47章 ピーターの意地
ピーターは、セルフィのことを毎日のように熱く語った。
でも、それはピーターだけではなかった。大勢の生還した農民たちが、セルフィという人物がどれほどのことをしたのかを家族や友人たちに話していたのだった。
しかし、ひとりとして、金貨のことは公にはしなかった。
そして、240人たちに金貨10枚渡った事実は、そのまわりの生活も安定させるものとなる。
死ぬギリギリの状態から、金貨を崩していけば、栄養失調で死ぬなんてことは限りなくなくなるほど源の与えた金貨は余裕のある生活を貧民地の人々にもたらすことになるのだ。
最後の戦いで死んだ14人の農民兵の家族にも、金貨30枚がきちんと裏で渡されていた。
家族は死んでしまったが、何もなく死んだのではなく、残った家族のために信じられない高額のお金を残せたのだ。その死は無駄ではなかったと遺族には、思わせてくれるものだった。
それと同時に、出兵しなかった農民の中から国紙の内容は何だったのかという疑問も少なからず上がっていた。
安全だということで送り出したはずだったのに、結局、多くの出兵した農民兵たちは、いのちを失ったのだ。400人生き残っただけでも奇跡だった。不平不満が募るのは当然のことだ。
リタ叔母さんは、貧民地に少しいい風が吹いていることに逆に懸念を抱いているようだったが、リリスにはその理由が理解できていなかった。
リリスにとってピーターが帰ってきてくれたことが、何よりもの朗報で、望むものだったからだ。
リリスは、冒険者の仕事で、貴族のパーティに動物たちを参加させるという依頼を受けて、そつなくこなした。
そして、その帰りに、市民園のお店でピーターへのプレゼントを探す。無事に生還したお祝いとして、洋服でも買ってあげようと思った。
農民は、服を買う余裕もなく、つぎはぎだらけの服を着るのが普通だったからだ。
少し余裕がある農民などは、綺麗な新品の服を手に入れることもあったが、ピーターの家はそれほどのゆとりは無かった。出兵の報酬のおかげで、金貨はもっていたけれど、それを自由気ままに使えば、怪しまれるから、結局、いままでの生活と変わらなかった。
でも、冒険者の自分からの贈り物なら、言い訳にもなると思っての服選びだった。
少し地味だけど紺色の新品の男性用の服を買って、それをカバンの中にしまいこむ。きちんとした服装は、逆に農民には不自然になってしまうからだ。
今から帰れば、ピーターも、農業が終わった頃合いだろうと思いながら、リリスは帰った。
そして、ピーターと一緒に、大自然がみえる丘まで行き、時を過ごす。ピーターが無事に帰還したお祝いのプレゼントとゆっくりとふたりだけで、時間を過ごしたいと思ったので、動物たちもいない。
「最近、リリは、なんだかこどもっぽいことをしなくなったよね」
とピーターは、リリスをみながら話をする。
「え?そう・・・かな?」
「だってほら。以前なら動物たちを使って、ぼくを驚かせることばかりしてきてたでしょ。でも、最近は、そういうことあまりしないから」
リリスは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「だって・・・ピーターとは友達っていうか、そういう関係だったから・・・でも、今はわたしたち違うでしょ」
「お互いに誤魔化さずに、素直な会話ができるようになったからね。リリが何だか、女性になったなーってね」
「わたし綺麗になった?」
ピーターは、恥ずかしそうにそれに頷く。
「うん・・・リリは、昔から可愛かったからね」
二人の関係も変わり始め、友達や幼馴染から男女の関係になり、このままふたりの時間が長く続いていくように感じた。ふたりだけの空間だから言えることもあって、その時間が心地よく感じる。
生きてふたりが出会えたことへの感謝の気持ちが実感としてわいていた。それも、ピーターが無事に生還してくれたからだ。
リリスは、カバンの中に手をいれてプレゼントを出そうとする。
だが、ふたりの幸せな時間を打ち壊すような出来事が突然、ふたりに襲い掛かる。
遠くから馬に乗った5人組が、走り寄ってきたのだ。
たぶん、ボルフ王国に向かう途中なのだろうと思わせる。
リリスと、ピーターは、地面に座ったまま、様子を伺っていた。そのまま走り去ると思っていたからだ。
だが、5人組は、なぜか、リリスとピーターのまわりを馬に乗ったまま、まわりはじめた。
女性ひとりを含めた5人組の目つきは、あまりよくない。
それぞれが禍々(まがまが)しい装備をしている。騎士ではない。どこかの街の冒険者かもしれないとも思ったが、そんな雰囲気でもない。
「何だ?」「何?」とピーターとリリスは、声に出すが、5人組は、何も言わないで、笑っている。
そのまま、ぐるぐるふたりの周りをまわり続けるだけで、何がしたいのか分からなかったが、ひとりが馬の上から声をかける。
「お前たちは、ここで何をしてるんだ?」
「ただ、ふたりで話をしていただけよ」リリスは答える。
「ケケケ。お話だと?じゃー俺たちともお話してくれよ」
男はヤラシイ顔付きで、リリスに話を持ち掛ける。誠意は感じられない。
ピーターに向かってひとりが話しかける。
「おい。男。俺たちが何者なのかわかるか?」
ピーターは、5人組をみるが、会ったこともない顔だった。出兵でもみかけたわけではない。
「会ったこともないね」
「そういうことじゃねーよ」と言いながら、ひとりは、腰から剣を引き抜いた。
「俺たちの仕事は何か当ててみろってことだよ」
もしかして、こいつらは、盗賊か何かか?とピーターは思った。
こんなところに盗賊が出没するなんて聞いたことはなかった。
盗賊が村を襲うことはよくあるがここは、王国だ。たった5人だけの盗賊が王国に手を出すとは思えない。
しかも、貧民地で、自分たちは、どうみても、お金など持っていない。そんな者を襲うなんて、何の利益があるというのだ。例え農民だとしても、ボルフ王国の者に手を出せば、王国から追われるだけなのだ。
「わ・・・わからない・・・ただ・・俺たちは、何も持っていない。金になるようなものは何もない」
5人組は、それぞれの武器を持ち始めた。ハンマーのような武器やこん棒を持ち、馬の上から振り回しはじめる。女性は、小さなクロスボウを持った。
「俺たちがお金がほしいということは、分かったみたいだな」
といって、ひとりの男は、ナイフを舐め始める。
ピーターも混乱していたが、リリスも混乱していた。
今までの相手は動物やモンスターはあっても、人とは争ったことがリリスには無かったからだった。動物を使って人に危害を加えたことは一度も無かった。どうすればいいのか分からず、混乱していた。
突然ひとりがハンマーを思いっきり、リリスの顔面にぶつけた。
リリスはそのまま倒れてしまった。
「リリー!!」ピーターが、叫んだと思うと、女は、ピーターの太ももに矢を放った。
その矢は、ピーターに直撃して、ピーターも足に手をやりながら、地に伏せてしまった。顔を下げたところ、こん棒で思いっきりピーターの頭を殴りつけると、ピーターの頭は割れて、頭から大量の血が噴き出す。
ピーターは、フラフラになりながら、倒れているリリスの上に覆いかぶさり、リリスを体で守ろうとするが、男が、馬からジャンプして、ピーターの体ごと、剣でふたりを貫く。
「ガッ!」という声をリリスは出すが、最初の顔面への攻撃のダメージで動けない。女は、何本もクロスボウに矢を準備しては、ピーターを楽しみながら狙い撃ちにする。
こん棒を持っていた男が、馬からおりて、倒れているリリスの顔に思いっきりこん棒をぶつける。
女性への攻撃を楽しむかのように笑う。
それを守ろうと瀕死のピーターはリリスの頭に両手を持っていき、守ろうとするが、その手ごと何度も攻撃を繰り返すので、ピーターの腕はぐちゃぐちゃになっていく。リリスの顔は、自分の血とピーターの腕の血で真っ赤になっていく。
5人組は大笑いしながら、ふたりの体から金目のものがないかを探るが何も無かったからか、腹いせにまた攻撃を繰り返えした。――――
――――リタ叔母さんの家のドアを強引に人々が、開けたと思うと、血だらけになったリリスとピーターが担ぎ込まれた。そのふたりをみて、伯母さんは顔を歪ませて絶叫した。
「リリーィ!!」
突然、何があったのか分からない状況に、混乱するが、すぐにリタ叔母さんは、色々な薬を準備し、ふたりの服を切り取り、裸にすると、大量のポーションで、血を洗い流すように振りかける。
ふたりが生きているのかさえも分からないので、顔をみるが、リリスの顔は、ひどいことになっていた。左目はつぶれ、歯が砕かれていた。ピーターは、もっとひどく、体中に、剣やナイフによる刺し傷と矢が刺さっていたままだった。息があることが不思議な状態だった。
ピーターの母親もかけつけるが、ピーターのその有様をみて、発狂する。
「リタ!お願いだよ。うちのピーターを・・・ピーターを助けておくれ!」
人々は、その家から錯乱した彼女を出すが、外から彼女の声は聞こえてくる。
みなで、リタの指示通りに、あらゆる措置をするが、血が止まらない。
リタは、もうピーターはあきらめた。
ピーターはリタが何をしても、もう助からないと判断して、リリスの傷をみる。
お腹を剣で深く突き刺され、内臓にまで達していると思われた。リタは、傷口を開き、内臓の様子をみるが、やはり傷ついていた。指先にマナを集めて、リリスの内臓を焼いて傷口をふさいでいく、そして、特製のポーションなどをつけて、血液を外に出して、縫合していく。
褐色していた内臓が赤くなりはじめる。それと同時に、ぬるま湯を準備させ、リリスの口から飲ませるように指示をする。
腕や足にも剣やナイフで刺された痕があったので、それも治していく。
危険なのは、頭部へのダメージだ。だが、リリスの場合は、顔面への強打はあるが、頭へのダメージは無かった。
リタは、ピーターも診ようとするが、手の施しようがない。何から手を付けていいのか分からないほどの傷を負っている。どう考えても血液が足りない。リタの持てる技術を注いでピーターに措置をほどこす―――