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23章 セルフィ

ローという名の村に案内された源とロックは、龍王という存在が、1000年前に、帝国を築いて、“龍王の意思”というものを仲間に託したという話を司祭から聞くことになる。その仲間たちは、また子孫にその龍王の意思を託し、それぞれが世界に広がって、龍王の意思を守り保管しているということを知った。


その子孫の末裔だとされるローという名の村では、龍王の意思を外の人たちには隠して、大切に守りぬいてきたと司祭から話を聞くが、その司祭がなぜか、会ったばかりの源に龍王の意思の書物が隠されていることを明かしただけではなく、その内容を読み始めたのだった。


一番の驚きは、その龍王の意思とは、聖書の1つの書物、伝道者の書だったということだった。


源だけが、その意味を理解し、困惑するのだが、司祭もロックも、耽々(たんたん)と話を進めていくのだった。



源は、この世界が異世界だということをロックにさえも話していなかった。それはあまりにも残酷な現実があったからだ。また、源を拉致した人間たちが造ったであろうこの仮想世界には、拉致された人間たちが、無理やり入り込まされていて、記憶を消されていた。源だけは、AIの愛の助けがあって、記憶を留めることに成功していたが、あいつらからすれば、それはゆるしがたいことなのかもしれないので、源は、自分には記憶があることも簡単には口にできなかった。


もちろん、愛の存在は絶対に口にはできない。例え、龍王の意思が伝道者の書であることを知っていたとしても、源には、それを説明できないのだった。


源の発言を運営側とでもいえる、やつらに知られれば、愛の存在、マインドチップのことも把握され兼ねず、脳からマインドチップを取られるだけではなく、処分される可能性もある。


現実の世界では、源は、脳と脊髄しかない、ほぼ死んだような状態だ。それを思えばなぜ、仮想世界の生活を続けるのか?と、どうしても考えてしまうのだが、今回のこの不思議な出来事を前にすると、すべてが偶然だとはこの仮想世界であっても、思えなくなってきた。


司祭は、源が混乱している中でも、伝道者の書の内容を続けて読んでいった。


《―――結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。


ここからは龍王の言葉である。これらは龍王の意思であり、のちのちまで伝えていくことだ。のちに世界を平和にする天使が生まれ出る。天使とは、人間の体をしながら、背中に羽を生えた天使という種族だ。》


天使の種族??そういうことか!龍王が最後に残した言葉に、天使の存在が示されていたから、偶然その姿形が似ていた俺をみて、ニーナや司祭が、異様な態度を取ったのだ・・・。たぶん、彼らは俺をその天使だと勘違いしているんだ・・・。羽をみて激変したのもそういうことだろう。泣いていたのも、勘違いしていたからだ・・・秘密にするべき龍王の意思を会ったこともない俺に、突然教えるという矛盾もこの言葉で納得できた。なるほどと思わされた。


源は、色々なことを瞬時に納得したが、さらに司祭の言葉の続きを聞いて、混乱を深めることになる。


《その者が現れたのなら、おのおのが守っている龍王の意思を読み聞かせろ。その者の名は、ハジメスエナガという》


「はぁうあ!!??」


源は、大きな声で、変な言葉を発してしまった。


「ハジメスエナガといったのか!?」とロックも驚いて司祭に質問した。


源は、混乱を隠し切れない。伝道者の書が伝わっていることは、無理やりにでも強引に繋げることはできる。この世界には、地球で生きていた人たちの脳を利用され、参加させられているのだから、その人間の誰かが、記憶を失わず、持っていたということで、説明もつく。運営側が無理やり押し込んだ仕様だとも考えられた。だが、俺の名前や俺の天使の姿を予想などできるはずもないのだ。どう考えてもおかしい。つじつまがあわない・・・。


司祭は、ロックの質問に頷きながら答える。

「ローに伝えられる龍王の意思には、間違いなく昔から伝えられている言葉じゃ」


ロックも、さっきの源のように、挙動不審になって、まわりを確認しはじめた。少し、俺の気持ちも分かったのかと思わされる。


この村全体で、源とロックを騙そうとしているのか?と考えてしまうほど、つじつまがあわないからだ。


ロックは、すごい形相をして、なぜか源を睨みつけた。


「源・・・俺を騙していたのか!??」



「はぁ??」


一体、ロックは、何を言ってるんだ??


「騙した?何言ってるんだ?」


「初めから、洞窟の中から俺を騙していたのかって聞いてるんだ!」


ロックは、大きな声で怒鳴り始めた。


司祭も何が起こっているのか、分からないという感じだった。俺も同じだ。


「ちょっと待て、ロック。俺がロックを騙す理由なんて何もないだろ??」


ロックは、興奮していた。何年も暗闇の中でたったひとりで暮らしていたロックは、心と精神に深い傷を残していた。誰にぶつけていいのか分からない怒りとストレスを抱えていた。


ローという村に源が、ロックを誘い込ませようとしたとでも、ロックは考えてしまったのだろう。


「お前が、俺を洞窟に閉じ込めたのか!?」


「ちょ・・・ちょっと待て、ロック。落ち着けって・・・!」


源は、自分も混乱しているのに、さらに混乱しているロックに勘違いを分からせる言葉がすぐに浮かばない。


「何勘違いしているのか、分からないけど、俺はお前と同じように、暗闇で目覚めて、一緒に苦しんだんだ。ロックを閉じ込めてなんていない。一緒に閉じ込められていたんだ!」


「じゃーなんだ?このハジメスエナガという天使の話は!」


「だから、俺も混乱しているんだろ?ちょっと落ち着け・・・・俺も落ち着かないと考えられない・・・俺も混乱しているから、さらに混乱させないでくれ・・・」


源は、手を眉間に持っていき、集中して考え、悩み出した。


一体全体・・・なんなんだ・・・何が起こっている?


源は、龍王の意思の書物を指さした。


「それは、本当にハジメスエナガと書かれているのですか??」


司祭は答える。


「その通りですじゃ」


「失礼かもしれませんが・・・わたしもその文字を確認させてもらえないでしょうか?」


混乱した頭で、必死に失礼がないように、苦しそうに源は尋ねる。


「よいですじゃ。御覧くださいませ」


そういうと、司祭は、書物を源にみせた。ロックもそれを確認しに来た。


書物には確かに、日本語で


《ここからは龍王の言葉である。これらは龍王の意思であり、のちのちまで伝えていくことだ。のちに世界を平和にする天使が生まれ出る。天使とは、人間の体をしながら、背中に羽を生えた天使という種族だ。その者が現れたのなら、おのおのが守っている龍王の意思を読み聞かせろ。その者の名は、ハジメスエナガという》


と書かれていた。


伝道者の書の言葉を書いた文字の筆跡と最後の龍王の言葉の筆跡は同じで、とても、昨日今日、付け足したようには思えない。


考えれば考えるほど、意味が分からない。


「司祭様は、わたしをこの天使の種族の人物だと思っていたということでしょうか?」


「その通りですじゃ。あなた様は、天使族であられる。これは確かなことでしょう」


源には、確かなのか、判断するための情報がなさすぎて、分からない。


「天使族は、世界には、どれだけいるのですか?」


「天使とは、実在しない架空のものだと世界では伝えられてきたのですじゃ」


え・・・!?実在しない??


「司祭様もみたことがないということでしょうか?」


「ハジメ様が、はじめての天使族として、わたしがみた本物の天使様ですじゃ」


・・・・。何を言ってるんだ・・・おじいちゃん・・・


「えーっと・・・初めて天使族をみたのに、わたしがその天使族だということをなぜ分かるのでしょうか?僕は、ただの鳥人間かもしれないんですよ?」


「世界を平和にする救世主伝説は、世界中が知っていることで、隠されてはおりません」


「それは周知の事実ということなのですか?」


「そうですじゃ。帝国にも探せば、この書簡は見つかるでしょう。ですが、多神教になってしまっている今の帝国は、この書簡が大切なものだとは気づけないのですじゃ」


ダメだ・・・この世界の情報がなさすぎて、確認しようがない・・・何が常識で、何が常識じゃないのかまったく分からない・・・。


「ですから、偽物が大量に出回っております」


「偽物?」


司祭は頷く


「はい。これらの予言は、大昔からされてきましたのじゃ」


「大昔って、どれぐらい前からですか?」


「龍王よりも前のことですじゃ。ですが、救世主伝説は、どのような方なのかは、分かっておりませんでしたのじゃ。それを龍王が明確に、人間の姿をしながら、背中に羽が生えた天使の種族と明言されたことで、さらに救世主伝説は、広がりました」


なるほど・・・龍王という人物よりも前から救世主伝説があって、それを龍王がなぜか、偶然、俺と似たような存在、姿見の情報を伝えたのか・・・


「それから1000年経ちますが、あらゆる人間やモンスターが、自分こそは、救世主だと多くのものたちが、現れ、ハジメスエナガの名前を語り始めましたのじゃ」


「え!世界には、ハジメスエナガって名前の人が沢山いるってことですか?」


「はい。その通りですじゃ。自称、ハジメスエナガですじゃ。わたしは、若い頃、龍王の意思の内容を理解を深め、村から世界中のハジメスエナガを調査するようにと依頼され、旅をしましたのじゃ。ですが、会う者、会う者、ことごとく偽物でしたのじゃ。背中には羽が生えておらず、作り物の羽をつけては、人々を集め説教をしていた者もおれば、モンスターにしかみえない羽のあるものが、ハジメスエナガを語っていたのですじゃ。その話す内容は、まったく龍王の意思とはかけ離れていました・・・」



なるほど・・・司祭が、俺と会った時、背中の羽を念入りに確かめていたのは、そのためだったのか・・・俺が偽物なのか、どうかを確かめていたのだ。そして、それを調べるにあたって、エキスパートだともいえるのが、このロー村の司祭様だということだ。


若い頃から、世界を旅して、ことごとく偽物をあぶりだしてきた司祭様の了承だからこそ、村人たちは、騒めいていたいたのかと思った。


「ハジメ様が、天から降りてこられるのをみて、あなたが空を飛べることも分かりました」


天というか・・・空からだけどね・・・あれは揺動させようとしたのに、逆に龍王の意思を信じ込ませてしまうことになるとは・・・と源は後悔した。


「司祭様は、その龍王の言葉に書かれているものが、わたしだと本当に考えておられるのですか?」


「今まで見てきた偽物たちと、あなたは違いますじゃ。彼らは伝承をはじめから知っていて、その名を口にしていました。ですが、あなたには、ご記憶がない。その状況からもミステリアスバースとして生まれてすぐだと分かりますじゃ。なのに、スエナガハジメという名前を口にし、ましてや天使族の姿見をされ、本物の羽を背中につけられておられる。本当に空を飛ぶお方ですじゃ。あなたが本物であると信じられることではないでしょうか?」


俺は、地球の時から末永源という親からもらった名前がある。自分からこの名前を付けようとしたわけではない。そして、天使のような恰好になるのも、予想などできなかった。暗闇の中、自分がこどもの姿になっていることにも気づけなかったほどだ。


確かに、こんな偶然あるのか?と思わされてしまう。でも、実際は、俺はただの人間で、無理やりこの世界に閉じ込められたような無力な存在なのだ。救世主なんてものではないし、救世主とはイエス様のことでしかない。


まったく龍王の意思など知らないし、自分が救世主ではないという自信だけはあると思える。


でも・・・否定しても、それでも信じようとする勢いさえ感じられる・・・。


伝道者の書もそうだが、何かがおかしい・・・。


何か、意図的な何かを感じてしまう・・・。拉致したあいつらが、俺をおちょくっているのか?とさえ思えてくる・・・。


でも、彼らの仮想空間にいるひとりでしかない俺をおちょくって何になるというんだ?


俺を拉致して拷問したやつらは、決して善なるものではなかった。そんなやつらが、わざわざ聖書をこの仮想世界にまで持ち込むというのか?その理由も意味がわからない。


でも、龍王の意思は、司祭様の話だと、世界各地になるという。それが本当なら、それらがどんな内容なのかが知りたい。


「司祭様は、他の龍王の意思を守っている子孫の方たちがどこにいるのか、ご存知なのですか?」


「すべてではないですが、いくつかは交流しておりますのじゃ」


「では、その内容も知っておられるのでしょうか?」


「わたしは、龍王の意思をいくつも読まさせてもらいましたのじゃ。お話することもできるでしょう。ですが、それはハジメ様が、ご自分で向かわれて、子孫たちから聞かれることが望ましいのではないでしょうか?」


源は、司祭様がいうことを理解した。誰かの口伝えで、得ただけの情報よりも、守りぬかれてきた歴史的にもしっかりした情報を自分の足を使って探すことも大切だとわかる。今も筆跡で事実を話していることも分かったようにだ。でも、それまでに、生き残れるのか、分からない。少しでも、世界のことを知っておきたいと考えた。


「わたしも司祭様と同じ考えですが、あまりにも情報が無さすぎて、今のわたしたちは、それどころではなく、危険なのです。ですから、少しでもこの世界の情報を教えてほしいのです。

そして、龍王の意思がわたしたちには重要だとロックと判断できたのなら、龍王の意思を探し求める旅にでようと思います」


「分かりました。わたしの知っていることは、伝えますですじゃ。そして、1つ忠告したいのは、貴方様が、天使族であることは、隠しておかれますように」


「それはなぜでしょうか?」


「先ほども言いましたように、天使の姿見をしたものが、救世主であるという伝承は、世界中に広がっていますじゃ。ですから、本物の天使族のあなたの存在を知れば、それを利用しようとしてくる者もおるということです」


そういうことか・・・。ということは、ロー村に来る前に、もし、帝国にでも羽を付けたまま、行っていたらと考えると、またゾっとした。


モンスターは数多くいても、天使族は、幻とさえなっているのなら、俺を捕まえようとする輩も出てきたかもしれないからだ。何も知らないで大騒ぎをされていたかもしれない・・・。


「名前も出来れば、スエナガハジメとは名乗らないほうがよろしいかもしれませぬ」


「確かにそうですね・・・俺が天使の姿をしていて、さらにその名前だったら、連想したくない人でも、連想してしまいますからね・・・そうなると・・・ここに合わせた名前にしたほうがいいのか・・・」


源は、今度は、自分のニックネームを考えることになることに精神的な疲れを感じる。


「司祭様。何かいい名前はありませんか?」


司祭は、考えて、1つの名前を提示した。


「セルフィという名前はどうでしょうか」


源はその名前を聞いてすぐに答えた。


「それは神の土地を守る天使のセラフィムから取った名前ですね?」


というと、司祭は驚いた顔をしながら、言った。


「やはり・・・あなたは、龍王の意思と一致したものを受け継いでおられるのですね・・・」


しまった・・・!つい聖書の内容を口走ってしまった・・・


何か分からないが、司祭はひとりで目をつぶってうなずいていた。またこれで、確信を勝手に持たれてしまったと源は思った。


「でも・・・セルフィですか。いいかもしれませんね。ただ、この名前から天使を連想されたりはしないでしょうか?」


「これは、龍王の意思を受け継いだ1つの書簡の内容で、今の人々が知ることはほとんどありませぬ。先ほども言ったように、世界はほとんどが多神教を信じて、おりますゆえですじゃ。龍王が作ったドラゴネル帝国であっても、国教は、多神教になっておりまする。セルフィという名前から天使を連想した人間がいれば、その人は、龍王の意思を受け継いでいるものだという確認にもなりますでしょう」


なるほど・・・これからロックと、どう動くのかは分からないが、龍王の意思とは無関係ではいられないだろう。その時に、少しでも知識を持った人物との合言葉のようなものでやりとりできるのは、使えるかもしれないと考えた。


「セルフィ。その名前いただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろん、ですじゃ」


この異世界、仮想世界での俺のニックネームは、「セルフィ」だ。




すると、外から大きな鳴き声が聞こえた。


「ウォオオオォオーン!!」


その後、すぐに村人が部屋に入ってきて、報告する。


「一匹のウオウルフが、村の外で吠えております。村に入るでもなく、危害を加えてくるのでもなく、吠え続けています」


ウオウルフ?どうしたんだ?


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