56章 愛情と欲望
リタは、フィーネルの傷を丁寧に処置をしながら、リリスから話を聞いた。
「そう・・・やっぱり、ボルフ王国は、彼らを逃がすつもりはないようね・・・」
「うん・・・」
「でも、よくやったわ。リリス」
「そうかな・・・3人しか倒せなかった・・・」
「その話を聞くと、その射撃手を倒せたことが大きいのよ」
「そうなの・・・?」
「射撃手が夜の目となって連絡をやりとりしていたんだと思うわ。そのような夜にも見える能力を持っている人間なんてそんなに多くはない。これで、夜なら突破できる可能性が少しは出てきたと思うわ」
「でも、まだ夜でも把握できる人間もいるかもしれないじゃない」
「そうね。そういった人間も少なからずいるでしょうね。知的モンスターも盗賊の中にはいるかもしれないし・・・でも、ひとり正確に矢を放てるほどの目を持った人間を倒したのは大きいことよ。これで、夜の連携は、乱れるはずよ。10分そこそこで集まるなんてことは、ないはずよ」
「だといいんだけど・・・」
「あとは、いつ農民兵のみなさんを逃がすかよね。賛同せず、逃げない人もいるだろうし、家族を残して、逃げられないと考える人もいると思う・・・」
「うん・・・」
「ただ、脱出作戦を決行するなら、突然がいいわ。いつ決行するのかは、伏せておきましょう」
「どうして?」
「いつの夜に決行するのかが、分かっている人間が多ければ多いほど、相手に情報が流れるわ。
もし、情報が筒抜けだったら、今夜あなたが倒した射撃手の意味もなくなってしまう。むしろ、情報を元に、待ち構えられて、不利になってしまう。だから、わたしたちの独断で決めた夜に、付いてくる人は付いてくるということにしましょう。いつの夜に突然決まっても、付いて来ようとする人だけを一回だけ手助けするのよ」
「わかったわ」
このことは、バルト・ピレリリとイール・ポゲルには報告して、了解を得た。農民兵のリーダーとして、以前立ち上がったローグ・プレスにも、すべて話してあるということだった。シンダラード森林へ行ってセルフィと話をするのなら、彼は外すことはできないからだった。
彼には、農民兵を助けてくれる人がいるということしか教えず、リリスやリタのことは、脱出作戦まで内緒にしていた。信用できるひとりだとは思っていても、少しでも、命を助けてくれたリリスに迷惑がかからないように、バルト・ピレリリは、神経を使っていた。ローグ・プレスは、ウオウルフとの戦い以来、代表者となって農民兵にも顔が効くので、多くの農民兵が納得して、その夜の脱出を試みることになった。190人が、いつでも、脱出できる準備を整えた。
数日後、冒険者仲間のマックル・セスドが、リタ商店に顔を出した。
それをみて、少し驚いたような顔で、リリスが聞く。
「どうしたの?マックル」
「いやー・・・折り入って話したいことがあってさ。例の依頼の件だよ。男二人の動物殺傷事件の調査のことさ」
「何か解ったの?」
「まーいいや。ここだと話ずらい。外に出て話そうぜ」
マックルは、相変わらずおちゃらけた顔で、物を話す。今回の依頼もそれほど重要視していないかのような態度で臨んでいるとリリスは思っていた。
「リリスの例の大型怪鳥で、あの事件が起こった郊外まで、連れて行ってくれるかい?」
「そこで何かみつけたの?」
「まー行ってから話はするさ」
リリスは、指を口に持っていき、ピーっと笛を鳴らすと、1体のフィーネルとコンドルが、リリスとマックルを抱えて、事件現場まで連れて行ってくれた。
「おっほほほ!」といいながら、マックルは喜んでいる。マックルは空を飛ぶのは慣れていない。
「ほんとすっげーぜ。リリス」
リリスもマックルのはしゃぎように釣られて笑う。
フィーネルとコンドルは、ふたりを下ろして、リリスの近くに待機する。
マックル・セスドは、地面に、人の倒れた形に、線を引いていきながら、リリスに話しかける。
「最近、農民たちの被害が減って来たと思わないか?」
「そうなの?」
リリスは、冒険者仲間だとしても、自分のおかれた立場を話すわけにはいかなかった。冒険組合が信用ならないからだ。
「それと同時に、郊外で多くの死亡事件が多発している。この事件と同じ、モンスターによる殺傷事件だ」
リリスは黙ったまま話を聞き続ける。
「外傷をみれば、動物などによるものだということは、わかっちまうわけだなーこれが」
「そうね・・・」
「やるなら、もっとうまくやれよ」
とマックル・セスドは、笑いながら語りかけた。
リリスは、それでも無言のままだった。
「殺した後は、その死体を隠すとかさー。そういうことしないと、バレちまうだろ?頭使え。頭を。」
確かにそうだった・・・農民兵を助けることと、やらなければいけないことが重なって、当たり前にしなければいけないことをしていなかったと思った・・・。
以前もそれでバレなかったので大丈夫だという油断があったのだ。
「まー大丈夫さ。調査依頼を受けたのは、全部俺だから、そういうのはもみ消した。剣の傷ひとつもないのに、俺が突き刺して殺傷事件という形にもしたぜ。苦労したなー」
どういうことなんだろう?とリリスは思った。マックルは、自分が犯人だということが解っているようだけど、わたしを助けるようなこともしてくれている内容だったからだ。
「俺は、お前の使っているモンスターたちを知っているから、解かっちまうわけよ。でも、お前が理由もなく、そんなことするはずもないよな?」
「あいつらなのよ・・・」
「なに?」
リリスは、大きな声で言った。
「あいつらが、ピーターを殺したのよ!!」
マックル・セスドの顔から笑みは消えた。
「だから、殺したっていうのか?」
「そうよ。わたしとピーターは、ただ平原で二人座っていただけ、彼らは突然、わたしたちを襲って、そして、ピーターを散々傷つけて、殺したのよ!そして、この事件のふたりも、何もしていない農民を襲っていた。だから、殺したの!」
「嬢ちゃんみたいなかわいい子が・・・人間を何人も殺したってわけか・・・」
「わたしは、家族を傷つける相手、犯罪者はゆるさない!ピーターを殺した犯罪者は、絶対にゆるさないわ!」
「俺は、調査依頼をしてきた相手に、このことを報告する義務がある」
リリスは、しょうがないことだと頷く。
「でもな。今俺が死ねば、お前は、絶対に疑われない。俺は、ここに来る前に、仲間たちに、森の中のモンスターを倒して、基礎レベルを上げにいくと報告してあるから、俺がお前のモンスターに殺されても、誰も怪しまない。この事件以外に、お前が手にかけた奴らの痕跡もすべて消してきた。もちろん、俺の死体は、森に捨てろよ?」
それを聞いて、リリスは顔を横に振る。
「あなたは、犯罪者じゃない。あなたは仲間。わたしは、自分のために、あなたを傷つけることなんて出来ないし、そんなことはしないわ」
マックル・セスドは、めずらしく大きな声をあげた。
「そこが、甘いって言ってんだよ!やるならやれ!あいつらは、手段を選ばないぞ!?そんな甘いことをしていたら、また命を落し兼ねない!仲間ひとり殺せる気力ぐらい持て!」
マックルは、そう言うと、また笑い始めながら話を続ける。
「いいか。よく聞けよ。お前のフィアンセを殺したのは、俺だ」
「!!?」
何を言っているのか、リリスには、理解できなかった。あの5人組の中に、マックル・セスドは、確かにいなかった。いたら真っ先に気づくはずだから・・・
「何を言ってるの?」
マックル・セスドは、冗談を言うかのように手振りしながら言う。
「10年、冒険者を続けた俺の経験が言ってる。お前は大きくなる・・・。あー。大きくなるっていっても、背のことじゃないぞ?器のことだ。器。俺はそんな大きな器に成長するお前の才能に惚れたんだ。お前を冒険者に参加するように誘ったのも、お前の才能が素晴らしかったからだ。お前を俺はずっとみて守っていきたいと思ってたんだ」
リリスは、マックルの言っている意味が猶更わからなくなった。
「そうしたら、お前は、何でもない、たかが農民のボケナスと結婚するっていうじゃないか」
「あなたは、反対だったの?」
「反対さ。お前みたいな才能がある子が、どうしてあんな男と結婚するんだ。お前の才能を腐らせちまう」
「ピーターは・・・ピーターは、誰にも負けない才能を持っていたわ!」
「へー・・・そうかよ・・・あの男を何度かみかけたが、俺には何の才能も感じさせなかったけどな」
「ピーターは、誰にも負けない優しさがあったわ!」
「クククク。優しさか・・・優しさで死んでちゃ・・・世話ねーぜ!」
「いい加減にして!一体、何が言いたいのよ!?」
「俺は長く冒険者をしてきて、そりゃー汚い仕事もしてきたさ。それで、ボルフ王国は、俺に依頼してきた。前回、遠征に出た農民兵を全員始末したいが、それをしてくれる外の人間へのコンタクトの依頼をな。盗賊や違う街の知り合いの冒険者との橋渡しの依頼さ」
リリスは理解した。誰かがボルフ王国と盗賊との橋渡しをして、農民兵を追い詰めていると思っていたけれど、そのひとりが、マックル・セスドだったと・・・。
「その農民兵の一覧の名前に、ピーター・ペライヤって名前があったんだ。調べたら、やっぱりお前のフィアンセだったじゃねーか」
リリスの呼吸は早くなっていった。自分の仲間がピーターを狙ったかもしれないという話の内容を耳にしはじめているからだ。リリスは、胸に手をやった。苦しくなってきた。
「ピーター・ペライヤが、いくだろう郊外を調べて、あいつらに教えてやったんだよ」
リリスは、前かがみになった・・・苦しい・・・また、胸に痛みが走って、うまく呼吸ができない・・・
わたしの仕事が、ピーターを追い詰めた・・・?
リリスは、深く深呼吸をして、叫んだ。
「ターク!!」すると、タークが、リリスへと走り込んできた。
その間にも、マックル・セスドは、笑いながら話を続ける。
「俺はお前みたいに、正義感で生きていくことができない人間なんだ。巨大な権力ボルフ王国に弓を引くなんて、大それたことなんて、できやしねー。目の前の報酬を手に入れるだけ、それを手に入れるためなら、どんな汚いこともしたさ。でも、お前だけは、傷つけたくなかった。失いたくなかった。愛してるんだ。リリス・・・」
リリスは、叫んだ。
「何言ってるのよ!!あなたは、ピーターを殺した犯罪者よ!あなたが、ピーターを死に追いやったのよ!!」
リリスの目からは、大粒の涙が流れた。ゆるせないのは、マックル・セスドなのか、自分なのかも分からない。でも、もの凄い激情が、体全体を走る。
「気持ち悪いだろ?君からみたら、オヤジみたいな俺が、17歳の少女の君をみて、愛してしまったんだよ。だから、この事件の依頼の担当に、お前を相棒として選んで、あいつらからの目を眩ませさせた。君が、奴らを憎しみから殺しているのかを確かめたくて、君に農民連続事件の情報を流したら、やっぱり、君は、あいつらを手にかけはじめた。君を守るために、その痕跡は俺が消しておいた。俺はなーリリス。俺からお前を奪ったピーター・ペライヤが邪魔でしょうがなかったんだ。君の才能を汚していく、ピーター・ペライヤがゆるせなかった!憎かったんだぜ?でも、その場に君がいるなんて、思いもよらなかった。俺はあの時、近くにいて、君まで危険なのをみて、止めに行ったんだ」
リリスは、マックル・セスドに誘導され続けていたことにやっと気が付いた。
そして、死にかけたあの時、自分は、ピーターよりも軽傷で済んでいた。それは、マックル・セスドが最後に止めに入ったからだったと今知った。本当なら、目撃者を生かしておくはずなどなかったのだ。マックル・セスドは、わたしを何度も助けている。だからといって、ゆるせるはずもない。
「さーこい!殺せ!お前のフィアンセを殺した人間を。俺が死ねば、証拠は、全部消える。俺を殺さなかったら、お前もお前の家族も狙われるぞ!」
マックル・セスドは、一緒に冒険をするたびに、色々なことを教えてくれたリリスにとって仲間であり、師匠のような存在だった。冒険者に誘ってくれたのも彼だ。危ない時にも身を挺して救ってくれたこともあった。一緒に笑って食事をしあった仲間だった。
だからこそ、憎い。心の底から憎い・・・でも・・・殺せない・・・
リリスは、泣きながら、唇を歯で噛んで、口から血を流す。
マックル・セスドは、剣を抜いて、近づいてきた。タークは、リリスを守るために、その間に入って、吠えたてる。リリスからの攻撃許可がおりていないので、タークは吠えるしかない。
マックル・セスドは、タークに剣を振りぬいた。
「キャウン」というタークの悲鳴があがる。
「どうした!?俺を殺さないとお前の大切な動物も、ピーター・ペライヤと同じように死んでいくぞ?本気になれ!」
マックル・セスドは、近くにいた鳥を斬りつけ、何度も剣で突き刺した。
「あははは。どんどん殺していくぞ!?死んでいく。死んでいくぞ。お前の愛しているものは、死んでッ」
ドゴン!!という音と共に、マックル・セスドは、話をしている最中に、数mも吹っ飛んで、激しく転がって行った。
ビックボアが、後ろから突然、衝突攻撃をしかけたのだ。
リリスは、うつむいて、泣いた。
マックル・セスドは、死にかけながら小声で言う。
「こいつか・・・飛ばすように・・・殺していた犯人は・・・」
リリスは、まだ息があるマックル・セスドに、歩いて近づいた。
「俺が・・・死ん・・・だら・・・森に・・捨てろ・・・よ。すまない・・・ゆるして・・・くれ・・・・・・チャド・・・リード・・・」
と言い残して、マックル・セスドは、息をひきとった。その目には、涙が流れた。
リリスは、泣きながら動かなくなったマックル・セスドの遺体の前に座り込み、マックルの胸をドンドンと叩いた。
「何なのよ!何がしたかったのよ!意味がわからないわよ!」
17歳のリリスには、マックル・セスドの生き方を理解することは難しかった。
「・・・愛してるって・・・?そんな素振り一度だってしたことないじゃない!?・・・こんな愛なんてある??」
リリスは、何度もマックル・セスドの胸を叩いて、やりきれない想いを叫ぶ。
「ふざけないでよぉ!!」
マックル・セスドは、彼なりにリリスを想っていた。なのに、ボルフ王国の依頼をはねのけることができなかった。そして、自分の欲望を止めることが出来なかった。自分が今まで汚れたことをしてきたことで純粋なリリスに近づくことは、彼女を汚すような気がして躊躇っていた。彼は、本音で物が言えなくなって笑って誤魔化すことしかできなかった。そして、リリスを苦しめた罪悪感を抱きながら、マックルも苦しんだ。
農民を襲ったふたりが死ぬという事件の調査をはじめて、リリスが犯人かもしれないと考えていたマックル・セスドは、その証拠の痕跡を隠すように調査を繰り返していた。だが、リリスのピーター・ペライヤへの想いは激しく、自分の身を顧みないリリスの数々の行動の痕跡をみて、これでは、守り切れないと思い、素性を明かしたのだった。
リリスは、仲間だと思っていたマックル・セスドを手にかけ、苦しんだ。
ピーターを殺した計画のひとりだった彼を憎みながら・・・それでも、憎みきれない自分も嫌だった。
リリスは、亡骸のマックル・セスドの前でずっと泣いていたが、フィーネルに運ばせて、森に彼の遺体を捨てた。リリスは、無造作に彼の死体を森に置くことにも、心を痛めた。でも、彼が言い残した最後の命令を守った。
そして、最後に言い残した言葉。チャド・リード。名前だと思うが、どういう意味なのかは分からない。ピーターを殺した5人組の中のひとりの名前なのか、それも分からなかった。
リリスは、ぐったりと疲れたように帰ると、すべてをリタに話しながら、意味が分からないと泣いた。リタは、話を聞いて泣くリリスを抱きしめ続け、言った。
「愛しているから、大切だから遠ざける愛もあるのよ・・・」