75章 ペルマゼ獣王国
リトシスでの空の移動は、スピードがあるが、空気抵抗もなく飛べていけるので、静かなものだった。移動している間は、みなで会話をして、目的地に進んでいた。
リリスは、源に、話しかける。
「セルフィ。あなたが、もしかして、伝説の天使族かもしれないという話には、とても驚かされたわ」
そういえば5地区の村人たちに自分の秘密を教えた時に一緒に聞いていたなと思った。
「そうだよね・・・。だって俺もかなり驚いたからね。あの龍王の予言のような言葉は、今でも謎のままだよ」
「でも、わたしは、あなたの不思議な力の謎が解けた気がして、納得できたわ。まさか、あなたが、龍王とそこまで関係が深いとは思わなかった」
「前にも言ったけど、リリス。俺はまだ、龍王の待ち望んだという天使族なのかは、分からないんだよ?天使族かもしれないけど、龍王が言っている天使族じゃないかもしれない」
「名前も同じなのに?」
そう言われると、源は、言い返せなくなる。
「・・・。俺は名前が一緒なのには、とても驚いたよ。最初から一緒にいたロックもね。でも、リリスたちからすれば、俺のほうが嘘ついているって可能性もあるでしょ?」
リリスは、セルフィの言葉を聞いて少し考える。
「うーん。もし、嘘をついてハジメスエナガの名前を語っているとしたら、どうして、あなたは、そのことをわたしに言う必要があるの?騙そうとしている人が、自分を信じるな何て言うのかしら?」
「わからないよー。それがまた罠かもしれないじゃないか」
「ロックさんも一緒に、わたしたちを騙してるってこと?」
と言うと、ロックは答える。
「俺は嘘なんて付かないぞ!源は、俺とミステリアスバースとして、遺跡で会った時から、スエナガハジメって名乗っていたからな。これは本当のことだ」
リリスは、ロックの顔をみながら、それを聞いて、嘘を言っているようには思えなかった。
「なら、龍王の言っている天使族は、やっぱりセルフィのことじゃないの?」
源は、複雑な思いで答える。
「そうかもしれないけど・・・・自分としては、納得できないことが多いというか・・・俺が?っていう想いにさせられるんだよね・・・」
リリスは、ケイト・ピューマ・モーゼスの意思を受け継いでいる妖精族だという突然のリタの告白に、少ならず動揺したので、なんとなく、源の気持ちが分かる気がした。
源はレジェンドを出発して、2000kmを超えた付近から、遠くの方にある、何か巨大なものを源は発見した。
「なー。あれなんだ!?もの凄く巨大なものが2つあるんじゃないか?」
ポル・パラインが、答える。
「あれは、シャウア森林の中心にそびえたつ『巨大樹』です」
「巨大樹?」
「はい。2本の巨大な木が、森の中央には立っているのですよ」
源は、その説明を聞いたが、この距離からあの大きさだということは、本当に信じられないぐらいの大きさだと思わされた。相当な大きさだ。シンダラード森林からも、見ようと思えば見えたかもしれないと思った。九州から北海道に生えている木が目視できると考えれば、どれほど大きいかが分かる。大きすぎる。
「巨大樹は、何か特別な木なのかな?」
ポルは答える。
「そうですね。シャウア森林に住む生き物たちは、あの木をないがしろにするものはいません。傷つけようとするものはいませんし、敬意を払われた特別な木だと言えるでしょう。そして、あの木の葉は、死んだものさえも生き返らす力があるとさえ言われています」
それを聞くと源は聖書に書かれている『いのちの木』のことを想像してしまう。エデンの園の中央には、2本の木があり、1つは、善悪を知る木。そして、もう1つが、いのちの木だった。
キリスト教にとっていのちの木とはイエスキリストのことだ。
映画や色々な小説などでも、世界樹として、巨大な木があり、その木の葉で生き返らせるという内容のものもあった。
神の霊は木に宿るというのもそういった経緯もあるのだ。主はぶどうの木とも言われる。そして、イエス様は、死んだものを生き返らせることもされたのだ。
俺をこんなところに拉致して連れてきたあいつらが、聖書の内容を少しかじって、そういう世界にしたのかもしれないと思った。やっぱり、龍王もあいつらの誘導の1つなのかもしれない。源は、龍王のことを全部信じてはいけないと心を引き締めた。
リリスは、ポル・パラインに質問した。
「死んだ者って、ずっと前に死んだ人でも蘇らせることができるの?」
「ただの言い伝えで、生き返らせる能力が巨大樹にあるとは思えません。たしかに、巨大樹が落とした葉から回復系の薬を調合できるのですが、さすがに生き返らせる薬までは作れないのではないでしょうか。あなたが猛毒でやられた時の毒消し草の調合の中にも、巨大樹の葉が含まれていたのですよ」
リリスは、やっぱりそうか・・・と思った。ピーターを生き返らせるなんてことは、出来ない。そう思っても、ポルの言葉に反応してしまったのだ。もし、そんなことが実際にあるのなら、リタが話していたはずだとも思った―――
―――二日かけてリトシスで飛んできたが、前方方向に、人工物らしき街がみえてきた。たぶん、あれがペルマゼ獣王国だろう。
源は、みんなに聞く。
「少しだけ、ペルマゼ獣王国を見学しないか?」
ロックも、リリスも、そうしたいと賛成した。
源は、ボルフ王国には数回、行ったことがあるが、大きな国の首都の見学は、これがはじめてになる。
ボルフ王国では、ゆっくりと見学したことがなく、貧民地とレジェンドを数回往復したようなものだった。そして、モンスターが治める国とはどんな国なのかという疑問もあった。
森の上空を飛びながら、ペルマゼ獣王国にあと少しというところで、みんなを降ろした。
この集団で、空から飛んでいけば、注目の的になってしまうからだ。
動物たちに乗って、そこからは向かうことにした。
ロックと源は、ビックボアに乗っているかのようで、リトシスで少し浮かせて飛んで、移動を続ける。さすがのビックボアもロックまでは乗せて走ることなど出来ないからだ。
ペルマゼ獣王国は、大森林の中に、そびえ立つ王国だった。さらに西に1500kmも行けば、シャウア森林にたどり着く。ペルマゼ獣王国には、人もいたが、多くは、モンスターたちが行きかうような街並みだった。
なので、ロックが歩いても、とくに驚かれることはなかった。
ロックは、それが嬉しかったのか、少し感動していた様子だった。むしろ、源やリリス、ポルなどのほうが、ペルマゼ獣王国では、ういている存在になる。
話している言葉は、源たちと同じ日本語だ。沢山の動物たちだが、お店などにいるのは、二足歩行のモンスターなどが若干多いように思える。この世界は、言葉は1つだけなので、何語とかではなく、言葉は言葉だ。
英語なども使っているが、英語は古代語となってしまっていて、学者でもない限り、その意味まで分かって使っているわけではなかった。
四足歩行であっても、日本語で話しているモンスターもみかけた。
面白いのは、建物だった。四角い合理的な建物ではなく、どことなく動物の顔のような建物の概観で、とてもカラフルに富んでいた。とても騒がしいというか、自由というか、がさつというか、自由気ままな獣人たちが街を形成しているようにみえた。
武器屋などにも寄ってみたが、人間の武器と変わらないものもあったが、動物系モンスター専用の武具が多かった。兜に、一本の長い針のようなとんがりが付いていたり、牛のような角が付いていたりする。鎧は、針のように突起だらけになっているものもあった。動物の入れ歯のような鉄の牙まで売っていた。
街の外には、畑などがあったが、それを耕しているのは、モンスターで、身体能力を発揮して、レジェンドの農業のやり方よりも、力強いものだと思わされた。
街中でも、鎧の装備をしているモンスターが多かった。司祭様が言っていたように、戦うことを誇りとしている国なのだということだ。
顔は、鹿のようだが、肌が、爬虫類のようになっているモンスターが、源に声をかけてきた。
「なーあんちゃん。あんたたちの鎧って何の鎧なんだ?そんな鎧みたことないぞ」
「これは鋼の鎧だよ。帝国のあるお店で安く譲ってもらったんだ」
と、適当に誤魔化した。帝国といっておけば珍しい鎧も納得できるだろう。
「なんだ、安物なのかい?」
「俺からしたら、高いけどな」
「人間は、そういう鎧を着ないと、俺たちモンスターとは戦えないしな」
と、源の背中をドンと叩いてきた。
陽気というか、馴れ馴れしいというか、モンスターの国とは、こういうものなのかと思わされた。
源は、司祭様から聞いた情報を思い出して、そのモンスターに聞いてみた。
「今の獣王は、ゼブル・パテ・アガ様なのか?」
モンスターは首を振った。
「いや、先週ゼブル・パテ・アガ様は、戦死された。跡継ぎは、まだ育っていないから、マゼラン・パテ・アガ様が、また獣王として、復帰されたんだ」
「戦死ってどこと戦ったんだ?」
「何でも、アンデッド系の集団1000体とペルマゼ獣王国が衝突したんだが、ゼブル・パテ・アガ様に集中攻撃を行ってきたことで、深手を負わせられたということだ。戦いは、ペルマゼ獣王国の勝利だったが、ゼブル・パテ・アガ様は、その傷のために亡くなられた」
アンデッド系のモンスターもいるのだと源は思った。
「どうして、アンデッドが、攻めてきたんだ?」
「おいおい。アンデッド系は、生命力が強いモンスターや動物を狙ってくるからに決まっているだろ。あいつらは、食べ物も関係ないからな。ただ生きているものを殺そうと狙ってくるんだ。裏には、ハデスも関わっているという噂もあるけどな」
たぶん、アンデッド系は、ペルマゼ獣王国の天敵なのだろうと思った。この世界でのハデスとは何なのか分からなかったが、その名を分かりやすく日本人に説明すると聖書では、ハデスは、地獄という意味だ。他の宗教では、死の神の名前だ。アンデッド系を操って攻撃してきたかもしれないという噂なのだろうと思った。あまりトンチンカンな質問をすると怪しまれると思ってそれ以上の質問はやめた。
シンダラード森林も色々あったが、ここでも、獣王が死んでしまうという大きな出来事が起こっていたんだと思い知らされた。
他のモンスターも、リリスなどに話かけてきていた。
「なーあんたのその鎧、珍しい模様しているな。それ売ってくれないか?」
リリスは冷たく睨みながら答える。
「モンスターの方たちが、わたしが着るような小さな鎧をほしがるとは思えないけど、それでもほしいの?」と聞く。
「確かにそうだな。装備できなきゃ。意味ないからな」と言いながら、モンスターは去って行った。
さすがリリス。モンスターのあしらい方が上手いと思った。
すると、騒めいていた街の通りが、徐々に静まり返り始めた。何だろうと思い、周りを見渡すと、道の先から大きくて豪華な馬車のような乗り物が、大勢の人の中を移動して、モンスターたちは、次々と道を開け始めた。
その馬車を運んでいるのは、10人ほどの半身裸の人間と5匹ほどのモンスターで、その者たちを馬車の上から、まるで馬にムチを打つように、叩いているモンスターがいた。
奴隷の人間やモンスターなのかもしれないと源は思った。
道が、開いていくので、源たちも、横にそれて、道を開けた。
人間車の後ろに乗っていたのは、白い毛の二足歩行のまるで貴族のような恰好をした。雌の獣人だった。顔はシャムネコのような顔をしていた。細い体のように思えるが、品を醸しだしながら、その道を堂々と進んでいく。
モンスターたちのコソコソ話す言葉からすると、どうやら王様の側室のようだ。
どれだけの側室をペルマゼ獣王国の獣王が囲っているいるのかは分からないが、すべての側室にも、あのような対応をしているのなら、大変なことだろうと思えた。
人間車を引く人間たちは、何なのか知りたかったが、あまりペルマゼ獣王国のモンスターたちに怪しまれると思ってやめた。何か問題を起こしてレジェンドに危機を招きたくもない。
獣王の側室らしいモンスターが、左手をあげて、首を振って指図すると、首輪をつけられた人間が近づき、側室の脇の下あたりの体の部分を舌で舐め始めた。その顔はひきつった笑顔で媚びている。あの側室への服従は徹底されていると思わされた。あんな毛むくじゃらな体を舌で舐めさせられるなんて本当に嫌だろう。
この街にも人間が普通に暮らしているところをみると、人間差別というわけではないのだろうと思うが、体は天使だが、心は人間の源からすると、何だかやりきれない気分にさせられた。
側室の行列が通りすぎると、また街は賑やかになりはじめる。
源たちは、ペルマゼ獣王国の街中を見学していると、とても可愛らしいうさぎのような雌のモンスターが、笑顔でお店から声をかけてきた。
「そこのあなた、おいしいお肉はいかがですか?」
そう言われて、どんな肉があるのだろうと思うと、源は絶句した。
色々な肉に並んでいる中に、人間の頭がそのまま売られていたからだ。口をあけたその頭は生々すぎる。
モンスターからすれば、人間も食べることができる生き物として、当たり前のように売られているのだと思った。うさぎモンスターの女の子は、とても爽やかな笑顔で、おいしい肉を紹介しようとしている。彼女からすれば、それが日常的なのだろうと思うが、源からすれば、気分が悪い。
あの奴隷のような人間たちも、食べられることを恐れて従っていたのかもしれないと思わされた。
現世でも、200年も前になれば、こういう価値観が世界中に広がっていた。中国でも人肉が露店で売り買いされ、聖書を知らない国は、人を食べていたが、ここにもそれが存在しているというわけだ。モンスターという存在がいるだけに、さらに普通のことなのだろうと思った。
源は、改めて、レジェンドで行われている教会制度は、正しい判断だったと認識できた。
見た目からすると、ここの街の人は、モンスターだが、現世では、自分と同じ脳と脊髄だけにされた人間だ。機械が作ったプログラムという可能性もあるが、多くは人間だ。人間であろうとこのようなことを平気でやりはじめるのだから、人間は本当に恐ろしい生き物だと思わされる。
このペルマゼ獣王国も帝国領土内の国で、帝国に加盟している国のひとつなのだから、多神教の恐ろしさを、まざまざと見せつけられた。
話せば解かるというレベルではもはやない。
アブラハムは、妻のサラを自分の妹だと偽って、エジプトやカナンの地に出向いたが、根本的に善悪が崩壊した社会で「まとも」というものは通用しない。
目には目を歯には歯をを実行しなければいけない時代、それがアブラハムの時代だった。それはイエスキリストが十字架刑で死なれるまで、続いてきた歴史なのだ。
*以前、リタは、噂だけしか情報がないセルフィを信用しないで、ボルフ王国を容認するような発言をしたのもこの現実を知っていたからだった。ボルフ王国は、農民を人とは思っていなかったが、それでも、国を運営する上で最低限の基準が存在していた国だったからだ。そして、セルフィの教会計画を絶賛したのもこの理由だった。セルフィは信じなくても、正しい基準を設けることの重要性をリタは理解したからだった。
源は、みんなに、ペルマゼ獣王国を出て、ユダ村に向かおうと指示を出した。ロックはもとより、リリスがどこまで世界のことを理解しているのか分からなかったからだ。
キリスト教が行った魔女狩りや先住民への対応を批判する人はいるが、そんな甘い話ではないのだ。人が人を食べる正義が広がっている時代に、奴隷として生かしておいたのは、優しさとしか言えない。オウム真理教は、サリンを撒いたが、そのオウム信者が隣に引っ越してきて、怖がらないでいられるのかという話だ。人を食べていたものたちをすぐに信用できるとするほうが問題だ。
源たちの目的は、ユダ村の龍王の意思を確認することで、ペルマゼ獣王国にあったわけではないので、ここで問題を起こす必要性はまったくない。少しみたら、早く出て、ユダ村にいくべきだと源は判断した。
ロックは、モンスターたちが集まりながら、楽しそうにコミュニティを形成していたことをとても、喜んでいた。ロックは、見ていなかったと思って源は、ほっとした。リリスも特に変わった様子は無かった。すでに理解しているのか、それとも見ていなかっただけなのか、源には分からなかった。
このペルマゼ獣王国から南東400km地点が、ユダ村付近になり、赤い色の山の頂上が約束の場所になる。
ポル・パラインたちとは、ここで別れることになった。ポルたちは、リリスに自分たちの道具が一式入ったバックを渡して、故郷へと帰って行った。源からすると、ポル・パラインたちは、謎の存在なので、ユダ村の場所を教える危険は冒せないからだ。ただ、リリスを救ってくれたことには、本当に感謝して、お礼を言って別れた。