243章 脱走
獣人たちの街は、最悪なものだった。こんな奴らの街の兵士だったと知っていたら、最初の宿主だったゴブリンを殺したあいつらも、生かしてはおかなかったはずだ。
人を食べることや傷つけることをあいつらは悪いことだという認識がない。
だから、平然と笑顔で暮らしているんだ。
それを目にするまで、普通の獣人の国のように思えたぐらい平然としていたのだ。
獣人からしてみれば、それが当然なのかもしれないが、俺はそうは思えない。
俺も化け物だが、感情的にあつらを認めたくない。
こんな街はすぐに離れたいが、助けなければいけない。
奴隷商人に捕まっている人間の女の子。
ほかっておけば、あいつらに、どんな目にあわされるのか分からない。
陽が暮れて、月の光りだけになった街を歩く。
思った以上に、この街の夜は暗かった。家から火の光りがいくつかみえるが、それだけで、街中は、ほとんど月のひかりだけになっている。
逃げるには、この闇夜は使える。
昼間から分身体と本体も合流して、この街に、すべての体を集めておいた。
保管されていた巨大熊の顔に変化していた体も、保管庫から脱出させ、合流した。
小さな虫の分身体を出して、奴隷商のテントの周辺を確認する。
昼間と変わらない警備はたったのひとりだ。
テント内には、見張りはいない。
テントの入り口に椅子をおいて、座っている。
眠たいのか、うとうとしながらの警備のようだ。
正面からいかず、テントの真後ろに移動して、手をナイフのようにして、テントに一筋の切れ目をつけた。人が出入りできるぐらいの穴になる。
そこから、こっそりと中に入って、沢山の檻の中を抜けて、女の子の元へと向かった。
「狼さん。本当に来てくれた」
「うん。君と友達は助けてあげるよ」
檻の鍵穴に体の一部を入れて、鍵穴の形に体を硬質化して、簡単に檻を開けて、出した。
昼のうちに盗んでおいたこども用の服を体の内部から取り出して、裸の女の子に着せる。
分身体を10体出して、静かにするようにと鼻に指をやりながら、ほかの檻の鍵もあけていった。
奴隷たちは、脅えているが、檻をあけてもらったので、ぞろぞろと檻の外に出はじめる。
「狼さんこっちです。あの子の檻」
「うん。すぐ開けるよ」
ヤギ系の獣人の男の子の檻の鍵も開ける。
「サブリナありがとう」
「テンちゃんも、一緒に逃げよう!」
「うん!」
男の子にも服を渡して、着させ、二人のこどもの肩をひきよせて、こっそりと話す。
「いいかい。よく聞くんだ
これから、ほかの奴隷たちもこのテントから逃がして、混乱を誘う
その隙に、俺たちは、この街を出るんだ」
「壁は、どうやって出るつもりですか?」
「君たちは、俺を信じることが出来るか?」
ふたりは、すぐに頷く。
「もちろんです」
「俺は体を変化させることができるモンスターなんだ。今はこの街に自由に動くために狼系のモンスターの姿になっているけど、この姿は本当の姿じゃない
そして、この体と同じ狼型の分身を作り出して、その中に君たちを隠す
この街の者たちが俺や分身体をみても、ただの狼兵にしかみえないだろう
そのまま外に堂々と出るという作戦だ
お前たちを食べるようなことはしないから、信じてくれ
怖いかもしれないが、声をださないように頑張るんだ」
二人は、頷く。
こどもふたりの周りに、自分の体を撒きつけていき、狼兵が3匹になる。
テントの裏から、他の奴隷を誘導して、一緒に外に出る。
全裸の奴隷たちは、それぞれバラバラになって、逃げて行く。
こどもを隠した分身体2体と一緒に、街の一番小さい門へと向かった。
壁の近くは、火が灯されていて、街中よりもかなり明るくされていた。
門番たちがいるが、そのまま歩いていく。
「お前たちは、何だ?もう夜中だから門の出入りは禁止だぞ」
「実は、奴隷商のテントから奴隷たちが脱走したという報告を受け、それらの奴隷たちを外に逃がさないために、外を見張れという命令が出たのです」
「そんな命令、聞いていないぞ!」
「わたしが伝えよという命令でした」
他の門番をしていた兵士が声をかけた。
「お前!サンタじゃないのか!?そうだよな!やっぱり、サンタだ!」
「え・・・」
「お前。死んだって聞いたけど、生きていたのか!?」
狼系のモンスターは一体しか、吸収していないから、こいつしか変化できない。
「ああ・・・俺も死んだと思ったけど、気絶していただけだったんだよ・・・」
「そうだったのか・・・よかっ・・・おい!なんだ?後ろの奴も・・・サンタじゃないか!!」
門番の責任者も声を荒げる。
「お前たち!怪しいな!何者だ!」
バレたか・・・。
こどもたちも、体の中で、バレたことに気づいて、震えている。
分身体とそれぞれバラバラになるように、暗い街中に、走って逃げた。
「おい!待て! 追いかけろ!あいつらを逃がすなよ」
街は暗いうえに、人が大勢まだうろついていたので、人込みと建物の影を利用して、なんとか追ってから逃げたが、壁からは、逆に離れてしまった。
「どうするんですか?もう逃げられないですよね?」
「大丈夫だ。安心しろ。門から出なくても、俺なら外に出られる」
背中から虫の羽を出して、空へと高く飛んだ。
そして、壁を抜け、森の中へと逃げこむ。
「空も飛べるんですね!」
「お前たちを怖がらせたくなかったから、門から歩いて出ようとしたけど、そうもいかなくなった
俺はこんな変なモンスターだけど、君たちに危害を加えるつもりはないから、信じてくれ」
「はい。もちろん、信じています」
「ありがとう・・・」
自分でも化け物だと思えるこの俺をすぐに信じてくれるのは、やっぱりこどもだからだろう・・・。
「でも、他の奴隷のひとたちは、壁からは出られません。捕まったらどうなるのか・・・」
「分かった。出来る限り、壁の外まで、逃がしてあげるよ」
分身体を街の上に飛ばして、奴隷たちをみつけ、その奴隷たちを壁の外まで、飛んで逃がしてあげた。
檻から逃げたのは、20人程度だったが、10人はすでに捕まっていて、逃がすことができたのは、5人だけだった。
奴隷たちは、みんな裸のまま、壁の外に出て、森の中へと逃げて行った。
そして、また分身体を街の中や壁の外へと配置させて、裸の人間に似せて、逃げた奴隷だと思わせ撹乱させた。
人間は吸収したことがないので、頭の中のイメージだけで作り出しただけだ。髪の毛もなく、眉毛もないスキンヘッドのような裸の奴隷となる。
それでも、街中を裸で走り回っているのは、夜でも目立つので、撹乱することができた。
夜中の間ずっと撹乱させて、本当の奴隷たちの逃げる時間を稼いだ。
彼らがそれからどうやって生きていくのかは、分からないが、俺が出来るのはここまでだ。
―――朝になり、ゴブリンの洞穴の前に、分身体とこども二人を連れて、合流した。
そして、体から、こどもたちを出した。
体の中で眠っていたらしく、こどもたちは、目をこすりながら、出てくる。
「ここが俺の隠れ家だ。少しの間、ここで暮らすことになるがいいか?」
「もしろんです」
「こどもらしく、敬語じゃなくてもいいよ」
女の子は、笑顔で頷く。
「お父さん。助けてくれて、ありがとう」
「お父さん・・・?」
「うん。これから一緒に暮らすことになるでしょ?わたしたちのお父さんになるでしょ」
何だろうか・・・お父さんと女の子に呼ばれる響きがなつかしく感じる・・・。
「お父さんって呼ばれるのはいや?」
「いやじゃないよ・・・ただ・・・なんていうか・・・嬉しいというか・・・変な気分だ・・・」
「よかった。これからは、わたしたちのお父さんね」
ヤギ系の男の子も、同じように呼んだ。
「お父さん」
「うん。これからは、俺はお前たちのお父さんだ」
なぜかは分からないが、目から涙がこぼれた。
それをみて、慰めようとしたのか、こどもたちは、抱き付いてきた。
「お前たちの名前を教えてくれ」
「わたしは、サブリナよ。お父さん」
「僕は、クーテン」
「テンちゃんよね」
「うん」
「そうか。サブリナとクーテンか。良い名前だ」
「お父さんの名前は?」
「俺・・・?俺には・・・名前はないだ・・・」
「そうなの?」
「うん。俺には親はいなかったし、話せる人間すら近くにいなかったからな・・・」
「じゃー。わたしたちがお父さんの名前付けてあげる」
クーテンも頷く。
「うんうん」
「クーリナっていうのはどう?お父さん。サブリナのリナとクーテンのクーを合わせた名前。クーリナ」
「クーリナか・・・うん。いいと思うぞ。俺の名前は、クーリナだ」
「クーリナお父さんね」
「うん。良い名前をありがとう。サブリナ。それにクーテン」
こどもは、不思議だ。あんな目にあわされ、怖い夜を体験したのに、それもなかったかのように、明るく振舞える。俺のこともまったく怖がっていない。
クーリナは、サブリナの首に手をやって傷をみる。
「首・・・痛むか?」
「大丈夫よ。お父さん。これぐらい、当たり前だったもの。もっと酷いことされたこともある」
どんな酷いことをされたんだろうか・・・
「そうか・・・いつか、あいつらに俺が仕返しをしてやるからな。でも、怪我は、ほっとくと命にかかわることもあると聞いた気がする・・・どうしようか・・・俺は、治す方法とか分からないんだ・・・」
クーテンが、長い舌を出して、サブリナの首を舐め始めた。
「鍔をつけていれば、治るって聞いたことあるよ」
「きゃはははは。クーちゃん、やめてよ。くすぐったいじゃない」
「ああ。俺も聞いたことある気がする。確かにクーテンに舐めてもらうのがいいかもな」
クーテンは、くすぐったくて嫌がるサブリナの首を舐め続けた。
「お前たちに言っておきたいが、お前たちを追ってここまであいつらが追いかけてくるかもしれない
その時は、この場所を捨てて、違うところに移動することになると思うが、覚悟しておいてくれ」
「わかったわ。お父さん」
「うん。良い子だ」