66章 後悔
リリスのことに詳しい農民兵バルト・ピレリリにリリスのことを源は聞いた。
コボルトとの戦いで、生き残った農民兵の中に、リリス・パームのフィアンセがいたらしいが、そのフィアンセも闇討ちで殺され、リリス本人も死ぬ寸前まで追い込まれ、その時に負った怪我が顔の傷だと話を聞いて、源は、愕然とした。
そして、リリスの育ての親であるリタという名の叔母さんは、自分を犠牲にして、ボルフ王国にわざと捕まったということだ。ボルフ王国が雇った者たちを倒し続けたリリスも捕まえられず、農民兵も逃がしてしまえば、ボルフ王国が、農民兵の家族に何をするのか分からないということで、自分を身代わりにしたのだ。
農民兵に金貨を一枚渡し、ボルフ王国第三王子サムジに許可を取っただけで、それで解決したと思い込んだ俺のせいだ・・・。あのサムジは、俺たちに危害を咥えなければ、俺たちが納得すると考えただけで、自分たちの農民は、邪魔なら捨てるという軽薄な価値観なのだ。あの時も農民兵をわざと殺そうとしていたのだから、気づこうと思えば、気づけたかもしれない・・・
―――次の日、リリスは、目を覚ました。
バルトが、同じ部屋の椅子で疲れたように近くで寝ていたのをリリスは、起こして、聞いた。
「ここは?」
「ここは、セルフィ様の村。レジェンドだよ」
「レジェンド・・・生き残ったのは、何人だったの?」
「85人だ。87人が昨夜、ここに連れてきてもらったが、残念ながら二人は、助からなかった」
「そう・・・190人のうち、85人しか生還できなかったのね・・・ごめんなさい」
リリスが謝ったので、バルトは、強く反論した。
「違うぞ。リリス。85人も助かったんだ。お前があれだけ努力したから助かった。お前がいなければ、ひとりもここには来ることはできなかったはずだ」
「イールは?イールは、無事なの?」
「イールは、俺たちを守って・・・」
リリスは、イールを想って、涙した。
「イールと俺は、リリスにボルフ王国で助けられた。本当は、あそこで死ぬはずだった。それが、ここまで生き残れて、リリスを守れたんだ。恩返しができた。あいつは幸せだったと思う」
リリスは、ピーターに守られ、今度は、イールに守られたと思った。大切な人たちが、自分を守って亡くなるのは、とても苦しい。でも、リタ叔母さんが、今も危険なのを思うと悲しんでるだけではいられない。
リリスは、ベッドから起き上がろうとした。
「おい。昨日の今日だ。まだ起きるな」
「そうも言ってられないわ。わたしは、リタ叔母さんを助けにいかないといけないの」
「君は昨日、猛毒で死にかけていた。今の状態じゃー無理だろ。リリス」とバルトが止めようとするが、それでもリリスは、起き上がろうとする。
部屋の扉をノックする音がした。
バルトが、ドアを開けると見知らぬ男性3人が、入って来てひとりがバルトに声をかける。
「バルトさん。少し、リリスと話がしたいので、席をはずしてもらえますか?」
バルトは、リリスを救った男だと思って、頷いて、部屋から出て行った。
「あなたたちは、一体誰?」
三人は、床に膝をついて、小さくお辞儀をして、顔を伏せたまま挨拶をはじめる。
「リリス・ピューマ・モーゼス様」
リリスは、三人の行動とピューマ・モーゼスという名前を聞いて驚いた。
「僕は、あなたと同じ妖精族のポル・パラインという者です。そして、隣が、ライム・パライン妖精族のわたしの弟です。そして、最後に、ジョゼフ・プリューレといいます。リタ・ピューマ・モーゼス様から依頼されて、妖精の里からあなたを守りにきました。妖精の里からわたしを含めてこの3人が、あなたの警護をいたします」
「あなたも、妖精族なの?」
「はい。そうです。あなたは、昨日、毒矢を受けて死にかけていました。ですが、わたしが、妖精の里から持って来ていた毒消し草と自然エナジーを使って、あなたを回復させたのです」
「そうだったの・・・」
「リタ・ピューマ・モーゼス様は、長らくボルフ王国で任務につかれ、ケイト・ピューマ・モーゼスの意思をリリス様に引き継がれて来ました。リタ様は、リリス様、あなたの命を守ることが優先だと連絡をくださいました。ですから、リリス様が危険になるようなことをすれば、リタ様が捕まった意味も無くなってしまいます」
「でも、ほっとけないわ。わたしのお母さんなの!」
「今のその体では、無理です。何をするにしても、まずは体の回復を第一にしてください。それが一番の早道です」
ポルが言うように、こんなフラフラな状態で、助けに行っても意味がないと思えた。
「分かったわ。あなたの言うように、まずは、体力を回復させる。でも、ゆっくり過ごすぐらいは出来る。わたしは、セルフィという少年にも会いたいの」
「分かりました。それはわたしから伝えておきます。ですから、ここでそれまではお休みください」
「ありがとう。ポル」
「わたしにお礼は結構です。あなたのために動くことが、妖精の里からやってきた理由ですから。では、わたしは、セルフィ様にリリス様がお会いしたいという報告をしてまいります」
と二人を残して、部屋を出て行った。
ポル・パラインは、バルトにも、リタから頼まれたという報告をして、リリスを一緒に警護したいと話、理解してもらい、セルフィを探しに行った。
バルトは、中に入って、リリスの様子をみるが、先ほどのようにリタのことで取り乱していなかったので、ほっとした。
源は、ローグ・プレスと共に、意識を取り戻したというリリス・パームに会いに行った。昨日のポル・パラインという小柄な男性からリリスが、面会を望んでいると聞いたからだった。
リリスの部屋に向かうと、多くの農民兵たちが、部屋の前でそわそわしていた。リリスのことをみな心配しているのだろうと思った。そして、源の姿をみると、みな、お辞儀をした。
源は、お辞儀を返しながら、リリスのドアをノックして、部屋に入った。
リリスは、昨日よりも明らかに血行がいい顔色で、横になっていた。もう安全だろう。
セルフィが来たのに気づいて、リリスは、半身、起き上がる
「無理しないでね」と源は、言った。
「セルフィ様。昨日は、命を救っていただきありがとうございます」
「君が助かってくれて本当に嬉しいよ。農民兵のみなさんも、とても心配していたんだよ」
「そうですか」
ローグ・プレスも、声をかける。
「リリスちゃん。本当にありがとう。君のおかげで、こうやってレジェンドまで85人もたどり着けた。昨日、ようやくバルトから君たちのことを詳しく聞かせてもらったよ。みんなを命がけで助け続け、手紙まで送ってくれていたんだね。ありがとう」
リリスは、言う。
「190人全員がここに辿りつけなかったことは、本当に残念です・・・」
源は、リリスに謝った。
「すまない。リリス・パームさん。俺がサムジをそのままにして、農民兵を帰らせたことで、君を不幸な目にあわせてしまった・・・」
リリスは、なぜ謝るのだろうと思ったし、サムジとは誰だろうと考えた。
「セルフィさんが、謝ることではありません。わたしたちボルフ王国のことで、むしろ関係ないセルフィさんに、頼って逃げてきたのさえ、図々しいかもしれないのに・・・」
源は言った。
「いや・・・俺はサムジのことを知っていたんだ・・・あいつのために、俺たちの大切な仲間も大勢殺され、被害が出ていた。でも、これ以上、こちらの被害者を出したくない、ボルフ王国と本格的な戦争にはしたくないと、あいつをそのまま帰らせてしまったんだ・・・」
「そのサムジとは誰でしょうか」
「ボルフ王国第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジのことだよ」
国紙に書かれていた王子かとリリスは、理解した。
「セルフィさんは、今回のことは、第三王子サムジがしかけたことだと思われているのですね?」
「あいつなら、やり兼ねないし、その理由もある。あいつは、農民兵をもともと許そうとはしていなかった。むしろ邪魔だとさえ思っていた節がある」
そうか・・・ボルフ王国第三王子・・・そいつが、ピーターを・・・マックル・セスドを・・・イールを・・・そして、みんなを・・・
リリスは、ボルフ王国の誰が主犯なのかまでは分からなかった。でも、第三王子が指示をしただろうということを聞いて、心が燃えてくるようなものを感じた。
源は、話を続ける。
「もちろん、証拠は何もない。でも、バルトさんからの話を聞くと、農民兵が多く闇討ちされたということを聞けば、やっぱりサムジだろうと思わされる。あいつは部下にちょっと指示をしただけかもしれないが、その少しがこの悲劇だ・・・」
話を聞けば聞くほど、リリスの考えもサムジが主犯だと思えた。
源は、リリスという少女を気にかけて、話す。
「君のお母さんも、いま捕らえられているかもしれないらしいね」
リリスは、頷く。
「はい。母は、わざとボルフ王国に残りました」
「そのこともバルトさんから聞いたよ。俺に何が出来るのか分からないけど、これから交渉に行ってくる」
「え!?」
「サムジをほっとけない。これ以上、君たちに不幸が訪れないように、俺には止める責任があるからね」
リリスは、聞いた。
「そのような卑劣な王子に交渉など出来るものなのでしょうか?」
「うん。ボルフ王国は、シンダラード森林の鉄の資源がほしくて、前回ここに攻め込んできたんだ。その時、俺は、その資源を提供するという協定を結んでいる。そういった取引材料があるから、交渉はできないこともないよ」
「でも、もし、ボルフ王国が武力で攻め込んできたらどうするのですか?」
「その時は、戦うしかなくなるかもしれないね」
「わたしたちのために、どうして危険をおかしてまで行動されようとするのですか?」
「リリス。君とは昨日あったばかりだけど、他の農民兵は、命をかけて、ウオウルフと共に戦てくれた同士であり、仲間なんだ。それを助けないなんてことは、俺にはできない。それに、レジェンドでも昨日の夜、会議を開いて、みなで検討をしたんだ。ウオウルフは、サムジが亡くなった仲間の仇だから戦えるのなら、戦いたいと言うし、村人も、賛成してくれているんだ」
リリスの目から涙が流れた。ピーターが亡くなってから、マックル・セスドなどの裏切りや騙し、策略や犯罪など、立て続けに悪をみせつけられてきたので、正しい考えの人たちなどいないのかと思いかけていたからだった。セルフィのところを目指してはいたが、追い返される可能性もあると思っていた。
でも、自分たちの危険を顧みずに、正しいことをしようとしてくれる人たちが、存在しているという事実に、心から嬉しさを感じた。
源は、突然リリスが泣き始めたので、少し慌てた。
「あ!俺何かまずいことでも言ったかな・・・ごめん・・・思い出させちゃったかもしれないね・・・」
「違うんです・・・嬉しいんです。そういう人たちがいてくれていることが、嬉しくて・・・」
リリスは、泣きながら笑顔をみせた。
源は、ほっとした顔で、「ならよかった」と応えた。