230章 首都ダリンへの帰還
「また、首都ダリンに戻ってくれるとは思わなかったわ」
「そうね。エバー」
エバー・マットとエリー・マクバイアは、以前のように仲良く首都ダリンの街を歩いていた。
彼女たちは、いつシンから狙われるのか分からないので、新大共和ケーシスの兵士やソースが、護衛としてはりついている。
ふたりは、ソースを持っていて、すぐにでも、ダフキンと連絡が取れるようにしてあった。
ダフキンたちは、まだクリスチャンという認定はされていないが、例外として連絡通信や状況に関する情報、それに瞬間移動だけ使用できるようにされていた。
「エリー!!」
エリーの父ワクバイアは、大きな声を上げた。
自殺をはかり葬式まで出したはずの娘が目の前に現れたことに混乱して、錯覚ではないかと目をこする。
「お父様・・・ごめんなさい・・・わたし生きていたの・・・」
手を震わせながら、ワクバイアは、エリーを強く抱きしめた。
「本当に・・・本当にお前なのかい?これは・・・夢なのか・・・?」
「夢じゃないわ。お父様・・・殺されそうなところをダフキン様にわたし助けられたの・・・・」
ワクバイアは、涙を流して、エリーが生きて触れるということに感謝を噛みしめた。
エバーもその二人のやり取りに涙を流した。
涙を流すエバーをみると突然、地に手をついて、謝った。
「申し訳ありませんでした!お嬢様・・・・わたしは・・・あなたの言葉をまったく信じようとしていませんでした!なんとお詫びすればいいのか分かりません」
エバーは、慌ててフォローした。
「叔父様が悪いわけではありません。悪いのは、組織だったの。あんな遺書を残されれば、誰だってそれを信じてしまうわ
わたしだって、エリーが死んだなんて聞かされて、もの凄く動揺したもの
叔父様の気持ちは、いっぱい、そう・・・とってもいっぱい分るわ」
「わたしは・・・何てひどいことを・・・」
エリーは、地面にひれ伏す父の背中をそっと手で触れた。
「お父様。わたしからもエバーには、謝ったわ。悪いのは、何も伝えなかったわたしよ
お父様・・・本当にごめんなさい・・・」
「生きて・・・生きていてくれれば・・・それだけで・・・うぅぅぅ」
動揺してフラフラになっているワクバイアを連れて、屋敷へと移動し、落ち着いたところで、ふたりが、なぜこうなったのかを全部説明した。
エバーが、以前、説明したことと同じことをエリーの口からも言われてやっとワクバイアは、本当に理解したのだった。
「お父様。あの組織は、とても大きなもので、ワグワナ法国だけではなく、他の国にも組織が存在しているらしいの
そして、ダフキン様を狙うために、エリーをまた襲うかもしれないし、わたしもまた危険かもしれないの
だから、当分は、新大共和ケーシスなどで安全のために暮らすつもりよ」
「噂では聞いていたが、本当にボルフ王国は、滅んでいたのだな・・・」
「うん。そうなのよ・・・。ワグワナ法国に都合のいい情報だけを流されていたの
わたしたちを助けてくださったのは、ダフキン様だったけど、ワグワナ法国にこうやって戻って来れたのは、セルフィ様のおかげでもあるわ
セルフィ様たちは、本当のことを言っているのよ」
「とても信じられないことばかりだったが、それが真実というものか・・・」
「お父様。ダフキン様が、またワグワナ法国で、マット商会をはじめるの
どうか、助けてあげて」
「そうか。そうか。ダフキン様がまた、商会を立ち上げられるのか。もちろん、全力でサポートさせてもらう
ワクバイア家のすべてを投げうってもな」
エバーはそれを聞いて喜んだ。
「叔父様。ありがとうございます!」
「お礼など言わないでください。お嬢様・・・あなたには、一生を捧げても、返しきれない恩があるのですから」
「お父様。エバーのお母様、シェラフ様も生きていたのよ」
「なんと!!」
「10年前に、わたしのようにシェラフ様は、組織に命を狙われ、それから死んだということにされていたの
でも、ワグワナ法国は解放されたから、シェラフ様も、戻って来て、マット商会をダフキン様と一緒に、運営していくそうよ」
ワクバイアは、深く溜め息をついた。
「ふぅー・・・。わたしは、本当に何もみえていなかったようだな・・・」
「叔父様。そうワグワナ法国が仕向けていたんです。民のほとんどが、それを信じていたんですから・・・叔父様だけではないですわ」
エリーの母が、めずらしくワクバイアの元気そうな声を聴いて、様子をみに、部屋へと入って来た。
エリーの母は、エリーの姿をみて、驚きのあまり、そのまま気絶した。
「お母様!!」
―――エバーとエリーは、説明をすべて終えると、日課のように通っていたお店に紅茶を飲みに出かけた。
「マット商会、再開、おめでとうございます。エバーお嬢様」
「ありがとうございます。エリーお嬢様」
ふたりは、おちゃらけて冗談を言いながら堂々とダリンの街を歩く。
エバーが、絶望的な状況だった時を思い出しながら、エリーに言う。
「もう二度と、ダリンには、戻ってくれないと思っていたわ」
「そうね。わたしも、これから一生、エバー村で暮らしていくしかないと思っていたわ」
―――ダフキン・マットは、第一王位継承権を得たガマル・ルィール・チェクホン殿下の後押しで、首都ダリンに再び、マット商会を復興させた。
その横には、エバーの母、シェラフ・マットが寄り添っている。
ふたりは、10年もの長い間、ともに暮らすことが出来なかった夫婦だったので、一緒に生活できることを心から感謝していた。
ダフキンは、前と変わらず、マット商会の会長となり、マット商会の最高取締役員として、テンドウが任命された。
テンドウは、マット商会に、二度とシンのような組織が入り込まないように細心の注意を持って運営していた。
ダフキンがいなくなってから、マット商会は、解体され、従業員たちも突然の解雇処分となって路頭に迷ってしまっていたが、テンドウが、ひとりひとり訪問して、事情を説明し、またマット商会に戻ってくれるように頼んだ。
ダフキンが犯罪者扱いされ、国中から追われるようになって従業員も肩身が狭かったが、その汚名も回復し、安堵の顔を浮かべる元従業員もいた。
テンドウの説明をうけて、多くは、また商会に戻ってきていれることになった。
死んだと言われ続けていたシェラフ奥様が、実は生きていて、マット商会に戻られたということを聞いて、驚く人たちも多かった。
シェラフ・マットの父、レッグ・クロスは、長い間、商会をしていた者だったので、シェラフは、商売のことに詳しく、ダフキンに商売のいろはを教えたのは、シェラフだった。
マット商会を本当の意味で、形にしたのは、シェラフだっただけに、戻って来たことは、商会の安定に繋がると期待も含まれていた。
新大共和ケーシスとレジェンドとの貿易も、マット商会だけは許可され、それぞれの経済部の者たちとダフキンは、打ち合わせをして、製品を提供することとなった。
品質の良さでは、ワグワナ法国は勝つことはできないが、取り扱っている種類においては、食べ物も製品も勝っていた。
レジェンドによる農法は、ワグワナ法国が国をあげて、取り組むこととなった。
ボルフ王国とは違い豊かな実りを持っていたワグワナ法国が、その農法を使い始めれば、どれだけの収益になるのか、予想がつかない。
すでに、セルフィによって畑は、2倍の広さを与えられているので、収穫を国中が楽しみにしていた。
ワグワナ法国の一番の変化は、獣人たちの受け入れを急激に増やしたことだった。
マット商会でも、獣人たちを受け入れるように動き、多く従業員として雇い始めていた。
トリアティー師団国の女王ゴルバフ・ダレーシアも、約束通り、獣人へのイメージ回復をワグワナ法国がしっかりと行っていることに満足して、10年前と同じように、友好国としてあらゆる国交を開いていくことに認可を下した。
トリアティー師団国に対する賠償金は、5年に渡って支払われることとなり、被害にあった民たちに行きわたる予定だ。
トリアティー師団国は、韓〇のように賠償金を被害者に渡さないということはしない国だった。
―――暗い真夜中の首都ダリンに、1つの影が忍び寄る。
その影は、物音一つ立てずに、壁の上へと降り立ち、首都ダリンを見下ろす。
壁の上には、兵士たちが見回っているが、それにも気づかさせないほど、高度な隠密能力を持っていた。
影は、赤い目を光らせて、首都ダリンへと入り込もうと、壁から乗り出そうとしたが、首に痛みを覚え、うしろを振り向くと青い目を視認した。
「ガフ・・・キン・・・!!」
「レジェンドの優れた監視体制は、伊達ではありませんよ」
『ダフキン様。他に忍び込もうとするものは、確認されておりません』
『そうですか。ありがとうございます。ミカエル』
ダフキンは、習性からか、死体が崩れ落ちるのを腕で受け止めて、音をたてることなく、地面へと横に寝かせ、心臓にさらにナイフを突き立てた。
『セルフィ様。暗殺部隊の者でした
彼らは何を隠し持っているのか予想できませんので、処分させてもらいました』
『そうですか。ダフキンさんよりも、組織に詳しい人はいませんので、その判断に従います
こちらの被害はないようですね』
『はい。まだ壁の範囲内ですから、侵入しようとしたことさえ誰も気づいてもいません』
『レジェンドの兵士でも、暗殺者と戦えなかったと報告があがっていますから、ワグワナ法国の衛兵が対処しようとしたら、被害が出ていたところでした
助かりました。ダフキンさん』