31章 ウオウルフの伝承
ボルフ王国とコボルトの大軍は、一旦兵を退かせた。
ボルフ王国は、どちらとも協定を組んで、勝った方と取引を行う。
どちらが勝っても、ボルフ王国は、シンダラード森林の鉄資源を手に入れることができる。
コボルトとウオウルフの戦いは、無理やり、ボルフ王国の横槍によって、三日後となった。
コボルトとしては、傷ついたウオウルフたちに攻撃を畳み掛けるチャンスだったが、そこで攻撃すると、ボルフ王国も、人質になったボルフ王国第三王子を守るために、コボルトに攻撃をしかけることになってしまう。
三日後なら、ウオウルフとコボルトだけの戦いになると考え、三日だけの猶予をコボルトリーダーは与えたのだ。たった三日だけだ。
そして、ウオウルフの縄張りに大量にいた敵は、すべて消えるという信じられないことが起こった。
ウオガウとロックにボルフ王国第三王子を人質にした事などの内容を説明し、三日後に、コボルトとの全面戦争が行われるだろうことを話した。
そして、すぐにでもしなければいけないことを告げる。
「この三日という時間で、ウオウルフたちの武具を用意する。そして、あの大軍にも、対応できるように策を練ろう」
ウオウルフの被害も甚大だった。120匹はいたはずが、今は70匹にまで減ってしまい。残ったウオウルフたちは傷だらけだ。
ほとんど怪我もなく無事なのは、ロックと源ぐらいだった。
コボルトも相当な数を倒したとは思うが、それでも数千単位でまだ、余力を残している。へたをすると、3千近くはまだ残っているかもしれない。
この戦いに勝てるかは、この三日間の時間でどれだけ準備を整えることができるのかで、決まる。
源は、寝る間も惜しんで、森から金剛石を抽出し、グラファイト装備の武具を一匹一匹のサイズにあわせて、作り出す。
その鎧は、闇に隠れられるように、黒色の鎧で、スピードが落ちない程度の重さで作り上げた。軽くもなく、重くもない。隙間はもちろん、グラファイトの鎖帷子で守る。この鎖帷子をつけているだけで、コボルトの矢は刺さらなくなる。
問題は、武器だ。ウオウルフは、手を使うのではなく、牙や角で攻撃するので、どのような武器にするのか悩むところだ。
そこで考え出したのは、鎧自体に、武器を付けるというものだった。
鎧から、飛行機の羽のように、鋭くて、折れない分厚い剣を両サイドに付けて試してみようと考えた。ウオウルフがコボルトの横を走り抜けるだけで、その剣で切り裂けるというイメージだ。
そして、ウオウルフの一番の攻撃である噛みつくというものも、再度正しいのか考察してみた。
噛みつきはとても有効な攻撃だが、逆に隙を多く作るとも言える。
敵が一体だけなら、有効だが、敵が複数いるのなら、噛みついている間に横から攻撃されてしまう。
そこで考えたのは、噛みつくことをやめるという発想だった。
ウオウルフの武器である牙を逆に使わず、両サイドに広がる剣を咥えさせて、それを武器にするというものだ。その武器がすぐに落としてしまわないように、兜にその武器は固定されていて、歯で噛むことでさらに安定させるわけだ。
そのような鎧を1つ作り、まずは、ウオガウのサイズにあわせ、装着してもらった。
ウオガウは、黒いグラファイド装備の鎧を着ると、以前にも増して強そうにみえた。
そして、鎧の両側に付けられたウイングソードが使えるのか試してもらった。
もちろん、金剛石で造られたソードだ。
ウオガウは、鎧を着ながら、スピードに乗って、木の横を取りすぎた。すると、もの凄い切れ味で、木をまるで豆腐を切るかのように半分切り込みを入れてしまった。
「ほほほんとうに、いい今、斬ったのでしょうか?」
余りにも、抵抗が無かったようで、木をちゃんと斬ったのか、ウオガウにも分からなかったようだったが、木を確認すると、しっかりと切れ込みが入っていた。
体の鎧に付けたウィングソードは、自然と体全体のパワーが伝わり、その硬さと切れ味を生かした強力な武器へと再現してしまった。
これはいけると思えた。
動物の中には、後ろに下がることができない生き物もいるが、ウオウルフは、後ろにも下がれるので、後ろにも回転して、切り裂けるように、2本とも両刃にした。
また、兜に付けられ、ウオウルフたちが噛んで使う顔の横に付けられた剣をチューソードと名づけた。チューソードは、ウオガウの首をいくら振っても、自分の体には当たらないように作った。前足なら触れるが、それ以外は安全だということだ。
ロックが、巻木をウオガウの前に投げると、ウオガウは首を振って、木を簡単に切断した。コボルトを噛みつきで倒す時間よりも、チューソードで斬り倒す時間のほうが圧倒的に短くて済む。
源は、ウオガウの試し斬りで確信を獲られたので、その鎧とまったく同じ形で、一匹一匹のサイズにあわせて、次々と鎧を作って行く。
弱点としては、顔になる。ウオウルフたちは視力と嗅覚、聴覚などを使って戦うので、その部分は、鎧や鎖帷子は、つけることができない。守るだけのフォルのようにガチガチに固めることが出来ないのだ。だが、顔だけを守ればいいというのなら、ウオウルフに出来ないことではない。
顔を攻撃されても、目の前の攻撃なので気づきやすく、少し避ければ、まわりの鎧がその攻撃を弾いてくれるはずだ。
グラファイトによる鎧製造は、粘土をこねるかのようなもので、また精密な箇所は、愛の情報を基にして一日かけて、70匹全員の武具を準備することに成功した。
最低限の準備は、こなせた。
あとは、さらに大軍のコボルトを効率よく倒す策を考えることだ。また、ロックハウスを武器にして、倒すという考えもあるが、それ以外の攻撃も試行錯誤して、いくつか考え出した。
前回の戦いは、木もない湖のまわりで、大量のコボルトに戦いを挑んだ。その結果、被害を大きくしてしまった。大量の数に対して、少数でぶつかっていけば、無事ですまないのは当たり前だった。
急すぎる戦いで作戦も立てられず、源たちが着いた時にはすでに戦いが始まっていたこともあり、あのような戦いを続けるしかなかったが、今回は、作戦も建てられる。源がキレて、暴れていなければ、間違いなくウオウルフは全滅していた。
木もない湖の近くで大量のコボルトと戦うのは、得策じゃない。ウオウルフは森を縄張りにして、暗いところでも視力低下させずに、戦えるのだから、森の中で、乱戦に持ち込むべきではないだろうか。
二足歩行のコボルトよりも、四足歩行のウオウルフのほうが、不安定な森の中では有利かもしれない。
大国アメリカにベトナム人は勝利した。しかも、ベトナムは、アメリカだけではなく、中国にも勝利しているのだ。それは、量の戦いをする敵に対して、まともに量で対抗しようとはせず、深い森の中で、ゲリラ的な戦法によって、敵軍を恐れさせ、勝利したのだ。アメリカも中国も、彼らの作戦に、はまってしまい、戦いは、泥沼化したのだ。
結局、森の中に隠れたベトナム兵を倒すために猛毒の枯葉剤を蒔いて、自国兵さえもまた犠牲にさせたのはアメリカだった。
今回は、生物化学兵器などコボルトが使うとは思えないし、ひとりひとりの能力が強くはない大軍と戦うのなら、やはり、森の中で乱戦に持ち込むべきだ。
源は、ウオガウに、そのことを提案した。
「引き付けるだけ、引き付けて、一斉に森の中に移動しよう。そして、5匹1グループになって、8チームほどを作り、森の中で戦おう」
源たちは、今できるだけの準備と作戦を多く考え、それを実行可能な形にしていった。
多くの案が出ては、出来ないものは振り分けていった。
雌のウオウルフで妊婦のものやこども、また歳をとったウオウルフなどにも鎧は準備したが、ロックハウスの中で待機させようと考えた。申し訳ないが、雌ウオウルフであっても戦ってもらわなければ勝てないだろう。
残り、一日を切り、準備を整えたと思うと、亡くなったウオウルフたちのために、穴を掘り、やっと丁重に埋めることができた。多くのウオウルフたちが泣いていた。その亡骸の中には、ガーウも入っている。
源は、ガーウの穴に、ガーウから教えてもらった果物をいくつもお礼としていれた。
ウオガウに話かけた。
「ウオガウ。ガーウや多くの仲間たちを失ってしまったこと、心から謝る」
「はははじめ様が、ああやまるここことでは、ありありません・・・」
なぜ謝るべきのかを説明した。
ウオウルフとの共生がはじまり、ウオウルフは自分たちのために、夜も昼も護衛してくれた。
それ以外にも多くの恩恵を与え許可してくれた。
それでも、どこかで、まだウオウルフを信頼しきれていなかった。
ウオガウからも敵や世界の状況、この森の状況などをきちんと聞いていれば、武具も用意することは可能だったこと。
ウオウルフに、武具を与えていれば、大勢が今も生きていただろう。だからこそ、謝ったのだ。そして、同じ過ちを犯す前に、ウオガウが知っていることを教わりたいと源は相談した。
それらの話を聞いたウオガウは、ウオウルフの中にも、源たちを認めないものたちがコボルト軍団と戦う前までは、いたという事実を呑み込んだ。だから、ウオガウは、源は間違っていないと言ったのだ。
源とロックが、命をかけて自分たちと戦ってくれたことをウオウルフ全員がもう理解している。すべてのウオウルフが、源を伝説の偉大な存在だと認めた瞬間だった。
それに源には、話しておきたいことがあった。
「ははハジメ様・・・」
「何だ?」
「はハジメ様にああ会ってもらいたい方がいいいます・・・」
「会ってもらいたい方?誰なんだ?」
「うううおウオウルフの前長です」
「ウオガウの前の長か」
「はははい。っそそそうです。お多くのここことを知っていいる方です・・」
「ウオガウ以外にも、そんなウオウルフがいるのか?」
「はははい・・・」
そこで、ウオガウに連れられて、源は、ウオウルフが住む、洞窟の奥まで行き、前長と初めての面会を果たす。
そのウオウルフは、ウオガウよりも大きかった。目はみえていないのか、開けることなく、静かに洞窟の中で寝そべっている。
「あなた様が、源様でしょうか」
とてもウオウルフとは思えない流調なしゃべりで、源に話しかけてきた。
「はい。わたしが、源です」
「あなたとは、お会いしたいと願っていたのですが、あいにく自分からは移動できません。ですからすぐにお会いすることが出来ず、申し訳ありませんでした」
「いえ・・・ご無理をなさらないように」
本当にウオウルフが話しているのか?と思えるほど、しっかりした口調だった。後ろで人がしゃべっていると思わせるほどだ。
「源様には、話しておきたいことがいくつかあります」
「お聞かせください」
「まず、ウオウルフが、源様たちに、襲撃したことを謝ります」
「そのことは、もうウオガウとの間で、決着をつけましたので、お気になさらないでください」
その言葉を聞いて、前長は頷いた。
「初めてのウオウルフの襲撃の後、ウオガウは、わたしに一部始終を報告しました。
あなたの姿、岩の仲間やその強さを襲撃したものたちからも詳しく聞きました。それを聞いて、わたしはあなたが伝説の救世主様ではないかと思ったのです。人間の姿で、背中に羽が生えている天使族、そのような者は、わたしも見たことが無かったからです」
ローの村の司祭様と似たようなことを言われたと源は思った。
「救世主は、人とモンスターを平等にみる方だと伝承されています」
「伝承?」
「はい。わたしたちウオウルフの最初の長。偉大なる狼王、ファーストは、人を助け、知能あるモンスターを助けたと伝えられるのです」
狼王ファースト・・・源は気になったので、質問した。
「龍王とも何か関係がある方なのでしょうか?」
「それは分かりません。何しろ、龍王が生まれる3000年も前の王が、ファーストで、今から4000年前の存在だからです」
「4000年!?」
「はい。ほとんど神話の域で、確かなことなのか、狼王は実在したのか、それさえも、証拠がなく、本当のことなのかは分からないのです。
ですが、我々は、伝承を信じ続け、世界を平和にしてくれる偉大なる救世主を龍王よりも前から待ち望んできたのです。ウオウルフの中には、龍王がその救世主だと考え付き従った者たちもいたといいます。ですが、わたしたちは、龍王以外の救世主を未だに待ち続け、狼王が存在したという証拠もまた、遺跡などに眠っていると信じているのです」
「遺跡ですか・・・」
「わたしが皆に、源様を攻撃しないように指示したのは、狼王というよりも、龍王の伝承、天使族が救世主であるという伝承のことを知っていたからです」
「それは世界中の人たちが知っていることらしいですね」
「そのようですが、どこまで人々に伝わっているのかは、わたしには分かりません。確かにこのことを聞いたのも、人間からでした」
そうか。ウオウルフが突然、俺やロック、フォルに、友好的に振る舞いはじめたのは、前長の助言のおかげだったというわけだ。
「前長のおかげで、わたしたちは、ウオウルフとそれ以上の争いをせずに済みました。ありがとうございます」
「いえ、こちらは申し訳ないという他ありません。ですが、源様には、伝えておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
「狼王は、わたしたちに、この洞窟を守るように太古の昔からいい伝え続けました。しかし、この洞窟には、何も守るものは、ありません。どれだけ調べても、ただの洞窟でしかないのです」
洞窟でしかないものをただ、真実だと信じ続け、守って来たというのは、すごいことだと源は思った。
しかも、その話が本当なら、4000近く守り続けてきたことになるのか?と考える。
途中、龍王が救世主だと分れたウオウルフもいるようだが・・・。
「ウオウルフが、どうしてもこの土地を手放さない理由が、少し理解できました。狼王の意思を受け継いでいたからなのですね」
「はい。わたしたちは、命に代えても、ここの土地を守らなければいけないと使命感を持って生きているのです」
この洞窟が、ただの洞窟だったとしても、彼らにとっては神聖な場所だということだ。こういった話を聞いて知ると、なぜウオウルフは、違う安住の地を探そうとはしないのかも理解できるようになる。
そして、コボルトとの因縁もそこから来ているのかもしれない。だから、こういった話はとても重要だと感じた。
『源。前長の後ろに、文字のようなものがあります』
『ん?文字?』