28章 裏切り
「ウオォォオオーン!!」
その大きな鳴き声とウオウルフたちの巨大さをみてか、ボルフ王国のみすぼらしい兵1000人の軍隊は、青ざめた顔をする。
ロックの前にも、200人ほどの同じような兵がロックを阻む。
ロックは、とうとう人間と戦わなければいけないのかと嫌な顔をしながら、兵士たちを睨みつける。
それにしても、何なんだ・・・このみすぼらしい兵士たちは・・・こいつらは、本当に兵士なのか?と源は思った。
『戦国時代は、どの国も、その国の農民を兵士として、戦場に立たせていました。もしかすると、彼らも、本当は農民なのかもしれません。源』
『そういうことか・・・嫌々、戦争を強要されているということか』
『国からは報酬はでないことのほうが戦国時代は多かったようで、報酬がないので、まともな武器も買いそろえることが出来なかったといいます』
国が設立され、人権が確立されるまでは、人々は領主などの所有物として扱われてきた。自分たちの関係のないところで、戦争に参加させられたので、多くが逃げて戦争にならないということがほとんどだった。
愛国心のない中国軍が弱い理由としてあげられているようなものだ
死ぬほど国や政府に忠誠を誓うことなど滅多にない。そんなことをしたのは、日本軍とドイツ軍、そして、フランス革命から国を持ち始めた人々ぐらいのものだ。ナポレオンが連戦連勝したのもそのためだとも言われている。自分たちのために戦ったからこそ、強かったのだ。明確な国という概念がそこで生まれたと言ってもいいほどだ。そして、日本でも、織田信長軍が強かったのは、農民ではなく、お金で本物の兵士を雇ったからだとも言われている。
『あの兵士たちは、農民で、いのちをかけてまで、戦うような者たちではないということだな?愛』
『断定はできませんが、状況からみると、その可能性があるということです』
源もボルフ王国の兵士をみるが、草を刈る鎌を持っている兵までいる。かりにも王国を名乗る国の兵に、まったく装備を与えないところをみると、この兵たちへの扱いの背景がみえてくるようだ。
源は、ウオガウを呼んだ。
「ウオガウ。新しく前線に立った人間たちは、兵士ではなく、農民だ。だから命をかけてまで、戦いたくない人間だと思われる。ウオウルフたちに、なるべく恐怖を与えるような戦い方をするように指示できるか?」
「わわわかりました・・・」
「ウォオオンオウガウウオーン」とウオウルフたちに、吠えると、それの応じて、ほとんどすべてのウオウルフたちが、すごい形相で、吠え出した。
すると、人間の兵士たちはさらに怯えた。
ウオウルフは、あまりにも巨大だ。普通のサメの3倍の巨大サメを人間が怖がるように、普通の狼の3倍はあるウオウルフは、恐怖の対象でしかない。
よし、いいぞ。そのまま逃げてしまえ!と源は願うが、すぐには逃げてはくれないようだ。
「ウオガウ。ロックは人間とは本当は戦いたくないと考えている。だから、数匹をロックのところにつけて、人間への威嚇をするように頼めるか?」
「わわわかりました」
ボルフ王国の騎士のような人物が、叫んだ。
「隊列!前へ。前進!」
そういうと、ボルフ王国の兵士たちは、震えながら、歩き出した。
ウオウルフたちは、武器をもった人間たちが進み始め、反応して、飛びかかった。
その戦いは、一方的になる。人間は、訓練もしたことがない農民ばかりだったのだろう。巨大なウオウルフたちの敵ではなかった。
巨大な狼が、ひ弱な人間を襲い、ほとんど一撃で、倒されていく。
「ひぃーーー!たすけてくれーー」と人々は、叫び始めた。
源は、見ていられなくて、目を背けた。最悪な戦争だ。戦争をしたくもない人たちが戦争にかりだされて、一方的に殺されていく光景は、見るに堪えない。
コボルトなどは、お互いに戦意を持って戦っていたが、これはほとんど虐殺だ。
その民たちが、ウオウルフたちに殺されていくところを、高台のテントから、嬉しそうに笑って見学していたのは、ボルフ王国、第三王子のキグダム・ハラ・コンソニョール・サムジだった。
「もっとやれ!もっと殺せ!」と喜んでいる。
ロックは、その光景に、目をそむける。一方的な虐殺は、みていられない。
源は、我慢できなくなり、空を飛んで、叫んだ。
「俺はウオウルフの長だ。俺たちウオウルフは、お前たちを皆殺しにするぞ!!嫌なら逃げろ。逃げるやつらは、狙わない。だが逃げないなら、皆殺しだ!」
その声を聞いた兵士たちは、逃げ始めた。
実際に巨大なウオウルフたちが、人間を次々と襲っているのをみれば、こどもの姿をした源の声であっても、恐怖を感じとって、逃げ始めてくれたのだ。
ウオウルフたちに、「逃げろ」という言葉だけを連呼させるように指示した。
ウオウルフたちには声帯がないが、口などを変化させて、人間の声のようなものを簡単な言葉だけなら表現できる。その逃げろという言葉が、伝染していき、次々と逃げ始めた。
しかし、それをボルフ王国の騎士たちが、策を持って止めはじめた。
「逃げる者は、例外なく、殺す!逃げて、後ろでコボルトに殺されるか、それとも勇敢にウオウルフに立ち向かって、死ぬかだ!逃げて生き残っても、お前たちの帰る家はなく、指名手配にかけられるぞ!」
後ろに逃げた人間は、次々とコボルトたちに殺されていった。
源は、何が起こっているのかすぐに理解できなかった。
敵が逃げる味方を殺し始めたからだ。敵の味方のはずのコボルトが、ボルフ王国の兵士を虐殺しはじめた。
だが、こういったことは、歴史ではよくある話だった。戦争をしても逃げるのだから、それを無理やり逃げないように縛りをきつくするのだ。今回はそれ以上だ。
逃げてもいない農民兵まで後ろから殺して、前に行くように威圧していく。
前線は、ウオウルフの命がけの攻撃でさらに恐ろしい惨劇となって、後ろへと後退する。
後ろからも押され、前からも押されるという混乱した状態だ。
サムジ王子は、テントから、大きな声で「皆殺しにしろ!挟み込め!」と叫んでいた。
「ひとりも生かしておくなー!」
ボルフ王国の兵士たちは、後ろからは4000のコボルト。前からは巨大なウオウルフにはさまれて、次々と死んでいく。
農民兵が死ねば死ぬほど、王子は喜んだ。数が増えすぎた所有物は、爽快に減らしていくのを正義としている。
愛は、源に助言した。
『源。ボルフ王国側は、農民兵たちを殺すことを目的としているかもしれません』
『やっぱりそうか・・・これは異常すぎる・・・』
『はい。日本の太平洋戦争もそうですが、わざと国が国民兵を死なせる作戦をたてて、実行していくのです。それはアメリカ側も同じでした。アメリカ兵がわざと日本兵に倒される無謀な作戦を繰り返すのです。源』
日本の作戦はむちゃくちゃだった。とんでもない作戦ばかりを後半は繰り返し、多くの兵士たちがその犠牲になった。わざと戦争に負けるように持っていったのだ。まさに、それと同じようなことが目の前で行われている。
『今、目の前で行われている状況は、無暗に、兵を殺しているだけです。敵である、こちら側でさえ、傷ついてはいません』
確かにそうだ・・・コボルトから人間の兵士に変わってから、一方的に、相手は削られていくだけで、こちらの被害はむしろ減っている・・・。
何のために、自国の兵士を見殺しにするのか分からないが、こちら側に人間を殺させようとしていることは分かる。
『ボルフ王国の指揮官は、いかれているな・・・』
それに合わせて、こっちが付き合えば、あいつらの思う壺なんじゃないのか?
この負の連鎖を止めるには、どうすればいい・・?源は考える。
まずは、こちらが攻撃をやめることだ!
ウオガウに言って、ウオウルフたちを一度、源の近くまで戻し、一切、人間に攻撃しないように命令を下した。
そうすると、異様な光景が戦場に広がる。敵である方は、攻撃していないのに、味方であるはずのコボルトが人間を殺し続けている。
農民兵たちは、先ほどまで、コボルト以上に、攻撃的だったウオウルフが、一切攻撃をやめたことで、その変化の違いに、戸惑っていた。
仲間のはずのコボルト側に、逃げて後退するのではなく、前へと逃げていくという不思議な光景が作り出された。
農民兵が、味方から殺されていくという異常さを把握したと、源が認識したところで、また空に源は浮かんだ。そして、大きな声でボルフ王国の農民兵たちに訴える。
「お前たちの支配者は、お前たちを殺そうとしているぞ!お前たちを皆殺しにするつもりだ。生きていたいのなら、武器を下に向けて、ウオウルフ側に逃げてこい」
「いいか、もう一度言うぞ!お前たちの支配者は、お前たちを皆殺しにするつもりだ。生きていたいのなら、武器を下に向けて、ウオウルフ側に逃げてこい。生き残れる手段は、もうそれしかないぞ。俺たちがコボルトからお前たちを守ってやる!」
後ろから次々とコボルトが、農民兵を殺しているのをみて、農民兵たちは、源の言葉にすがるしかないと考えたのだろう。農民兵たちは、武器を下に向け、左手をあげて、ウオウルフ側に投降をはじめた。
400人ほどの農民兵たちが、ウオウルフたちの後ろに逃げてきた。
残念ながら、600人ほどは、重軽症を負わされ、ほとんどが殺された。
もともと、農民兵たちは、ボルフ王国を信用していなかったとみえる。そうでなければ、この異様な状況下があったとしても、敵側の人間の言葉をまにうけて、投降してくるはずもない。
第三王子サムジは、400人ほどの農民兵が無事にあの包囲網を抜けてしまったことに、怒りを表した。敵と味方から同時に攻撃されて、すぐに皆殺しができると考えたのにその短い時間で、なぜか、400人もの農民兵が、敵側に寝返ったのだ。
「なぜあいつらを逃がしたんだ。馬鹿者!あいつらを殺せ。皆殺しにしろ!裏切り者はみな死刑だ」