44章 モンスター
ピーターは、農民仲間と一緒に、武器とも言えないような装備で、遠征に向かってしまった。
リリスは、変装し、1000人の農民兵の中に、こっそり紛れ込んで行こうとしたが、ピーターに声をかけると、ピーターがリリスのために兵士に報告して、リリスは追い帰された。
農民兵の中にも、リリスへの警戒する目が出来てしまったので、もう入り込むことは出来ない。
それから、心配して、不安な時間を過ごした。
自分が一緒に行くことが出来れば、これほどの不安には襲われないのにと想い悩む。
そんな時にも、冒険者の仕事は、舞い込んでくる。
リリスにとっては、何もしないよりは、行動するほうが、不安でいる時間が少なくて済む。
リリスが扱う動物やモンスターの数は、日に日に増えていった。あのビッグボアでさえも、リリスが呼べば、一緒に戦ってくれる。
リリスが動物たちと共に戦う時は、まるでオーケストラの指揮者のように両手を振り上げる。
動物たちは、何も指示されてもいないのに、不思議とリリスの望んだような攻撃を相手に与える。
やりすぎることもなければ、弱すぎることもない攻撃で敵を翻弄させるのだ。人間はもちろん、動物たちの命も簡単には奪わなかった。
リリスは、目をつぶるとまるで自分の意識が動物たちと一体化しているような感覚になり、動物たちが見て感じたものまで、共有できる。目を開けたりもするが、目を閉じていたほうが見えるようにさえ思えてくるほどだった。
このリリスの能力は特殊だった。
マインド系のマナには、人とテレパシーを送り合うというマインドリンクがあるが、リリスの場合は、それが動物対象になり、言葉だけではなく、感覚まである程度共有できてしまうもので、マナというよりはスキルに近いと鑑定士から言われた。
このようなスキル、またはギフトは、過去、存在するとされていたらしいが、詳しいことまで把握できていなかった。
マインド系のマナを使うと、保有量のマナも多少なりとも消費されていくのだが、リリスの場合は、スキルのためか、マナを消費しないようだった。
だから、マナ切れを起こして気を失うこともなければ、逆にそれ以上の能力を発揮するということも今はなかった。
マナに左右されるのであれば、リリスのマナ力の出力をあげれば、その共有の性能も上限するからだ。
ただ、スキルも熟練度があるので、使えば使うほど、どのように変わって行くかまではまだ分からない。
珍しい能力、動物をコントロールするという能力を持つという少女が冒険者にいるということは、一部の貴族のちょっとした話題になったのだろう。彼女に会いたいという動物好きの貴族が、リリスを呼ぶという仕事もあった。
そこには動物たちを連れて行って、その様子を貴族にみてもらうという出張動物園のような仕事だったが、ヘタをすると狩りよりも報酬がいい時さえあった。
このように少しずつ知名度があがっていくことで、ご指名で色々な仕事が舞い込んでくるようになるのだ。ほとんど何でも屋といった仕事が、冒険者の仕事だった。
仕事が終り夕方になると、リリスは、不安が襲う。
仕事をしている間は、集中しなければいけないので悩みも考えなくて済むが、仕事が終わるとどうしても考えてしまう。
農民のほとんどは、体が細かった。
自分たちが食べるものさえも困るほどの納税の義務が激しかったからだ。
入った収入の何割という計算ではなく、与えられた畑の大きさから高い納税の量が決められるので、税金のために借金をするという意味の分からない状況に陥る農民さえもいた。
ピーターの家族には、リリスや叔母さんからの助けがあるのでまだ生活はいいほうだが、それでも武器を持って戦うなどピーターはしたこともなかった。
出兵に出る前に、仲間たちと練習をしていたが、武器として使うというよりも農作業の練習をしているかのようだった。コボルトでさえも倒せるのか心配になるほどだ。
想い悩むリリスをみて、リタ伯母さんが、声をかける。
「リリ。ピーターのことやっぱり心配?」
「わたしが一緒にいくことは国から強く反対されたの。ピーターは優しいからモンスターと戦えるとは思えないわ」
リタ伯母さんは、リリスの頭を撫でながら話す。
「友達を心配することは分るわ。でも、心配な時は、最悪なことを想定しておいてちょうだい」
リリスは、その意味が分からなくて、伯母さんの顔をみながら聞いた。
「それは、どういう意味なの?」
「一番最悪な状況を最初から受け入れておかなければ、どんな悲劇も納得できなくなるわ。
戦争もあれば、盗賊もいる。モンスターもいれば、魔女だっている。いつ何が起こるのかわからないのよ。だから、一番最悪なことを受け入れていかなければ、心に闇を作ってしまうの」
「最悪なことってどんなことよ?」
「それはもちろん」
伯母さんが言葉にしようとした内容を察知して、リリスは大きな声で話の続きを止めた。
「やめて!そんなこと考えたくもない!」
リリスは、目に涙を溜めていた。それをみて、伯母さんは聞く。
「もしかして、あなたたち、付き合ってるの?」
リリスは、まだピーターのことを叔母さんに話していなかった。照れくさいということもあったからだ。でも、こういうことがある時に正直に言っておいたほうがいいと思った。
「うん・・・。リタ叔母さんには言おうとは思ってたんだけど、ピーターと結婚したいと思ってるの」
伯母さんは、それを聞いて少し険しい顔をした。リリスからみて、あまり嬉しそうな顔をしていないと感じたので、恐る恐る小さい声で聞いた。
「ダメかな・・・?」
伯母さんは、少し考えた後、リリスの隣に座って、真面目な顔で話した。
「あなたには、話しておかなければいけないことがあるの」
「な・・・なによ・・・。」
「わたしたちは、ここで暮らしていくために、どうしても、他人には言えないことがあるのよ」
「言えないこと?」
「そうよ。あなたも人を好きになるほど大きくなったから話さなければいけないわね。わたしの話を落ち着いて聞ける?」
伯母さんが何を言っているのか、リリスにはまったく分からなかった。でも、そんな話をする叔母さんは、はじめてで、気を少しひきしめて返事をした。
「うん・・・。」
「わたしたちは、人間じゃないのよ」
リリスは、想定外のいきなりの言葉に、大きく目を見開いて聞く。
「どういうこと!?」
「わたしたちは、確かに見た目は人間だけど、本当はモンスターの分類に当てはまる種族なのよ」
「わたしたちがモンスター・・・?どういうことなの?」
「モンスターの中にも、色々なモンスターがいるわ。例えば、魔女なんかも、見た目はほとんど人間でしょ」
「うん・・・」
「でも、魔女は、人間じゃないの。魔女は魔女というマナを大量に保有することに特化したモンスターの種族なの。正確には、知的モンスターだと言われているわ。そして、わたしたちも、同じように、見た目は人間だけど、人間のそれとは違うモンスターの種族なのよ」
「わたしたちの種族は、なんていうの?」
「妖精族よ」
「妖精族?」
「そうよ。エルフとはまた違うわ。エルフは、人間と妖精族のハーフだけど、わたしたちは、純潔な妖精族なの」
「よく分からないわ。だってわたしたちのほうが、エルフよりも人間とそっくりじゃない」
「わたしたち妖精族には、二度の誕生があると言われているの」
「二度の誕生?」
「どのように二度目の誕生を迎えるのかは、伝えられていないけれど、その二度目の誕生を迎えた妖精族は、見た目も大きく変化すると言われているの。そして、その変化した妖精族と人間との間に生まれたのが、エルフなの」
「でも、どうして、そんな話を突然するの?」
伯母さんは、綺麗なその手でリリスを引き寄せて、抱きしめながら言った。
「第二の誕生を経ていない妖精族は、人間との間に子孫は生まれないのよ」
ピーターは、人間。そして、リリスは、まだ完全な妖精族ではない。ピーターが妖精族であることを受け入れてくれるかも分からないし、リリスの今の姿をピーターは愛しているのであれば、ピーターとの間には、こどもは生まれることはないということになる。
こどもを生むことが出来ない女性をピーターとその家族が受け入れてくれるとは思えない。
だから、伯母さんは、ピーターと付き合っていることを知って、この話をしはじめたのだとリリスは理解した。
「人間とは、絶対にこどもは生まれないの?」
「もともと妖精族と人間は、まったく別の生き物なの。だから本来は、完全な妖精族との間であっても、生まれることはないのよ」
「でも、エルフがそうなんでしょ?」
「エルフとエルフには、こどもは生まれるわ。でも、エルフと人間との間には、こどもは生まれないの」
「そうなの?」
「そうなのよ。エルフ同士ならこどもは生まれるけれど、本来は、人間と妖精族はまったく別なの」
「じゃー最初のエルフは、どうやって生まれたのよ?」
「妖精族には不思議な力が備わっているの。特に妖精族が得意としているのは、自然界とのコミュニケーションなのよ」
リリスは、自分や叔母さんの特長を十分わかっているから、自然界との関わりは、すぐに理解できた。だから自分は、動物たちと分かり合えたのかと分かった。
「完全な妖精族になると、自然界との調和が強化されて、自然を利用した配合が可能になると思われるのよ」
「よく分からないわ」
「特殊な花の中で、人間と妖精族の配合を昔の完全な妖精族はして、こどもをお腹ではなくて、花から産んだのよ。それが最初のエルフたち」
「じゃーわたしとピーターが結婚して、わたしが完全な妖精族になったとしても、わたしのお腹からはピーターとの子は、産むことが出来ないってこと?」
「今は、その方法しかわたしには考え付かないわ。だから、あなたには、きちんと話しておきたかったの」
リリスは、落ち込んだ。どうして、こんなに美しいリタ叔母さんが、好きな人を見つけないのかも、納得できた気がした。
ピーターが、こどもも産めないようなわたしと結婚してくれるとは思えない。
ピーターは受け入れてくれても、ピーターの家族は内心は反対してしまうと思うからだった。
リリスからしても、ピーターにそんなことは背負わせたくはないと思った。
「わたし、少しひとりで考えてもいい?」
「もちろんよ。ゆっくり考えて。でも、これだけは頭に入れておいて、わたしたちが妖精族だということは、誰にも言ったらダメよ。ピーターだけにしてちょうだい。何かわたしに出来ることがあるのなら、何でも言って、わたしはあなたの幸せのためなら、何でもするからね」
リリスは、伯母さんが、どうしてそれほど妖精族のことを秘密にするのかは、分からないけど、今は自分が人間ではなくて、そのことでピーターともうまくいかなくなるかもしれないというショックが大きくて考えられなかった。
リタ叔母さんは、綺麗な顔でリリスに優しく微笑み、優しく声をかけてくれたので、リリスは、イスからゆっくり立ち上がり、自分の部屋いこうとしたが、家のドアをドンドンと大きく叩く音が響いた。
近所の叔母さんが、青い顔をして、話した。
「大変だよ!出兵に行った農民たちが、みんなモンスターにやられたって・・・!」
リリスはそれを聞いて、頭が真っ白になり、その場でストンっと座り込んでしまった。