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58章 幸運

ビックボアは、走る。暗闇の中、まるで見ているかのように、突進を続ける。その数200匹。


その動物の集団を制御しているのは、17歳の少女。リリス・パームだ。


190人の農民兵の命は、この少女にかかっている。


リリスは、祈った。


『どうか・・・盗賊が、このことに気づいていませんように』


ボルフ王国から離れること10km地点に近づく。その先から、ボルフ王国が農民兵を狙って配備した盗賊エリアに入って行くことになる。

そのことは、農民兵すべてがあらかじめバルト・ピレリリやローグ・プレスなどから聞いて理解していた。一番の難所それが、10km地点以降からのエリアだと。

そして、そこに振り落とされれば、そのまま走り去られ、自分の力だけでシンダラード森林に向かうしかないことを分かっていた。だからこそ、ビックボアの長い毛を握りしめ必死につかまる。


リリスは、フクロウと共に、ビックボアたちよりも、早く先に進み、この先の様子を確かめに行く。


盗賊たちは、それぞれの場所で、火を灯して待機していた。

その火の光りをみると、10km地点から15km地点まで、約5kmほどに渡って、火がみえた。この5kmを無事に通過できるのかが、最初の難関になる。


「気づいていない!!?」


そう。盗賊たちは、まったくリリスたちに気づいていなかった。


暗闇とは言え、リリスが、これほど近づいているのに、それでも、気づいていないということは、夜の目が、それほど精度のいいものではないということだ。


リタ叔母さんが言ったように、あの射撃手シューターを倒せたことは、本当に幸運だったのかもしれないと思った。


リリスは、火の灯の位置からビックボアの安全に進行できるルートを予想する。できれば、盗賊のだれにも気づかれず、そのまま走り去りたい。


―――盗賊たちのところには、なぜかタイミング良く、大量の酒が贈られていた。

農民兵たちがシンダラード森林に逃げて行くのを阻止するという仕事を持って来た冒険者アドベンチャーからの差し入れだということで、夜になって、みな喜んで飲み始めていた。


これを計画したのは、マックル・セスドだった。自分の財産を使って大量のお酒を準備し、リリスが農民兵と脱出する夜に、その酒を盗賊たちに差し入れするという計画を練っていたのだ。マックル・セスドは、リリスの動向とその周辺の調査をしていた。農民兵の中の情報を得て、笛が鳴るとともに、お酒が盗賊たちにいくよう人を雇って手配していたのだった。

なるべく、量があって濃度の高い最高級のお酒を選んだ。

彼は、事件の依頼を受けていた冒険者アドベンチャーだったが、その依頼の成果をリリスのために、曖昧にしていたので、依頼主が二重依頼をすることも予想していた。


自分が調査したものについては、リリスを守るために誤魔化すこともできたが、二重依頼をされては、さすがに、それをもみ消すことは出来ないと踏んでいた。


その場合は、自分も怪しまれていると想定して、リリスが、いつでも安全に出ていけるように準備を整えていたのだ。


誰も彼のその行為には、気づかない。リリスでさえも、気づくことなく知られないまま忘れ去られていく、マックル・セスドらしい配慮だった。




―――リリスは、いつにもなく、集中していた。

このエリアを乗り切れるのかが、成功への一番の鍵だったからだ。

盗賊たちが、火を焚いていた場所には、フクロウを配備させて、様子を伺うが、盗賊たちは、お酒を飲んで楽しんでいるだけで、気づいていないという報告だった。


盗賊らしいサボリ方だとリリスは思った。


何とか暗闇を利用して、15km地点を通過することに成功した。

リリスも、農民兵の多くも無言のまま喜んだ。


しかし、それは、火を灯していた地点だけであって、火をもとさないで、夜の目となっていた見張りが、15km以降にも、存在していた。そのまま通り過ぎさせてくれるはずもなかったのだ。暗闇の中のすべての敵の位置は、把握できない。ビックボアの夜の影を見張りの盗賊の一味が、捉えた。


次々と盗賊たちが、装備を固めて、準備をしはじめる。しかし、盗賊たちの多くは酔って少しフラついていた。それでも、馬に乗って、進んできた。


リリスは、考える。このままビックボア200匹を追わせてしまえば、無事に到着できない。そんなことは、リタとの話し合いでも想定済みだった。


そこで、農民を乗せていないビックボア10匹を集団から外れさせて、その影をわざと盗賊たちにみせて、その10匹のビックボアを追わせることにした。


暗闇だからこそ出来る囮だ。


盗賊は酔いながら、馬に乗って、ビックボアを追いかけるが、ただのモンスターの群れだと気づくと、盗賊たちは、関係なかったと思い込み、自分たちの配置に戻り始めた。また、酒を飲もうと戻って行っているのだろう。


だが、夜の目をしていた盗賊の見張りが、騒ぎ立てる。人間を乗せた動物がいたという意見を変えない。


そこで、盗賊の念入りな捜索が開始されてしまった。


200匹のビックボアたちは、15km地点、火を灯していない場所の盗賊エリアをさらに抜けた20km地点まで、何とか気づかれずに走り抜けてきたが、それも、捜索の強化がされて、この先は、発見されずに、通り抜けることは、難しい。暗闇の中にも隠れてみている夜の目があるはずだと考えていたからだ。フクロウの数を増やして、夜の目になるものたちを先に発見しようとする。


ビックボアを人が追いかけるには、必ず馬が必要になる。馬に追われてしまえば、ビックボアが逃げ切ることは、当然ながら不可能だった。

盗賊の全員が馬を持っているはずもないので、50匹だとして、それにまともに追われてしまえば、人を乗せるのに適していないビックボアは、追いつかれてしまう。


馬がまた厄介な理由として、人間に調教されるとまるで自分の意思であるかのように、それに従ってしまうことだ。そういう馬は、いくらリリスであってもコントロールできなかった。


だが、戦いにも参加できるほどの馬を持つ盗賊は少ない。100人ほどいる待機した盗賊のうち、馬を持っている者が50人だと仮定して、戦いにも参加できるそんな馬を持っているのは、多くても20人ほどだろうと考えられる。それは、馬というより、もう軍馬だ。そして、残ったその20人は軍馬を持てるほどのゆとりがあり、装備品なども固めていると思われるので、強敵だとも言える。


190人の農民ならその20人でも十分相手できる。人を殺したこともない装備がまともではない農民と人を殺すことを楽しみにしているような装備を持った盗賊だからだ。


ただ、15kmを抜けて、20kmにも辿り着て、まだ、見つかっていないことが、とても幸運なことだった。

それでも、さすがに、盗賊たちは、ビックボアに乗った農民たちの姿をハッキリ捉えた。

そして、バラバラな位置から、馬に乗って、ビックボアを追い始める。

リリスたちが、想定していた予想通り、盗賊たちが出してきた馬の数は50匹ほどだった。ビックボアを追ってくるのは、50人の盗賊だということが分かった。


そこで、リリスは、夜の暗さを利用しながら、森の中に住む狼たちを呼び寄せて、馬のまわりを走らさせ、吠えたてさせる。多くの馬は、それにたじろいて、乗っていた盗賊たちを落馬させていく。理性をいたところで、リリスが馬を操り、人をさらに落馬させた。本来、馬は人を背には乗せたくはない生き物だから、リリスの介入があり、混乱していれば、操るのは、簡単なことだった。

馬を混乱させられたのは、馬は聴覚が発達しているだけに音に敏感で、そして臆病な生き物だからだった。狼たちの声は馬を脅えさせた。

これに対応できる軍馬は、15頭だった。盗賊の中でも精鋭だと思われる15人が、200匹のビックボアを追い始める。

この盗賊たちを追わさせないことが出来るのかが、二日の逃走の鍵になるとリリスは考える。


リリスたちにとって予想外のラッキーは、盗賊たちは酔っているということだった。


多くの落馬した盗賊は、それで今日は、追って来ようとはしなかった。馬の高さからふいに落ちれば、人はヘタをすると死んでしまう。さらに混乱していた馬は、落ちた人間を蹴り飛ばすこともしていた。


残った15頭の馬は、これから何をしても、ちゃんと走って来るだろうと思われた。馬は夜目も効くので、夜も関係ない。でも、馬が優れていたとしても、この15人の盗賊が夜の闇を支配できているとは思えない。馬に頼って、追いかけていると考えるほうが妥当だと思われる。それほどの暗闇の中を走っていたからだ。


これからは、馬を攻撃するのではなく、乗っている盗賊を攻撃して、落馬させることを考える。


相手が、暗闇を把握しているのかどうかを確かめるために、リリスは、フィーネルを相手の位置にまで下げさせ、その頭上に飛ばして、徐々に高度をさげていくが、盗賊たちは、まったくそれに気づいていなかった。夜の闇と自分たちの装備の視覚でみえていない。

リリスは、大型犬タークに飛び乗る。

そこで、この15頭の軍馬に、効果はないにしても、狼たちをさらにけしかけている間に、攻撃をする。

リリスの体重と比べれば岩などフィーネルなら簡単に持ち運びができる。

大型怪鳥フィーネル2体それぞれに、10kgほどの岩を持たせて、そのまま盗賊の前に飛ばし、途中で、進行を止め、空中のその位置を保持してもらう。

馬に対してリリスの若干のコントロールも加わり、馬は勝手に走って行き、その馬に乗っていた盗賊は、自らその岩に頭をぶつけて、落馬した。


これを何度も繰り返し、盗賊たちは、早く走る馬ほど、強烈に頭を石にぶつけて、次々と倒されていった。


夜であっても、酔っていなければかわせたかもしれないが、運悪く盗賊たちは、その夜は石を躱せなかった。


落馬した盗賊は、もうその夜は、追ってこなかった。


一番の難関だったエリアを無事に盗賊よりも先に走り抜けることに成功した。


でも、それは、この逃走の始まりにすぎない。盗賊は、このまま逃がせば、報酬などもらえるわけもないので、明るくなり、酔いも冷めた状態になれば、50頭の馬で追いかけて来るのだ。


そして、こちらは大猪のビックボアなので、逃げ切れるわけもない。乗り心地は、馬以下なので、農民の疲労は、時間とともに増していき、ビックボアの速度も遅くなる。馬は長距離も走ることができる。馬に乗るのも疲労だが、ビックボアに乗るよりは、馬のほうが楽なのは当たり前だった。


不利なことだらけだったけれど、何とか最初の関門は突破した。ここまで誰も被害者を出さずに、うまく突破できるとは、リリスたちにとって、良い意味の予想外で、とても幸運なことだった。


お酒を配った影の協力者は、人知れず、忘れ去られていく。


追い払ったその夜のうちに、ビックボアで行けるところまで、走り続け、距離を稼いだ。その距離を活かして、休みながらも、三日目まで、何とか逃げてきたが、なぜかリリスは、農民たち190人を下ろして、そこからは、自分たちの足で向かうように指示をした。


ビックボアで、行けるところまで、行くことはできるが、それにも限界がある。夕方には、追いつかれてしまえば、初日の夜のように今度は易々と倒されてくれるとは思えなかったからだ。


そこで、ビックボアの体力があるうちに、ビックボアの特長を活かすことにした。機動力や安定感では、馬には負けるが、ビックボアが馬に勝てる要素は、その破壊力だ。巨体を生かした追突は、馬ではどうしようもない。少し小さめのサイほどの大きさがある。それがビックボアだ。


リリスは、200匹のビックボアとともに、ここで50人の盗賊に攻撃をしかけようと考えた。狙うのは、盗賊ではなく、足である馬だ。この足さえ奪ってしまえば、先に先行している軽装の農民も、ある程度は距離を保ってシンダラード森林に向かうことができる。戦うことが目的ではないので、ビックボアの被害も少なくて済むはずだ。


農民たちは、それを聞いて、ビックボアから降りて、夜通し走り、しがみついていた体をフラフラになりながらも、何とか歩いて進行させ、リリスに希望を預けた。

リリスもそうだが、途中何度も休憩をいれても、ほとんど寝てもいないので、全員体力の限界に近い。


バルトとイールは、リリスを心配して、一緒に残ろうとしたが、それは逆に邪魔になると言われて、仕方なく先に進むことにした。リリスには、絶対に無理をしてはいけないと忠告した。


リリスは、頷いた。


リリスが出来ることは、ここまでで、ここを抜けられたら、農民兵たちを守り抜けるとは思えなかった。リリス本人も、動物たちも疲労があり、50人もの盗賊を相手になどできない。ほとんど逃げるしかできないのだ。


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