53章 ケイト・ピューマ・モーゼス
ケイト・ピューマ・モーゼスは、金色の妖精族として自然ピラチから生まれた。その才能は、他の妖精族と比べると高いもので、数々の逸話を残している。
しかし、彼女の逸話で一番は、やはり龍王ヒデキアとの出会いだった。
龍王ヒデキアは、人格者で、その絶大な強さを持っていながら、人やモンスターを平等に扱った。彼の平和的な思想に共感して、ケイト・ピューマ・モーゼスは、仲間となったのだった。
はじめこそ、敵対的な関係であったものの、気質が似ていたケイトと龍王は、同士となって、神話といわれるほど、活躍を残し続けたのだ。人が聞いても信じられないというほどの大冒険を果たして、彼らは、強さを増していった。
そして、絶対に不可能だと思われていた世界統一の夢を龍王は、実現したのだ。
だが、ケイトの旅立ちは、決して穏やかなものではなかった。彼女は、愛の人と言われるほど、情深い妖精族の女性だったが、愛する妖精族のフィアンセを人間によって殺されてしまったのだ。
妖精族は、平和で、自然を愛する種族だったが、その土地を狙って、人間が、土足で踏み込み、汚していった。ケイトの愛する人もそこで亡くなった。
ケイト・ピューマ・モーゼスの怒りは、頂点に達して、人間に牙をむくようになる。まるで復讐を楽しむかのように、人間への制裁を繰り返した。
そのケイトに立ちはだかったのが、のちの龍王になるヒデキアだった。
ケイトの凄まじい自然と調和した攻撃をヒデキアは、看破して、妖精族を追い詰めるのだが、ヒデキアは、ひとりも妖精族を殺さなかった。戦いは2・3度繰り返され、その都度、ヒデキアは、ケイトをゆるした。
ケイトの人間への怒り、憎しみ、憎悪をヒデキアは受け止めたのだった。
ヒデキアは、ケイトの大切な人を手にかけた人間を探し出し、差し出した。
ケイトの怒りは、ヒデキアによって浄化され、違う形へと変わっていった。人間の女性の友達ものちにできる。
人間が悪いのではなく、どんな種族にも、犯罪者のような気質の者がいて、種族が悪いのではなく、その悪者が悪いのだとわかった。
彼女は、妖精の里を出て、ヒデキアと共に冒険をはじめるようになり、のちに最強の龍王騎士団長のひとりとなったのだ。
世界を統一するというヒデキアの夢は果たされ、ケイトは、自分が何をするべきなのかを考え、そして、形にしたのが、大共和ケーシスだった。
彼女が憎んだのは、犯罪。お金があるから、犯罪が起こる。犯罪の大半は、お金が絡んだものばかりだからだ。また、地位や名誉があるから争おうとする。すべての落差をなくし、ただ自然体で生きていくことへの喜びを味わう。そのような土地であり、共同体が、大共和ケーシスだった。
その思想は、驚くほど成功し、人もモンスターも、みなが幸せに暮らせるという楽園へと育っていった。生きて存在しているだけで、みなが納得できたのだ。大共和ケーシスを後押ししたのは、ドラゴネル帝国で、世界を統一した龍王ヒデキアだった。
しかし、そのヒデキアも突如として、姿を消した。
各地に龍王の意思を残して、龍王が去ると、一神教的だったドラゴネル帝国は、多神教へと固定され、宗教は、政治目的で利用されるようになり、現在に至るようになる。
龍王の意思を失ったドラゴネル帝国だったが、その中に加盟していた大共和ケーシスは、龍王の意思を受け継いだまま、平和を保っていた。
どこかの勢力が、大共和ケーシスに攻撃しようものなら、その勢力は滅ぼされた。
ケイトは、平和を乱すものを絶対にゆるさない。犯罪をゆるさない。
そして、その意思は、大共和ケーシスに暮らすものたちの意思でもあった。だからこそ、犯罪は、極端に存在していなかった。
大共和ケーシスの土地を昔から支配していたのは、キグダム家だった。
だが、キグダム家は、ドラゴネル帝国の龍王に戦いを挑むが、負けて、土地を奪われ、ドラゴネル帝国の1つの貴族として、温情待遇されていた。その土地をケイト・ピューマ・モーゼスに龍王が与えたのだ。
キグダム家などの貴族が支配していた時は、ひどいものだったが、ケイトが支配をはじめるとその土地は、楽園と言われるほどにまで知名度をあげていった。
しかし、龍王が消えて、ドラゴネル帝国も腐敗しはじめると、キグダム家も政治家として上っていき、大共和ケーシスの危険性を訴えるようになった。
帝国の加盟国の1つでありながらも、帝国と同等の力を持つとさえ言われる大共和ケーシスは、危険だという情報を流していったのだ。
龍人族という夢幻とさえ言われるほどの力を持った龍王がいれば、大共和ケーシスは怖い存在ではなかったが、龍王が消えると、そういうわけにもいかないので、大共和ケーシスを恐れる帝国人もいたのだ。
また、ドラゴネル帝国が、戦争に出ても、大共和ケーシスは、なかなか出兵することはなかった。
平和を基礎にした国だということもあるが、ドラゴネル帝国にきちんとした大義名分がない限り、絶対に軍は出さなかったのだ。
こういった小さな摩擦をさらにキグダム家が政治家として、帝国内で煽ることで、ケイト・ピューマ・モーゼスは、追い込まれていくようになる。
武力で、大共和ケーシスを侵略することは、帝国だとしても難しい。では、どうするのかと考え、キグダム家や帝国が狙ったのは、内部崩壊だった。大共和ケーシスの生き物に物や物資を与えて、物に依存するように徐々に持っていったのだ。
まるで、帝国が、大共和ケーシスに貢物を逆に渡すようなこの行為は、平和を乱すようになっていく。物や発展、芸術や便利さを目指すような心を人々に持たせることで、素直な大共和ケーシスの生き物は、大切なことを忘れ、汚染されていった。
ケイト・ピューマ・モーゼスは、この策略に気づいてはいたが、奪ったり、略奪をしてくるのではなく、逆に必要以上に与えてくる帝国を禁止するわけにもいかず、国民にも、それを受け取らないようにするわけにもいかなかった。
犯罪や暴動を起こし始める国民も少なからず起こりはじめ、犠牲者が出るたびに、ケイトの優しい心は痛んでいった。外から侵略してくる犯罪者には、制裁はできても、自分のこどものような子たちをケイトは、粛清することはできなかった。子たちが悪へと変わっても、ケイトからすれば愛する我が子だった。
大共和ケーシスは、帝国の加盟国の1つでしかない。巨大な権力で策略を持って攻撃してくる帝国に、1つの国だけが意見しても、通らなかった。
このまま戦いを表面化すれば、犠牲者が増える一方だった。ひとつの国の管理者として、それは容認できないと考えたケイトは、帝国に大共和ケーシスを明け渡す決意をする。
自分では、悪をする子に制裁ができないのなら、のちの未来を子たちにまかせて、自らの実を刈り取らされるべきと考えた。その結果が、ボルフ王国である。
そして、無血での敗北とともに、ケイトの姿は、龍王の後を追うように消えたのだった。
それから帝国の指示によってキグダム家があの土地の支配者となり、過去いた貴族たちがまた戻り、ボルフ王国を建国していった。そして、またケイト・ピューマ・モーゼスのような妖精族が出てこないように、妖精族は帝国と一緒に、弾圧されていった。
何もしない暴君として、ケイト・ピューマ・モーゼスは、歴史で叩かれ、今に至る。
「キグダム家とモーゼス家の因縁は、深そうね」
とリリスは言った。
「そうね。こちらとしては、因縁などないのだけど、キグダム家は、陰険で、徹底的に妖精族を弾圧したのよ。でも、妖精族の中では、ケイト・ピューマ・モーゼスは、決して負けて消えたのではなく、むしろ、未来のための準備にかかったという伝承が残されているの」
「未来のための準備?」
「はっきりとは、分からないわ。ケイト・ピューマ・モーゼスの意思を受け継ぐ、存在が、生まれてくるという予言のような考え方もあれば、またケイト・ピューマ・モーゼスが、突然現れて、わたしたちを導いてくれるという考えもある」
「ケイト・ピューマ・モーゼスは、一体どこに消えたの?」
「まったく分からないわ。突然、彼女は姿を消したのよ」
でも、リリスは、なぜか、ケイト・ピューマ・モーゼスと自分が重なるように思えた。同じフィアンセを失った悲しみをケイトは味わったと思うと、自分だけではなかったと思えもした。ケイトは、その悲しみを乗り越えて結果を出したのだ。
「ケイトの話を聞けて、何だかわたしも頑張らなくっちゃと思えたわ」
その言葉を聞いてリタも喜んだふうに言う。
「そう?それなら話してよかったと思うわ」
「でも、ケイトの意思を受け継ぐとしても、今のボルフ王国のやり方は、ゆるせない!ピーターを手にかけたのも、あの人たちだということでしょ」
「それは、濃厚ね。もし、ケイトが生きていたのなら、こんなことは、絶対にゆるさなかったはずよ」
リリスは、リタのその言葉を聞いて、頷く。
「リリ。今回のことを調べるにしても、慎重に調べるのよ。そして、いつ襲われるのか分からないと考えて、備えていなさい」
「分かったわ。でも、ピーターのように、これからもボルフ王国は、遠征にいった240人を狙ってくると思う。これからどう行動すればいいと思う?」
リタは、少し考えて、リリスに話す。
「リリスは、レジスタンスという存在を知っているかしら?」
「レジスタンス?」
「そう。今回のようなボルフ王国の不正は、昔から続いてきたから、そういった不正からボルフ王国に疑問を持ったひとたちが、集まって出来た地下組織よ」
「そういうひとたちもいるのね」
「わたしたち妖精族とはまた違った意味で、彼らも地下に潜って隠れながら、正しいと思っている世の中を作ろうとしているということね」
「そこに、今回の不正を教えに行くってこと?」
「そうね。わたしたちだけで、解決できるとは思えないわ。リリス。あなたなら、数人の人間相手でも、倒すことはできても、たぶん今回ボルフ王国が雇った人間の数は、盗賊団ぐらいはいるはずで、あなただけでは、戦えないわ」
リリスは、その集団の中に、ピーターを殺した5人組もいると考えた。少しずつ近づいてきていると思えた。そして、何よりもゆるせないのは、ボルフ王国の今回の計画を企てた人間だった。その5人組が弓矢という武器だったら、その弓を引いて殺害したのは、その人物になるからだ。
本当のピーターを殺した犯人になる。だが、ボルフ王国のだれの計画かまでは分からなかった。
「わたしだけでは、倒せないのは分るわ」
リタは話を続ける。
「だからといって、240人の遠征にいった農民兵たちにこれを伝えていくのは、危険よ。ボルフ王国の耳となり目となって農民の中にもスパイがいるはずだからね」
「そうなんだ・・・」
「そうよ!農民は、日々の暮らしさえも大変だから、お金を出しさえすれば、そういう告げ口するような人も雇えてしまうのよ。だから、あなたやわたしが直接、動いて、言いふらすのは、危険なの。でも、ほっとけないし、わたしたちだけで守れるわけもないから、レジスタンスに、何とかコンタクトを取って、知らせるべきね」
「誰がレジスタンスかリタ叔母さんは分るの?」
「これでも長くリタ商店を開いていたから、そういう情報は、知らないことではないわ。だから、その人に今回の一連の内容を内緒で届けてみるし、遠征にいった農民兵のひとたちにも、命を狙われている可能性をほのめかした内容の手紙などを内緒で、送ってみるのも手ね」
「リタ叔母さんは、すごいわね・・・・そういう方法をすぐに思いつくんだもの・・・」
「妖精族として、裏で必死で生きてきたのよ。ボルフ王国が裏でどのように動くのかを考えながら、生きてきたら、自然と身に付くものよ」
「そうなのね」
「あなたもそのうち、そういう知恵がまわるようになるわ。ただ、問題は、農民のほとんどは文字が読めないことね。そうすると、たぶん、わたしのところにその手紙の内容を数人は、聞きに来てしまうということよね・・・」
リリスは、リタと一緒に、出どころが分からないように作った手紙の作成をその日からはじめて、レジスタンスだと思われる数人と240人の帰って来た農民兵への簡単な危険を教える手紙を配っていった。
叔母さんの予想通り、何人かの農民が手紙の内容を知るために、リタ商店に足を運んだ。
叔母さんは、文字が読めることを内緒にすることと、この内容をわたしが読んで教えたことも誰にも言わないことを条件に、その手紙の内容を教えてあげた。農民の中にも、ボルフ王国のスパイがいるから、絶対に農民にも、リタ商店のことは言わないようにと口止めした。
すると、その噂は、240人の農民兵たちに伝わって、みな警戒してくれるようになり、事故や自殺にみせかけた死人も減っていくようになった。