269章 治療
『セルフィ様。助けてもらえないでしょうか!?』
慌てた声で通信してきたのは、エリーゼ・プルだった。
『何があったの?』
『遺跡から出没したモンスターは制圧できたのですが、わたしたちが向かう前までに、森でモンスターに襲われた少年が重症を負ってしまい。わたしたちでは手の施しようがありません』
『分かった、すぐに行く!』
源は、ミカエルを使って場所を特定して、すぐに自分のマナである瞬間移動でその場所に移動した。
すぐに、リトシスを発動して、倒れている少年の状況を調べた。
『源。木の枝が腹部に刺さり、大腸と肝臓を傷つけています
さらに、その木は上へと上げられたようで、損傷が激しいです』
少年は虫の息で、今にも死ぬ寸前だった。
よく生きていたな・・・。
少年の母親らしき女性が取り乱していた。
「助けてください!わたしの息子なんです!!お願いします!」
今この状況で、この木の枝を抜けば、それで死んでしまうかもしれない。すでに時間が経ち、出血多量で死にかねない・・・。
『源。普通の状態で処置しようとすれば、助からないでしょう』
うーん・・・。聖書には、体に針を刺したり、ナイフで斬るなどをしてはならないと書かれている。
この聖書の教えは正しく、内臓を守る皮膚や肉などを斬って、空気にさらしてしまうとそれだけで内蔵を傷めてしまう。
出来るか分からないがやってみよう。
源は、リトシスで少年の体を1mほどまで浮かばせると、両手を広げて、右手にウォーター、左手にファイアを発動させた。
ウォーターを包み込むのように炎をコントロールして、水の温度を38度にまであげて、少年の首から下の体をその水で覆った。
少年の体が空中に浮いて水で覆われたのをみて、まわりの人たちが見たこともない光景に目を見張る。
よし!これで空気を遮断できるだろう。
さらに、ウォーターは少年の口に入っていき、水を飲ました。
現世の医療では、他人の血液をいれる輸血が採用されているが、これはとても危険なことだ。
同じO型であっても、他人の血液は同じというわけではない。さらにタイプが細かく分かれる。一卵性などでなければ同じ血液などない。
臓器移植には、適正がある人が選ばれるように、血液もひとりひとり違うのだ。
安全に輸血するなら手術前に、自分の血液を抜き取っておくことが望ましい。
それが出来なければ、水で代用させる方法が取り上げられている。特に海と同じ塩を混ぜ合わせた塩水が血液の代わりになることが分かっている。
聖書は他人の血液を入れることも否定しているが、それもまた正しかったのだ。
水を飲ませた少年の肌は、血液のような赤身がなくなり、白くなっていった。
さらにリトシスを発動させて、目をつぶり、少年の体の状況をつぶさに掌握する。
ナノレベルで把握できる源は、ゆっくりと腹部に刺さった木の枝を持ち、水の中で、枝を砕いていった。
砕いた枝の破片はすべてリトシスで制御して体外へと排出していく。
木の枝がなくなるとさらに出血し、水が赤く染まっていったが、少年の呼吸は変わらずさらに悪化するということはなかった。
少年の正常な肝臓をスキャンして、その情報から近くにあった木で、その肝臓と同じプログラムを施し作っていく。
欠損した肝臓部分に、リトシスで作り出した新しい肝臓を接合する。
同じように、健康な大腸をスキャンして、作り出し、穴の開いた部分を修復していった。
体内にあってはならい不純物を木の欠片1つ残すことなくすべて体内から出した後、大きく裂けられた腹部をリトシスで修復し、傷1つない状態にした。
少年の意識は戻ってはいないが、呼吸も正常に戻り、まるで眠っているかのように安定しはじめた。
『愛。他に処置したほうがいいことはあるか?』
『心拍数、呼吸と安定していますが、血液不足であることは変わりません
時間が経てば、先ほど飲ませた水を自ら血液として戻していくはずですが、さきほど少年の体を調べた際に、血液も把握しましたので、水と炭素を組み合わせて、彼の血液を作り出し、足すことも可能です。源』
『分かった。念のためそれをやってみよう』
源は、少年を包む水と木を混ぜ合わせて、少年の血液のプログラムと同じ血液を作り出し、少年の血管からゆっくりと新しい血液を足していった。
真っ白な顔になっていた少年に、赤身がさしていった。
それをみて、母親が安心したのか、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「数日は安静にしておいてください
このソースを渡しておきますから、何かあったらこのソースでわたしを呼んでください」
「あなた様は、一体どなたのでしょうか?」
「名乗っていませんでしたね。すみません
わたしはセルフィという者です」
「あなた様が!セルフィ様でしたか!本当に何とお礼を言えば・・・」
「新大共和ケーシスとレジェンドは提携している姉妹国のような関係です
わたしも新大共和ケーシスには助けられていますから、気にしないでください」
『ミカエル。少年の血液を調べて作り出したように、あらかじめ兵士たちの血液を調べておくことは可能か?』
『はい。セルフィ様。可能です
ですが、血液の採取をすることに人々が理解できるかは分かりません』
『確かにそうだね・・・
血液の概念も分かっていないんだから、血を取るといわれたら嫌がられそうだ・・・』
『寝ている最中に、採取するということもできます。セルフィ様』
『あー。それがいいね
気づくこともないぐらい痛くせずに採取できるなら、それがいい
そうしてくれ
いずれ、そういった知識もみんなに伝えていく必要もあるね』
それにしても、やっぱりリトシスと愛のコラボは、便利だ。人の臓器や血液も作り出せるんだからな・・・。リトシスだけでも精密な操作はできないし、愛だけでもメス1つない状態で手術など出来たとは思えない。
みんなの臓器をあらかじめ作っておけば、即死以外の怪我は治せるかもしれないな。
『新大共和ケーシスの兵士は多すぎますが、レジェンド兵士であれば、準備することも可能です。源』
『やっぱり、可能なのか・・・』
『ただ、作り出した臓器を保存する用水液などの準備が必要になります。源』
『そうだよな・・・いつまでも保存できるわけもないし、現実的じゃないか』
「セルフィ様。ありがとうございました
また、助けていただいて、何と言っていいのか」
「エリーゼ。俺にとっても新大共和ケーシスは大切な国なんだ
お礼を言う必要はないよ
リリスが戻ってくる間は、出来るだけの支援をするから、遠慮なく何でも相談してよ」
「はい・・・ですが、あの状態の少年を治されるとは、セルフィ様は本当に素晴らしいです」
「俺もみた瞬間は、無理だと思ったよ
何とか出来たことは、俺も驚きだ
助けられて、ほっとしてるよ
今回ふと思ったんだけど、エリーゼとバーボン・パスタボには、瞬間移動のマナを渡していたほうがいいんじゃないかな?
瞬間移動は、マナ消費が大きいんだけどね」
「はい!是非、お願いします」
手を木に向けると木の一部が源の元へと移動してきて、目の前で形を変え、能力追加珠に変形した。
能力追加珠をエリーゼ・プルとバーボン・パスタボの二人に渡し、二人は、それを持って息を吹きかけた。
封印の珠をベースに作られた能力追加珠は、その形が細かい粒のようになり、二人の体の中に入っていくように消えていった。
「エリーゼは、魔法剣士だから余裕で使えるとは思うけど、バーボン・パスタボは、マナ量を考えて使ってくれ
マナソースと併用すれば問題ないとは思うけどね」
「ありがとうございます
ソースでの移動は数秒のロスがありますから、自分で使えるようになれたのは大変助かります」
「聖書の価値観を持った隊長クラスの者には、渡しておいたほうがいいかもしれないね」
「その能力追加珠ですが、セルフィ様の負担となるようなことはないのですか?」
「これは俺のスキルで作り出しているからマナを消費するとかそういった負担はないよ
前は、作り出す時間がかかったけど、今は熟練度も上がって今みたいにすぐに作れるようにもなってるしね
だからこそ、与える相手はきちんと選ばないといけないな」
「ワグワナ法国にセルフィ様がいらっしゃっている間も、新大共和ケーシスの兵士たちは、遺跡深くに挑み、あらたなマナやスキルを手に入れています
セルフィ様の時間があるときに、またそれらを取得した兵士たちを待機させておきますから、スキルで手に入れてください」
「うん。助かるよ
俺も遺跡探索をしたいけど、やることが多くてね・・・
その間に、みんなが探索してくれるのは、ありがたい」
エリーゼ・プルは、少し厳しい顔つきになる。
「それはそうと、ペルマゼ獣王国との戦いに、新大共和ケーシスの兵士をお使いになられないご意思は、変わらないのでしょうか?
出来れば、わたしたちもその戦いに参加したいと望んでいます
これは新大共和ケーシスの全兵士の気持ちでもあります」
「うん。それもありがたいけど、あくまでレジェンドと新大共和ケーシスは別の勢力だという意思表示を帝国側にみせておきたいんだ
だからエリーゼたちは、自国の安全を確保して、発展させていってほしい
またいつシンが何かしてくるかもしれないしね
元ボルフ王国の領主たちの育成もあるんだから、今回は動かないでいてほしい
ソロも今回は、新大共和ケーシスは動かさない作戦を立ててる
俺はそれに従おうと思うんだ
ただ、ダフキンさんだけは、参加してもらいたいんだけど・・・」
「本人の承諾があるのですから、わたしたちに異存はありません」
「ペルマゼ獣王国への遠征までにリリスが戻ってくれるのならいいけど、もし、このまま戻ることもなく開戦に踏み込めば、新大共和ケーシスは、今ある戦力で外敵から国を守り抜いてもらうしかなくなる
ソースやマナソースも十分な数を新大共和ケーシスに残すこともできないから、それを想定して備えてほしい
帝国もそうだけど、国は、攻めるだけではなく、攻めている間も国を守らなければいけない
守るだけの余力を残さないといけないんだ」
「はい・・・もちろん、それは重々承知ですが、新大共和ケーシスの兵士の数も日に日に増えているのです
数千だけでもと・・・
ですが、セルフィ様は、レジェンドと新大共和ケーシスとの距離を帝国にみせるべきだということなのですね」
「うん。レジェンド+新大共和ケーシスの兵力は、大きなものになる
それぞれが独立して、好きに動かせないと相手に思ってもらえば、戦力を過小評価してくれるわけだ
それぐらいならいつでも倒せるのだからと油断してもらうことが重要で、俺たちはその間に力を備えなければいけないんだ
お互いのためにね」
エリーゼ・プルは申し訳なさそうな顔をしていたが、それが最良であることも理解して、受け入れる態度をみせた。
「あと、新大共和ケーシスの統治の進み具合を知りたいんだけど、教えてもらえるかな?」
「はい。分かりました」