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45章 国紙の裏

近所の叔母さんが、血相を変えて、リリスの家に知らせを持って来た。


それは、出兵に出かけた農民たちがみな戦死したという知らせだった。


リリスは、その場で床に座り込んでしまった。


リタ叔母さんが、聞く。


「エバ。どうして、あなたは、そんなことを知ってるの?」


「街の門の前で、国紙こくしが配られていたからだよ」


国紙とは、この時代の国の新聞のことで、戦争や政治、あらゆる情報が配られ、国から認められた情報だけが発表される。普通は、貧民地では、国紙は配られることがなかったが、今回は、農民が関わった情報だけに、国からの許可が出て、門の外でも、特例として国紙が配られた。

農民たちは、文字の読み書きが出来ないので、国紙を手に入れても、その内容は分からないが、それを配る人間が、大きな声で、その内容を話たり、街の人々のうわさが、農民にも広がっていた。


近所の叔母さんは、その国紙を手に持っていたので、それをリタ叔母さんが、読んだ。

リタ叔母さんとリリスは、文字の読み書きができる。禁止されていることだったが、秘密裏にリリスに文字をリタは、教えていた。


『ボルフ王国軍は、シンダラード森林へと進行を開始。森深くに生息する狂暴なモンスター100匹を討伐する名誉ある使命を帯びて、第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジ殿下は、雄姿を現される。ボルフ王国の兵力強化のために、農兵も訓練として、参加をゆるされたが、狂暴なモンスターは、卑劣にも奇襲をしかけ、ボルフ王国農民兵に襲撃を加えた。第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジ殿下は、ご自分の危険をかえりみず、少数出陣した騎士兵をわざわざ動かし、農兵の救出を試みたが、凶悪極まるモンスターを騎士によって撃退した時には、すでに1000の農兵は、無惨な有様となっていた。ひとりも生存出来なかったその無念を騎士がモンスターを見事成敗することで、果たした。最後の息絶え絶えに、生きていた農民兵の言葉は、第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジ殿下への感謝であった。』


と書かれていた。


リタ叔母さんは、この内容に疑問を抱いた。


「これおかしいわね」


その言葉に近所の叔母さんが、聞いた。リリスも、その言葉に顔をあげて、リタ叔母さんをみる。


「何がおかしいの?」


「だって変じゃない?ここからシンダラード森林までは、人の足で、速くても五日はかかるわ。それが集団で移動するのなら、一週間ぐらいは必要よ。

国紙には、森深くのモンスターが、奇襲をしかけてきたことが書かれているということは、森の中での出来事のはず。この情報を持って来た人間は、たった二日ほどで、ここに戻って、国紙を仕上げたってこと?

どれだけ早く馬を走らせても必ず二日以上は、かかるはずよ。国はそれを計算にいれずに、フライングしてしまったということね」


近所の叔母さんは、分からないといったように言う。

「でも、実際に国紙は刷られてるじゃない」


「リリスのように動物を操れば、情報を早く届けることもできるけれど、この国の情報の移動手段は、馬よ。国紙を刷るのは無理なのよ」


「だから、国紙は刷られているって言ってるでしょ」


「エバ。その国紙の情報は、ありえないことが書かれているって言ってるの。その国紙の内容が、嘘ってことよ」


近所の叔母さんは、驚いた顔で言った。


「国紙の情報が嘘!?そ・・・そんな嘘を国が載せるわけないじゃないの」


「国紙は、国の都合のいい情報を広げるためにあるようなものなのよ。全部本当のことが書かれているわけじゃないわ。それに実際に無理じゃない」


「じゃーどういうこと?何が嘘で、何が嘘じゃない内容になるの?」


リタ叔母さんは、国紙を読んで、考え込む。


「どこからどこまで嘘なのかは、分からないわ。でも、すべて農兵が死んだとは言い切れないわ」


「どうして、そんなことが分かるの?」


「エバ。そして、リリス。あなたたちには、ショックかもしれないけど、農兵の多くが死んでる可能性は高いわ」


「だから、どうして、そんなことが分かるの?」


「それは、あらかじめ、国が農兵を狙っていると思われるからよ。時間と距離的に、実際に起こった出来事の情報を国紙に書き上げることは、不可能よ。でも、こうやって国紙に情報が載せられているということは、あらかじめ、国は農兵が死ぬことを想定していたということよ」


「国が・・・わたしたちの家族を狙ってる!?」


「そうとしか言えないことになってしまうわね。この国紙の内容は、出兵する前から事前に用意されていたということよ」


「モンスターだけじゃなくて、国も農兵を狙ってるのなら、本当に農兵はみんな死んだってことになるの?」


「さっきも言ったけれど、そうとも言えないわ。これは出兵前から用意されていた国が想定した内容で、実際に起こった内容の情報じゃないのなら、少なからず、逃げ延びている農兵もいてもおかしくはないわ」


リリスは、伯母さんたちの話を聞くだけで、頭が混乱して、何も言葉に出来なかった。ただ祈った。


『お願い。ピーターを・・・どうか・・・ピーターの命をお守りください。神様!』


リタ叔母さんは、話を続けた。

「ただ、残念なのは、農兵は、生きていても、ここへは戻ってくれないと思うわ・・・」


「どうして?」


「国は、出兵したすべての農兵が死んだと国紙に明記されているわ。ということは、生きている農兵を国に帰ることをゆるすはずがない。命を狙われ、生き残った農兵がいても、国に帰れば、いのちをまた狙われると考えるはずだから、生きていてもここには、帰ってこないと思うの。わたしなら帰らないわ。帰っても、密かに帰って夜のうちに家族と一緒に、国を出るわね」


全員、死んでいるとは言えない。生き残っている農兵も少なからずいると思われる。

でも、生き残った農兵も、この国に帰って来ることができない状態にされているというリタ叔母さんの意見を聞いて、リリスと近所のエバ叔母さんは、気を落とした。前向きに考えても、完全に死んだと思っていたよりは希望がかすかにあるという程度だった。


最後に、このことは、誰にも言わないようにと、リタ叔母さんは忠告した。国が国紙を使ってでも、やろうとした悪行につながる証拠に気づいた人間をよく思うはずがないからだった。


そして、国紙の情報が貧民地に広がると、農民たちの雰囲気は、暗いものへとなっていった。

声に出してはいないが、農兵をだれひとり救うことが出来なかったボルフ王国第三王子キグダム・ハラ・コンソニョール・サムジへの怒りは、募っていった。


今回の出兵は安全だということで、行われたはずだったのに、それが1000人全員が死んだという結果は、どんな言い方で言われても受け入れられるわけがなかった。だが、それを口にすれば、裁かれることも分かっていたので、黙っていただけだった。


リリスも貧民地の人々も、国紙の情報を知っていても、それでも愛するひとたちが、生きていることを望んで、待ち続けた。


一週間後、リタ叔母さんの予想とは違い240人もの人々が、突然生きて帰って戻って来たのだった。


貧民地のみんなは喜んだ。国紙の情報から、ひとりも生きていないと思っていたところに240人も戻って来たからだ。


リリスは、それを知って、すぐに、帰って来た人たちのところに向かった。

そして、その240人の中からピーターを必死で探す。

貧民地のひとたちが、もの凄い数で集まり、自分たちの家族が生還したのかリリス同様に探している。リリスは、祈りながら探し続ける。


『ピーター!お願い!生きていて!お願い。ピーター!』


リリスの心の底からの祈りは虚しく、探しても探しても、ピーターの姿は無かった・・・。どこを探しても、見つからない。大勢の人たちが、抱き合って喜んでいるが、ピーターはみつからない・・・。リリスのようにまだ家族が見つからない人たちもいて、歓喜と悲しみが両極端に存在し、広がっている。


リリスは、人目をはばからず、涙を流しながら、ピーターを探し続ける。リリスは、大きな声で呼んだ。


「ピーター!ピーター!ピーター!」


だが、リリスの声に答える人はいない。

その声は叫びすぎて、かすれていった。

リタ叔母さんは言っていた。最悪のことを受け入れなさいと・・・。それが現実となったとリリスは思った。


『ピーターは・・・もういないんだ・・・ピーターは・・・』



諦めかけていたその時、「リリー!」という声を聴いた。


ピーターの声だ!。リリスは、驚いて、その声の方向に振り向くと、ピーターが手を振って立っていた。リリスは、駆け寄りピーターに抱き付いた。


「うわ!リリ・・・」


「ピーター・・・もうダメだと思った・・・・わたし・・・あなたは死んでしまったって・・・」


ピーターは、リリスの頭を撫でながら、謝った。


「ごめんよ。リリ・・・心配かけたね・・・本当にごめん。でも、僕は必ず帰って来るって言ったろ」


リリスは、ピーターの言葉にピーターの胸の中で頷いて、無言の返事を返す。


二人はいつまでも、抱きしめ合って、生還したことを喜んだ。

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