22章 龍王
源は、村人が歩く上空を飛びながら付いていく。森の中に罠をしかけることは出来ても、さすがに空の上に罠を簡単にしかけられるとは思えないからだ。
源たちにとっても、これはチャンスだ。例え、村人たちは、源たちを罠にかけようとしていたとしても、自分たちが彼らの敵ではないということを示すことができるからだ。
ニーナのような子が育つのなら、この村には、良識というものがあると思えるので、話を聞いてもらえるかもしれない。
村人は、村に着くまでの間に、森の中のモンスターと遭遇すると、自分たちの武器を持ち、モンスターをゆっくり囲みはじめた。
源は、それに手出しする必要はないのだが、ここでモンスターを倒したのなら、村人たちにも敵ではないと1つ示すことができると考えた。
村人が、モンスターに接近する前に、金剛剣を手にして、振りかざし、モンスターに向けて投げた。グラファイソードは、モンスターの体を難なく貫き倒した。
それをみた村人たちは、源の能力の高さに驚きを隠せないようだった。
源たちは、招待されている側だったが、村人を警護するように、村に向かった。モンスターをほとんど一撃で簡単に倒すほどの力をみせつければ、源たちを敵にしたいとは思わないはずだと考えての行動だった。
村の入り口まで着くと、源はロックと静かに地に降りて武器をしまう。
司祭は、源たちに声をかけた。
「武器はそのまま持ってお入りください。わたしたちの誠意のあらわれですじゃ」
その言葉に乗って、ふたりは、武器を持ったまま、村に入っていった。
そして、誘導されるがままに、司祭の家の広間へと着いた。
広間には何もおかれておらず、木の床の上に、座るだけだ。
源は、正座して床に座り、ロックは、その隣で、無造作に座った。
そして、ふたりの前に、司祭が正座して座り、源たちのところに、飲み物が女性ふたりによって用意された。
こういった礼儀作法は、異世界でも変わらないのだと思わされた。
始めに口を開いたのは、司祭だった。
「ハジメ様は、ご記憶がなく、この世界の情報を知りたがっていると聞きましたのじゃが、それは本当ですか?」
「はい。本当です。友のロックも同じで、わたしたちは、ミステリアスバースとして生まれて、この世界の記憶がまったくなく、情報もないので、困っていたのです」
「なるほどですじゃ・・・では・・・何から話していいのやら、解かりませぬが、少しずつ話を進めていくとしましょう」
「お願いします」
源は、深々と頭を下げて、礼儀を表す。司祭の家のまわりには、村人が集まっているのも感じ取りながら、周囲を警戒しては、自分の振る舞いには気を付けた。
「世界は、争いが絶えませぬ。人と人が争い。人とモンスターが争い。モンスターにも国や民族としての結束が生まれました。だからこそ、争いが続いています。」
それは、地球の歴史と変わらないと源は思った。
「その争いを防ぐためという名目で、ドラゴネル帝国は、周辺諸国を仲間にしては、同盟を結び、巨大な帝国へと発展を遂げたのですじゃ。
それが、今から1000年前の話ですじゃ。ですが、帝国が生まれても、争いは無くならず、ニーナの母親も、わたしの両親も争いによって命を奪われました。
わたしたちは、争いを嫌い森深くに村を作って、なるべく世俗からは遠ざかる道を先祖代々選び、今に至ります。それでも、犠牲は絶えませぬ。これらの犠牲をどうにかして、無くしたいと心から願い続けておる村。それが、このローという村ですじゃ」
源は、ここの村の名前は、ロー村というのかと真剣な話の中で考えてしまった。
ローとは、律法のことで、聖書でいう法律のことでもある。だが、ここは異世界。聖書の律法のローのことではないだろうと考える。
「ドラゴネル帝国を築いた偉大な王。龍王は、それぞれの勢力が、自分たちの都合によって争いを続けていたので、それらを1つにまとめあげ、少しでも争いを無くそうと願っていましたのじゃ。その介もあって劇的に戦争は減りました。ですが、龍王が亡くなると、龍王の意思は、消え去って行くばかりで、帝国は腐敗していったのですじゃ」
正しい教えをする人が亡くなると、その教えを違う解釈で歪曲させて、腐敗させていく、そのようなことは、地球の歴史でも何度も繰り返されてきたことだ。釈迦が、教えた内容とはまったく違う教えを釈迦の死後に弟子たちが作り上げていったように、どんどんと歪曲していってしまうのだ。
だからこそ、どんな国にも、復古思想があり、ナショナリズムという思想、愛国心などを思い出させようとするものたちが、いつの時代にも存在し、新しい考え方をいれようとするリベラリストたちとの対立が続くのだ。どちらが正しくどちらが正しくないというわけでもなく、論争は続いていく。
この異世界でも、それは変わらず、悪い方向へと向いている時代がこの異世界の今なのかもしれないと、司祭の話からは読み取れる。
「龍王の意思は、中央にではなく、龍王に深く関わった仲間たちに委ねられ、世界各地に、龍王の伝承は、守られ続け、わたしたちのローのような村が、その伝承を守り続けているのですじゃ」
「今の帝国は、龍王の教えとはほど遠くて、腐敗しているが、本当の龍王の意思は、世界各地に大切に守られ続けているということですね?」
「その通りですじゃ。帝国のすべての人が腐敗しているというわけではありませぬ。ですが、本当の意思を受けついでいるのは、極少数なのですじゃ」
その話を聞くと浮かび上がるのは、龍王の本当の意思の一部が、このロー村にも、存在しているということになるのでは?と源は思った。
「龍王の意思というものは、どのような方法で、伝承され続けているのですか?」
「それは口伝と書物によって龍王の意思は、村人たちに伝えられ、誰にも手出しできないように、我々はその存在を隠し続けてきたのですじゃ」
「隠している?」
「はい。そうですじゃ」
どういうことだ・・・。そのような大切なことをなぜ、会ってまもない俺たちに簡単に教えるんだ?と源は思った。この矛盾から、この話も全部嘘なのではないかとさえ、思えてくる。龍王の意思なる大切な伝承を隠し続けてきたのに、簡単に今教えているという訳の分からないことを司祭はしているからだ。
「ハジメ様には、ご記憶がない。だとすれば、龍王の意思をお読みください」
そう司祭が、いうと、部屋の扉が開かれ、女性たちが、司祭の後ろに進み出て、何度か壁に向かってお辞儀をすると、何もない壁に手を触れたと思うと、壁が光出して、壁が扉のように開かれた。
司祭もまた、壁が開くと、何度かお辞儀した後、手を数度、叩き鳴らすと、立ち上がって、壁の向こうへと入って行く。
その奥には、木で作られた神殿らしきものがあり、その神殿の中から、1つの箱を持ち出してきた。
そして、司祭が女性たちに、うなずくと、それが合図なのか、また女性たちは、壁を閉じて、部屋を去って行った。
すると、司祭は、箱の中から1つの書物を取り出し、その書物を読み始めた。
《空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下で、どんな労苦をしても、それが人に何の益になろう》
はぁ!!??
源は、もの凄く驚いた。一体何なんだ!!?危うく、源は、大声を出しそうになった。
どういうことだ・・・。なぜ司祭は・・・源は混乱しはじめた。
源は、まわりをキョロキョロ見回す。なんだ・・・ここは・・・ここは異世界なのか??夢をみているのか?
司祭が書物を読み始めると、なぜか源が、挙動不審のように動きはじめたのをロックはみていた。
「源!どうしたんだ??」
そのロックの声を聞いてか。司祭も書物を読むのを中断した。
源は、司祭に強く質問した。
「何ですか!?その書物は??」
「ですから、龍王の意思の一部の書物ですじゃ」
「いや・・・そういうことではなくて・・・なぜ、ソロモンの空の教えが、この村で大切にされてるんですか?」
「ソロモン??」
ロックは源のいう質問を理解できなかった。
「これは龍王の意思ですじゃ。ハジメ様」
いや・・・これは龍王じゃない。ソロモン王が残した伝道者の書だ。空の教えを説き、出来事にはすべて時があることを教えた聖書の1つの書物。伝道者の書だ。
司祭も、理解できていないのか・・・?。とにかく、どこまで一致しているのかを聞くしかない。心を落ち着かせるかのように、源は、深く深呼吸する。
「すみません・・・中断させてしまいました。続きをお聞かせください」
源は、体を震わせながら、硬直していたが、何とかその先に進むように心を保とうとする。
源が続けるようにと言うので、司祭は、書物の続きを読みはじめる。
《昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。「これを見よ。これは新しい。」と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでにあったものだ》
間違いない・・・これは伝道者の書で、そのままロー村に伝えられている・・・。龍王とは一体何者なんだ??なぜ、龍王は、伝道者の書を子孫たちに残したのだ?
《天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、建てるのに時がある。泣くにも時があり、ほほえむのに時がある。石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。探すのに時があり、失うにも時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。》
源は、地球で拉致され、ミステリアスバースとして、生まれた。ほとんど死んだとさえ思わされた。だが、少しずつこの世界でも種を植えるように、進み続け、モンスターなどを殺して、身を守った。そして、セーフティエリアで、ロックハウスを建て、ウオウルフや司祭、ニーナが泣くところをみて、またほほえむのも見た。石を投げてはモンスターを倒し、今に至っている。
すべてのことに時があり、この世界に来てからの出来事と一致しているように思えるのは、俺の錯覚なのか?
司祭が、龍王の意思を読むごとに、源だけが、背筋を凍らせて、頭を混乱させる。
ロックは、村の伝承だということで、それが作り話の嘘なのか、ただの言葉にしかすぎないとでも、聞こえているだろう。だが、源は違う。クリスチャンとして聖書を読んできた源は、これがただの人間が偶然書き残しただけの書物ではないことを知っているからだ。龍王が何の意味もなく適当に書いた内容ではないのだ。
なぜ地球の聖書の一部の伝道の書が、この異世界にも残され、龍王というどんな人物なのか分からない存在によって伝えられているのか、とても偶然とは思えない。
なぜこれを龍王の意思として子孫たちに残させているんだ・・・。