254章 王子の状況
「わあ!これがわたしたちのお家?」
サブリナが嬉しそうに聞いた。
「そうだ。王子の直属の兵団騎士として認められた
家ももらえることになった」
クーテンとサブリナは、すぐに家の中に入って走り回った。
お世辞にも綺麗な家とは言えないが、それでも、誰に追われることもなく、3人で暮らしていける家を手に入れたことに、クーリナも喜びを感じていた。
「騎士として金を支給してもらえるらしいんだが、遺跡などに行った際に、倒したモンスターの素材を売ってもいいらしい
金を手に入れたら、ふたりの服や家具も買いに行こう」
「やったー」
「それまでは、森の生活と変わらない暮らしかもしれないけどな」
「そんなことないわよ
家があるじゃない」
「僕も臭い洞窟よりもここのほうがいい」
「あははは。そうだな。うん
クーテンは、ずっと我慢してくれてたもんな」
「でも、奴隷商人がまた捕まえに来たりしない?」
「クーテン。大丈夫だ。王子が解決してくださった
王子の命令を無視して、また俺たちを襲えば、あいつらのほうが捕まることになる」
「そうなんだ」
「あいつは王子に指を斬られて、懲りてるだろうしな
俺たちは、堂々と自由に生活できるんだ」
サブリナは、つぶやくようにいった。
「でも・・・この国は・・・」
「ん?何だって?」
「ううん。何でもない
お父さん、ありがとう」
「金を貯めれば、もっといい家に住めるかもしれないしな
楽しみにしてろよ」
―――クーリナが、奴隷から解放されて2年が経過した。
王子直属部隊ラガールは、ペルマゼ獣王国の部隊とは、線を引かれたように独立した部隊だった。
戦争では、最前線で敵兵士と戦うことはなく、王子の護衛として、常に王子を囲むように陣を敷いて守備を固めた。
ペルマゼ獣王国では、戦争に行く際、兵糧は持っていかない。
敵が食料になるからだ。
毒などを体に含まんでいる種族の死体は、ほとんどの者は食べることはしないが、そうでなければ何でも食べる。
人を食べるのはもちろん、自分たちと同じ種族であっても食べるので、クールー病を患う者が他の国よりも比率が多かった。
他の部隊とは違い、ラガール部隊は、王族直属部隊ということもあり、兵糧を持っていく。
ペルマゼ獣王国では、敵を食べることで力を増すという迷信じみた価値観が、カーリー神教から植え付けられていたが、ゼブル・パテ・アガは、敵兵を食べることを好まなかったと言われている。
戦争が終わり、死体が余れば、それらを回収して、街などで販売するので、ペルマゼ獣王国での戦争開戦は、民から喜ばれた。
もともと戦うことを善としていることもあるが、さらに食料が増えて、物価が下がるとなれば喜ぶものが多かった。
クーリナもそうだが、サブリナやクーテンも、人間を食べる習慣はみにつかなかった。人間だけではなく、知的生物だとされるものの肉も食べないので、戦争が起こったからといって特に生活が変わるわけではない。
ふたりは、街で買い物にいくことは少ない。
街で売られているものや食べられているものをみるのが嫌だったからだ。
この国を捨てて、他の国に行こうと何度か言われたが、王子への恩があったために、2年間、この国に滞在していた。
クーリナの働きは、素晴らしかった。
戦争以外のラガール部隊だけの遠征でも、どの兵士よりも武功をあげたが、それだけではない。
なぜか、王子は、命を狙われることが多く、刺客のような者が後を絶たなかった。
それらの刺客を分身体を駆使して、守ることで、ラガール部隊でも、地位をあげていった。
食べ物にも、毒が入っていることが何度もあり、毒味役の生き物が次々と死んでいったほどだ。
ラガール軍団長ゼース・ブシ・ハマルが、遠征中にクーリナを呼びつけた。
クーリナは、隊長のいるテントへと赴くが、そのテントには、10人ほどの兵士が、テントの周りを囲み、厳重な警護がされていた。
これほどの警戒態勢を隊長はしないのを知っていたため、何なのだろうと不思議に思いながら、テントの中へと入っていった。
「隊長。クーリナです」
「よく来てくれた
そこに座ってくれ」
テントの中に置かれたテーブルの前の椅子に座り、今回の遠征内容でも伝えられるのかと思ったが、そうではなかった。
「クーリナ。お前が、この部隊に入ってから2年が経った」
「はい」
「その間、お前が信頼できる者なのか何度か調査させてもらった」
「調査?」
「お前も気づいているとは思うが、我らが主君ゼブル・パテ・アガ様には敵が多い」
「そのようですね・・・」
「その為に、本当に王子のために動く兵士を選ばなければいけないための調査だというわけだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「そして、お前は、白であろうと考えている」
「わたしは、王子に奴隷という立場から解放された者です
ですから、王子に恩を返そうと思っているので、裏切ることはありません」
ゼース・ブシ・ハマル隊長は、聞こえていないかと、まわを見渡し、少し声を落とした。
「うむ。その言葉は、この2年間のお前の働きによって伝わっている
そこで、お前には、王子の置かれている状況を伝えようと思っている
もちろん、このことは他言してはならない
それが家族であってもだ」
「はい。他言しません」
「ペルマゼ獣王国は、200年の歴史を持った国だ
現、国王であられるマゼラン・パテ・アガ様の家系であられるパテ家が建国したと伝えられている
長年、パテ家がこの国を継承し続け、今に至るのだが、ゼブル・パテ・アガ王子は、この国に疑念を抱かれている」
「疑念・・・?ですか・・・」
「王子は、何度も命を狙われているが、その命を狙っているのは、王子の父であられる国王だと我らはみている」
それを聞いて、クーリナは、顔を歪めた。
「・・・!!それは、どういうことですか?」
「王子は、国王から大切に育てられたとおっしゃられる
こどもの頃は、国王と狩りに出かけられたことも多い」
「それがなぜ、命を狙うなどとなるのですか?」
「わたしには分らぬが、王子は、ある時を境にして、国王が変わられたというのだ」
「何か、悲惨な出来事が、国王の身に起こったのですか?それで、人が変わったとか・・・」
「いや、そういうことではない。変わられたというのは、そのままの意味で、本当の国王ではなく、違う者が、国王に成りすましているということだ」
「まったくの他人が、国王になっていると!?」
「そうだ」
「そんなことがありえるのですか?」
「分からぬ。息子であられる王子だけが、そうだと言われているだけで、何の証拠もない
見た目や仕草などをみても、本人となんら変わらない
ただ、国王が変わった時から国の政も変わり始めた
王子がおっしゃられる時期からしても、確かに政治が変わったことは間違いない
ペルマゼ獣王国は、200年の間、ゴイへの詐欺・略奪・強奪などが正義だとされてきた
だが、国王マゼラン・パテ・アガ様は、その流れを変えようとされていた
ゼブル・パテ・アガ王子が、他国の人間を食べないのも、その教えから来ている」
※ゴイ:自分たち仲間、家族以外の者を畜生とみること。人間とはみなさない時に使う言葉
「すみません。私は、この国の歴史や文化にうといので、よく分からないのですが、現在、行われているペルマゼ獣王国の文化が、200年間、当たり前だったが、本物だったマゼラン・パテ・アガ国王が、例外で、今までの文化や政治とは違う政治を行いはじめていたということですか?」
「うむ。そういうことだ
それがある時から、国王は、それまでの文化を受け入れるようになりはじめたので、王子が異変に気付いたわけだ」
「なるほど」
「以前の国王様は、どのように国を変えようとされていたのですか?」
「例えば、人間を食べることを禁止しようと考えられていた」
「それはまた、大胆な変更ですね・・・」
「うむ。かなりの反発があったな」
「その反発が激しすぎて、変えることをやめたというだけではないのですか?」
「いや・・・・そうではない。それであれば、政治だけ元に戻せばいいだけだが、生活そのものが、変わり、国王は、人を食べるようになったのだ」
「この国では、それが当たり前のようですが、王子からすれば、異変だというわけですね」
「そうだな
国王が入れ替わったという疑惑と共に、王子は、ペルマゼ獣王国の内部事情を調べはじめた
そこでまた違和感に気づかれたのだ」
「違和感?」
「ペルマゼ獣王国を支配しているパテ家の当主や王族には、なぜだか、気質の荒い性質があてがわれているのだ」
「性質?どの相手と結婚するかは、国王や王族に主導権があるのではないのですか?」
「それがなぜかないのだ
ペルマゼ獣王国の文化にどっぷりと染まった女性が選ばれ、今でもやりたい放題されている」
「それと国王が入れ替わったことと何か関係があるのですか?」
「長年、パテ家による独裁政治が行われて来たので、誰しもが、パテ家こそが、国をコントロール支配しているだろうと思っていたのだが、どうやら違うかもしれない」
「どういうことです?」
「つまり、王族の上にさらに裏でこの国をコントロールしている存在がいるということだ」
「そんなことがありえるのですか!?」
「ペルマゼ獣王国では、カーリー神教のカーリー様を厚く信仰している
そして、月に一度、必ず大勢のこどもたちが、カーリー様に生贄に捧げられている」
「それは聞きました・・・
白い衣服をまとったこどもたちのことですね」
「そうだ
彼らは、カーリー神教の神殿に入っていき、そのまま姿を消してしまう」
「なんとなく、何をされているのかは、想像つきます・・・・」
「この儀式は、200年間、ずっと行われ続けてきたのだ
いくつかの違和感を王子は調べ始めると、ある時から、命を狙われるようになったのだ
王子は、毒で死にかけたこともある
そして、それらは、偽国王による仕業と我らは睨んでいるのだ」
「王子は、本当の国王の意思を受け継ぎ、ペルマゼ獣王国をまともな国にしようと動かれているということでいいのですか?」
「そうだ。王子は、戦争でも戦果をあげられている
そして、民にも寛容で、兵からも慕われている
それが弱さだと考える者からは嫌われもするが、慕っているものは、王子に心からの忠誠を誓っている
お前は、どうだ?クーリナ
この国は、このままでいいと思うか?」
クーリナは、即答した。
「いえ、この国は、まともだとは思えません
王子が、この国を変えようとされるのであれば、わたしも全力で王子を守りたいと思います」
「それを聞いて安心した
ラガール部隊の中でも、国王側に寝返った者もいる
クーリナほどの実力者が、あちら側に渡るのは、こちらとしては、阻止したいことだった
王子は、今もそうだが、闘技場へ赴き、強者を探されている
強いだけではなく、その志が良く、裏切らない者を探されているのだ
お前が、すぐに目を付けられたのは、そういうことだ」
「王子がわたしを偶然、闘技場で目にしたのではなく、あれは必然だったということでしたか・・・・」
クーリナにとって王子の危機的な状況があったからこそ自分達が助かったかもしれないと思ったが、次は、その状況を打破しなければ、また逆戻りになるかもしれない。王子を守ることは、こどもたちとの生活を守ることになる。
サブリナたちは人を食べる文化を嫌っていた。
王子の権力が増せば、それも改善されるかもしれない。
「そして、これらのことを知っているのは、ラガール部隊の中でも、数人だけだ
どこに耳があるのか分からない
このように厳重に警護した状態でなければ、この内容は、口にはするな」
「分かりました
それで、わたしは何をすればいいのでしょうか?」
「お前は、何度も王子の命を救った
また、戦果も十分あげて、その実力は、皆も認めているところだ
したがって、お前には、王子が国王の地位に上がられる為に、動いてもらうことになる
王子の身の安全もそうだが、ラガール部隊が戦果を挙げれば挙げるほど、認められることとなるだろう」
「やることは今までと変わらないということですね」
「そうだが、これからはお前も、王子が成功するための計画を助言してもらうことにもあるだろう
ラガール部隊の中心人物になって王子を守り抜くということだ」
「分かりました
今まで以上に、働かせてもらいます
そして、ペルマゼ獣王国を操っている者の正体を暴きましょう」
「そうだな。残念ながら、まだその正体は、まったく掴めていない・・・
頼むぞ」