249章 人質
分身体との交信が出来るのは1km範囲内だった。1km、もしくは500m間隔で中継すればさらに円を描くように数km範囲を広げることができる。
しかし、遺跡に行く際には、本来の体の半分を確保して、向かうことにしていたので、普段と比べて、こどもたちを守り、また見張りとして放っている分身体の数も減らしてしまっていた。
クーリナが、遺跡に入っているという時に限って、運悪く、あいつがやってきていた。
ペルマゼ獣王国の冒険者を10数人、雇って、奴隷商人の獣人の男がゴブリン洞窟の前に来ていた。
分身体は、すでに冒険者3人を殺していたが、奴隷商人は、手に短剣を持って、クーテンを人質に取っていた。
クーリナは、何の生き物かも分からない怒りの形相になり、威嚇する。
「お前!!その子に何かしてみろ!命はないぞ!」
奴隷商人は、一瞬で3人もの冒険者を倒したモンスターに驚愕していた。
「な・・・何なんだ・・・お前は・・・この化け物がッ!少しでも動いてみろ!こいつの首を掻っ切る!」
クーテンを人質に取られていたので、分身体はさらなる人質にならないようにサブリナを無理やり連れて、森へと逃がした。
残りの分身体だけで、クーテンを助けようと考えていたが、短剣を握りしめた奴隷商人は、脅えきっていて、少しでも変な動きをすれば、恐怖のあまり、本当にクーテンの首を切ってしまう恐れがあり、近づけなかった。
「ヤギ。せ・・・説明しろ!こ・・・こいつは何なんだ!こんなモンスターみたこともないぞ!」
クーテンは、何とか奴隷商人の腕から抜け出そうと暴れているが、大人の力をほどくことができない。
奴隷商人は、短剣をクーテンの足に刺した。
「ぎゃーー!!」
「貴様ぁぁぁぁああ!」
クーテンの叫び声に、感情をあらわにすると、クーリナの体は、ボコボコと変形していく。
「動くな!動いたら、首を切るぞ!」
「クッ!クソ」
本体さえ戻れば、何とかなるかもしれない・・・。
気づかれないように、後ろから地面に潜って、近づけるかもしれない。数分、時間を稼げれば・・・。
「その子を返せば、俺はお前たちをこれ以上、攻撃しない!だが、その子を殺せば、皆殺しだ!
俺の力ならお前たちなど簡単に殺せる
その子を置いて、逃げろ」
「冗談じゃない!これだけの冒険者を雇って来ているんだ。どれだけの金を積んでると思っている!」
奴隷商人は、クーテンの足を短剣でグリグリと痛めつける。
「ぎゃーーー!!」
「さー言え!あいつは何なんだ!!」
クーテンは、弱りはてながら答える。
「お父さん・・・ぼくたちのお父さん・・・」
「そんなわけないだろ!そんなことを聞いてるんじゃない。あいつの弱点などを言えといってるんだ」
「お父さんは・・・強いから・・・弱点なんてない・・・」
「それを考えろっていってるんだ!」
グリグリグリ
「ぎゃーーー!!」
「や・め・ろ・と言ってるだろがぁぁぁああ!」
本体が、やっと到着し、地面に根をはるように、掘り進んでいく。
冒険者のひとりが、異変に気づく。
「何か後ろから近づいて来るぞ!」
「なにぃ!」
奴隷商人もクーテンを抱えたまま、後ろを振り向くが、何もない。
クーリナに対して、問い詰める。
「お前ぇぇまだ、仲間がいたのか!?」
グリグリグリ
「ぎゃーーー!!」
「何か企んでるのなら、すぐにやめさせろ!」
冒険者が言う。
「下だ!下から音がする!」
「地面か!?」
どうやら聴覚が鋭い者がいたらしく、本体は止まるしかなかった。
クソッ!素早く空から飛びかかったほうがよかったのか・・・
察知できる奴がいるとは・・・
「音が止まったぞ!」
「何もするなといっただろうがぁ!俺たちが街に安全に戻るまで、何もするなよ
この子の命を守りたいのなら、俺の言うことを聞け!
指示が来るまで、ここに留まり、待っていろ
おい!馬をここへ持ってこい」
冒険者のひとりが、馬を持って来て、奴隷商人は、クーテンを盾にしながら、ゆっくりと馬に近づき、馬に乗った獣人にクーテンを渡して、馬に乗る。
「その子の首に剣をつきたてろ!少しでも変な動きをみせたら、すぐに殺せ!」
「お父さん!」
「必ず助け出してやるからな!待ってろよ!クーテン!」
「追いかけてくるなよ!追いかけてきても、こっちはお前のことを把握できるんだぞ
追いかけてきているのが分かったら、またヤギの傷が増えることになる」
奴隷商人たちは、逃げるように、馬を走らせて、暗くなりはじめた森の中を動物やモンスターがいないところへとジグザグになりながら走っていく。
どうする?鹿になり、追いかけるか・・・?
どうやら、あいつらは、生き物がいる位置を正確に把握しているようだ・・・それだとバレる恐れがある・・・。
空なら、気づかれないんじゃないのか?
距離を十分に離して、分身体を空に飛ばし、後を追った。
――――離れた森の中にいるサブリナが心配そうに分身体に話しかける。
「お父さん・・・クーテンは、大丈夫?」
「すまない・・・サブリナ・・・クーテンは、連れていかれてしまった・・・今、空から追いかけてるが、耳がいい奴がいて、近づくこともできない・・・」
「そんなぁ・・・」
「あいつは・・・奴隷商人は、指示が来るまで、待てといっていた・・・
たぶん、クーテンには、ずっと見張りをつけられるだろう・・・
指示を待つしかないかもしれない
あいつらが近づいていることに気づけなかった・・・すまない・・・」
「わたしたち、また奴隷にされるの?」
「サブリナだけは、そんなことはさせない」
「でも・・・わたしが行かないとクーテンが・・・」
「クーテンは、お父さんが何とかする。お前は、分身体と一緒に、遠くに逃げるんだ」
サブリナは、不安そうな顔をして、下にうつむく。
「今日、遺跡で沢山のアイテムを手に入れた
それを売れば、それなりの金になるはずだ
その金を持って、お前は、遠くで、俺とクーテンを待っててくれ」
奴隷商人が、クーテンを痛めつけていたことは、サブリナには話さなかった。
サブリナだけでも、逃がしたかったからだ。
不安そうにしているサブリナを連れて、分身体は、本体からドロップ品を受け取り、その場から離れた。
―――クーリナは、両手で頭を抱えながら、必死で考える。
どうやって助けたらいい・・・?
あいつらは、警戒を厳重にして待ち受けているに違いない。
そんな状況で助けられるのか?
さっき助けられなかった時点で難しい・・・。
今は、クーテンの両手を縛り、くつわを口につけて、馬に乗せて拘束している。
クーテンを痛めつけるなどということはしていない。
しかし、街に戻られれば、さらに厳重に守られてしまうだろう・・・。
クーリナは、イチかバチかで襲いかかるなんていうことも出来なかった。
クーリナにとって、クーテンとサブリナは、生まれてはじめての理解者であり、家族。危険をおかしてまで、動くことはできない。
自分の生きる意味だった。
油断した・・・二人と過ごして、幸せを感じていたからか、こんな当たり前の奇襲にさえ対応できなかった・・・。
もうすぐ・・・追いかけている分身体との距離も広がり、交信することもできなくなる。
1km間隔で、中継して10kmを追いかけていたが、動くとしたら、今しかない・・・。
やつらは、クーテンをガチガチに拘束しているのに、油断せず、今もナイフをクーテンにつきつけている。
俺が何をするのか分からないと思っているのだろう。
あ!ダメだ・・・交信が・・・途切れた・・・。
奴らの指示を待つしかないのか・・・。
―――クーリナは、ゴブリン洞窟で、数日の間、待ち続けた。
分身体からの情報によって、クーテンがいる場所と安全は分かっているが、やはり奴隷商人の警戒は厳しく、テントではなく、古びた屋敷の地下の牢屋に、閉じ込めて、常にその牢屋の中に見張りが武器を持って見張っている。
何かあれば、すぐに殺せという命令が出ている。
こどもの奴隷ふたりのために、ここまで金を使う理由がクーリナには、分からなかった。
ゴブリン洞窟に、数十人の者が近づいてきていた。
どれも冒険者だろう。
クーリナは、上半身、裸になり、武器を一切持っていないのを装う。
兵士たちは、クーリナから距離を置きながら、警戒する。
「我々は、お前に指示を伝えるという依頼を受けた
お前は、商品を二つも盗み、被害を拡大させた
そのほかの奴隷も死者が数人出ている
お前と女奴隷が素直に、依頼主の命令を受け入れるのであれば、ヤギの奴隷の命は保証する
従わないというのであれば、二日後の昼に、ヤギの処刑が執り行われる」
クーリナは、両手をあげて、降伏の意を表して答える。
「分かった。俺は従う
その依頼主に合わせろ」
「女奴隷はどこだ?」
「彼女は、前回の騒動で逃げたので、どこにいるのか
俺にも分からん」
「嘘をつくな!
女奴隷も来なければ、ヤギ奴隷がどうなっても知らんぞ!」
「本当に、どこにいるのか分からない
混乱した状況で、森へと逃げたので、まったく分からないんだ」
話を進めていた兵士が、指示を出す。
「女はいい
あいつを拘束しろ。何をするか分からん
注意しろ」
冒険者20人が、ゆっくりと警戒しながら距離を縮めていき、クーリナの両手、両足、そして、首に太い鎖をつける。
冒険者たちは、馬に乗り、クーリナを1頭の馬に乗せる。
その馬は、体中に鉄や鎖が付けられていて、クーリナに取り付けた鎖を馬の鎖や鉄につなげ、目も見えないようにされた。
「よし!行くぞ」
ゆっくりと馬を歩かせて、移動して、街まで連行していった。
―――ペルマゼ獣王国の首都デリスに到着すると、門番に冒険者たちが、報告し、通過させた。
そして、依頼主の元へとクーリナを連れて行く。
クーテンが捕らえられている古びた大きな屋敷の庭に、依頼主の奴隷商人が、さらに冒険者に守られながら、立って待っていた。
クーリナの体は、鎖だらけで、馬にさえ簡単には下ろすことができない。
見えないようにされていた目だけは、ほどかれるが、その恰好にしたまま、奴隷商人が、話し始める。
「女奴隷は、どうした?」
「あの時、逃げたきり、どこにいるのか分からない」
「ヤギがどうなってもいいのか?」
「分からないものは、分からない
あの子に何かしたら、俺が暴れることになるぞ」
「その状況でか?」
「ああ。拘束はされているが、お前ぐらいなら殺せるかもしれんぞ?」
「本当はあの娘が目的だったが、まーいい。お前という異物をみて思いついた。お前には、闘技場で戦ってもらう
命のやり取りだ
ペルマゼ獣王国では、闘技場での戦いが盛んでな
金儲けになるんだ
お前の強さを利用させてもらおう」
「そんなことをしなくても、俺とクーテンを放してくれれば、俺が遺跡に入ってドロップ品で金儲けをさせてやる
それでいいだろ?」
「ふんっ
そんな訳にはいかんな
どうして、お前たちを信用して自由にできるというんだ?
いつお前たちが逃げるかもわからんだろ?
ヤギは人質のまま、こちらの損害以上の利益をお前は、わたしに返さなければいけないんだ
お前が、忠実に俺のいうことを聞くのであれば、ヤギの命は取らないと約束しよう」
「一生、お前の指示に従えというのか?」
「わしは腐っても商人だ。理不尽すぎる条件は逆に利益を損ねることを知っている
一生とは言わん
だが、お前が出した損害額は、少なくはない
今回雇った冒険者の金額もそうだが、お前が殺した3人の保証金も出さなければいけない
こども二人の奴隷だけではなく、他の奴隷たちから出た損害も合わせると、かなりの金額になるぞ
それで承諾するのなら、お前をわたしの奴隷にする」
「いずれは、俺たちにも自由を与えるということだな?」
奴隷商人は、契約書に書かれた金額を指さす。
「お前が生き残って、契約金をすべて払い終わったらだがな
これを返し切るには、闘技場で30回ほど勝ち進まなければいけない」
30回か。どれだけの手練れがいるか知らないが不可能ではないように思える。
「分かった。承諾しよう」
冒険者たちが、いくつかの鉄輪を首や手足、そして、腰の部分に着けた。
「それらは奴隷専用の拘束具だ
もし、わたしの命令に反すれば、苦しみを与えることになる
もちろん、ヤギにも危害が及ぶ
俺には逆らわないことだな」