王の意思を受け継いだ者は、ケイト・ピューマ・モーゼスも認めてくれるのであれば、もしかしたら、妖精族とも共闘できるかもしれないと思った。そして、彼らが認めるセルフィは、わたしと一緒にいる。
源は、リリスに言った。
「龍王の龍王騎士団とか、ケイト・ピューマ・モーゼスのことは、俺ははじめて耳にしたよ。今度、詳しく教えてくれる?」
「分かったわ。後で話すわね」
シャルロイ・ジャジャ司祭は、さらに話す。
「実は、ユダ村は、書簡だけではなく、龍王の意思を残した遺跡も守り続けてきたのです」
源は聞き直した。
「遺跡ですか!?」
「はい。ですが、その遺跡は守り続けているのですが、特に変わったこともなく、何があるというわけでもないのです。それでも、セルフィ様がこうして、ユダ村に来てくださったのですから、一度遺跡にも、行ってみませんか?」
その話を聞いて、源は もしや・・・と思った。