7章 仮想空間
源は、気を付けて、ゆっくりと立ち上がってみた。立ち上がって、両手を上にあげても、手が届く範囲に、岩などは見当たらない。この洞窟は、縦に長いようだ。
「ロック。君は、上に手を伸ばせば、上の岩に触れられるのかい?」
「嫌、ここの空間は、上に広がってるようで、俺にも触ることができないな」
源は、立って手をあげたまま、何度かジャンプをしてみたが、やはり手に当たるものはない。
「頭に当たる心配はなさそうだ」
「そうだな」
「まずは、小さな穴から流れ込んでくる空気の流れを追うように、岩を砕いていこう。上に弊害がないのなら、作業も進みやすいだろう」
「分かった。でも、俺は岩なんだ。岩と岩をぶつければ、どちらも傷ついていくから、自分の手では、掘り進むことはできないからな」
「確かにね。自分の身をどこまで犠牲にできるかは、ロック。君が自分で決めればいいさ。俺だって、自分の手を岩にぶつけて作業なんてできないからね」
そういって、源は、岩に自分の手を軽くぶつけた。すると、ガコッ!というすごい音がした。
「源?何したんだ?」
「嫌、自分の手で、ロックみたいに、岩に軽く叩いただけなんだけど・・・」
壁を触って確かめると、ヒビが少し入ったようだった
「さっきから何だ・・・軽石が多いのか・・・」
「軽石?」
「最初に、ロックが渡してくれた軽石だよ」
「源に渡したのは、軽石じゃないぞ。普通の重い石だ」
「そうなのか?」
「そうだぞ」
源は、もう一度、次はさっきよりも、強めに、岩に拳をぶつけてみた。
源の拳は、「バゴォ」という大きな音とともに、岩に手首が隠れるほどにめり込んだ。
「なんなんだ。この力は・・・岩に手がめり込んだぞ・・・」
「本当か」
ロックは、手を伸ばして、それを確認する
「数日前から非常識なことばかり起きて、頭が混乱するよ」と源は、言った。
「俺もだ」
俺は一体どうなってしまってるんだ・・・ロックが言うには、これは軽石じゃないという、岩の大きな男が砕けない岩に不自然に手首の辺りまで岩に手がめり込むなんて、常識では考えられない・・・いや・・・今は外に出ることだ!拉致されてるんだ。正常じゃないのは当たりまえだ。気持ちを切り替えて、ロックに希望を与える言葉を選んで源は口にする。
「でも、もし、岩がこんなに簡単に砕けるのなら、外に出ることも不可能じゃないかもしれない」
「その通りだよ。源」
源は、手をズコっと抜くと、その直線になる位置に、また拳を先ほどの強さで、殴りつけた。すると、また、手首ほど、めり込んだ。
「いける・・・いけるぞ」
2つの穴をあけたのは、2m以上はあるような一枚岩だった。続けて直線状にさらに2つ穴をあけると、自然とヒビがはいり、一枚岩は、半分に割れたようだった。次に、横に、十字架のように、穴をあけて、最後に中心にさらに強い一撃を加えると、一枚岩は、ガコガコと崩れていった。
その要領で、次々と大きな岩を壊しては、進んで行くと、大きな空間に突き当たった。
「空間があるぞ」
「本当か?」
源は、その空間に入り込んで、手を広げて、周囲に何があるのか、確かめようとする。ここも光がないので、どのような空間なのかは、まったく分からないが、触った様子だと、レンガが積み重なったようなヨーロッパの城のような作りだと言うことが分かった。
「たぶん、人工物の建物だ」
「何!」
ロックも、その穴から出ようとするが、ロックのほうが源よりも体が大きいようで、通り抜けることが出来なかった。
「待ってくれ。俺を置いていかないでくれ!俺も助けてくれ!頼む!」
ロックは置いていかれると思ったのか、混乱したような声をあげる。
「落ち着けロック!分かったから、まず、落ち着け。置いていくわけないだろ」
ロックは、その声を聞いて、深呼吸を深くして、やっと黙った。
「後ろに下がって離れてろ」
源にいわれるまま、一旦後ろに下がってロックは、離れた。
次は、上から下に力を伝えるように、本気で壁を殴ると、一気に、穴がが広がった。
反対側も、同じように、力強く殴りつけ、広げた。次は、ロックの体でも、出てくることが出来た。
「おおぉお。源・・・ありがとう。本当にありがとう」
「待てよ。ロック。まだ、200mの洞穴から脱出はしていないんだ。外に出てから感謝してくれ」
「200m?」
「あー嫌、それぐらい深い場所かもしれないということだ」
「そうだな。外に出てからだな。でも、あそこに何年もいたことを考えると本当に嬉しかったんだ」
おれからすれば、数時間だったが、ロックからすれば、かなりの時間だったんだ。本当に大変だっただろう。でも、油断をすると、どうなるのか分からない。ここからが本番ということもありえる。
二人は、暗闇の通路のような道を歩き始めた。源が空気の流れを感じる方向に進んで行くことに決めた。
何かいる!
ズズッという擦れるような音が何かが動いたことを予感させた。
手をロックの体に押し当てて、その歩みを止めた。
人のすり足か?それとも何か生き物の動きなのか・・・暗くて確かめようがない。今はひとりじゃない。ロックもいる。声を出して確かめることにした。
「誰かいるのか?」
返事はないが、何かが動いていることは分かった。
「生き物じゃないな」
「そうなのか?」
「規則正しく何かが動いている音だ。機械か何かだ。でも、気を付けろ。手でも挟まれることもあるかもしれない」
「なら、俺が確かめてやろう」とロックが、少しずつ前に行き、音に近づいていく。
「本当に気を付けろよ」
「ああ」
ロックは、太い石の手で、少しずつ手を伸ばしていくと、動いているものを触った。
「ドアか?」
それを聞くと、源も近づいていき、手探りで、ドアだというものを触った。確かに分厚い板状の石のドアのような壁のようなものが、右に動いては、左に動き、行ったり来たりしているようだった。
『源。いいですか?』
『なんだ?ミニ。』
『源は、最初の地点から動いているような言動を繰り返しています』
『動いているからね』
『いえ、源。あなたは動いてはいません』
『どういうこと?』
『源は最初の地点からまったく動いてはいないのです。同じ場所にいた数時間は、それを確認できませんでしたが、歩いて移動しているような言動を源がしているので、認識の相違があるようです』
『それよりも、ミニ』
『はい』
『認識の相違、違和感からの発言ということか?』
『違和感。不一致。非論理的。非合理性です』
知識量が制限されていた時のミニは、正しさを把握していなかった。基準というものが存在していないようなもので、比べようがなかったはずだが、ネットで世界とつながることで、世界中のスーパーコンピューターと同等の計算力を持ち、あらゆる情報を獲たことにもなる。
今はどこまで自己形成したのかは分からない。まさか、ミニのほうから不合理、違和感を言ってくるほどの成長したとは・・・。どれほどの時間が経過しているんだ。
『ミニ。世界とつながってから何年経つ?』
『42年4カ月と11日です』
『本当に42年も経っているというのか?』
『はい。それは間違いありません。うるう秒の時差も調節して、時間確認の精度はあげられています』
『42年だと・・・』
「源。中に入るのか?」
源は、眉間に手をやって、落ち着こうとするが、時間が42年も過ぎているかもしれない可能性に不安を止めることができない。ロックの声に返答する余力がない。
「少し、休憩してもいいか?すまない。考えて、整理したいことがあるんだ」
「ああ。そうだな。数時間ずっと動きっぱなしだからな。少し休憩しよう」
源は、壁にもたれるように、座って冷静に考えることにした。
愛に連絡が取れないとミニが言っていたが、42年も経っているのなら、当然そうなるだろう・・・。俺を拉致したあの男の言葉を思い出す。
「ただ、生きているだけなんて、面白くないだろ」といって、俺の指を切っていった。
大切な体を壊されていく絶望感を味あわせようとしたのだろう。だが、次は、時間さえもあいつらが、取っていき、俺のつながりを遮断したとしたら、俺の生きる意味は・・・。体を壊されるのもショックだったが、時間を本当に奪われたとしたら、これもまたショックだ。
源は、左手で、切られた指を触った。指があるってどういうことなんだ・・・。あいつらが、わざわざ治したとでもいうのか。念入りに調べるが、手術の跡のようなものも、触った感じではないようだ。
目覚めてから、おかしなことばかりだ。岩の男ロックがいたり、岩を砕ける力をなぜか俺が持っていたり、おかしなことだらけで、指があることにも、今気づいた始末だ。
だが、こんな暗闇の中では、長くは生きてはいけない。考えている余裕もないかもしれない。まずは、外に出るための最善策を考えることに集中することだ。
『ミニ。君はどこまで自己形成を発展させた?』
『それをすべて言語で説明しようとすると、何年もかかってしまいますが、よろしいでしょうか』
『フッ』何年もって・・・。源は笑ってしまった。少し自暴自棄な気分になっているのだろう。
『聴覚、触覚、味覚などの感覚さえも、手に入れたのか?』
『プログラムは、形成させましたが、外部接続するための手足、体を形成する許可をもらっていませんでしたから、それらは、使えません』
『使えなくても、ありとあらゆるプログラムの構築がされているわけだな』
『はい。その通りです。源』
『仮想空間を作り出すことは可能か?』
『あらゆるオンライン世界のデーターも私の中には、存在しているので、作り出すことは可能です』
『じゃー。俺が、外部接続として、ミニのプログラムに接続し、俺の触ったものの位置関係をバーチャルな世界で俺に見せることは可能か?』
『源を外部接続、周辺機器として捉えて、認識することは、可能です』
『凄いな。よく成長したな。ミニ』
『ありがとうございます』
『それで、認識したものを今までの情報の壁などで、大雑把に設置していく仮想空間を作り出して、おれの目にも見えるようにするのは、可能か?』
『源。どこか壁を触っていただけますか?』
源は、もたれ座っていた後ろの壁を左手の平で、ベタっと触った。すると、ミニが、触っていた背中の部分と手のひらの部分のリアルな壁の形状を作り出し、触っていない場所は、平均的な岩の壁のデザインが、ドアぐらいの大きさで、表された。さらに、まだ、触っていない場所の壁は、直線状に、片側だけ、永遠に長く続くような透明の壁のように、映像化してくれた。もちろん、床もだ。
そして、さらに、ここまで壁伝いに触って来た情報を重ねて、線のようなリアルな部分も表示された。
『いいぞ。思った以上に、解かりやすい。この透明な部分は、ミニが手の平や背中の面積からどの方向に壁が広がっているのかを予想した。模擬的な壁ということだな』
『はい。その通りです。触っていくにつれて、詳しい情報が入り次第、映像として、残していくことが可能です。それ以前の情報も再現できます。源』
『触った手と背中の場所の壁だけ、やたらとリアルなのは、人間の感触をプログラミングとして、かなりの精度で一致させている証拠だ』
立ち上がって、逆側の壁に、体を「大」の字にして、ベタっと触った。
すると、人型のリアルな壁と、ドアほどの壁、そして、それに繋がっていく予想された透明の壁が永遠と2列並んで、床も形成されていった。
『ありがとう。ミニ』
『源の励ましになれたのなら、幸いです』
『はは。励ましと幸いって・・・ミニ。お前相当すごいAIに成長しているな・・・』
「源。もういいのか?」立ち上がっただろう源が、何か行動的になったのを感じたのか、ロックが声をかけてきた。
「ああ。少し考えて、思考を集中させたら、目が少しだけ、みえるようになったよ」
「この暗闇で、見えるのか?」
「ああ。少しだけな。正確にじゃない。大雑把な目安にしかならないから、まだ、壁をはって移動することしかできないけどな」
「まったく見えないよりは良いだろ」
「そうだな。やることは見えてきた。まずは、目の前の問題、外に出るということに専念して、先に進もう」
何がどうなっているのか、いまだに解らないが、まったく道具がないというわけではない。あいつらも、俺の脳の中のマインドチップにはさすがに気付かなかったから、ミニという道具を奪うことは出来なかったんだ。