41章 コンタクト
リリスは空を飛んでいた。その高さは20mにもなる。小さな女の子の体重だとはいえ、うさぎなどと比べると重量がある。体全体でしっかりと空気を捉えて、巨大なコンドルが、リリスの右腕を両足で掴みながら、空を移動していた。
リリスは、空まで突然、連れてこられ、自分の腕を掴んでいる生き物を下から上に首をあげて、何でもないかのような、平然とした顔で見上げ、話しかける。
「何してるの?コンドルさん」
コンドルは「グワグワグゥア」と鳴いた。
「そういうことね。でも、突然こんなことしたらだめよ。それに、一度家に帰らないと治してあげられないわ」
とリリスは言うと、指をさして方向を教えた。
コンドルは、そのままリリスの家まで運んだ。
そして、すぐにリリスは、家の中に入って叔母さんの棚から緑色の瓶と箱を自分のカバンに入れて、また外に出て行った。
「診てあげてもあげてもいいけど、ピーターの畑を荒らしたのは、あなた?」
「グアグウグアアアウガ」
とコンドルは鳴く。
「あーそうなの。分かったわ。あなたも急いでいるかもしれないけど、まずはまたピーターの畑まで戻って。ピーターたちを助けてあげないといけないから」
とリリスが話すと、コンドルは、先ほどリリスを連れてきたピーターの畑まで連れて行った。
畑には、長い棒を持った人々と一緒にピーターもモンスターと対峙していた。
それは、ビッグボアと呼ばれる猪モンスターだった。
ビッグボアは、人間の姿をみると荒れ狂ったように狂暴になる。
「グルルル」と小さく音を立てるが、鳴きながらでも突如、普通の猪と比較にならないほど、凄まじい突進をしてくるモンスターだ。
これぐらいのモンスターになると騎士や冒険者などがいないと対処できない。
農民たちは、柵をモンスターとの間に挟んで、長い棒でなんとか、応戦しようとしているが、その柵もビッグボアが本気になれば、ひとたまりもない。
どうしょうかと手を拱いている村人と、いつ襲いかかってくるのか分からないビッグボアの間、柵の前に空からコンドルとともにリリスが降りてきて、仁王立ちになってビッグボアに話かけはじめた。
「あなたね!?ピーターの畑を荒らしたのは!」
小さなリリスが、ビッグボアという狂暴なモンスターの前で、話かけはじめるので、ピーターや村人が、もの凄く動揺して慌てている。
「グルグルルルル」とビッグボアは唸る
「そりゃー当たり前じゃない!ここは畑なんだから、イモはいっぱいあるわよ。あなたたちは、森の中のイモを探して食べないといけないのよ」
「グルルルル」
「ほら、まわりをみてごらんなさい。動物やモンスターが入らないように柵がしてあるでしょ。これは人間が毎日働いて育てたイモ。あなたたちのイモは、森の中に沢山あるでしょ。手に入れるのが簡単だからってここに来たら、あなたが食べられちゃうわよ?」
ビッグボアは、まわりの柵をみまわしている。
村人たちが、その状況をみて、心配しながら他の人に聞いている。
「リリスは、モンスターとも話ができるの?」
村人たちは首をかしげていたので、ピーターが答えた。
「リリスは、音とか言葉じゃなくて、感じるみたいに分かるって言ってました」
「あなたも分かるのかい?」
「僕は・・・まったくわかりません・・・」
本当なのか?と心配しながら、村人は様子を伺うしかできない。ヘタに割り込んでいったら、それがビッグボアの突進の引き金になり、リリスを危険に合わせてしまうかもしれないからだ。小声で、リリスに戻るように言っているが、リリスは、話をやめようとはしない。リリス以外の人たちは、そわそわして、混乱している。
「それでも分からないなら、わたしがあなたを倒すよ」
「グルルルル」
「できるわよ!当たり前じゃない」
そういうと、リリスは、右手を真上に挙げた。すると、森の中から次々と鳥の大軍がピーターの畑に飛んで来て、集まり始めた。その数400羽はいると思われる。ビッグボアは、驚いているのか、あっちこっちの鳥に目をやってその場で、グルグルとまわりはじめた。
「今は鳥たちだけど、わたしの友達は鳥だけじゃないわよ!?」
というと、ビッグボアは、「グルルルル」と言って、その巨大な体震わせ森へと大人しく帰って行った。
リリスが無事にビッグボアを森に戻すことに成功したことで、村人は拍手をしはじめた。そして、リリスにみんな声をかけてきた。
ピーターはリリスに走り寄った。
「リリ!君が空に飛んでいった時は、驚いたよ。何度も呼んで追いかけようとしたけど、ビッグボアが現れるし・・・」
「あーごめんね。わたしも突然だったの」
村人が喜んでいる中、ビッグボアが出没したという話を聞いて、冒険者たちが、それぞれ特有の武器を携えて、数人やってきたが、もうビックボアは森へ帰って行ったという話を聞いて驚いていた。
「あの女の子が、ビッグボアを追い返しただって!?」
「本当よ。わたしはこの目でみました」
それを聞いて、冒険者のひとりが、リリスに話しかける。
「君、本当にビッグボアを追い返したの?」
でも、リリスは、その質問に答えなかった。
「ごめんなさい。わたし少し急いでるの。ピーターもごめんね。ちょっと言ってくる」
とリリスは、また手を挙げると、コンドルがリリスを掴んで、空を飛び、森へと消えてしまった。
女の子が、巨大なコンドルを利用して、当たり前のように空を飛ぶのをみて、冒険者たちは、驚いた。そして、さっきのは、本当の話だったのかと思った。
森の奥、木々が立ち並ぶ茂みの中に、一匹のコンドルが、足に怪我を負い倒れていた。生きてはいるが、怪我の痛みで空を飛ぶのもままならないといった様子だった。
コンドルは、他のモンスターに攻撃されて、傷ついてしまっていた。
リリスは、怪我しているコンドルがいた大きくて高い木の枝まで、連れてきてもらうと、コンドルの足をそっと持って傷の具合をみたが、出血と汚れで見えずらかった。
そこで、カバンの中に入っていた水筒を取り出して、その中のお茶で、出血や汚れを洗い流し、叔母さん特性のジェル状の液体を多めに塗ると、箱の中から、透明な薄いシートを何枚も付けた後、包帯で巻いていった。それはアミラーゼで出来た保護材だった。
日ごろから叔母さんがしていることをマネしてリリスは見様見真似でやっているので、上手に巻けているとは言えなかったが、薬の性能が良くてそれで十分だった。
「足が完全に治るまでは、包帯も取ったらダメだからね」
とリリスが言うと、リリスを連れてきたコンドルは、深く頷いた。
リリスは、怪我をして元気がないコンドルにお茶を飲ませて、また、ピーターの場所まで、送ってもらった。コンドルは何度も頭を下げて、飛んでいった。
農民のみんながリリスがビックボアを追い帰したという話をするので、それが叔母さんの耳にも入り、リリスは強く叱られた。リリスには危険なことをしてほしくないからだ。でも、リリスは日を追うごとに動物たちと仲良くなり、その中には、モンスターも含まれていった。