258章 襲撃
クーリナは、クーテンとサブリナを連れて、旅行に出かけていた。
祭りで酷く恐怖心を抱かせてしまったふたりを首都デリス以外の場所で落ち着かせたいと思っていたからだ。
ふたりは、久しぶりに街の外に出て、開放感を味わうかのように楽しんでいた。
ペルマゼ獣王国の文化は、理解しがたいが、良いところといえば、この地域は自然豊かであるということだった。
隣にシャウア森林という巨大な森に隣接しているということもあるかもしれないが、ペルマゼ獣王国は、自然に満ちた国で、生命もまた多く生まれる豊かな土地だった。
ふたりは、大自然にある花を集めて、嬉しそうに遊んでいた。
「お父さん。見て。これ凄く綺麗な花がある!」
クーテンは、焦りながら、サブリナを止めた。
「あ!それはダメだよ。サブリナ!触ったらダメ!」
「え?どうして?綺麗なのに・・・」
赤色の大きな花に手を伸ばそうとしていたが、クーテンの声を聴いて止まった。
「それは、推し鳥草といって、表面に粘着性の液がついてる
それに少しでも触ると、数日、体が痺れて動けなくなっちゃうよ」
「ええ!!そうなの?」
「うん。それは触ったらダメ」
「他に危険なものはあるの?」
「花で触ったらダメなほど危険なものは少ないけど、きのことかは、そういうのが多いから触らないほうがいいよ」
「そうなのね・・・」
「本当にクーテンは、物知りだな。関心するよ」
クーテンは、褒めるクーリナに質問した。
「ねー。今はお父さんの分身体なんだよね?」
「ああ。そうだよ。さすがに遠征には、本体がいかないと何があるか分からないからな」
「僕たちとこうして旅行に行ったことも忘れちゃうの?」
「いや、忘れないぞ。本体と混ざり合えば、どちらの記憶も体験したように覚えている」
「そうなんだ」
「お前たちとの思い出を忘れたくはないな」
「うん」
クーリナは、小さな気配に気づいて、草むらをかきわけた。
その先には、足を怪我をしたうさぎがいた。
サブリナものぞき込む。
「うさぎさんだ!怪我してるの?」
「そうみたいだな。今日の晩飯だな」
クーリナがそういうと、クーテンが、悲しそうな顔をした。
「可哀そうだよ・・・」
「え・・・あ・・・そう・・・?」
「可哀そうよ。お父さん」
「そうか・・・」
クーテンは、うさぎを抱き上げ、頭を撫でた。
サブリナも、頭を撫でると、自分の服を破いて、怪我をした足に布を撒きつけ、止血した。
「これで治る?」
「分からない・・・可哀そうね・・・」
クーリナは、仕方ないという雰囲気で、体の中に持ち歩いていたポーションを出して、クーテンに渡した。
「これを使え」
「ありがとう。お父さん」
「うん。晩飯は、他の奴にすればいい」
それを聞いてまた、クーテンは、顔を歪ませたので、クーリナも気を落とす。
クーリナは、余計なことを言わなければとサブリナから睨まれる。
ふたりは、ポーションをうさぎの足に少しかけてから、うさぎに飲ませた。
うさぎの足は、ゆっくりと治っていく。
「よかったね。クーテン」
「お前たちが怪我をした時のためのポーションなんだが、しょうがない」
クーテンは、うさぎを放さず、ずっと抱き続けた。痛みを共感しすぎているのか、目に涙を貯めている。
「クーテン。もう大丈夫よ。安心して」
そんなクーテンをサブリナが、頭を撫でて、励ます。
「どうして、傷つける奴とかいるのかな・・・」
クーテンが、ボソっと口にした。
サブリナは、頭をかしげて、答えられないので、クーリナの顔をみる。
え・・・俺・・・?
「そ・・そうだな・・・食べないと・・・生きていけない生き物もいるからな・・・それはしょうがないことなんだろうな・・・」
「僕みたいに草じゃダメなの?」
「どうなんだろう・・・肉じゃないとダメな生き物もいるんじゃないか・・・。そのうさぎを襲った奴も、一所懸命、生きようとしてたんじゃないか
俺も遺跡のモンスターを食べないと生きていけないしな・・・」
「うん・・・」
ちゃんとした答えを見いだせず、三人は、少し落ち込こんだ。
「でも、クーテンは、優しいな。俺はそんなクーテンが好きだぞ
傷つけないと生きていけない俺を嫌ってはほしくはないけど・・・」
「お父さんを嫌うわけないよ」
「そういってくれると嬉しいんだけどな・・・」
クーリナは、何かに驚いたように、あらぬ方向に体を受けると、急にソワソワしはじめた。
サブリナがそれに気づいて聞く。
「どうしたの?お父さん」
「サブリナ!クーテン!今すぐ逃げるぞ!」
クーリナは、体をユニコーンに変化させ、ふたりが乗れるように、地面に伏せる。
「ふたりとも、早く乗れ!」
大きな声を出して叫ぶクーリナに、ただ事ではないと思ったふたりは、すぐに、背中に飛び乗った。
「しっかり、つかまれ!全速力で走るからな!」
「うん!」
サブリナは、クーテンを守るように覆いかぶさりながら、ユニコーンの毛を握りしめ、姿勢を低くした。
クーリナは、走りながら説明する。
「俺の本体が、近くに来た!」
「え!?どうして、逃げるの?」
「本体が教えてくれた。どうやら、誰かに体を乗っ取られているらしい・・・まったく抵抗できないから、早く逃げろと言ってきてる・・・そいつは、俺たちを襲う気だ!
クソッ!!」
「どうしたの?」
「本体のほうが早い・・・」
「どうして?」
「本体は、空を飛んで追いかけてきてる・・・逃げきれない・・・」
どうする?お互いに位置が、分かってしまう・・・このまま俺といると、追いつかれて、ふたりが危険になるかもしれない・・・
「サブリナ。クーテン。お前たちを今から降ろす
ふたりで、今、向かっている方向とは、違う方向に逃げるんだ!
本体は、俺の位置が分かってしまうから、一緒にいると危険だ
俺にも場所が分からないようにしないといけない
俺が本体に飲み込まれたら、お前たちの逃げた方向がバレてしまってまた、すぐに捕まってしまうからだ・・・
だから、俺にも、居場所が分からないように、ふたりでどうにかして、位置を把握されないように逃げるんだ
言っている意味分るか?」
「うん。分る!」
クーテンが、ハッキリと答えた。
「もう時間がない・・・走りながら、下ろすから、そこからは、俺にも分からないように、100m走った後は、まったく違う方向に逃げるんだ
どうやら、操られている本体は、分身体を多数、分かれることが出来ないみたいだ
だから、二人でなら、上手く逃げ切れるかもしれない
いくぞ!」
「「うん!」」
クーリナは、速度を変えることなく、走っている方向とは、逆方向に、触手を素早く伸ばして、二人を地面に置いた。
そして、そのまま、まっすぐと走っていく。下ろした場所を自分で忘れるようにと願いながら、目を半分、つぶりながら、走る。
サブリナとクーテンは、全速力で、クーリナが走っていった右側の方向に100mを走ると、まったく違う方向に向かって走りはじめた。
クーリナは、本体をひきつけるように走りながら考える。
本体に追いつかれたとしたら、戦うことになるのか?
本体に勝てるとは思えない。勝てない相手を助けるということも出来ないだろう。
だから、二人が逃げきれるだけの時間をどれだけ稼ぐことができるのかだ。
そして、二人の位置がバレないようにするには・・・。
クーリナは、自分の体を2つに分離させ、Yの字になって、逃げることにした。
本体は、分裂することが出来ないようだったので、こうやって分裂しながら、逃げれば、それだけ追いかけまわさなければいけなくなる。
そう考えて、走りぬけるが、本体は、躊躇うことなく、1つの分身体を狙って飛んで追いかけてきた。
陸を走るよりも、空を飛ぶ方が、あきらかに早いが、こちらも鳥になって飛べば、こどもたちが、こちらにはいないということも教えてしまうことになる。
なので、100mほどまで引き付けた後に、クーリナは、体を変形させて、さらに3つに分裂して、鳥に変化したあと、空を飛んで逃げた。
鳥になって逃げている分身体には、こどもたちはいないと分かるはずだが、それでも、本体は、一直線に、鳥になった1つの分身体のターゲットを追い続け、触手を伸ばした。
その触手を払いのけようと、こちらも触手を出して、抵抗しようとしたが、触手同士が、触れあっただけで、痛みを感じ、触手を何かが支配しはじめる。
まずいと思い、すぐに、自分が伸ばした触手を見捨てて、斬り落とし、逃げに徹した。
触られただけで、持っていかれるとは・・・!
ダメだ・・・本体には、やはり勝てない・・・
そう思いながらも、全速力で空を飛び逃げ続けるが、本体が、急に止まった。
何だ?どうしたんだ?
何が起こったのか、分からないが、とにかく、逃げようと飛ぶが、本体は、まったく逆方向に、飛び始めた。
あ・・・!そうか!しまった・・・!俺の体の一部を取り込んで、こどもたちを下した場所に気づいたのか!
本体は、逃げる分身体たちを無視して、こどもたちを下した場所に、向かい飛び始めた。
それに気づいて、散らばった分身体たちも、一斉に、その場所に向かう。
追いかけられていたはずが、次は、追う形で、空を飛ぶことになった。
速さは本体も分身体も変わらないので、先にふたりを下した場所に到着された。
クーリナもすぐにその場に到着した。
ここからは、こどもたちの居場所は分からない。
だから、何とかここで時間を稼ぐ!
だが、本体は、頭の部分を狼に変形させて、匂いを嗅ぎ始めた。
匂いか!
分身体を無視するかのように、平然と匂いを嗅ぎながら、移動をはじめたので、クーリナは、すべての分身体をかき集めて、戦いを挑んだ。
触手を伸ばして、本体に触ってしまえば、先ほどのように、こちらも取り込まれてしまう。
なら、早い攻撃で取り込まれることなく、攻撃できないかと、触手を素早く振り下ろしたが、同じ速度で、本体も触手を出して、防御を出し、攻撃をわざと喰らいながら、スピードが落ちたところで、触手を絡み取りはじめた。
攻撃をして、ダメージを与えても、速度が落ちて、取り込まれる。
攻撃しなくては、本体は、子供たちのところへ行ってしまう。
クーリナは、じわじわと体が削られながら、少しでも時間を長引かせようと努力した。
サブリナは、走りながら、クーテンに言う。
「そのうさぎは、もう逃がしなさい!」
「だって・・・」
「わたしたちと一緒にいるほうが、その子は危険になるのよ」
「お父さんは、僕たちを襲わないよ」
「お父さんが言っていたでしょ。誰かに操られているって!今は逃げることだけ・・・」
サブリナが、クーテンに、助言している途中で、会話を止め、立ち止まった。
目の前に、クーリナが立っていたからだ。
「お父さん・・・」
やめてくれーーーー!!頼む!お前のいうことは、何でも聞く!だから、この子たちには手を出さないでくれ!
心の中で、クーリナは、叫ぶが、体の自由は取り戻せない。話すことさえも出来ず、体が勝手に前に歩み続ける。
やめろぉぉ!!やめろぉぉおお!!
すべての分身体を取り込まれてしまったクーリナの体は、自分の意思に従わず、躊躇なく、行動していく。
「お・・・お父さん・・・やめて・・・」
サブリナの声に答えたいが、何も出来ない。クーリナは、クーテンの持っていたうさぎを奪うと、そのうさぎを目の前で、吸収した。
「ああああぁぁぁ!!」
クーテンが、それをみて、涙を流しながら叫んだ。
サブリナは、クーテンを守るように、覆い抱きしめ、目をつぶった。