40章 英雄たちの台頭1
ボルフ王国は、140年というキグダム家による歴史を持つ王国だが、さらに400年も前になると大共和ケーシスという名の巨大なアニマル連合がドラゴネル帝国に加盟しながらもこの土地を支配していた。シンダラード森林も当時は、その中に含まれていた。
大共和ケーシスは、モンスターと共に、多くの生き物が自由に行き来し、自然の営みを大切にするという思想を持って、集まったコミュニティの集合体だった。
彼らは、自然を大切にして、組織という概念を深めることなく、共生するのを信条にして、街らしい街もないのに、それでも生き物が集まり、それは国となってしまった。
龍王がいなくなり、また不安定な世界へと変わりつつあった世情であっても、アニマル連合は、破竹の強さを誇っていた。
武器や文明というものは皆無だったが、生き物たちの楽園として有名になっていた大共和ケーシスは、多くの生き物に支持され、人口は増える一方で、命をかけようというすべての生き物によって守られていたからだ。
上もなく、下もなく、ただ自然界でその日その日を食べて生きていくというだけの集合体なのに、絶大な武力を保持していたのだ。
文明もなければ、お金もなく、お金もなければ盗むものもなかった。
争う理由も比べる理由も、税金もないので、脱税することもできない、追い込まれることもなければ、犯罪に意味を与えなかった。はじめから大共和ケーシスには無かったからだ。すべての生き物からケーシスは楽園と呼ばれた。
それでも楽園を傷つける者に対して大共和ケーシスのすべての生き物が命をかけて戦った。すべての悪に対して、即座に制裁が適応された。
その大共和ケーシスを作ったのは、龍王に仕えた最強の10人、龍王騎士団長のひとり、ビーストナイトの称号を持ったケイト・ピューマ・モーゼスだった。
ケイトは、どこまでも優しさかったが、それゆえの激しい気性があった。
平和を乱すものへの制裁は、他の龍王騎士団長も眉をひそめるほどだった。
彼女が目指した理想の世界の構想を知ると龍王は、感化され、彼女に土地を委ねた。
ドラゴネル帝国が全面的に後押しして、ケイト・ピューマ・モーゼスが、管理したのだ。国でもないのに、戦いが帝国並みに強かったという大共和ケーシスは、類まれな集合体だったのだ。
しかし、その大共和ケーシスは、どこから攻撃されたというわけでもなく、ケイト・ピューマ・モーゼスの意思で、亡国への道を辿ったという。これもまた稀有な事例のひとつとなった。
無血でその土地は、もともとの地元の地主であったキグダム家へと譲渡され、ボルフ王国となる。
文明が皆無だった土地の上に、龍王の意思が失われたドラゴネル帝国が後押しして、ボルフ王国が建てられていくことになった。
これらの事実は、ボルフ王国による歴史観によって捻じ曲げられていった。
―――ボルフ王国には、3つのエリアがある。1つは、貴族園というエリアで、王族・貴族が過ごす場所である。もう1つは、市民園で、騎士や商人などが住むエリア。そして、最後が、農民や動物、そしてモンスターが住む貧民地である。
このことからも分かるように、ボルフ王国は、王国というよりは公国に近い国で、大共和ケーシスの以前から土地を持っていた貴族たちが集まる貴族中心の国だった。
ボルフ王国の宗教は多神教で、国民たちは宗教の自由があったが、結局、帝国の多神教であるメーゼ神教が色濃くボルフ王国にも広がっていた。
リリス・パームは、貧民地で生まれた小さくて可愛い女の子だった。
よく被っているのは、緑色の大きなクローシュに似た形で、ツバが大きい帽子だった。
大人が被れば普通にもみえるが、小さな女の子が被ると大きくみえた。本当は可愛い顔なのに、帽子をかぶると眉毛まで隠れて目だけが出ているようになってしまう。
大好きな叔母さんがくれた帽子をいつも被っていた。
緑色なのは、帽子だけではなく、彼女が着る服装も緑色が多かった。
彼女のまわりには、不思議と動物が集まり、小さな動物から大きな動物まで集まるので、大騒ぎになることもあった。だが、彼女に集まった動物たちは、みな大人しかった。それどころか、彼女の家の前には、毎日のように食料が届けられていた。動物たちが、なぜか彼女に食べ物を持ってくるのだ。
街の人たちは、その様子をみても、驚かなかった。なぜなら、彼女が動物をとても愛していたからだ。いつも彼女は、動物たちと一緒に過ごし、その動物たちに愛情深く接していた。
大共和ケーシスのなごりなのか、仲良くなった動物がそのような行動にでることは、この土地では昔からよく知られていた。
貧民地の人たちへの税は高く設定され、日々生きていくのにも苦しい状況だったが、リリスの家の近所は、動物たちの持ってくる食べ物のおかげで、何とか飢えをしのぎ協力しあうシステムが自然と生まれていた。
そういうこともあって、リリスの近所のひとたちも動物たちには感謝していた。
そんな動物たちから無理やり食べ物を奪おうとする者をみると、その地域の人たちは、きつく注意した。リリスにその話が伝わると、リリスは、その奪おうとした人を見つけて動物が持って来た食べ物を与えた。彼らは動物からその者は食べ物を奪おうとはしなくなった。
ただ、リリス・パームは、あまり人とは関わらなかった。人と関わっている時は、彼女は、なぜか不安そうな顔になってしまう。それは小さい頃からの習性のようだった。
でも、唯一彼女には、人間の友達がいた。それが、ピーター・ペライヤだ。
ピーターは、とても弱弱しい男の子のように観られがちだったが、良いところは、優しいことだった。物静かなところが、リリスと気があったのかもしれない。
リリスは、彼と動物の前ではとても活発で、動物たちを使って色々な遊びを考えた。
ツイリスという二足歩行をするリスを100匹集めて、ピーターを担いで移動させたりする遊びもした。移動速度が、思いの外、速くて幼いピーターは泣いた。
鳥たち1000羽集めて、紐を咥えさせ、ピーターを飛ばしてあげようとしたが、ピーターは怖がってなかなか出発できなかった。空も飛ばずにその場にいるのでピーターは、糞だらけになった。リリスは空を飛ぶのは、自分だけにした。
二人はまるで兄妹のように親友として育っていった。
だが、ふたりは、貧民街育ちの農民だ。
特にピーター・ペライヤは、親も農民で後ろ楯もなく、農業だけで生きていくしかなかったので、貧しかった。ピーターの手伝いもペライヤ家ではかかせなかった。
リリスは、小さい頃に母親を病気で亡くしたと聞かされ、両親の記憶はない。物心ついたときにはリタ叔母さんに引き取られ、一緒に暮らしていた。
リタ叔母さんは、とても優しく美しい人で、リリスを自分の我が子同然に育てた。
リタ叔母さんは不思議と自然界のことをよく知っていて、あらゆる植物などから薬草などを調合しては、人々の役に立っていた。
人が怪我をするとリタ叔母さんのところに来るほどで、ちょっとした病院だ。
またリタ叔母さんの造った品の効力は高かったので、市民園からも買い手があるほどだった。ただ、利益は他人に配ってしまうのでいつまでも貧民地で暮らしている。
ボルフ王国の貧民地には、塀のようなものは作られていなかった。
塀で守られていたのは、貴族園と市民園、そして、城だった。それらの周りに野ざらしにされたような状態で、農民たちは、農業をしながら、生活していた。なので、モンスターなどによく襲われたり、食べ物を取られていた。
少し大きな街がある場所には、冒険者組合が用意されていた。
マナやスキルを狙って遺跡を巡る冒険者もいれば、宝を探すトレジャーハントをする者もいた。
考古学などに興味を持つものは、あらゆる遺跡や祠をまわったりする。貴族などの依頼が出た案件をするアドベンチャーもいた。ただ単に、基礎レベルをあげようと冒険者組合にいって狩り専用のグループを作って冒険をする者もいた。
冒険者組合で活躍し、名が売れると王国騎士などに任命されることもある。そうすれば、王国から給料が支払われることになり、市民園での生活も可能になる。安全な塀の中で暮らせるようになるのだ。税金も貴族ほどではないが、免除されるようになる。
そういった冒険者が、報酬とは別で、貧民地に出没するモンスターなどを倒したり、倒さなかったりするのだ。農民からも、報酬さえ出せば、冒険者組合に依頼できるのだが、そんな余裕はほとんどない。モンスターの出没が多くなりすぎれば、もちろん、王国が動き、モンスター退治をするという表向きの名目もある。こういったことがなければ、農民が一斉にいなくなり、農民という奴隷がいなくなれば、自分たちの優雅な生活もままならくなるからだ。世界の国々の多くは、人々に疑問を抱かせないように文字の読み書きは規制されることが当然で、ボルフ王国もその1つの国だった。
8歳のリリスとピーターは、今日も、遊んでいた。リリスの日課は、森の中に入って、色々な生き物を発見しては、観察するというものだった。畑仕事がひと段落すると、ピーターもリリスについていくのだ。もちろん、森の奥深くには入ってはいかない。森の中には、モンスターも出没するからだ。
「見て!ピーター。この虫、見たことある?」
リリスは、10cmはあるのではないかというほどの団子虫のように丸くなる虫を指さして、好奇心いっぱいの瞳で指をさす。
「これ形は、団子虫だけど、動物みたいな白くて綺麗な毛が生えているよ」
リリスはとても楽しそうだ。
そんな団子虫のような虫の前に指を出して、ゆっくりと円を描きだした。すると、不思議とその虫は、リリスの指を追いかけるかのように、そのラインをなぞって移動していく。
「虫って人の指についていくものなの?」
とピーターが言うと
「さあ?」
とリリスは答える。
「リリ。俺にもやらせてよ」
「いいよ。やってみて」
と言われて、ピーターは、リリスのように、虫の前に指をおいて円を描いてみたけれど、まったく別方向に行ってしまった。
「えー。どうして?」
「ピーターの指が嫌いなんだわ」
とリリスが言う。
「ひ・・・ひどい・・・」
リリスは、笑いながら、ピーターの前にも、指をかざした。そして、ゆっくりと前に指を移動させると、ピーターはその指にひっぱられたように、前向きに倒れそうになった。
「えー!それ僕にもできるの?」
「ピーターには、出来るみたいね。ピーターは動物みたいなのよ。きっと」
「うーん・・・僕、動物とかわらないの?」
「さー。分からないけど、ピーターと友達になれてるのは、そのおかげかもしれないね」
とリリスは、明るく笑う。リリスからすれば、誉め言葉なのだ。
リリスは、森の方をじーっと見つめた。
ピーターは、その様子をみて、どうしたのかと質問した。
「何か森にあるの?リリス」
「え・・・ううん。何となく気になっただけよ。やっぱり気のせいみたい」
たまにリリスは、ボケーとすることがある。同じところをみても何もみあたらないので、癖なのだろうとピーターは流すことにした。
二人が、遊びを終えて、ピーターのペライヤ家の畑にまた戻った。すると、ペライヤ家の畑が荒らされていた。遠くからピーターのお母さんが、叫んでいた。
「あなたたち、早くこっちへ逃げてきなさい。モンスターが出たわよ!」
それを聞いてふたりは、まわりを見渡し、モンスターがいるのか確認したが、近くにはいない。
次の瞬間、リリスはピーターの目の前からいなくなった。