70章 はじめの提案
リリスは、レジェンドの村に来てから驚かされ続けている。自分が来た時のレジェンドの広さの5倍は、広い土地が、ほとんど日にちもかかっていないのに、広がっていったからだ。巨大な壁さえも、さらに増え、黒花と呼ばれる壁は2重になっている。
そして、農民兵の1000人の家族、総勢3000人以上が、このレジェンドに引っ越してくるというのだから、また驚く。150人の男性が働いて毎日のように、新しい家が、次々と建っていく。しかも、その家の出来は、ボルフ王国の時の農民の家と比べると、格段に素晴らしい家ばかりだった。似たような家だったが、ボロボロだった農民の家と考えれば、素晴らしい家だ。
リリスも驚いていたが、もともと知識があるリタは、猶更驚いていた。妖精族でもあって色々な知識を持っているリタさえも驚かすレジェンドの行動は、リリスには想像もできない出来事に思えた。
農民兵が、無事に生き残り、その家族も安全なレジェンドに移り住めるようになることは、リリスは、とても良い事だと思った。
ただ、リタは、ボルフ王国に近いうちに戻ると言った。リリスは、それに納得できなくて、理由を聞いた。
「どうしてよ?レジェンドで暮らしていけばいいじゃない」
「わたしもリリと同じように、ここで住めれば、とても有意義で素晴らしい日々を送れると思うわ。でも、わたしは、ケイトの意思を受け継いでいかなければいけない身なのよ。そのケイトの意思が、宿るのは、ボルフ王国の土地なの。あなたには、強制はしないわ。でも、わたしは、ボルフ王国を導いていつかは、大共和ケーシスを復古させなければいけないのよ」
「どうしても、戻るの?」
「そうね」
そこに、ロー地区の人がひとりやってきた。
「リタさんと、リリスさんですね。セルフィ様が、ふたりにお話があるということなので、ロー地区の中央のロックハウスといわれる四角い岩の家まで来てもらえませんか?」
「分かりました。すぐに向かいます」
リタとリリスは、源の家という中央の岩の建物に足を運んだ。セルフィがひとりで家で待っていた。
「わざわざ来てもらいありがとうございます」
リタは、答える。
「いえ。かまいません」
「話というのは、パーム家は、レジェンドに住んでもらえるのかを聞きたくて、お呼びしました」
「さっきもそのことでリリスと話をしていました。わたしは、近々ボルフ王国の自分のお店に戻ろうと思っています。ですが、娘には、娘の意思を尊重して、どちらで暮らすのかを自分で決めてもらおうと思っています」
「そうですか・・・リタさんは、お戻りになるのですね。残念です。リリスは、今後、どっちで生活したいと思ってるのかな」
リリスは考えた。ボルフ王国に戻っても、希望を見出せるとは思えなかった。でも、自分は自分の仕事、冒険者という仕事もある。そして、お母さんもボルフ王国に戻ると言っている。わたしも妖精族でピューマ・モーゼスの名を受け継いでいるのだから、戻らなければいけないと頭では分かっていた。
それに一番は、ピーターを殺した5人組を見つけ出したいということだ。ボルフ王国で冒険者を続けていれば、見つけることができるかもしれないと思っていた。冒険者仲間のエリーゼ・プルとバーボン・パスタポもリリスも、それを手伝ってくれるだろう。
でも、心では、ピーターとともに戦った農民兵のみなさんと一緒に新しい生活をはじめたいという気持ちがあった。ピーターの家族もレジェンドに住むとも言っている・・・・どちらを選ぶのが正しいのか分からなかった。
「わたしは、正直・・・とても悩んでいます・・・レジェンドにも住みたいですけど、お母さんがボルフ王国に戻るのなら、わたしも戻らなければいけないとも思いますし・・・」
源は、笑顔で、リタとリリスに提案してきた。
「じゃーこういうのは、どうでしょう
レジェンドからは、パーム家に、家を提供します。パーム家は、レジェンドにも家があり、そして、ボルフ王国にも家があって、両方使えてしまうという提案です
このレジェンドにもリタ商店を作ってしまいましょう。もちろん、ボルフ王国には、そのことはわざわざ言いませんけどね」
リリスは、その提案に驚いた。
「レジェンドにも住んでいいのですか!?」
源は、次は真面目に話をする。
「レジェンドとしては、才能あるリリスと、商店までされて、知識のあるリタさんとは、交流していきたいと思っています。リタ商店が、2つあって、2つの場所を行き来してくれるのなら、貿易の幅も広がるというものです
そのための投資ということで、提供したいのですが、パーム家にとってはご迷惑になったら、申訳がないので、確認を取ろうと思っていたんです
正直、造られたばかりのレジェンドでどれだけ収益があがるのかは、分かりません
しかし、家や場所は無料でレジェンドから提供させてもらいますので、プラスにはなっても、マイナスにはならないとは思います」
リタは、答えた。
「わたしとしても、レジェンドとは関わっていきたいと願っていました
ボルフ王国にも目をつけられましたし、何かあれば、レジェンドに逃げてこられるという選択枠も用意できることはとても助かることです。ですから、その提案に甘えさせてもらってもいいでしょうか?」
源は、笑顔で、答えた。
「是非、甘えてください
そして、わたしたちレジェンドにも、家がある場所だと思ってくだされば嬉しいです」
リリスはとても喜んだ。2つの場所を利用できるのなら、冒険者をやめる必要もないし、レジェンドとも関わりが持てる。
「じゃーわたしは、いつでも、レジェンドの家にも、ボルフ王国の家にも、住んで暮らしてもいいんですね?」
源は、笑顔で頷く。
「そうしてね。リリス。でも、お二人には、お願いがいくつかあるのですが、いいでしょうか」
リタは、言った。
「セルフィ様のお願い事なら、わたしたちが出来ることは、やらせてもらいます」
「ありがとうございます。1つは、わたしは、ボルフ王国と鉄の武具についての貿易をはじめようと思っているのですが、何しろボルフ王国との関りは、みなさんだけですから、是非、リタ商店で、わたしの鎧を売っていただけないでしょうか。売れた商品の値段の4割をパーム家の利益にしてほしいのです」
リタは、驚いた。ボルフ王国がほしがっているほどの鎧を売るということは、もの凄く利益になるので、その利益を割いてまで、自分に提案するものだろうかとさえ思えた。
リリスもつい声をあげた。
「すごい・・・」
リタは、聞いた。
「セルフィ様は、ボルフ王国との貿易が行えるのですから、個人でお店を持つことも可能なはずです。わざわざ4割もの利益をわたしに譲る必要性があるのでしょうか?」
源は答えた。
「正直いって、わたしは、ボルフ王国に武具を流したくないのです
ですが、ボルフ王国との協定の中に、その約束があり、それを守らなければいけないので、しょうがなくやるだけなのです
本当は、レジェンドだけに力を割いていたいということが、本音なのです
利益など関係なく、やりたくはないのですよ」
「そういうことですか。ですが、4割も本当によろしいのでしょうか?」
「それも本音で言えば、10割あげますと言って、リタさんに丸投げしたいほどなのですが、そうすると、リタさんは、断られるでしょ?」
リタは笑っていった。
「そうですね。甘すぎる話には、裏があると思って断らせてもらいます。4割でも考えましたわ」
「でしょ。なので、少な目の4割と言ったのです
あと、バルト・ピレリリさんから聞いたのですが、パーム家は昔から商店の利益をほとんど農民に分け与えていると聞きました
そういう人たちにも利益を流してくれるのは、リタさん以外に、他にはいないのではないでしょうか」
「みな生きることに必死ですから、いないでしょうね・・・」
「ですから、リタ商店におまかせしたいのです
私利私欲ではなく、一番お金を有効活用してもらえそうな人とパートナーシップを組みたいのです
良い様に言っていますが、下心としては、レジェンドにリタ商店という商売のスキルがしっかりしているその情報を呼び込みたいのです
そっちのほうが、ボルフ王国との貿易よりも、よほどわたしには重要ですね」
リタは言った。
「その件は、心から受け入れさせてもらいます。セルフィ様。よろしくお願いします」
源は少しほっとした笑顔で応える。
「はい。お願いします。ですが、利益が出るところには、犯罪もつきものですから、バルト・ピレリリさんなどを雇って、警備などをしてもらうなどもその利益から考えてください
娘さんのリリスさんもいるとは思いますが、いないという想定をしながら、安全を確保できるようにしてください」
「そこまで考えてくださるのですね。ありがとうございます。警備の点は、バルト・ピレリリや冒険者などを雇ってやってみようと思います
他に何か問題が起これば、オーナーのセルフィ様には、きちんとご報告をいたします
あと、他に願いは何でしょうか?」
「もう1つの願いは、リリスにです」
リリスは、自分に指をさして、丸い目をした。
「わたしですか!?」
「うん。リリスは、動物を操るらしいですね」
「あ。わたしには、敬語じゃなくてもいいですよ。リリスと呼んでください」
「ありがとう。話の流れからついつい・・・。じゃー俺のこともセルフィって呼び捨てで呼んでくれるかな」
少し困った顔でリリスが言う。
「わたしは敬語じゃないとまずいのではないでしょうか?」
「最近、みんな俺のことを特別視して対応するんだよね・・・仲間のロックさえも、『セルフィ様』と言ってきた時には、さすがに蹴飛ばしたんだけど、対等に話してくれる人がいてほしいんだよ。出来ればリタさんもお願いします」
リタは言った。
「そうね。そういう気持ちは分からなくはないわ。リリ。あなたもセルフィさんに仲良く接してあげて」
リリスは、頷いた。リリスとしても、妖精族のポル・パラインやライム・パラインから敬語を使われると違和感を感じるから、セルフィの気持ちが少しわかった。
「わかったわ。セルフィ。これからは友達として、よろしくね」
リリスらしい態度で、右手を差し出してきた。
「うん。よろしく。リリス」
ふたりは、握手をした。
「それでお願い事というのは、提案みたいなものなんだけど、リリスは、動物を操るんだよね?」
「うん。わたしは、冒険者という仕事をしているんだけど、その中でも、ビーストトレーナーという称号を持って働いてるの」
「そうなんだ。それで、レジェンドでも、その能力を発揮してもらう時もあると思うんだ」
「レジェンドでも働けばそうなるでしょうね」
「なら、君の大切な動物たちのために、新しいレジェンド特性の鎧と武器を提供したいんだけど、いいかな?」
「武具を?」
「うん。そうなんだ」
「でも・・・」とリリスは躊躇った。
「何か問題でもあるの?」
「わたしも、動物たちに、武具を付けようと思ったことがあるの。でも、動物たちは、重い装備とかをつけると、スピードがおちてしまったり、嫌がったりしてしまうのよ」
「そうか。なら猶更試してほしいんだ」
「どういうこと?」
「このことは、絶対にボルフ王国や他の人には内緒にしてほしいことなんだけど、今回レジェンドで、新しい新素材が発見されたんだ」
「新しい新素材?」
「そう。それが、鉄の8分の1の軽さで、鉄の20倍の強度がある素材なんだ」
「鉄の8分の1で・・・20倍の強度!?なにそれ!」
リリス同様、リタも驚いていた。
「ボルフ王国には、ただの鉄の装備しか与えないけれど、本当はレジェンドでは、その鉄よりも数段レベルの上の素材を利用してるんだ
そして、今回は、さらに改良した素材になったから、リリスの動物たちにも試してほしいんだ」
「本当にいいの?」
「うん。以前、ウオウルフは、4000匹と装備なしで戦った時、かなりの犠牲者が出たんだ
でも、装備を整えて戦った時は、一匹の被害も出さずに、3000匹のコボルトを倒すことができた
それほど、装備によって強さが変わるんだよ
もちろん、リリスが、レジェンドにも住んでくれるというのなら無料で提供させてもらうよ」
リタは言った。
「さすがに無料で提供してもらうのは・・・・わたしがいくらか出させてもらいたいわ」
源は言った。
「これからは、リタさんも、リリスもレジェンドの村人なんだから、遠慮はいらないんだよ。ふたりが無事に役目を果たしてくれることが大切なんだ」
それを聞いて、リタとリリスは、お礼を言った。