49章 正しさ
あの事件から数か月が絶ち、リリスも怪我を気にせず動くことが出来るようになった。
ピーターを殺したあの5人組は、一体何者だったのか。盗賊なのか、他の国の者なのか、まったく見当もつかない。
冒険者組合では、見かけたこともないので、ボルフ王国の冒険者とは思えない。
冒険者という仕事は、決して綺麗な仕事ばかりではなかった。
その中には、冒険者組合を介さずに、裏の仕事、殺し屋稼業をする冒険者もいるぐらいだった。戦争を生業とした冒険者もいる。多種多様な仕事があるのだ。お金のためなら手を汚すことも辞さないという冒険者の考えは決して、少なくはなかった。
リリスと組んだ冒険者たちは、良心がある者たちばかりだったが、時折、目が死んだ魚のように、荒んだ冒険者もいた。冒険といった希望を持ったものではなく、暴力を持って稼げるという認識もあったのだ。
だから、あの5人も他の国か、他の街の冒険者かもしれないという可能性は捨てきれない。
リリスの悲劇は、もちろん、冒険者組合や組んだ冒険者たちにも知らされていたので、しばらくリリスは、仕事を休業していたが、リリスは、顔を出して、少しでも情報を探ることにした。
だが、その5人の情報は、どうやっても手に入らなかった。リリスは、あの5人組の特長:男4人、女1人。ハンマー、こん棒、クロスボウ、剣、ナイフを使う馬に乗った5人組というものを話すが、誰もみたことがないということだった。
あの5人組は、ボルフ王国の街に向かっていたのではないのか?と考えるが、憶測の域を出ない。
リリスは、あれ以来、冒険者の仕事もそっちのけで、あの5人組の情報を探すが、少しの情報も入ってこなかった。
リリスは、白い大型犬モンスターのタークに乗って、街の中や郊外をまわって、あの5人組を探すが、時間だけが過ぎていく一方だった。
ある事件に、リリスは、遭遇してしまう。
郊外をまわっている時だった。
農民の男ふたりに、薄汚い装備をした男ふたりが、絡んでいるのを発見した。
腰に帯びていた剣を抜いて、農民の男ふたりを脅していた。見た目から冒険者ではない。盗賊のようだった。リリスはすぐに木の陰に隠れ様子を伺う。
農民は、何度も謝っていたが、ゆるそうとはせず、しまいには、装備していた男ふたりは、蹴り始めたのだ。
リリスは、ピーターと自分が、あのふたりの暴力を受けている農民と重なりはじめ、あの時の恐怖が蘇り、体が小刻みに震えてきた。震えを止めようとしているのか、両手を強く握りしめる。
男は、倒れた農民の顔を思いっきり蹴り飛ばした。
農民の男性の顔から大量の血が流れた。それをみた男は、さらに興奮したのか、行動がエスカレートしていく。まさに、あの時の状況と重なって行くようにリリスには感じた。
男が剣を手に持って「殺す」と発言した。
その言葉を聞いて、リリスの行動を止めていた何かが吹き飛んだ。
リリスは、「ターク!」と叫ぶと、大型犬のタークが、農民の男を蹴飛ばそうとする者に襲い掛かり、腕を噛む。
男は、「ぐわー!」という声をあげて、すぐに、持っていた剣でタークを刺そうとしたので、リリスは、意識を集中させて、空からコンドルに男をさらに攻撃させる。
コンドルは、男の頭を鷲掴みにして、その鋭い爪をそのまま男の両目に刺し貫いた。仲間の男が何が起こったのか、分からないように慌てふためくが、リリスの存在に気が付いたのか、叫びはじめた。
「お前か!?お前がけしかけたのか?」
男は、指をリリスに刺して叫ぶ。
そして、剣を抜いて、リリスに近づきはじめるが、その瞬間、後ろから大猪の突進で、その男は、8mほど飛ばされ、その衝撃で、即死した。
コンドルに目をやられ、タークに腕を噛まれ続けている男は剣を持ち換えようとするが、逆の手もタークは噛みつく。
だが、少し間違えば、リリスの動物たちも斬られてしまう。ビックボアに跳ね飛ばされた男の遺体から剣をリリスは拾い、動物たちと格闘している男に叫びながらもの凄い剣幕で、走って行った。
「わーーー!」
リリスは、その男の腹を刺した。
男は、膝をつく、タークは、男の腕を離すと、次は、男の首を噛みきる。
そして、リリスは、何度も剣で倒れた男の腹を突き立て続けると、リリスの顔は、その男の血で真っ赤になっていった。
「死ね!死ね!死ね!」とリリスは叫ぶ。
リリスは、はじめて人を殺め、とても興奮していた。
呼吸を整えはじめたリリスは、ショックを受けるのではなく、不思議と胸が軽くなっていくような気持ちになった。
犯罪者のような人間を倒したことは、ピーターへの復讐が果たされたような気分になり、充実感なのか、達成感なのか、安心感なのか、喜びなのか、分からないが、後悔ではない何かを感じて、リリスの顔は赤く染まりながら微笑んだ。
助けられた農民の男性ふたりが、その様子を驚いてみていたが、助けてくれたのが、知っている子なのに気づいた。
「あんた。リタ商店の娘さんじゃないのか?」
それを聞いて、リリスは、血だらけの姿で振り向く。
「わ・・・わたしのことは・・・内緒にしておいてください・・・」
リリスは、力一杯攻撃していたためか、震える手のままそう言った。
「ああ!分かってる!分かってるとも!」
といって、農民の男性は、持っていた布で、リタの血だらけの顔を拭いてくれた。そして、近くの小川で、綺麗にしてくれた。そして、男性は言った。
「助けてくれてありがとう」
リリスは、何とも言えない顔で言う
「わたしは人を・・・」
助けられた男は、顔を振った。
「あなたは、わたしたちを助けてくれたんだ。あなたは命を救ったんだよ」
リリスは、頷く。
「あの・・・あの男たちは、どうしてあなたたちを襲い始めたのですか」
「分からないんだ。俺たちは何もしていなかったのに、突然話しかけてきて、あの状態になったんだ。本当に俺たちは、何もしていないんだ。こんなことは、はじめてだ。」
リリスは、自分とピーターと、とても似ているケースだと思った。犯罪者には、理由などいらないのだと思わされた。
彼らは郊外で、誰もみていないところなら、人を殺すことを何とも思わず、逆に楽しんでいるのかもしれない。そう思った。
襲いはじめた理由も、何か分からないけれど、農民ふたりが、危険なところをみて、リリスの体の奥のほうから、犯罪者に対する憎悪なのか、憎しみなのか、湧き起る何かが、噴き出してきたように感じて、気づいたら、殺していた。
生かしておけたら、犯罪をおかした理由を聞けたかもしれないが、そんな余裕は、リリスにはなかった。
剣を持っていた両腕は強く握りしめすぎたのか震えた。
家に戻っても両腕の筋肉は張っていたが、罪悪感よりも、達成感のようなものが勝り、その夜のリリスは、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。