264章 成長と苦しみ
ヨハネ・ルシーマデル・ウル・サイリュー・スピリカ皇帝陛下の提案によって行われた説明会の話を聞いて、各国の王や女王たちは、試験的に教会を建てることに同意した。
建前のような偽善的な言葉で支配者たちがすぐに納得してくれるわけもないので、その必要性を論理的に坦々と説明したことで聞く耳を持てたようだ。
教会の建物建設と人選については、レジェンドが行うということを聞いて、皆が驚いていた。
源からすれば、リトシスを使用すれば、教会を建てることは、簡単だが、大勢の人を収容するほどの建物には普通は、費用がかさむからだ。
問題は、聖書を教えることができる人材がいるのかということだったが、龍王の村々とレジェンド、新大共和ケーシスのクリスチャンから伝道者をやりたいと願う人を前々から募集して、育成してきたので、彼らを派遣することにした。
ワグワナ法国には、さすがにそこまでのクリスチャンはまだ育っていないが、新大共和ケーシスからも熱心なクリスチャンが育ちはじめていた。
教会の教えを開始する際には、セルフィに国に来てほしいという要請もあがり、それを承知した。
各国の王たちは、サネル・カパ・デーレピュース上院議員のように、セルフィを大々的に表に出して、宣伝しようと考えているようだった。
もちろん、皇帝陛下もそれに反論することはなかった。
説明会の後は、ヨハネからまたふたりだけで外に連れ出すようにと命令されたが、断固として断った。
ヨハネは、苦い顔をしながら、ルピリート将軍の部隊を連れて、200人もの騎士と一緒に、前回の草原で時間を費やした。
騎士たちがいるので、前のように自由な態度で楽しめないとヨハネは、セルフィに文句ばかり言ってきたが、源は、冷たい態度で受け流した。
ゴルバフ・ダレーシア女王とガマル・ルィール・チェクホン王も、それに参加したが、皇帝のそのような態度に意外性をみたのか、笑みを浮かべていた。
まるでセルフィを友達のように扱う皇帝をみて、親しみを感じてくれたようだった。
源にとって命がけのヨハネのワガママを聞いて、ダレーシアとその護衛軍をトリアティ師団国に送り届け、ガマル・ルィール・チェクホン王と共に、ワグワナ法国へと帰った。
―――ワグワナ法国でもやることが沢山あったが、それらも済ませて、数日ぶりに、レジェンドへと源は、戻って来た。
セルフィの姿をみて、皆が笑顔で集まって受け入れてくれた。
レジェンドに帰って来て、皆をみて、やっと心を和ませることが出来た。
子狐のフォルも、相変わらずオシャレな姿を楽しんでいるようで、モデルのように足を交互の前に出して、気取って歩いている。
ロックもレジェンドの警備責任者として、変わらず・・・と思ったが、ロックの姿をみて、驚いた。
「おい・・・ロック・・・その体どうしたんだ!?」
ロックは、大きな顔をしながら、話す。
「グラファイトだよ」
「グラファイト!?」
以前のロックは、岩を主体とした体をしていたが、今のロックは、まだら模様に、黒い物質も含まれた体になっていた。
ロックは、小声で源に説明する。
「ダフキンからタンを教わっただろ
あれからタンを強化していくことで、俺の体に色々な変化が現れたんだ
そのひとつが、グラファイトさ」
「まさか、グラファイトを食べたのか?」
「ああ。グラファイトは食べれるのかな?と思ってな」
「思ってなって・・・」
ロックは、すべて黒くなった左腕を源にみせた。
「この左腕を見ろよ
これで、岩を殴ってみたんだが、凄い威力がある・・・
それに、こっちのダメージはないんだ」
「グラファイトの物質モンスターって・・・強すぎるだろ・・・」
「まだ、食べて間もないから全身とまではいかないが、みてくれ」
ロックは、その左腕を前に出して、源にみせると、その腕が、次第に変化して、まるで剣のような形になった。
「以前も体を変化させることが出来ていたけど、前と比べて、変化する速度が速くないか?」
「そうなんだ。タンを鍛えれば鍛えるほど、体の変化を制御しやすくなる
これぐらい早くグラファイトの体を変化させられるのなら、戦いでも使えるだろう」
ロックは、さらに体を変化させて四足歩行の動物のような姿に変わって見せた。
「驚異的だよ・・・」
「だが、あれから成長したのは、俺だけじゃない
俺と同じぐらい変化しているのは、ウオガウだ」
そうだ・・・ウオガウには、前回、驚かされた。あまりにも驚いて目を疑った。
ウオガウは、二足歩行で歩けるようになり、まるで人狼のよな姿に変わることが出来ていたからだ。
源の帰りを感じたのか、ウオガウがやってきた。
人狼の姿となったウオガウは、3m近く体を大きくしていた。
「おかえりなさいませ。セルフィ様」
「ウオガウも成長しているらしいな」
「はい。ダフキン様の教えのおかげで、わたしの強さをあげることが出来ていると実感しています」
人狼の姿になっているせいか、さらに話し方が流ちょうになっている。
「ウオガウ。セルフィに見せてやれよ」
「あれから色々と試してみたのですが、どうやらダフキン様の奥義を活用すれば、身体能力もアップするようです」
「そうなのか?」
ウオガウは、その場から真上に跳躍してみせた。その高さは10mを超えている。
「凄いな・・・」
スタっと地面にウオガウは降り立つ。
「山の谷もまるで飛ぶかのように駆け登ることができるのです」
源は、オウガウが飛び跳ねているところをイメージして、納得する。
「こういったことも出来ます」
ウオガウの体の体毛が、モサモサと急激に伸びたと思うと、その体毛がまるで針のようにピンと外側へと延びて、ハリネズミのようになった。
「こんなことされたら、安易にウオガウに殴り掛かるような攻撃は出来ないな・・・」
「ローショットやビックショットの弾は無理でしたが、ショットの弾ならこの毛で防ぐことができました」
「おいおい・・・そんな危険なことしたのかよ・・・」
「ビックショットの弾は、わたしの腕を貫通しました・・・」
「貫通って・・・」
「鍛錬次第によっては、ローショットの弾も防げるようになるかもしれません」
「それは凄いけどさー・・・危ないからやめとこうよ・・・」
「ロックは、どうなんだ?ロックのグラファイトの体なら、もしかしたらビックショットの弾も」
「俺は痛いのは嫌いだ
防げたとしても、ウオガウのように試そうとは思わない」
「何か、言ってることとやってることが、お前たちってハチャメチャだな・・・物質モンスターのほうがむちゃしても良さそう気がするのに・・・」
「俺はむちゃは嫌いだ」
大きな体で堂々と宣言するロックをみて、何だか引いてしまう。
「どうだ?三人でこれから軽く戦ってみないか?」
「それはいいんだが、司祭様がお前が帰ってきたら、話したいことがあると言っていたぞ」
「司祭様が?分かった。聞いてみるよ」
源は、ミカエルの情報から司祭様の位置を確認して、会いに行った。
「セルフィ様。帰られましたか」
「はい。司祭様。何か話したいことがあると聞きましたが、どうしたのですか?」
「それが・・・ペルマゼ獣王国から助けた奴隷99人のことですが・・・彼らは日に日に体調を崩し、すでに5名ほどの者が死んでしまったのですじゃ・・・」
「解放したのに、体調を崩したのですか?」
「はい・・・。どうやら彼らは、相当ペルマゼ獣王国で酷い目になったようで、心に深い傷を負っているようですじゃ・・・」
トラウマというやつか・・・
リトシスは傷などなら治せるが、心の病はさすがに治せない・・・
『愛・・・。俺たちの能力で、記憶を消すということは出来ないよな?』
『不可能です。源
彼らが人間であったのなら、実際の脳は、現実に存在しているところにあり、心は脳に依存しているわけですから、いくらこの世界の体をリトシスで変えたとしても、現実の体を変えることはできません』
『だよな・・・』
「死んだというのは、体調を崩してということですね?」
「それもあるとは思うのですが、死の原因は、自殺ですじゃ・・・」
「自殺・・・」
「そのうちのひとりは、食事中にわたしの目の前で、何か叫びながら、食事用のナイフで自らの首を切ったのです・・・
今は、ミカエルに常に彼らの様子を見はらせて、自殺できないようにはしているのですが、どうしたものかと・・・」
「司祭様以上のことは、私も思いつきませんね・・・
毎日、平穏な生活を送らせて、脳をマインドコントロールしていく以外ないかもです
動物や花、人の優しさなどを与えていくしかないでしょうね
そういった環境でマインドコントロールしたとしても、最後は自ら立ち直る以外ありませんから・・・」
「同じペルマゼ獣王国の奴隷として苦しんだ者同士、自分の想いを語り合わせるということもしていますじゃ」
「ああ。それはいい事ですね
傷ついているのは、自分だけじゃないと思えることは安心に繋がると聞いたことがあります」
「あとは祈ることだけですかな」
「彼らには、何か働いてもらったりしているのでしょうか?」
「農業をしてもらっていますじゃ」
「それもいいですね
思い悩んでいる時は、何かと動いているほうが、考えることをやめて楽になれますから、時間が彼らを癒してくれることを願うばかりです
彼らから何かやりたいことや得意なことを聞き出せれば、レジェンドは、そのしたいことをサポートすると言っておいてください
自発的に前向きな行動をすることが一番ですからね」
「分かりましたですじゃ」
『彼らがどのような体験をしたのか、電脳測定器を使用すれば、イメージだけですが、理解することが出来ると思われます。源』
『確かに、頭で考えていることを映像化してみることは出来るけど、不に流されている人の考えは、どこまでいっても落ちていく一方で、相手しているだけで、お互いに依存状態になる
それに、自分の心を他人にみせるのを良いと感じるのかどうかも、問題だしね
後は、彼らの意思と神様に委ねることにするよ
ただ・・・一日も早くペルマゼ獣王国はつぶしておく必要があると再認識されたよ
まだ、解放されていないひとたちのことを思えば、急を要するな』
『ミカエル。ニーナのショットの研究は、進んでいるか?』
『はい。ニーナ様と一緒に、ショットの新しい開発が形となっています。セルフィ様』
『今からニーナのところにいくと伝えておいてくれ』
『分かりました。セルフィ様』