42章 ピーターの不安
17歳になったピーターは、不安を募らせていた。
自分はいつまでたっても、農民から抜け出すことはできない。文字の読み書きも禁止され、本を読むこともできない。毎日毎日、決まった場所の畑で農業をして生きているだけで、この先も、その選択枠しか考えられない。
しかし、リリスは違っていた。
リリスは、天からの贈り物ギフトだと思われる能力を持っていた。動物や生き物をコントロールすることができるのだ。
そして、その能力を使って何度も畑を荒らすモンスターを追い帰してきた。
そんなリリスの活躍をみて、冒険者がリリスを冒険組合に加盟するように勧めたのだ。冒険者は、リリスの才能を絶賛した。
リリスは、それを二言返事で承諾して、今は冒険者の見習いとして、入った。
入ってすぐに、その才能を認められ、有力候補の人材とまで言われるようになっていた。
ピーターからみれば、リリスの人生はこれからも花開いている。
そして、自分は変わらない農民の人生だ。
何がピーターを不安にさせるのかと言えば、ピーターは、リリスのことが好きだったことだ。
リリスがいたから、農業以外でも、森や動物たちと楽しめたし、喜びも味わうことができた。そんなリリスがいなければ、自分の人生は何なのか分からなくなる。そんなことを毎晩のように考えると、リリスの存在が大きくなっていった。ピーターの中では、リリスは、ただの幼馴染では無くなっていたのだ。
リリスも17歳になり、あいからわらず、背が小さく緑色の帽子と服を着ているが、とても綺麗な女性へとなりつつあった。リリスは、毎日のよにピーターのところに行っては、時間を費やしていた。
ピーターは、リリスに聞いた。
「冒険者は危険だったりしないの?」
リリスは、上向き加減で、考えて返事をする。
「うーん。畑に出てくるモンスターを追い出すよりも安全かもしれないわ」
「そうなの?」
「うん。だって、畑の時は、わたしと動物たちで対処するしかないけど、冒険者の仕事には、仲間たちが必ず一緒にいるから、安全になるの。わたしが危険だった時も、体を張って助けてくれる仲間もいるのよ」
「そうか・・・ぼくたちは、ほとんど何も出来ないもんね・・・」
また、ピーターは落ち込んだ。それを見てか、リリスが励ます。
「農業は、追い払うことが仕事じゃなくて、食べ物を育てるのが仕事でしょ。そのおかげで、冒険者も生きていられるのよ。何でもしようとしなくてもいいじゃない」
ピーターは、リリスのそんな言葉を聞きながらも、普段からの不安がこみあげてきて、突然大きな声を出した。
「リリスは・・!!」
その声にビックリして、リリスは、目を丸くしてピーターを見た。
「突然どうしたの!?」
ピーターは、逆に小さな声になって話した。
「リリスは・・・冒険者と結婚するの?」
「え・・・!?どうして突然そんな話をするのよ?」
「だって・・・これからもリリスは冒険者の仕事を続けるんでしょ?」
「いつまで続けるのか分からないけど、わたしには、冒険者は向いてると思ってるの。国の外に行くこともあるし、沢山の動物やモンスターにも会えるし、何だか自由に生活ができている気がするから。それに収入もいいじゃない?」
「なら、結婚する相手は、冒険者じゃないの?」
「分からないわよ。叔母さんみたいに結婚しないかもしれないし、ピーターと結婚するかもしれないじゃない」
ピーターは、その言葉を聞いて、驚いた顔で、リリスの顔をみて聞いた。
「僕と結婚する可能性もあるの?」
「わたしピーターのこと好きだもん。小さい頃から兄妹のように一緒にいるし、ピーターと一緒にいるのが、一番気楽で、自分らしい気がするの。もちろん・・・ピーターは嫌だろうけど・・・」
ピーターは、必死で顔を振って否定した。
「そんなことないよ!リリ。僕も君のことが好きなんだ!」
「本当に?」
「本当だよ!」
「リスにピーターを運ばせて泣かせたよ?」
「それでも好きなんだ!」
「これからも動物で問題を起こすかもしれないのよ?」
「そんなこと慣れっこだよ!」
「わたしピーターには、感情的に嫌な言葉をいっちゃいやすいの。それでもいいの?」
「君の声なら、君の言葉なら、いつまでも聞いていたいよ!」
リリスは、涙を目に溜めながら微笑んで、ピーターの手を左手で握った。ピーターは、リリスの細い手を添えられて、赤い顔をして、硬直する。
「俺・・・リリスが遠くに行っちゃうような気がして、不安だったんだ」
「わたしが?どうして?遠くになんて行かないわよ」
「勝手に、色々不安を抱えて、変な想像をしていたんだ。リリとはもう、こうやって会うこともなくなれば、僕の生きている意味なんてあるのかってずっと悩んでて・・・」
「ピーターは優しいじゃない。わたしだけじゃなくて、みんなに優しくて、動物にも優しい。そんなピーターが意味がないわけないでしょ」
二人は、同時に
「落ち着いたら」と言った。
「何?」とピーターがリリスに聞く。
「ピーターこそ何?」
「うん。落ち着いたら、リリの冒険者の仕事が落ち着いたら、け・・・け・・・」
リリスは、ピーターの腕を両手で持って、ピーターを揺さぶりながら聞いてきた。
「何よー??」
ピーターは、目をつぶって叫んだ。
「結婚しよう!!」
リリスは、ピーターの顔を両手で、優しく包んで、自分のほうに、ピーターの顔を向けさせ、涙を浮かべながら言った。
「わたしも同じこと言おうとしたの。わたしと結婚してください」
ピーターは、両手で顔を包み込むリリスの細い手に重ねるように手を添えて、そして深い想いで、小さく頷いた。
「うん。結婚しよう」
いつ死ぬのか分からない世界情勢の場合、結婚は早目にする場合が多くなる。
こどもなども、多く生むことで、自分の生きてた証を残そうと自然と行動に起こしているのかもしれないとよく言われる。リリスとピーターの結婚もまた、誰に言われたのでもなく、そういった要因があったのかもしれない。
ピーターはリリスを失うことへの不安から、結婚を決断し、リリスは、いつ死ぬかもしれない冒険者の仕事を考え、それを承諾した。ふたりの違う想いが重なった未来への展望だった。
ふたりの想いがハッキリと通じ合ったその瞬間は、ふたりの体の奥から言い知れないものが込み上げて、幸せを感じた。いつまでも、これを味わっていたいと全身全霊で感じていた。